第1話 目覚め
低く唸るような音が轟いていた。
空には暗灰色の雲が渦巻いており、時折稲光が白い線を描いている。
黒い空の下、ドーム型の建物があった。
非常灯の灯りが薄く照らす暗い建物の中は静まり返っており、人の姿はない。
元は研究所か、あるいは病院だったのだろうか。いくつかある部屋の中央には、大きな機械が我が物顔で鎮座している。
建物の奥の奥。緑色の光沢を放つリノリウム製の床が伸びたその先に、唯一白い明かりに照らされた部屋があった。
だが寿命が近いのだろうか。部屋の天井に設置されたダウンライトは激しく明滅を繰り返している。
部屋の壁際には、緑と赤のLEDランプを光らせたいくつもの機械が、不機嫌そうな音を上げながら稼働していた。
中央には一際大きな機械が置かれている。コフィンと呼ばれる棺のような形をしたそれは、透明なガラスでフタをされていた。中は白い気体が充満しており、内部の様子を窺い知ることはできない。
部屋のシステムは、実に気の遠くなるような長い時間稼働していた。
これまで一度のエラーも停止もなく。安定して稼働していた。
だが長いこと建物全体が保守点検がされていなかったせいだろうか。そのときは唐突に訪れた。
凄烈な轟音とともに建物の近くに雷が落ちたのだ。
瞬間、建物内の電気供給が一斉に途絶える。
天井の明かりが、機械が、コフィンが。一斉に稼働を止めた。これも保守点検がされていなかったためか、非常用電源が作動することはなかった。
機械のファンが停止したことで室内に一時の静寂が訪れる。
だがそれもつかの間、電気の供給が止まったコフィンのフタが音を立てて立ち上がり、白い気体が外へと吐き出された。それによってコフィン内部の様子が露わになる。
コフィンの中には一人の少女の姿があった。少女は衣服を一切身につけていない。生まれたままの姿で、目を閉じたまま静かな寝息を立てて仰臥している。
さながら棺桶に収まった死者のようだったが、死人の肌とは違って瑞々しい。
コフィンが開いてから数分経った頃か、やおら少女の意識が覚醒した。
彼女はゆっくりとまぶたを開いて天井を、それから目だけを動かして左右に視線を向ける。
そこで自分がコフィンの中にいることを知ると、少女は緩慢な動作で上半身を起こした。途端、彼女の身体を凍えるような寒さが襲う。
「寒い……」
震えるその身体を手で擦りながら少女はつぶやく。口からは白い吐息が漏れ出た。コフィンの中は、凄まじい冷気で満たされていたのだ。意識を取り戻した少女は、今更ながらその寒さに身震いする。
身体とコフィン内部が部屋の空気によって暖められ、ようやく人心地つくことのできた少女は辺りを見渡す。
照明の切れた部屋の中は薄暗く、コフィンの放つ白い光と薄緑色の非常灯が辛うじて淡く照らしているだけだった。
少女は立ち上がってコフィンの上から降りようとする。だが思うように身体を動かすことができずに、コフィンの上で足を滑らせてしまう。
大きな音とともに少女の身体が床へと滑り落ちた。
強かに打ち付けた腰を擦りながら目尻に涙を浮かべていた少女だったが、そこで視界の端に何かを見つける。
彼女が見つけたのは、床に横たわる人間の足らしきものだった。
誰かが倒れている。それに気づいた少女は慌てて足の持ち主へと駆け寄る。
「!」
だが次の瞬間、少女の喉が短く鳴る。身体を強張らせて、口元に手を当てた。
細く白い足の持ち主は女性のようだった。だが天井を見つめる眼孔に瞳はなく、ぽっかりと穴がふたつ空いている。開かれた口からは長い舌が垂れ出ていた。
看護服と思しき女性の白い衣服はボロボロだった。それどころか皮膚もところどころ破れており、中から機械らしきものが覗いている。
「……」
あまりにも衝撃的なその光景に言葉を失う少女だったが、不意に女性の足の裏に何かが書かれているのが見えた。
その何かは文字、それもどうやらアルファベットのようだった。
少女はおそるおそる近づくと、足の裏に書かれた文字をゆっくりと読み上げる。
「オート……マタ……?」