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01:無駄になった今までの人生

 人はいつも前を見据えている。けれど、その先に見えるものは確かでなく、辿り着くかもしれない幻だ。

 確かなものは、振り返ると見ることが出来る過去だけ。けれど、過去を振り返ってしまえば未来という幻想は見えなくなる。


 だからこそ過去に足を囚われてしまった時、人は前に進めなくなるんじゃないだろうか?

 それでも、人は過去を振り返ってしまう。不確かな未来を見つめ、現在(いま)を歩く足が重たくなった時、過去を見つめてしまう。


 あぁ、私の人生に価値なんてあったんだろうか? そう思った時、私は人生の転機を迎えた。

 

「――仕事を辞めたい、だと?」


 私――イルゼ・ティールの申し出を聞いたのは、厳つい顔をした壮年の男性だ。彼は私の職場の上司であり、私をこの職場に招いてくれた恩師とも言える方だ。

 彼の名はゲルルフ・ターベルク様。普段から気分屋の方ではあるけれど、今日は一段と機嫌が悪そうだった。


「イルゼくん。君は、自分が何を言っているのかわかっているのかね?」

「……はい」


 とんとん、と執務机を叩くゲルルフ様の指の音が耳に届く。その音を聞くだけで胃が締め上げられ、心が萎縮していくのを感じる。


「君は、この職場を何と心得ていて、私を誰だと思っているのかね?」

「国を支える魔導、その魔導の行使を補助し、民に豊かな生活を提供する魔導機の製作を担う栄誉ある魔導技術局です。そしてゲルルフ様はその魔導技術局の局長であらせられます」

「そうだ。今や、魔導技術局の功績なくして我が国は成り立たないと言っても過言ではないだろう。そして私は、その栄誉ある組織の長である」


 魔導。それは人の持つ力の名前だ。古来から世界に満ちる魔力(マナ)を扱い、超常の現象を起こしてきた。

 その魔導は人類の歴史と共に進歩し、今や人の生活に欠かせない文明の象徴となっている。


 その魔導をより効率よく扱うために生み出された技術が魔導機だ。

 魔力を効率良く溜め、駆動する素材でコアを形成し、そのコアから溢れる力を用いて魔導を行使するためのもの。

 今や、この世界で魔導機の恩恵を受けていない者がいないと断言出来る程、魔導機は人と密接した存在である。


「そんな名誉ある職を辞したいとは……一体どのような了見なのかね?」

「恐れながらゲルルフ様。私は……もう限界なのです」


 私は絞り出すような声で呟く。顔を俯かせてしまい、ゲルルフ様の顔を見ることが出来ない。


「ゲルルフ様には恩義がございました。十二歳という、まだ右も左もわからぬ頃から私を導き、魔導技術局への推薦も頂きました。それから十三年、私も二十五歳となり、魔導技術局に人生を注いできたと言っても過言ではありません。身寄りのない私をここで働かせて頂き、私は今日まで生きることが出来たのはゲルルフ様の推薦があったからです。……ですが、その恩義だけでは、最早耐えられぬのです」


 ――忙しすぎるのだ。はっきり言って、私の手に負えない量の仕事が常に積み重なり続けている。

 私は才能がないから、その差を努力で埋めなければならない。自分の分の仕事をこなし、他の人に追いつくには休日を返上しなければならなかった。

 私が仕事でミスをすれば、推薦してくださったゲルルフ様の名に傷がつくと脅されて、もっと休めなくなった。


 来る日も来る日も働いて、それでも置いて行かれる日々。自分に才能がないことは理解していても、愚直な努力を続けることしか私には出来なかった。

 辞めよう、と思ったことも今日が初めてではない。その度に強く叱責されたり、ゲルルフ様から激励を受けて踏み止まることも出来た。


「……ですが、それももう限界です。二十五という節目を迎え、身体の衰えも感じて参りました。この激務の中で突如倒れ、業務の穴を開けるなどという危険も感じております。これでは逆に魔導技術局の迷惑になりかねないと――」

