第6話 リソース畑を求めて
逃げ去るガナドと取り巻きの背中を見送ったロマナは小さくため息をつく。
その背後からハダリーが尋ねる。
「どうして殺さなかったんだ? 連中はお前を殺そうとしたんだぞ?」
人間であるロマナならオートマタのガナドたちを一方的に殺すことも可能だったはずだ。そしてその十分な動機だってあった。
だがロマナはふるふると首を振る。
「殺せないよ。だって私もあのオートマタも同じだもの」
「同じ?」
「人間に置いていかれた」
「……」
「なーんか、シンパシー感じちゃうんだよね」
そう大きく伸びをするロマナを見て、ハダリーは彼女に人間が嫌いじゃないのかと尋ねたときのことを思い出していた。
『嫌いにはなれないけど、寂しいかな』
あの『寂しい』という言葉の印象が、彼女の正体がわかった今まったく違うものになっていた。
「なあ……。何で自分が人間だって黙ってたんだ?」
「だってハダリー、人間は嫌いだって言うから」
「えっ?」
「あなたに嫌われたままここを出たくなかったの。悪い人に嫌われるのはどうだっていいけど、いい人に嫌われるのは嫌だから」
「……馬鹿じゃねえのか」
「むっ……馬鹿じゃないよ」
頬を膨らませこちらを睨むロマナから視線をそらして、ハダリーは話題を変える。
「どうしてハイバネーションを?」
「別に大した理由じゃないよ。よくある話」
言ってロマナはくるりと背を向ける。
「私は病気だったの。でもその病気は当時の医療技術じゃ治らなかった。そこでハイバネーションして、未来に治療を託そうってことになったの。あなたたちが禁域って呼んでいる場所でね」
「それで、お前の病気は治ったのか……?」
おそるおそる尋ねるハダリーに、ロマナは背を向けたまま答える。
「ううん、治ってないみたい。この町に来るまでは、死んじゃうんじゃないかって思うくらい辛かったし」
問うまでもなかった。
もしも人間たちが治療したのなら、彼女は手術を受けるタイミングでハイバネーションを解除されて覚醒しているはずだ。
しかし最近目覚めたというのなら、人間たちは彼女を病気のまま放置して宇宙へと旅立っていったのだろう。
(なんだよそりゃ……。ちくしょう……!)
心の中でハダリーは叫ぶ。
きっと人間たちは少しでも口減らしをしたかったのだろう。だがあまりにもひどい話だ。
オートマタを置いていくのはまだわかる。人間にとってオートマタはただの道具に過ぎないからだ。
しかしだからと言って、同じ種族の人間まで置いていくというのか?
長い時間を眠り、未来に希望を託した同胞を。
しかしそこでハダリーは気づく。
ロマナを見捨てたのは自分も同じだ。
リソースがないからといって、出ていく彼女を引き止めることをしなかった。
彼女がいなければ楽だとさえ考えた。
(俺も連中と変わらねえ、か……)
己の薄情さにハダリーはいっそう表情を暗くする。そんな彼女とは対象的に、ロマナは振り返って明るげに言う。
「でもね、ハダリーからリソースを食べさせてもらって気づいたんだけど、あれを食べると身体が楽になるの。きっとリソースが病気を抑え込んでるんだよ」
「リソースが病気の薬になってるっていうのか……?」
そんな話は聞いたことがない。なぜなら人間がリソースを食べたという前例はないからだ。
だがこうしてロマナの病気が抑えられている以上、ありえないと断じることはできなかった。
「だから私にはどうしてもリソースが必要なんだ。……じゃあ改めて。さようなら、ハダリー」
そう言ってロマナは踵を返すと町の入口がある方へと向かう。
それを慌ててハダリーが呼び止めた。
「おい、もう出ていっちまうのかよ?」
「元からその予定だったし、この町ならもう大丈夫でしょ?」
ロマナの言うとおり、ガナドは彼女の命令によって、もう二度と賄賂を送ることも町に住むオートマタを苦しめることもできない。人間の命令はロボット工学三原則に縛られるオートマタたちにとって絶対だからだ。
ガナドはもはやこの町の脅威ではない。それはわかる。わかるが――。
「お前ならこのままガナドの屋敷に行って、奴の溜め込んでるリソースを奪うことだってできるだろ?」
