11:皇女殿下様は私の実力を確かめたい
2021/08/03 更新(2/2)
ユリアティーネ皇女殿下曰く、最近の魔導技術局の質の低下により魔導機の不具合が多数報告されている。
前線で身体を張って戦う魔導師たちの命を預ける武器がそんな状態では心許ない。魔導技術局が対応しきれないならば、魔導師団で独自に魔導機の整備や調整が出来る人物が必要である。その為の技術顧問なのだそうだ。
……言いたいことは確かにわかる。私もそれは良い考えだと思った。
それなのにどうして、私は今、ユリアティーネ皇女殿下と向き合うように平野に立っているのでしょうか?
「さぁ、イルゼさん! 私はいつでも始められます!」
「あの……ユリアティーネ皇女殿下? 何故、私と模擬戦をするなどという流れに……?」
「貴方は魔導を扱えぬ身と聞きましたが、自作の魔導機を使えば魔導の行使が可能になる。それ即ち、純粋に魔導機の性能を確かめられるということです。そして! 魔導機の性能を見るならば実戦しかないでしょう!」
「だからって皇女殿下と模擬戦だなんて畏れ多すぎるんですけど!?」
怪我とかさせたらどうするの!? そんな思いから、なんとか止めて欲しいと願うようにフリッツさんへと視線を向ける。フリッツさんは無言で首を左右に振った。
「すまん、諦めてくれ。それにユリア様は割と冗談抜きで強いから、油断してると逆に危ないぞ?」
「油断というか、そもそもそういう話じゃないんですけどぉ!?」
なんとかしてこの状況をなかったことにしたいんだけど、ユリアティーネ皇女殿下の凄みのある笑顔を見て、私は萎縮してしまう。
「畏れ多いだとか、怪我をさせる不安があるだとか、そういうのは実際にさせてから考えてくださいます? 決して、私は自分をそこまで弱いとは思っておりませんし、その上で怪我をするなら私の観察眼が足りなかったということ。貴方に負わせる責任は一切ございません」
「で、でもぉ……」
「それでは、参りますわよ!」
「問答無用ですかぁ!?」
ユリアティーネ皇女殿下は剣を構えて突撃してくる。魔導機の剣はユリアティーネ皇女殿下の意思に応じるように水の刃を刀身に纏わせた。
彼女が近づけないように私は射撃形態で風の弾丸を飛ばす。針の形状ではなく、当たればデコピンが当たった程度の威力に抑えながら連射する。
しかし、ユリアティーネ皇女殿下が水の刃を振るうと、それが尾を引くように刃が変形して風の弾丸を呑み込んでいく。その鮮やかなまでの水の流れに舌を巻いてしまう。
「ここからですわよ! はぁッ!」
「なっ!?」
ユリアティーネ皇女殿下が大きく踏み込むと、水の刃が更に変化して地を叩く鞭へと変化する。その太い鞭を回避すると、その鞭がユリアティーネ皇女殿下を天高くまで持ち上げていく。
上空からの強襲、落下の加速を伴った鋭い一撃を射撃形態から魔剣形態へと変更して受け止める。
「ぐぅ……!」
「良い反応ですわね。ですが、私の魔導は変幻自在でしてよ!」
「ッ!?」
剣で抑え込んでいる間に、側面から回り込むような水の鞭の一撃が迫る。不敬だとか頭から抜けて、私はユリアティーネ皇女殿下を足蹴にして無理矢理に距離を取る。
ユリアティーネ皇女殿下は受身を取り、剣を支えにして起き上がる。そのまま剣から幾つもの水飛沫を飛ばすと、それが矢のように変化して時間差をつけて飛んで来る。
「はぁ――ッ!」
迫る水の矢を風によって吹き飛ばすことで迎撃する。そこで一息を吐き、改めてユリアティーネ皇女殿下を見つめる。本人の言う通り、とても強い。私が見て来た魔導師の中でもかなり優秀な方なのだと理解させられる。
「……お強いのですね、ユリアティーネ皇女殿下は」
「元より魔導は得意だと自負していましたが、この私専用に調整された魔導剣があってこその実力です。魔導機は人の歴史と共に歩み、進化してきた魔導師の手足にして、人が持つ牙にして爪、そして未来を守る盾でもあります」
