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16:幕間 虚栄の道化師は憤る

「――ふざけるなァッ!!」


 魔導技術局、局長の執務室でゲルルフは怒りの声を張りあげた。

 その顔には怒りだけではなく、様々な感情が色濃く浮かんでいた。焦燥、恐怖、絶望、今にも倒れてしまいそうな程の顔色の悪さで、しかし激情のままに振る舞うのを止めることが出来ない。


「何故だ、何故、何故、何故今になって、何故今更お前が私の前に現れるのだ!」


 ――イルゼ・ティール。

 三年前に追放した、あの無能者。潰れるまで消耗品として扱うしか価値のなかった女。

 魔導技術局という職を失って、そこに人生の全てを費やしていたあの女がここから出て生きていける筈がないと思っていた。精々、生き残れたとしても娼婦に身を落とすのが関の山だと、ゲルルフは予想していた。


 しかし、彼女は予想を裏切ってゲルルフの前に立った。最初は名を名乗るまで気付くことが出来なかった。それだけ、かつて魔導技術局に居た頃のイルゼとは似ても似つかなかった。

 背筋をぴんと伸ばし、自然体で皇帝の前で振る舞うイルゼはかつてのゲルルフの記憶の彼女とは重ならない。別人だと思いたい。しかし、自分で説明していた内容が同一人物だということを嫌でもゲルルフに理解させた。


「くそっ、くそっ、くそっ! これもあの皇太子と皇女の仕業か……! まさか、皇帝陛下までグルなのか!?」


 イルゼが生きている。その事実はゲルルフにとって致命的に不味いことだ。

 イルゼは全てを知ってしまっている。ゲルルフが表に出してはいけない所業、その全てを。彼女にした仕打ちを知られるだけでも、今の自分の地位は不味いだろう。

 そして、彼女を利用して今の魔導技術局の礎を作ったことも知られれば、自分は破滅して終わりだ。そんな未来を想像して、ゲルルフは身震いした。


「しかし何故だ……? 何故、イルゼは私と初対面のフリをした? イグナーツ皇太子殿下とユリアティーネ皇女殿下は何を狙っている……?」


 息を整えるように大きく深呼吸しながら、ゲルルフは激情を鎮めて思考を回そうとする。

 イルゼが真実を訴えるだけで、ゲルルフは破滅するだろう。しかし、イルゼはそうしなかった。

 イルゼが真実を話していない? いや、黙っているとは考えられない。あの女は腹芸が出来るような器用な性質ではない。なのに回りくどい発言をしたということは、誰かが裏で手を引いている筈だ。

 なら、手を引いているのは彼女を連れて来たというユリアティーネか、それともゲルルフに今の地位を退くことを仄めかしていたイグナーツか、或いはその両方か。


「小娘と小僧が調子に乗りおって……! この私を追い落とそう等と生意気な……!」


 ここまで来るのに一体どれだけ心血を注いできたと思っているのだ。その努力を無に帰そうとする皇族への怒りにゲルルフは歯噛みした。

 自分の栄誉のために魔導技術局を発展させてきた。その栄誉があってこそ、帝国は今があるのだ。それを忘れた恩知らずだと、ゲルルフは心の中で皇族たちへの怨嗟を呟く。


「しかし……不味い、どう考えてもイルゼが生きているのは不味い……! なのに何故、何も仕掛けてこないのだ……?」


 焦燥、恐怖、絶望、憤怒。目まぐるしく荒れ狂う感情は幾ら鎮めども、落ち着くことはない。そんな目まぐるしい感情の嵐の中、ゲルルフは一つの光明を見つけた。



「――手を出してこないのは、つまり……私を恐れているからなのだな?」



 ゲルルフはそう呟き、納得と共に笑みを浮かべた。

 そうだ。確かに自分は悪事と判断されてしまうような事には手を出した。しかし、誰もが綺麗事ばかりで生きていける訳ではないとゲルルフは知っている。


 つまり、皇族たちはゲルルフの罪を知りながらも、それを告発することが出来ないのだ。だから絡め手を選び、自分を脅すことで退くことを迫ったのだろう。

 何故、彼等は自分を告発することが出来ないのか? それは、彼等が自分を恐れているからだ。自分という栄誉ある存在を失うことを恐れていて、それでも手綱を握りたくてあのような場を整えたのだろう。