「私がそんなことするように思う?」
少し怒ったような口調のロマナに、ハダリーは「あ、いや……」としばらく口をもごつかせていたが、ひとつ咳払いして尋ねる。
「それじゃどこに行くっていうんだ?」
「昨日ハダリーが言っていた大畑を目指そうかと思う」
「大畑を……」
潤沢なリソースを生み出すことができるシステム。
人間にしか起動することができず、どのオートマタも使うことを諦めてきた。
だが人間であるロマナならば難なく起動できるだろう。
「見つけて、畑を起動することができたらこの町に戻ってくる。そうしたらみんなリソース不足で困ることはないでしょ?」
「お前最初からそのつもりだったのか?」
「まあ、そんなところ」
「それならそうと先に言ってくれればもう少し協力したのに……」
「だから、それだと私が人間だってことをハダリーに明かさないといけなかったでしょ?」
「そりゃ、そうだけどよ……」
言葉に詰まるハダリーに、ロマナは「じゃあね」と微笑んで小さく手を振ると身体を翻した。
段々と彼女の小さな背中が離れていく。
その光景を眺めながらハダリーは気づけば自分の拳を強く握りしめていた。
ロマナ一人に任せて、それで自分は何もせずただ彼女が帰ってくるのを指をくわえて待っているだけか?
「なあ……。俺も付いて行っていいか?」
気づけば、自分でも驚くほど自然と言葉が口を突いて出ていた。
驚いたのはロマナも同じだったようで、振り返った彼女はハダリーへとその黒い瞳を大きく見開く。
「ハダリーも?」
「ほら、病気の身空で一人旅は色々と不安だろ?」
「人間は嫌いじゃなかったの?」
「蒸し返すなよ」
ハダリーはバツが悪そうに言ってから笑う。
「別に全部の人間が嫌いなわけじゃあない。俺が嫌いなのは、俺たちオートマタを置いていった人間だ。お前は違うだろ?」
置いていかれた者同士。そんな思いがあった。
ロマナの言葉を借りれば、シンパシーというやつだろうか。
ハダリーの言葉にしばらく何かを考えていた様子のロマナだったが、やがて弾けるような笑みを見せる。
「わかった。じゃあ、一緒に行こう」
* * *
改めて旅支度をしたハダリーとロマナは、今度は二人一緒に町の入口へとやって来た。
入り口にはボロボロになった身の丈ほどの木製の門扉がある。
この門扉を見るのは果たして何十年ぶりになるだろうか。
そんなことを考えていたハダリーは、そこで小さく「あ」とつぶやく。
考えてみれば、ここを出るのは人間が地球を旅立ってからはじめてのことかもしれない。
それに気づいた途端、まるで地面に縫い付けられたようにしてハダリーの足が止まってしまう。
これまで幾度となく町を出ていくことを考えた。新しい場所を見つけてそこでやり直そうと、そう考えもした。
だがこうして町の入り口に来る度に、足がすくんでしまった。
慣れ親しんだ環境から新しい場所へ飛びだすことに対して恐怖があった。
百年はオートマタにとっても長かったのだ。
「ハダリー?」
頭上から声が聞こえる。
まんじりとも動かない足を見下ろしていたロマナは顔を上げる。いつの間にか門扉を開けて先を行っていたロマナが、心配そうな目でこちらを見つめていた。
「戻っても、いいんだよ?」
そう少し遠慮気味に言う少女にハダリーは目を細めた。
ああ、そうだった。自分は一人で町を出るわけではないのだ。
ならば何を怯えることがあろうか。何をためらうことがあろうか。
ハダリーは門の外に足を踏み出すと、ロマナへと不敵に笑って見せる。
「ハッ、馬鹿にすんな。こちとら百年ぶりにこの町を出るんだ。ちょっと感傷に浸ってただけだよ」
「そう? ならいいんだけど」
ロマナは踵を返して先を行く。ハダリーもそれを追いかけた。
こうして一人の人間と一体のオートマタは旅に出ることになった。
一体は食糧のため。一人は自分の病気を抑えるため。
二人の少女は、遥か東にあるという巨大なリソース畑を目指すのだった。
完結です。
ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。