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【5】

「結論といたしましては、シャルロット様には帝国にお戻り頂きたいんです」

「……案は納得できましたが、それで本当に死者0展開に持っていけますでしょうか」

「持っていきましょう、何が何でも。私たちは、誰かの死を背負えるような、この世界の王侯貴族に向いた思考を持っていないのですから」


 転移陣の間を片付け、倒れた侍女と医者とカマル王と忠犬騎士をそれぞれなんとか寝室に放り込んだ後。

 期せずして周辺の人間が全員倒れたおかげで、一応気休めの防音魔法を張った客間で二人きり、シャルロットとアネッサは密談をすることが叶った。そして大変残念なことに、二人とも前世からの筋金入りの恋愛力皆無系女子であり、恋より仕事に人生を捧げてきた人種だったため、愛も恋もへったくれもない、本当に生存のみに重きを置いた会議になった。

 正直これほど乙女ゲーム転生に向かない人選はなかったと思われる。

 シャルロットは人生設計の変更にぐったりとため息をついた。


「では、私はカマル王の秘密の恋人探しを請け負いましょう。貴女は隠しキャラネビロスを早急に見つけ出して下さい。ロアエ動乱によると思われるジャン・バチストの戦死カットの背景は夏指定でした。あまり時間がありません」

「楽師の仕事はどうしましょう」

「もともとルアビオン帝国音楽師団の来訪は解放祭を含んだ1週間だけと言うお約束ですから、予定通りでいいでしょう。もしかしたらこの解放祭の最中で貴女はカマル王の秘密の恋人に出会うイベントが発生する可能性もあります」

「11歳男子の駆け落ちのお手伝いとか、すごくファンタジーですよね……」

「まあ乙女ゲームですからね……そもそも16歳のヒロインが11歳男子を口説くのはアリなのかとまず私は企画に問いたいです。イエス、ロリショタノータッチ!」

「ノータッチ!私、柳瀬さんにお会いできて本当に心強いです」

「わたしも岡嶋さんとお話しできる機会を持てて良かったです。お陰様でグラシャラボラス様に惨殺される案件を回避できそうな気がしてきました」

「溺愛されていると噂されてましたけど、そんな殺伐なご関係で……!?」

「お会いすると日に一度は首を締めるフリを仕掛けられますね。なにか気に食わなかったら即座に刎ね飛ばす気配がひしひしと感じられる殺気付きで」

「ひえ」

「顔が自分が最強にかっこいいと思うデザインなので、怖くもなんともありませんが。わたしが描いたんですよ、グラシャラボラスのキャラデザは。この殺伐顔を作るために何枚ラフスケッチしたことか。これをわたしは自作自萌と評します」

「神絵師は言うことが神ですね」

「お褒めいただき恐縮です」


 シャルロットはぬるいレモン水を口に含みながら、現夫との1年間に想いを馳せた。音響担当の岡嶋さんの記憶と柳瀬真由美の知識を擦り合わせたゲーム設定あやふやを元にすれば、彼は「不遇時代に出会った平民の幼馴染を守るために解放祭中に暴漢に殺されかけてヒロインと出会う」か「暴漢にさらわれたフリをして幼馴染と駆け落ちする」か、「ヒロインの神演奏に聞き惚れて道ならぬ恋に落ちる」らしい。どのルートでもロアエ王妃シャルロットは不遇である。

 初対面で愛を誓われたが、あれは計算上のポーズだったのか。恐ろしいな10歳のカマル王。少年王なんてとんでもない肩書きを持つだけはある。いや、乙女ゲームのヒーロー役の恋愛脳ポテンシャルの高さから考えれば逆に妥当なのか。


「あ、そうそう、すみませんがアネッサさんが持ち込まれた魔道具についてですけれど。おひとつお借りしても宜しいですか?」

「ああ、借りるとかの前に、アレらはシャルロット様のために使うように、とグラシャラボラス様より賜っています。如何様にもしてくださいませ」

「なるほど。ではお言葉に甘えましょうか」


 シャルロットは彼女が持っている水晶に似た装飾品をひとつ手に取った。グラシャラボラスの特質の一つ、「人を透明にする」魔法が付与された品だ。幼少期はこの魔法を使われて、鬼ごっこだろうが隠れんぼだろうが1分とまともに遊べたことが無いことを思い出し、シャルロットは遠い目になる。これでなぜ溺愛説が浮上するのか。貴族の恋愛脳はシャルロットの理解の範疇を超えている。


「……では次の会議は2日後の夕食前に。お互い健闘を祈りましょう」

「はい、柳瀬さん。いえ、ロアエ王妃様。本日はありがとうございました」

「いえ、例には及びません。解放祭、期待しておりますね、アネッサさん」


 魔道具を懐に隠し持った時点で、部屋に青い顔をしたジャン・バチスト忠犬騎士が飛び込んできた。護衛対象をほったらかしにしたので気が動転してしまったのだろう。シャルロットは極々普通に王妃として臣下を激励する言葉を口にして席を立つことにした。


「お久しぶりですね、ジャン殿。彼の方はお元気にしていらっしゃいますか?貴方があの人のおそばを離れるのは珍しく思います」

「はっ!シャルロット様……!!」

「今はロアエ王妃です。今回貴方がお連れになった楽師の方はとても優秀な様ですね。流石の采配、ご恩情心より感謝しておりますとお伝え願いますわ。活躍、心より期待しておりましてよ」


 さっと頭を垂れた騎士の隣をすり抜け、ふらふらになりながら客人の後を追いかけてきた侍女の元へと足を運ぶ。擦れ違いざまに鼻腔をくすぐった故郷の香りに、久しく忘れていた殺伐の気配を感じ取りシャルロットはうんざりした。



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