真剣な表情のまま、ユリアティーネ皇女殿下は語る。そこには熱意が込められていた。聞くだけで誰かの心を震わせるような、耳を傾けてしまうだけの力がある。
「私の兄弟姉妹たちは、それぞれの役割で国を守ろうとしています。その中で私は魔導を選びました。国を守り、繁栄に導く力になろうと。だからこそ、私は貴方が欲しいのです。イルゼ・ティール」
「……」
「問います。――それが、貴方の全てですか?」
私の構えるアンタレス・ロッドを見つめながら、ユリアティーネ皇女殿下は問いかける。
「確かに素晴らしい魔導機です。ですが、それが全てだとは思えません。私に遠慮しているのですか? えぇ、私は皇女。貴方の懸念も理解していないとは言いません。ですが、敢えて言わせて頂きます。ここにいるのは唯一人の魔導師、ユリアティーネです。私は貴方の実力を、その魔導機の真価を確かめたいと思っているのです」
「……ユリアティーネ皇女殿下」
「私は、貴方が力を示すのに至らない女ですか?」
「……別に侮ってるとか、そういう訳ではなくて。ただ御身を大切にして頂きたいだけなのです」
「ならば、皇女として命じなければならないでしょうか。――全力を出しなさい、イルゼ・ティール。不敬には問わないと誓いましょう。私は、私の全身全霊をかけて貴方の価値を計るべきだと判断致しました」
ニッコリと笑みを浮かべて告げるユリアティーネ皇女殿下に、私は深々と溜息を吐いた。
「……わかりました。では、一度だけ私の全力の一端をお見せします。優秀な貴方ならばそれだけで理解して頂けるでしょう。――だから、全力で避けてください」
「……良いでしょう。受けて立ちます」
私は鞄に手を入れて、パーツを取り出す。それを元々、柄底のパーツと入れ替えていたものと交換する。
「アンタレス・ロッド、ニードルモード。連射式から集束式へ変更……」
ユリアティーネ皇女殿下に向けてアンタレス・ロッドを向ける。ユリアティーネ皇女殿下もいつ何が来ても迎撃出来るように身構えている。彼女の実力を信頼して、私は本気の一撃を放つ覚悟を決めた。
バチ、と。音を立てて光が奔る。その瞬間、見届け人を務めていたフリッツさんが反射的に武器に手をかけ、ユリアティーネ皇女殿下が目を見開く。
「――避けてくださいね」
――雷光が地を抉るようにして放たれた。その弾速は一瞬にしてユリアティーネ皇女殿下がいた場所を掠めるようにして突き抜けていく。
私が最初に忠告していた通り、ユリアティーネ皇女殿下は全力で回避してくれた。そしてユリアティーネ皇女殿下が回避した砲撃は地を抉り、轟音と共に消えていった。
ユリアティーネ皇女殿下は、呆気取られたように砲撃の跡を見つめている。立ち会い人を務めていたフリッツさんも、いつの間にかその周囲で観戦していた魔導師たちも声が出ないといった様子だ。
「……今のは、裁きの光……?」
裁きの光、それは即ち――雷。
現行の魔導機では操る術のない、正に神の操る力の一つ。かつて罪を犯し、神に逆らったものを一瞬にして滅ぼしたとも言われる神の裁きの象徴だ。
「これが私の切り札で、本気の一端です。これでご満足頂けたら幸いです」
だからもう武器を引っ込めて、終わりでいいですよね? そんな思いを込めてユリアティーネ皇女殿下を見つめる。
すると、彼女は俯いたままゆらりと身体を揺らし、恐ろしいと思える速度で私に接近してきた。そして、そのまま私の腕に飛びついてくる。
「ヒ、ヒィッ!?」
「フリッツ! そして魔導師団各位に告げます! この方を逃してはなりません! 最高のお持て成しで迎えますわよ!! この方の価値は私と同じ、いえ、私以上の可能性があります! 丁重に、そして確実に捕らえなさぁい!!」
「言ってることが矛盾してませんかぁ!?」
私の腕をがっちり抱え込んで離さないユリアティーネ皇女殿下に、そして包囲網を準備している魔導師団の皆さん。
そんな彼等に涙目になりながらツッコミを入れることしか、私には出来なかった。