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リソース畑を求めて  作者: 至儀まどか
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第3話 ロマナ

 家の窓から、民家の屋根に沈んでいくオレンジ色の陽の光を眺めながら、ハダリーはこれからのことを考えていた。

 自分の家の畑はもう駄目だ。あれではいずれ完全にリソースが実らなくなる。そうなれば飢え死にすることは間違いない。自分たちオートマタは、リソースがなければ生きていくことができないのだから。

 だが問題はそれだけではない。

 ハダリーには、それとは別にもうひとつのある大きな問題を抱えていた。


「あの……」


 不意に背後から声が聞こえる。

 振り返ると、そこにはベッドの上で半身を起こしてこちらを見る少女の姿があった。どうやら眠りから目覚めたらしい。その目には若干の怯えと不安が見えたが、畑で彼女を助けたより幾分顔色はいい。

 ハダリーはなるべく怖がらせないように気を配りながら声をかける。


「おう、起きたか」

「ここは?」

「俺の家だよ」


 ハダリーの言葉に少女は黒い瞳を瞬かせる。


「もしかして助けてくれたの?」

「まあ、そんなとこだな。感謝しろよ? 貴重なリソースをくれてやったんだから」

「リソース?」

「ほら、これだよ」


 ハダリーは手にしたリソースを少女に向けて掲げる。

 淡く緑色に光るそれを見て、少女は目を輝かせた。


「きれい……」


 オートマタにとっては必須のエネルギーであるリソースをまるではじめて見るような目で見る少女。

 そんな彼女に、ハダリーは眉根を寄せる。


「お前、名前は?」

「ロマナ」

「ロマナか。俺はハダリーだ」


 自己紹介もそこそこにハダリーはロマナに尋ねる。


「見かけない顔だが、お前はこの町のオートマタか?」

「オートマタ……」


 数瞬、何かを考え込んだ様子のロマナだったが、やがて静かに首を振る。


「ううん、違う」

「じゃあどこの町から来たんだ? 東? 北? それとも南?」

「ええと……」


 ロマナは見まわしてから、


「あっち」


 ベッドわきの窓の外を指差す。

 指の差す先を見てハダリーは怪訝に顔を歪める。


「あっちの方角に村や町はねえだろ。あるのは禁域だけだ」

「禁域?」

「立ち入り禁止の場所だよ。オートマタは立ち入れねーの」


 人間が地球を旅立つ前、彼らはオートマタたちにいくつか命令を残していた。そのひとつに『禁域に立ち入るべからず』というものがあった。

 オートマタにとって人間の命令は絶対だ。命令の効果は、たとえ人間がいなくなってしまったとしても継続される。だからこそ今日までオートマタたちは誰一人として、禁域に近づくことをしなかったのだ。

 だと言うのに、この少女は禁域から来たというのか?

