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12/20

12:ユリアティーネの目指す改革

2021/08/04 更新(1/2)

「イルゼ様には、これから私と共に皇城へと上がって頂いて皇太子であるお兄様に、そして皇帝陛下にもご紹介するつもりでございますわ」

「凄い、何から突っ込んでいいかわからない」


 ユリアティーネ皇女殿下との模擬戦の後、逃げ場を塞ぐように厳重にエスコートされた私。今日の宿だという高級宿の一室でユリアティーネ皇女殿下と一緒に過ごしているのだけど、状況も意味がわからなければ彼女が何を言っているのかも理解し難い。

 まず、なんで様付け? それに皇城に出戻った挙げ句、皇太子と皇帝陛下に紹介する? どうしてこんな事になったのか……?


「えーと、ユリアティーネ皇女殿下……」

「ユリア、とお呼びください。イルゼ様」

「まず、その様付けを止めてくれませんか!?」

「では、イルゼ。私は貴方を対等以上の存在と認めたわ。であれば、その敬意を払うべきだと私は思っているの。確かに私は皇女、尊き血筋に生まれた姫ではあるわ。でも、貴方だってその価値に負けないだけの物を示したじゃない。一体誰が、この人の世から失われてしまった神の力の一端を再現することが出来るの?」

「いや、それは……」

「貴方は、貴方が思っているよりも評価されなければならない人だわ。そう思えばこそ、三年前まで貴方が過ごしていた環境は到底見過ごすことが出来ない話だわ。家臣を束ね、正しく導かなければならない皇族として、心の底から謝罪するわ」


 ユリアティーネ皇女殿下は座っていた椅子から立ち上がると、私の前に膝をついて頭を下げた。皇族が膝をついて頭を垂れるなんて、とんでもない事だ。


「ユ、ユリアティーネ皇女殿下! お止めください! そんな事されても困ります!」

「皇族たるもの、そう簡単に頭を下げてはいけないのは承知しているわ。だからこそ、これは必要な謝罪だわ。貴方の十三年間の献身に皇家は気付くことなく、そしてそのまま放逐してしまった。許されざる怠惰だわ」

「怠惰って……そんな……魔導技術局に居た頃の話は、気にしてないって言えば嘘になりますけど、正直もうどうでも良いですから……」


 私はただの消耗品として使い潰され、捨てられた。そこで感謝も恩義も尽きてしまったし、残ったのはやるせない虚無感だけだった。

 あの日、メルティナさんの店に入って、天の理を記した魔導書を手に入れなければどこかで野垂れ死んでいただろう。あれから三年間、私は自分のために生きてきてそれなりに楽しくやってきた。


「だから今更謝られたって、もう終わった話ですから。何も感じない話に謝られても面倒なだけでしょう?」

「……そうね。わかったわ、ならもうその件について謝らないわ」

「はい。だから、その、皇族の方々とお会いするなんて畏れ多いので見逃して頂けないかと……」

「それとこれとは別の話よ。それなら遠慮無くビジネスの話をしましょうか、イルゼ」

「ひぃ……ダメですか、そうですか……」

「言っておくけど、貴方が魔導技術局で違法に働いていたことは捕まってもおかしくないことなのだからね? その不正を皇族に見逃せだなんて言っていいと思ってる?」

「それもそうですね……」

「これは貴方の身の潔白を証明するためでもあり、そして我がグロストラウム帝国を救うためには貴方の力が必要なのよ、イルゼ」

「そんな大袈裟な……」

「大袈裟じゃないの!」


 椅子に戻ったイルゼ様は、拳を勢い良く机に叩き付けた。なかなか手を付けられなかったお茶が僅かに跳ねて音を立てる。


「あぁもう! この恐ろしいまでの自己評価の低さと自己認識と常識の無さ! うふふ、ゲルルフ・ターベルク……! 貴方の罪は重いわよ……! 今までの恨みも含めて徹底的に断罪してくれるわ……!」

「ひぇ……」


 私に怒ってるのか、それともゲルルフ様に怒ってるのか。今にも髪が揺らめいて蠢きそうな程のオーラを纏っているユリアティーネ皇女殿下に私は口を閉ざしてしまう。


「気を取り直して、お話ししましょうか? イルゼ」

「は、はい……」

「私が貴方に技術顧問になって欲しいという話はしたと思うけれど、それは魔導師団のためであり、次の改革のための布石にしたいのよ」

「改革の布石……ですか?」

「そうよ。これまで魔導機の整備や修理、魔力の補充は魔導技術局が担ってきたわ。貴方がいなくなる三年前まで、幾らゲルルフの態度が横暴だからといっても覆せないほどの功績を立てていた。これは否定してはならない事実よ。でも、同時に今の魔導技術局は見る影もなく質を落としているわ。ゲルルフを追い落とすならこれ程の好機はない。でも、話はそう簡単に進まないのよね」

