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15/20

15:仕組まれた舞台で、再会の喜劇は幕を上げる

2021/08/05 更新(2/2)

 皇太子と面会してから、それからあっという間に皇帝陛下へ謁見する時が訪れた。

 その間、ユリアの指示によってお風呂に入れられたり、肌を磨かれたり、挙げ句の果てに着替えまでさせられて疲れ切ってしまっていた。


「自分じゃないみたい……」


 鏡に映った自分を見て、私は思わず呟いてしまった。普段は三つ編みに纏めている朱金の髪は結い上げられており、顔も化粧の力の凄さと恐ろしさを感じる程に別人だ。

 整えればまだ私も綺麗なんだろうか、と思うも、どこか気の抜けたような表情が着飾った姿に対して相応しくなかった。表情を作ってみるけれど、どれもしっくり来なくて肩を落としてしまう。


「あら、素敵になったわね。イルゼ」

「ユリア……」

「そんな情けない顔をしないの。美しさは女の武器の一つなのだから。さぁ、貴方を消耗品だと馬鹿にして捨てたゲルルフの顔を拝みに行きましょう。あの男には散々煮え湯を飲まされたからね、これで多少の溜飲が下がると良いのだけど」


 おほほほ、と笑いながらユリアは言うけど、その雰囲気は全然笑っているように見えなかった。

 それから護衛の魔導師に案内されながら、私はユリアと一緒に謁見の間へと足を踏み入れた。


 玉座に座って待つのはこの国を統べる偉大な皇帝、テオドーア・グロストラウム陛下。御年は五十歳を超えていて、その髪に白髪などが交ざり始めているものの理知的な(かんばせ)に陰りの色は見えない。

 テオドーア皇帝陛下の側にはイグナーツ皇太子殿下が付き従い、いつもの微笑みを浮かべたままだ。そして、もう一人。


「……」


 こちらに対して明らかに良い感情を抱いていないと思われる厳つい顔の男性がいた。

 ゲルルフ・ターベルク様。三年前よりも年を召されたのか、どこか草臥れたように思えてしまった。


(……これって、もしかして私って気付かれていないのかな?)


 ゲルルフ様の顔をちらりと見るけれど、忌々しそうに睨み付けられるだけだ。私だとわからないらしい。やっぱりその程度の価値しかない人間だったのだなぁ、としみじみ思ってしまう。

 そう思っていると、玉座からテオドーア皇帝陛下からお声がかかった。


「そなたがユリアの連れてきた魔導技師か……名を名乗ることを許す」

「謁見の機会を賜り恐縮でございます、我らが偉大なる皇帝陛下。私はイルゼ・ティールと申します」

「な……ッ!?」


 私が名を名乗った瞬間、ゲルルフ様の顔色が変わった。驚愕の表情で私を見つめるゲルルフ様に対して、笑みを浮かべたままユリアが問いかける。


「おや、どうされましたか? ターベルク局長」

「い、いえ……その者は、イルゼ・ティールという名前なのですか?」

「はい。辺境の魔物討伐の際、苦戦を強いられていた魔導師団の前に颯爽と現れ、我らを救ってくださった恩人でございます。その力だけでなく、魔導機の知識にも長けており、この国を発展させる人材だと確信して皇城へとお招きさせて頂きましたの。イルゼ、この方が我が国が誇る魔導機、その根幹を支える魔導技術局の長であるゲルルフ・ターベルク長官よ」


 私は、まるでこれが初対面だと言わんばかりにゲルルフ様へ無言で頭を下げる。ゲルルフ様は私から目を離せないといった様子で、食い入るように私を見つめている。

 その口が、まさか、と動いているように見えるのは私の気のせいだろうか。そんなゲルルフ様の反応にユリアとイグナーツ皇太子殿下は笑みを深めているように見える。


(初対面を装って、ゲルルフ様に揺さぶりをかけろなんて言われてもなぁ……)


 今、ゲルルフ様を告発するのにデメリットが大きい以上、まだその時ではないと言われている。それならば、私という存在をちらつかせることでゲルルフ様たちの派閥の足並みを崩すのが最初の仕掛けだ。

 この反応を見る限り、ゲルルフ様は私を完全に忘れ去っていた訳ではないようだ。今更、こんな所に現れてさぞ驚いたことでしょうね。


「我が娘、ユリアへの助力に感謝しよう。ユリアの話を聞く限り、そなたは稀有なる力と才能を秘めていると聞くが?」

「私に教えを施して下さった方は大変厳しく、休みもままならない程に教育熱心な方でございました。心折れそうなこともございましたが、今の私があるのはその指導があってのことであると自負しております。今は一人旅で見識を広めている最中でございました」

「陛下、彼女の力はこの帝国に新たな発展をもたらしてくれるでしょう。魔導機の開発者として新しい発想をお持ちであり、そして魔導師としての実力は私を上回る程の実力者でございます」

「ほう……魔導の腕では兄弟姉妹の中でも随一と言われるお前がそうまで褒め称える程か」


 テオドーア皇帝陛下が楽しげに口元の髭を弄りながらそう言った。

 そこで、私は打ち合わせの通りに謙遜したような雰囲気を意識しながら告げる。


「一つ、誤解がありますので訂正を。テオドーア陛下、私は魔導師ではないのです」

「ほう?」

「私は魔導を扱えぬ、魔導に嫌われた女でございますので」


 ちらりとゲルルフ様の顔を見ると、今にも倒れてしまいそうな程に顔色が悪かった。あまりにも具合が悪そうなので、ちょっと流石に心配になる。貴方に倒れられると、この後の段取りがおかしくなるんですけど?