 もう少し詳しく話を聞こうとハダリーが口を開きかけたそのとき、突然家のドアが激しくノックされる。

 そのあまりの大きさに、ロマナの肩が大きく震える。対してハダリーはドアを睨みつけた。

 部屋の奥で怯える少女のことを考え、ハダリーは一瞬ドアを開けるかどうか迷う。だがノックはボロボロの家が壊れてしまうのではないかという激しさだ。

 家を壊されてはかなわないと、ハダリーは舌打ちしながらしぶしぶ玄関のドアを開ける。

 玄関には三人の男が立っていた。

 スーツ姿の屈強な二人の男を背後に従えた小柄な男は初老の見た目をしており、黒い革コートにその身を包んでいる。

 男の名前はガナド。この町の町長であり、彼もまたオートマタだった。

 ガナドは狡猾そうな鋭い目をハダリーに向ける。


「よう、ハダリー。久しぶりだな」

「アンタか」


 露骨に嫌そうな顔を見せるハダリー。そんな彼女を押しのけ、ガナドは取り巻きとともに家の中へ無遠慮に踏み入ってくる。


「相変わらず貧しそうな生活をしているな。ここのところリソースの滞納が続いているようだが」

「システムが不調でね。それに先日の雷のせいか、ウチの畑じゃもうロクなリソースが取れねえんだよ」

「だったらこの町から出ていってもらうしかないな」


 値踏みするように部屋を見まわしていたガナドだったが、その視線がロマナのそれと交差する。


「何だ、その小娘は?」

「うちの前で倒れたんだよ。アンタ、この子のこと知らないか?」

「知らんな。それより見ず知らずのオートマタを助けるとは、実は貴様『蓄え』でもあるんじゃないだろうな?」

「ふざけんな、そんなもんあるわけねぇだろ!」


 ハダリーはガナドを睨みながら吠え立てる。だが、すかさず取り巻きが彼女に銃を突きつけた。ライフル型の光線銃だ。

 黙るハダリーにガナドがドスの利いた声で言い放つ。


「俺に嘘をつくとろくなことにならんぞ」

「……嘘じゃねえ」


 そのまましばらく睨み合っていた二体のオートマタだったが、やがてガナドは鼻を鳴らすと身を翻す。


「まあいい。いいか、いずれ耳を揃えてキッチリと納めてもらうからな!」


 そう吐き捨てるように言うと、ガナドたちは荒々しくドアを閉めて出ていった。


「チッ……ハイエナめ」


 ハダリーはガナドのいなくなったドアへと忌々しげに悪態をつく。

 そんな彼女の背後から、ロマナがおそるおそるといったように尋ねた。


「今のは?」

「あいつはガナド。この町の町長で厄介者だよ。ああやって強引なやり方で、俺たち町のオートマタからリソースを税金として徴収してるんだ」


 ハダリーは目元を手で抑える。

 あの男こそが、ハダリーの抱えるもうひとつの大きな問題だった。

 ガナドの無茶な税の取り立てによって、ただでさえ実りの少ないリソースが搾取されているのだ。

 ハダリーは椅子に腰掛けると、疲れたように背もたれへと大きく寄りかかると愚痴るように言う。


「ったく……。人間がいなくならなければ、こんなことにはならなかったんだ……」


 まともな人間がいてくれさえすれば、ガナドごときの悪政を野放しにしておくことなどなかっただろう。いくらガナドといえど、所詮はオートマタ。人間には従わざるを得ない。

 ため息をつくハダリー。そんな彼女を見て、ロマナが不思議そうな顔で首をかしげる。


「人間はどうしたの?」

「知らねえのか?」


 身を乗り出しながら驚きに目を丸くするハダリーに、ロマナはうなずく。

 嘘をついている様子はない。どうやら彼女は本当に、人間がどうなったのかを知らないようだ。


(どういうことだ……?)


 ハダリーは再び背もたれに寄りかかりながら、思案げな目を古ぼけた天井にさまよわせる。

 もしかするとロマナは何らかの事情で最近まで停止していたオートマタなのかもしれない。

 それが何らかの理由で起動した。たとえばそう、先日の落雷だ。

 先日の落雷が原因で今まで眠っていたロマナが起動した。

 だから彼女はリソースのことも知らなかったのだ。禁域の方から来たという話も、きっと起動直後で記憶が混乱しているのだろう。

 なんとなく自分の中で合点の行ったハダリーは、ロマナに地球の現状を説明してやることにした。


 ――地球は人間の住める環境ではなくなってしまったこと。

 ――人間は地球を見限り、別の居住可能な星を探しに宇宙に行ってしまったこと。

 ――今の地球はオートマタと一部の生物だけが暮らす星になったこと。


 すべてを聞いたロマナは酷くショックを受けた様子だった。

 見開かれた瞳は動揺したようにちらちらと揺れている。

 無理もない。ハダリーだって人間から「お前たちはこの星に置いていく」と言われたときには、同じようにショックを受けたものだ。

 ましてや起動してすぐにその事実を知らされれば、ショックの度合はより大きいことだろう。

 それからうつむいたまま、しばらくの間ロマナは黙っていた。

 だがやがて消え入るような声でただ一言、「そっか」とだけつぶやいた。


「な! ひでぇ話だろ?」


 憤慨するハダリーにロマナは顔を上げて尋ねる。


「ハダリーは人間が嫌いなの?」

「嫌いだね。連中は俺たちを置いて行きやがったんだ。平和なときだけ人間の友達だなんだ都合のいいことをのたまっておきながら、いざ自分たちが苦しくなったら最後は友達じゃなくて食糧になる家畜どもを連れて行きやがった! お前だって腹が立つだろ?」

「私? 私は……。う~ん……」


 問われたロマナは、腕組みをしながら思案げにしていたが、やがてポツリと言う。


「嫌いにはなれないけど、寂しいかな」

「……随分とお人好しに作られたもんだな」


 思いもよらない返事に鼻白んだハダリーは、ややあって皮肉るように言った。




 * * *




 その日の夜、ロマナはベッドの上で起きていた。

 夕方に眠ってしまったせいか、あるいはハダリーからあんな話を聞かされたからか。それはわからなかった。だがどうにも眠ることができなかったのだ。

 ロマナは床の方へと視線を落とす。

 床の上では、毛布をはだけさせたハダリーが大きないびきをかきながら寝ていた。

 口と性格はがさつだったが、自分を助けてくれたことといい、こうしてベッドを譲ってくれたことといい、ハダリーはいいオートマタに違いない。

 そんな彼女を見てクスリと笑うと、ロマナは自分の手元に目をやる。

 手の中にはハダリーが夕食にとくれたリソースがあった。不思議な球体は手元を淡い緑で照らしている。

 ハダリーの話では、自分は気を失う直前にこれを食べたとのことだった。記憶にはないが果たして本当だろうか。

 おそるおそるリソースを口元へ近づけて、一口かじってみる。

 甘くも辛くも苦くもない。無味だ。

 食感はというと、固くも柔らかくもない。

 断面に水気はなかったが、喉が潤されていくのを感じる。

 何から何まで不思議な食べものだったが、空腹は確かに満たされた。それに、心なしか身体が楽になったような気がした。

 食事を終えて人心地ついたロマナは窓から空を見上げる。


「そうか……人間はもうこの星にいないんだ……」


 夜空には満点の星が光り輝いていた。

次話明日更新となります。

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