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13/20

13:誇りを胸に抱いて

2021/08/04 更新(2/2)

 ユリアティーネ皇女殿下の質問を受けて、私は深く溜息を吐く。


「確かに作ろうと思えば作れます。昔からずっと魔導機に触れてきてますし、改修案もあります。それに結界のように自動で効果を発動する魔導機なら旧式魔導(アンティーク)の方が長持ちはします。ただ、魔力消費の効率は良いとは言えませんが。でも魔導師として戦う訳でないなら、わざわざ魔力の選別をする必要もないと言えます」

「なるほど、確かにイルゼの言うことに一理あるわね。今まで結界は代表者、町長や村長などが起動させることで対応してた筈だけど、別に前に出て戦う必要がないなら魔力の選別が必要なフィルターは不要。それなら作りが旧式魔導でも問題ないと言えるわ」

「それに旧式魔導は現代でも現存するものがある程、頑丈です。そもそも、今の魔導機の内部構造が脆い理由をユリアティーネ皇女殿下はご存知ですか?」

「魔力の選別を行うフィルターや、選別した魔力をそのまま保持した上で機能させるための回路の劣化が激しいのが原因だと聞いてるけれども」

「劣化が激しい理由が、正にその選別するフィルターと回路にあります。そもそも魔力というのは選別をしなければ複数の属性が入り交じった状態です。フィルターはこの魔力を選別し、透過することで発動効率と出力向上に繋げました。現行魔導が旧式魔導と入れ替わる大きな要因となったのは、以前ユリアティーネ皇女殿下が仰ったように属性別のフィルターという内部機構が発明されたことが大きいでしょう」


 私の言葉にユリアティーネ皇女殿下は同意を示すように頷いてみせる。ユリアティーネ様の反応を確認してから、私は話を続ける。


「では、選別された魔力以外のものはどうなると思いますか?」

「……空気中に放出される?」

「正解です。別にそれ事態は何の問題もありません。魔力は外に排出されれば、すぐ空気中の魔力と入り交じるものですから。ですが、フィルターと回路は違います。どれだけ抽出力を上げようとも、他の属性の魔力が元々含まれているのですから、まったくの無にするのは現時点の技術では不可能です」

「つまり、完全に魔力の属性を分離させることが出来てないと?」

「その通りです。それはフィルターや回路にどうしても負担を強いてしまいます。そして、その負担はコアや回路の〝澱み〟として機能の低下を招きます。現行の魔導機が頻繁に整備をしなければならない理由はここにあるんです」

「……イルゼ、貴方はそれにいつから気付いていたの?」

「魔導技術局に務めて、三年程経った頃でしょうか。フィルターや回路の劣化が多かったので、そこに原因があると思い、他の魔導機と共通する原因を探して法則を見つけ出しました」

「という事は、十三年前ね……あの論文が出た頃と時期が一致するわね。どこまで横取りしてるのよ、魔導技術局の局員たちは……」


 何やらブツブツ呟きながら、鬼のような雰囲気を撒き散らし始めたユリアティーネ皇女殿下に私は粗相でもしたのかと震えてしまう。

 私の様子に気付いたのか、ユリアティーネ皇女殿下は恐ろしげな雰囲気を消して笑みを浮かべた。


「おほほほ、ごめんなさい。話を戻しましょうか」

「は、はい。とは言っても、私が言いたいのは結界の魔導機に向いているのは旧式魔導だと思うという事です。この場合、一人で結界の起動を行うのではなく、避難した人たちが協力して魔力を供給して結界を張る仕組みになると思いますが……」

「緊急時に使うものと考えれば人は集まるでしょうし、逆に結界を代表者が発動させなくて済むから、一人当たりの負担は減るかもしれないわね。それに旧式魔導の頑丈さなら、頻繁な検査と修理が必要なくなるかもしれない」

「えぇ。そこまでは私も考えましたが……」

「何か問題が?」

「旧式魔導なんて骨董品を今更使いたがる人がいますか?」

「あー……成る程ね?」

「私としては自信はありますけど、結界の魔導機は国が管理して支給してるものじゃないですか。良いものだからって作ったところで交換なんて出来る訳でもないですし……」

「それはそうよね。やっぱり、何かしらの発表の場を設ける必要があるわね」

「実際に効果を体感して貰うのが早いですしね」

「イルゼ、結界の魔導機をすぐに作ることは出来るのかしら?」

「えぇ。というか、持ってます」

「……持ってる?」

「辺境暮らしが長かったので、個人用の結界の規模なら持ち運ぶサイズで作れたので……」


 辺境で人里離れたところで暮らしていると、結界を展開出来る魔導機がないと危険だったからね。

 私が鞄から携帯用の結界の魔導機を見せる。魔導機のサイズは片手に掴める程度の箱だ。するとユリアティーネ皇女殿下は驚きに目を見開かせた。


「こんなに小型化出来ますの!?」

「あくまで個人用で、効果範囲が狭いですから」

「いえ、それにしたってこのサイズは……これも中身は旧式魔導なのですよね?」

「正確には、現行と旧式の複合ですね。旧式魔導に現行の魔導機のパーツを組み込んで、機能を拡張するのに使ってるんです」

「機能拡張!? それは、旧式魔導の効率の悪さを更に悪化させるのでは?」

「だから、これは私専用なんですよね」


 つまり〝空〟の魔力の持ち主である私だからこそ有効活用出来る仕組みの魔導機だということだ。

 現行の魔導機は属性を抽出して、属性ごとの効果や効率を向上させることに向いてるけれど、旧式魔導は抽出という工程を挟まず、空の魔力をそのまま扱うことが出来るからこそ、私の扱う魔導機は強力なものとして機能する。