「ふふ、そうだ。あの女とて、魔導技術局から抜けた身。今更新たな魔導機を作れるなどと、そのような事もあるまい。我らが時代の最先端、たかが悪事の一つや二つ程度で切り捨てられる訳もなかったのだ」


 自信は心身を安定させてくれる。ゲルルフは自分の見出した光明に落ち着きを取り戻し、深々と息を吐く。


「あぁ、何も変わらない。私が価値ある存在である限り、切り捨てるということは不可能なのだ。私は魔導技術局の局長、この帝国に血を巡らす心臓と言っても過言ではないのだからな!」


 魔導機は最早、グロストラウム帝国には欠かすことが出来ないものだ。その管理を一手に担っているということは、皇帝ですら無視することが出来ない力を有しているということ。

 確かに皇族は敬うべき血統だ。しかして、支配者というのは支配する力を持つからこそ支配者なのである。そこに良識や良心など、持っていたところで枷でしかないのだ。


「あの女は所詮、私を脅すための見せ掛けだ。魔導も扱えぬ女に魔導機の何たるかなど、理解出来るものか!」



 ――ゲルルフは知らない。それは、ただの傲慢なる思い込みであったということを。

 イルゼなど取るに足らない存在だと、かつての彼女と今の彼女を同一視して慢心する。

 その代償を払うことになったのは、早くも数日後のことであった――。



   * * *



 ――なんだ、これは?


 ゲルルフは、声も出せずに固まっていた。

 彼の目の前で今、信じられない現象が起きている。それを信じられずに見つめるも、夢のように覚めることはない。


「えーと、ご覧頂けていますように、こちらの魔導機は複数人で魔力を注ぐことを前提として作られた結界の魔導機となっています。ご協力頂いているのは、皇城に勤めるメイドの方々です。特に魔導師の訓練を積んだ訳でもなく、日常の中でささやかな魔導を使う程度の彼女たちでも、私の魔導機を使うことで――」


 魔導師が訓練にも使う演習場、その中央に置かれた魔導機には皇城で働くメイドたちがついている。

 その魔導機を起動させたメイドたちに向かって、あのユリアティーネが水の鞭を無数に振るって叩き付けようとする。しかし、水の鞭はメイドたちに直撃することはなく、完璧に弾かれていた。


「――このように、ユリアティーネ皇女殿下の魔導を弾くことも可能となります。こちらの魔導機は使用者に特に必要な素養を求めることもなく、誰でも魔力(マナ)を注げば起動することが可能です。ただ必要な魔力と、多少の燃費の悪さが現行の結界の魔導機に比べれば難点ではありますが、集会所など必然的に人が集まりやすい場所に設置することで、この難点も解消出来るかと見込んでいます。あっ、ユリアティーネ皇女殿下、もういいですよ?」

「本当にビクともしないんだけど、なんか悔しくなってきたわね……あともう一回、ちょっと全力で叩いていいかしら?」

「ユリア?」

「……わかったわよ」


 渋々といった様子でユリアティーネが矛を収めた。結界を展開していたメイドたちは少し顔色を悪くしていたけれども、ホッとしたように胸を撫で下ろしていた。

 見ているものだったらわかっただろう。ユリアティーネはまず間違いなく本気だった、と。その上で、イルゼの結界の魔導機は彼女の魔導を受けきったのだ。その性能は今、一般的に使われている結界の魔導機と遜色ない性能であることを示している。