「――もう、良い」


 私の声を遮ったのは、苛立ちに満ちたゲルルフ様の声だった。


「確かにそうだな。お前は歳を取った。二十五歳、十二歳だった小娘が〝使い物〟にならなくなるのに十分な時間であった」

「……は?」

「気付いていなかったのか? あぁ、だからお前で良かったのだ。馬鹿であったからな。少し甘い言葉で囁き、心底お前のためを思っているのだと告げてやればお前はよく働いた。身寄りもないお前など、使い潰すには丁度良い人材だった」


 驚きと納得。それが私の心を占めるものだった。

 そんなことを思っていたのか、という驚きと、そう言われてしまうことへの納得。

 あぁ、そうか。私は最初から……。


「才能がない? まったくその通りだ。〝魔導に嫌われた女〟など何の価値もない。お前に出来るのは魔導機への魔力の補充程度、そこに我々の雑務を預けてやった。たかがその程度の下働きだ。お前の代わりなど幾らでもいる。たかが消耗品如きが、我々魔導技術局の一員のように振る舞いおって。あぁ、盲目で馬鹿であればまだ飼ってもやろうとは思ったがな。壊れかけならば、もう捨てる他あるまい」

「……ッ」

「あぁ、退職したいのならさっさと失せろ。退職の理由は自分の都合のため、とさせてもらうぞ。貴様のような不要品に払う退職金など存在しないのだからな」


 ゲルルフ様の表情に浮かんだのは、ゴミを見るかのような蔑みの色。

 これが彼の本心なのだとよくわかる、そんな表情だった。



 ――そして私は、十三年の人生を無駄に費やした職場から放り捨てられるように去ることになった。



   * * *



 ――怒る気力もなかった。悲しみに流す涙も尽きていた。ただ、ただ空っぽだった。

 退職が決まった瞬間、職員の寮から即日で叩き出された。元々、全て魔導技術局から借り受けたもので生活していたので、持ち出すものがほぼなかったのは当然の話だ。

 旅行鞄一つで済んでしまう私物の少なさに、改めて自分の人生の虚しさを感じてしまう。休日もなかったから、自分で買い物をした記憶すらなかった。


「……無駄な時間だったのかな」


 二十五年の内の半分以上、それが無駄だったと言われた。実際、私のやっている仕事は下働きの仕事と言われれば納得だ。

 魔導機を動かすには魔力が要る。基本的に時間経過で魔力は少しずつ回復するけれど、魔導技術が発展し、大型のものや機能が複雑なものになると自然回復では追いつかない。


 その魔力の補充や、魔導機の品質のチェックを行うのが私の仕事だった。どの部署から送られてきた魔導機なのかを把握して、期日までに魔力の補充とチェックをこなし、納品する。

 私は魔力の補充と、部品の摩耗具合などを調べることは出来た。けれど、肝心の動作確認となると何の役に立たない女だった。


「……魔導に嫌われた女、か」


 自分の最大の欠点であり、この時代では致命的とも言える汚点――私は〝魔導が使えない〟。

 魔導機は人の技術の進歩と共にある。魔導の歴史は祈祷から始まり、魔導の動きを公式化した魔導陣が導き出され、技術体系が確立された。その後、陣の小型化や、魔導の行使の補助のための魔導機が発明され、進化し続けてきた。


 そんな魔導が当たり前になった時代で、魔導が使えない体質に生まれた私の人生はお先真っ暗だった。なにせ、どんな魔導すらも〝暴発〟する体質なのだ。

 魔力の補充や、自動で動く魔導機の動作確認や品質チェックは出来る。けれど魔導機を動かして魔導を行使しようとすれば、暴発するどころか魔導機まで破壊してしまう。

 今更ながら、そんな私がよく魔導技術局で働けたものだと思う。


「……これからどうしようかな」


 魔導をろくに使えない私は、魔導が当たり前であるこの世界に居場所がない。

 給金だって雀の涙が良いところで、生活に必要な魔導機を買い揃えることだって出来ない。そもそも家がない。そして、私は現実と向きあって悟りを開く。



「――わぁ、人生詰んだな」


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