会いたい
“君に会えなくて寂しい。君に会いたい。
どうして会えないんだ。今こそ君のそばにいるべき時なのに”
病室の窓から見る桜はとてもはかない。なぜって、それは……。
去年も一人だった。病室で一人。窓を見ながら季節が通り過ぎていった。
私は4年前から入院している。
原因はがん。
私の病状は、一進一退。
抗がん剤治療と放射線治療を毎日するため入院している。
本当は通いでもいいんだけど、親もまだ働いているから入院することにしたの。
治療は辛かったけど一昨年まではそれほど寂しくなかった。
なぜって?
彼がいたから。愛する彼がほぼ毎日、会いに来てくれていたから。
彼と気兼ねなく話すために、家族に無理を言って個室へ移った。大きな桜の木が見える、小さな個室。
彼とはもう1年も直接会っていない。
今、世界中には新型ウイルスが蔓延している。
そのせいで、私の病院でも面会が出来なくなってしまった。
だから、彼とのコミュニケーションはもう1年以上SNSでのやりとりだけ。
でも、それじゃ足りない。会いたい。
彼に一目だけでも会いたい。会いたい。会いたい。会いたい。
もう自分でもわかる。この命が残り少ないことを。
そんなことを彼に言ったら悲しむと思う。
彼をこれ以上悲しませたくない。
私が死んだ後も、彼には未来が続いている。
彼には新しい人と出会ってもっと幸せになって欲しい。
でも、だけど、本当は、本当は私だけが彼のそばにいたい。彼の隣で、彼の奥さんとして。
そう、思っていた。
顔なじみの看護師さんが慌ただしく病室のドアを開けた。
「お母さんから、電話よ」
そう言って私に電話を差し出す。
「もしもし、お母さん? どうしたの??」
「あ、もしもし美代子? 落ち着いて聞いてね。あの、あのね……」
「もう、何よ。そんなためらって。どうしたの? 何かあった?」
母の慌てように少し驚いた。
「うん、あのね、悠人君。あなたの彼氏の。その、悠人くんがね……」
「うん、悠人がどうしたの?」
「悠人君、事故にあったって」
「………………え?」
頭が真っ白になった。
「………………」
母も言葉を詰まらせている。
「それは、本当なの? 悠人は、無事なの?」
無事ならいい。無事なら、それで......
「いいえ……。亡くなったって。先ほどお母さまから連絡が来たわ......。
美代子の、あなたの病院のすぐ近くの交差点で事故にあったらしいわ。だから、今あなたの病院にいるって。そこに、運ばれたって。
今ならまだ会えるから、来られるようなら来てほしいって。
そう伝えて欲しいって。」
理解が追いつかない。
え?悠斗が、死んだ??
「美代子? 大丈夫??」
あまりに長い時間黙っていたからか、母からそう声をかけられた。
「……。会う。会いたい。どうしたらいい?」
そこで、ずっと静かに横にいてくれた看護師さんが口を開いた。
「今回は特別に、面会を許可するってことになったの。医師にも確認を取ってきた。大丈夫。今から、連れて行ってあげる」
母が事情を説明してくれていたようだった。
「はい。ありがとうございます。」
私は頭をさげた。
「いいのよ。じゃあ行こうか!」
看護師さんは気遣うように、でも優しく笑いながら答えてくれた。
もう歩けなくなっていた私は、車いすを看護師さんに押してもらって彼の待つ部屋へ向かった。
彼は冷たい霊安室にいた。
こんな形で会いたいなんて思っていなかった。
こんな風になるなら、彼に会いたいなんて、彼の隣を欲しがったりなんて、しなかった。
私は、冷たくなった彼を目の前にして顔をぐしゃぐしゃにした。
彼はサプライズで私に会いに来てくれていたらしい。
直接は会えないけれど、窓越しにでも一目会おうと来てくれようとしていたのだと、彼のお母さんから聞いた。
ごめんなさい。
そう口にした私を彼のお母さんは諌めた。
彼がやりたくてやったことを否定しないであげて欲しい、と。
私は、その言葉にうなずいた。
私より先にいくなんて酷いわね。
珍しく弱気なメッセージがきてると思ったら、本当に会いに来てくれようとしてたなんて。
聞いてない、聞いてないよ。
でも、私ももう少しでそちらにいく。
だから、まだ天へは上らないで。待っていて欲しい。
たくさん話したいことがあるの。
別に死に急ぐわけじゃないわ。
だから、だから。最後くらい、あなたの笑った顔を見せてほしいの。
お願い。
Fin