 勿論、空の魔力を会得していない人がこの魔導機を扱おうとすれば、もの凄く効率が悪くて使い物にならないと言うだろうけど。


「複数人で使うなら燃費の悪さには目を瞑れますし、魔導機の耐久力は保証出来ると思います。あくまで複数の人での使用を想定していますし、棲み分けも出来ると思いますから、それぞれ得意な方面に伸ばしていけると理想ですね」

「現品があるなら話は早いですわ! これは早くお兄様とお父様に話を通して計画を練らなければ!」

「……あぁ、忘れてた。私、皇太子と皇帝陛下と面会しなきゃいけないんだ。それも自作した魔道具を見てもらうことになるってこと? うぅ……森に、森に帰りたい……」

「文明人が何を言っているの! 貴方には賞賛を受けて当然の偉業を成し遂げているというのに! それもあのゲルルフに横取りされたままなのよ!? これは、貴方の誇りを取り戻すための必要な戦いよ!」


 ユリアティーネ皇女殿下は私に指を突きつけながら、力強く叫んだ。その言葉に私は思わず目を丸くしてしまった。


「……誇り、ですか。私にそんなものは……」

「えぇ、貴方は誇りなんて持ってないでしょう。だって、それはずっとゲルルフが奪っていたのだから。でも、この魔導機は貴方が一人で組み上げてきたものでしょう? それは貴方自身の成果よ。そして、私は貴方の成果を誰よりも高く評価するわ」

「それは嬉しいですけど……どうしても表に出なきゃダメですか? 正直、面倒なんですけど……」

「それだけの才能が持っていれば、皇女だって相手にする必要もない小娘とでも言いたいのかしら?」

「えっ、いや、そういう訳ではないんですけど!?」

「勿論、貴方に無茶を言っている自覚はあるわ。貴方のために、と考えている点はあるけれど、それでも優先すべきはこの国を守るということよ。貴方には私では届かない力を持っているの。だから、私は貴方に頭を下げてでも引き留めるわ。そして、貴方に誇りを持って生きて欲しいの」

「……どうして? なんで、そこまで私の名誉なんて気にするのかな?」


 思わず、敬語も忘れて問いかけてしまった。誇りを持って生きるなんて、それがどういうものなのか私にはわからない。

 ただ、捨てられたあの日から好き勝手に生きてきた。楽しくて、自由だったけれど、彼女の言うように誇りが生まれた訳でもなかった。

 その生き方に、一体どんな価値があると言うんだろう? そこまで気にする程の事が何かあるんだろうか。


「そんなの、決まっているわ。――貴方が私より凄いからよ。私は自分に誇りを持って生きてる。だから、それを上回るものを持つならば、その人は敬意を持つに値する。それが才能であり、容姿であれ、努力であれ、それは讃えられるべきよ。なのに、そんな賞賛など要らない、他人なんてどうでも良いと言われるのは……癪に触るわ!」」

「そ、そんなに?」

「唯一、私は私より身長が高くて見下してくる輩だけは認めてませんわ! そう、どんなに小さくても、私はここにいるのですから。だから小さいと見下して、いないものとして扱われるなんて真っ平ご免ですのよ! だから誇りを持って胸を張るの。私はここにいると!」


 自信満々で胸を張って告げるユリアティーネ皇女殿下の顔を私は見つめてしまう。

 胸を過ったのは、敵わないなという遠い憧憬を思う感情と、その姿に対する憧れだった。

 確かに眩しいまでの生き方だ。もし、こんな風に生きることが出来たらさぞ誇らしかっただろう。


 ユリアティーネ皇女殿下は私に価値があると認めてくれた。

 なら、その在り方を貫くことが出来るユリアティーネ皇女殿下こそ、私は価値があると思える。

 お互い様と言えばそうだ。それぞれ、自分にはないものに憧れている。憧れられるということは、その先に夢があるということなのだと思う。

 その夢に近づいてみたいと、そう思ってしまった。こうなったら私の負けだ。


「……改めてありがとうございます、ユリアティーネ皇女殿下」

「もう、ユリアで良いって言ってるでしょう? 私は貴方に敬われたくないの、対等になりたいのよ! せめて皇女殿下なんて堅苦しい呼び方は止めて頂戴!」

「……わかりましたよ、ユリアちゃん」

「私をちゃん付けするとは良い度胸じゃない……?」

「えぇ……だって様付けしたら怒られそうだったし……」

「普通に呼び捨てで呼びなさいよ!」

「……えっと、ユリア?」

「えぇ!」


 名前を呼び捨てにすると、彼女は本当に心の底から嬉しそうに笑う。

 その年相応の姿と、溢れ出さんばかりのエネルギーを感じながら思う。なんだか元気が分けられているみたいだ、と。


「それじゃあ改めて、これからよろしくやっていくために握手をしましょう、イルゼ」

「……ふぅ、こちらこそ。改めてよろしく、ユリア」


 そう言って、互いに手を握り合う。まだ幼く、大人になりきれてない手を握りながら、私はそっと笑みを浮かべた。


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