 そんな心配をしつつも、私はテオドーア皇帝陛下に向けて言葉を続けた。


「故に、私の魔導は魔導の業ではなく、魔導機によるものでございます。故に、あくまで私は魔導技師であるとご承知頂ければ幸いです」

「ほう。魔導は使えないが、魔導機の性能だけでユリアを上回ると申したのか? イルゼ・ティールよ」

「上回る、とまではハッキリとは言えません。ですが、魔導技師には魔導技師の戦い方があるのです。いつか、その成果をお見せ出来ればと思っております」

「ほう……そこまで言うとは、余程の自信があると見た。イルゼ・ティールよ、そなたに教えを施したという者の名は?」

「今は、故あって申し上げることが出来ませんが……近い内に必ず、お伝えしたく思います」

「ふむ、そうか。では、それは良いとして……ユリアの言葉を疑う訳ではないが、私はグロストラウム帝国の皇帝である。そして、この国には今、国難とも言える多くの難題を抱えている。特に魔導機に関わる問題は私の心を痛めている」

「辺境を旅して回った身、陛下の威光が届ききらぬ村々を見て来た身としては心中お察し致します」

「うむ。我々には今、新たな強き力が求められている。イルゼ・ティールよ、そなたには我が国に一体何を齎すことが出来る?」


 どこかニヤリと笑ったように見えるテオドーア皇帝陛下に、娘と息子の面影を見てしまった。一瞬だけ、気が遠くなったけれども私は深々と一礼してから、予め決めていたセリフを口にした。



「――魔導機に関わる問題ならば、その難題を悉く過去の物と変えてみせましょう」

「――面白い! 気に入った! イルゼ・ティールよ。ならばユリアの要望通り、そなたには魔導師団の技術顧問として、各地で起きている魔導機に関わる問題解決に尽力して貰おう! その成果を期待している!」



 そう、これは予めイグナーツ皇太子殿下と打ち合わせていた会話の流れだ。

 テオドーア皇帝陛下とは直接、打ち合わせをした訳じゃないけれども、まるで悪戯っ子のような稚気を覗かせているのを見ると、乾いた笑いが出そうになる。


「ゲルルフよ」

「……は、はっ! 我らが皇帝陛下……!」

「此度のイルゼ・ティールへの依頼は、あくまで魔導師団が主導で動くものとする。しかし、手を取り合える面は大きかろう。魔導技術局には大きな負担をかけているが、このイルゼ・ティールが突破口を見出せば、そこから先の仕事はお前たちの仕事になるだろう」

「は、はい……」

「おや、ターベルク局長。随分とお顔の色が優れませんが……激務でお疲れなのではないでしょうか?」


 テオドーア皇帝陛下への返事もどこか苦しげなゲルルフ様。そこに笑みを浮かべたまま、イグナーツ皇太子殿下が言葉を突き刺しに行った。内心、ちょっと悲鳴を上げてしまった私である。


「え、えぇ……今は陛下も仰られた通り、国難の時期でありますからな……魔導技術局も皆が一丸となって解決に向けて取り組んでおります……」

「ターベルク局長のご献身を私は理解しているとも。しかし、ターベルク局長も良いお年だ。倒れられては魔導技術局の指揮にも影響が出られるであろう? そろそろ後釜など、お考えになられては如何だろうか? イルゼ・ティールのように若い芽も育ってきているようじゃないか?」


 もう胡散臭くすら見えて来た笑みを浮かべたまま、イグナーツ皇太子殿下がゲルルフ様に言い放った。するとゲルルフ様は目を見開くも、すぐに取り繕った笑みを浮かべる。


「まだまだ、若い者には譲れませんなぁ……魔導技術局には私を必要としている者たちがおりますので」

「あぁ、そうだな。ならば、身体を壊さないように是非とも務めを果たして欲しい。イルゼ・ティール、今後は彼に世話になることもあるだろう。彼のことをよく覚えておくと良い」


 イグナーツ皇太子殿下はそう言って、改めてゲルルフ様の注目を私に向けさせた。

 顔色が悪いゲルルフ様が改めて私を見つめる。そんな彼に向けて、私は笑みを浮かべてから言った。


「ご多忙かと思われますが、どうか何か困った時はご相談に乗って頂ければと思います。どうか休みを取って、体調を整えてくださいませ。……休みなく働いては身体を壊してしまいますからね」



 ――そう言った時、ゲルルフ様の顔が恐怖に引き攣ったのを……私は一生忘れることはないだろうな、と思った。


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