「そうなんですか?」

「まず、ゲルルフの根回しが思いのほか根が深いわ。ゲルルフに黒い噂が流れていたのは皆も半ば承知だったけど、そんな中で誰もゲルルフの悪事を告発することが出来なかった。何故だと思う?」

「……告発出来ないように根回しした?」

「そう。イルゼであれば、その立場の弱さを利用するなどしてね。だからゲルルフが裏で手を回して口封じしているのは確定よ。問題は、その証拠が今まで不十分すぎてゲルルフを追い詰めるに至らなかった。魔導技術局が栄えていた間に広がったゲルルフの権益による繋がりは後ろ暗く、それ故に一度誰かが裏切れば連鎖して破滅するのは間違いないわ。でも、だからこそ団結されると強固で打ち崩せない。最近の皇族の悩みの種でもあったわ」


 ふぅ、と額に手を当てながらユリアティーネ皇女殿下は呟いた。


「ゲルルフは野心を抱いているのは間違いないわ。このままでは皇族の権威まで脅かしかねない。かといって、ゲルルフに功績がある以上、ただ断罪して彼を退けただけでは大穴が空いてしまう。その穴を埋める方法も並行して考えなければならなかったわ。彼に与する派閥を捕らえても、それを埋める人材がいなければ迷惑を被るのは民になってしまうからね」

「……成る程」


 どんなに腐ってもゲルルフ様は魔導技術局の局長だ。その局長の後釜に座れる人がいないと、ただゲルルフ様を排除しても魔導技術局が機能出来なかったら意味がないって事ね。


「だから私は、私の側で抱えられる魔導機の技師を探していたの。わざわざ魔導師団を率いて、辺境の魔物討伐にまで乗り出してるのはそれが理由の一つでもあったわ。そして、貴方を見つけたの」

「……もしかして、私をゲルルフ様の後釜に据えようとかしてませんか!?」

「……それが出来たら私としては大変、理想なのだけど?」

「謹んでお断り致します!」

「でしょうね。今の貴方だったらそう答えると思ってたわ。……今は、ね」


 何か最後、不穏な呟きを残さなかった? ぞくぞくと悪寒が走ったので、誤魔化すようにお茶を飲む。


「安心なさい。幾ら、十三年務めた実績があって、貴方がどれだけ優秀であってもそれだけで特例まで作るつもりはないから」

「……正直、古巣に戻るつもりはないので。そうして頂けると本当に助かります」

「……えぇ、わかったわ。話は戻すのだけど、だからイルゼに果たして欲しい役割は別なの。貴方、現行の魔導機だけじゃなくて〝旧式魔導(アンティーク)〟についても詳しいのよね?」

「えぇ、まぁ。それなりには?」

「今、この国が魔導機について抱えている問題は様々だけど、その中で優先的に手をつけなければならないとしたら各地に配備している結界の魔導機よ」

「……やっぱり、どこもかしこも整備が追いついてない状態ですか?」

「知っていたのね」

「立ち寄った村で耳にしたので。丁度、その原因を探ってたところだったんですよ」

「なら好都合だったわね。そう、辺境や魔物の出現しやすい地域においては要ともなる結界の魔導機の状況は見過ごせないわ。中には魔導機が破損して、村を放棄しなければならない事例も確認されているの」


 私はクリア村のリナちゃんと、そのお父さんの話を思い出して苦虫を噛み潰したような表情を浮かべてしまう。

 まだリナちゃんでさえ、運が良かったとも言える状況とも言える。そんな状況が今も広がり続けているのは、かつて魔導技術局の仕事に携わった者としては複雑な思いを抱いてしまう。


「整備の手が足りてない、そもそも修理すらも以前よりも質が落ちている。改善を要求してもゲルルフでは対処出来てない。そっちに関してはゲルルフをどうにかしない限りは根本からの改善が出来ない。なら、その土台を崩すところから始めないといけないわ」

「土台から崩すですか。一体どうやって?」


 私の問いかけにユリアティーネ皇女殿下は一つ頷いてから、私を真っ直ぐ見つめて問いかけて来た。



「率直に聞くわ。――イルゼ、貴方なら今使われている結界用の魔導機よりも優れた魔導機を作ることが出来るのではなくて?」

  

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