「無論、魔導機は使えばどんどんと摩耗していき、最終的に劣化していきます。今も一年ごとの点検と整備が義務づけられるほど、その消耗のスパンは早いと言えるでしょう。ですが、私の魔導機は複数人扱うことを想定した作りでして、その内部構造に〝旧式魔導(アンティーク)〟を採用しております」

「旧式魔導!? 馬鹿な、内部構造が旧式魔導だと!? しかし、それでは効果が高くとも、消費する魔力と費用対効果が見合わないのでは……!?」


 イルゼの説明に耳を傾けていた誰かが驚愕の声を上げながら問いかける。それにイルゼは落ち着いた様子で返答した。


「そこは勿論、旧式魔導そのものという訳ではありませんし……ご協力頂いたメイドの皆さん、使ってみてどうでしょうか?」

「そこまで負担だとは感じませんでした」

「ユリアティーネ様の本気でも、あと数十回は受け止められると確信出来ます」

「一人で動かすのは難しそうですが、複数人で動かすということであればイルゼ様の説明の通りかと思います」

「感想、ありがとうございます。このように消費魔力については、頭数さえ揃えれば問題を解決することが出来ます。更に、私の試算ではこのように激しい攻撃を受けても、魔導機への負担は従来のものに比べれば耐性があるので、早々に修理するようなことにはならないかと思います。過去、古の時代に作られた旧式魔導が現存していることも考えるに、その頑丈さは皆様も知ってのことかと思います。つまり、常設する自動発動の魔導機であれば現行の魔導よりも、旧式魔導の方が適正がある、と私は考えています」


 ざわざわと、イルゼの結界の魔導機の発表に訪れた者たちはざわめいている。

 旧式魔導など、歴史的価値があるものでもなければゴミも同然に扱われてきた非効率な魔導機だ。しかし、その旧式魔導に手を加え、実用レベルまで性能を向上させたというイルゼの才能の片鱗に誰もが驚きを隠せない。


「君は……旧式魔導を理解し、それを自作出来るということなのか?」

「はい。今となっては旧式魔導の知識を持ち合わせてる方も少ないかと思いますが、旧式魔導に現行の魔導機の機構を組み合わせることで新たな可能性を拓くことは出来ると確信しております。本日発表したのは、あくまで設置型であり、村や町といった大規模に運用するのを想定しています。その効果範囲をもう少々、限定したものであれば討伐に赴く魔導師団にも有用になるものと考えております。野営中、気軽に結界を張れる魔導機があれば魔導師団の皆様にも安心して休息を取って頂けるかと思いますので。そうすれば現地に魔導技師が同行し、魔導機で身を守ることで長期的な調査や討伐に赴くことが可能になるのではないかと、プランも考えております」

「成る程、現地での魔導機の整備が可能になるのか……」


 誰もがイルゼの言葉に耳を傾け、彼女の示す事実に有用性があるのかどうかを検証している。

 そんな様を見ながら、ゲルルフは唇を噛み切らん勢いで噛み締めながらイルゼを睨み付けていた。


(ふざけるな……ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな、イルゼ・ティールッ!!)


 何故、貴様がそのような知識を披露することが出来る?

 何故、貴様がそのような称賛を浴びるような立場にいる?

 何故、貴様なのだ? そこにいるべきは、私の筈なのに!

 誰が拾ってやったと思っている? 誰がお前をそこまで育てたと思っている?

 取るにも足らない存在だったお前を拾ってやらなければ、お前はただのゴミのままだった筈だ。

 そのゴミが、何故私の威光を翳らすような真似をする? まさか、私を謀っていたのか? まんまと逃げ果せたことを影で笑っていたのだろう?

 私を笑うだと? 魔導に嫌われた女の分際で、ふざけるな、ふざけるな、ふざけるな――ッ!


(この恩知らず! 恥知らず! 唾棄すべき愚か者め! 許さん、絶対に許さんぞ、イルゼ……イルゼェ……ッ!!)


 狂おしい程の憎悪に染まった瞳で、ゲルルフはイルゼを睨み付けるのだった。

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