サキの話
この物語の最終話では、サキ、という
少女の生い立ちとその生まれた時代について
書いていきたい。
この物語では、西暦二一〇一年から宇宙暦
元年がスタートした。
サキが生まれたのは、宇宙暦二一九九一年、
つまり宇宙に人類が進出して二万年以上経っ
た頃だ。
母親の名はナミカ・キムラ。
サキは、生まれてから一度も父親と会った
ことがない。父親の名前も知らない。母から
知らされていない。
しかし、どうやら母がサキを妊娠したすぐ後
ぐらいに病気で亡くなったようだ。
その母は、元男性だった。二十代の半ば頃、
人類初となる、自身の細胞から作り出した
子宮を自分自身に移植する手術に成功した。
そしてその五年後、数度の切迫流産を経た
あとに、サキが生まれた。
サキは未熟児だった。
三歳になるまでに何度か危険な状態となり、
しかしそれを乗り切った以降は順調に育って
いった。
順調、という言葉では足りないかもしれない。
サキは、同じ年代の子どもたちをどんどん
追い抜き、大きくなっていった。
そして、強くなっていった。
よく言えば悪ガキ、悪く言えば不良だった。
母のナミカは仕事に忙しかった。サキは、
主にアンドロイドに育てられた。戦闘用
アンドロイド達だ。
ナミカはあまり家にいなかったが、仕事の
関係で戦闘用アンドロイドと関係が深かった。
入れ替わりで様々なメーカーの戦闘用アンド
ロイドが家にいたわけだが、特にサキの教育
用にサトリタイプと呼ばれるアンドロイド
が常にサキの傍にいた。
サトリタイプはアンドロイド開発の老舗、
キサラギ社が作ったもので、宇宙暦千年前後
から極秘開発を始めていた製品モデルだ。
ある廃屋の屋根の上。
「ふぁーあ、なーんか退屈してきた……」
「それもう今日五回目じゃん。ていうか、
ここ最近毎日言ってんじゃん」
大きく伸びをしてまた寝転がるサキ。
日差しは強いのだが、熱くならない素材の
屋根がひんやり気持ちいい。
「サティが羨ましい」
十五歳になったサキはいつも一緒にいる
サトリタイプのアンドロイドをサティと
呼んでいた。
「アンドロイドだって飽きるんだよ」
「いや、それはないっしょ」
「いや、飽きるって」
「いやあるって、ネットワークに接続しても
とくに新しい知識がないとアイドリング
するんだよ」
「現実世界で何か新しいこと探せよ」
「……、おまえが言うな」
サキとサティは外見が似ていて、かつ名前も
似ていることもあってあまりよく知らない人
からは双子だと思われていた。
「じゃあ久しぶりに学校行くかー」
と言いつつ寝転がって動きそうにないサキ。
最近は、街に出てもほとんど喧嘩を売られる
こともなくなった。
かと言って、サキがこの時点でその界隈で
最強になったわけではない。しかし、体重も
六十キロほどになって、パワーでもあまり
負けることも無くなってきた。
そして元々あった圧倒的スピードで、体格の
ある大人たちでも、万一負けたり不覚をとる
ことを嫌い、あまりサキに手を出すことが
無くなってきたのだ。
それに、サティの方はあまり周りには言って
いないが、特殊な成長型戦闘アンドロイド
で、普通の人間では勝てる代物ではない。
家に帰ってハンニャシンギョウのマントラ
でも唱えよう、ということで数メートルある
屋根から飛び降りて荒れた道を平然と歩いて
行く二人。
あたりには人影が見えない。
否、そんなことはなかった。
「双子どもぉ! 待てぃ!」
「ハンマーヘッド!」
サキが叫ぶ。
この付近が人が少ないのはこういった改造
人間が時々うろついているからなのだ。
「待たないよ」
とサティが言いつつしかし行く方向にその
改造人間がいるので横をすり抜けるしかない。
二メートル近くある体格のその足元に滑り
込んで牽制のローキックを仕掛ける。
その隙に反対側からサキがすり抜けようと
するのだが、
「ヒャッハー! もらった!」
ハンマーヘッドが裏拳の要領で体を逆向きに
回転させ、大きな体で肘打ちをサキに仕掛け、
サキは余裕でかわしたかに見えたが、その
刹那、ハンマーヘッドの肘の先から棒状の
機構が展開し、転回されてサキを狙う。
「やるじゃん」
と言いつつもそれすらも余裕で除けるサキ、
そのまま踏み込んでハンマーヘッドの顎先、
鉄板に覆われていない部分に拳を打ち込むと、
サキ自身が思っていた以上にいいのが入った。
うぐぅと声にならない声を出して後ずさる
ハンマーヘッドと、その隙に走り去る二人。
サキは、走りながら、拳の感触に自分で驚く。
サティと目が合い、今の、何なら行けたよね、
という顔をしている。
それに頷きながらも、サキの心に何か寂しさ
のようなものが湧いてきていた。もう、この
土地を去って、何か別のものを目指した方が
いいのかもしれない。
ハンマーヘッドの得意の頭突きも、ここ最近
は当たらないどころかカウンターで返せそう
な気配さえあったのだ。
家に着いて自室でマントラをしばらく
唱えたのち、そのことについてサティと相談
することにした。
「じゃあもう前から言ってたアレにそろそろ
挑戦する?」
サティの言うアレとは、必要な資格を取って
手続きも行って、個人国家として独立して
生活することだ。
「ちょっとめんどくさそうだけど、もうそれ
しかないよね」
寂しそうだった表情から少し明るくなるサキ。
それからしばらくの間、なぜかサティと
思い出話になった。
サキとサティは、小さい頃から親にはけして
言えない悪いことを散々やってきた。
喧嘩やいたずらはたくさんやったし、無免許
で知り合いの二輪の移動機械を乗り回したし、
お金を手に入れるために置き屋で働いたこと
もあるし、二人で男を買ったこともある。
他にも、詐欺団体の事務所に火炎瓶を投げ
込んだこともあるし、マフィアにエアガンを
撃って銃撃戦になったこともある。
女友達を妊娠させた男が理不尽なことを言い
出したので金属バットを持って男の家に
殴り込みに行ったこともある。酒もたくさん
飲んだ。
そういうことを思い出してみては二人で
大笑いした。
もちろんやっていないこともあって、体が
強くなってからは弱い者をいじめることは
無くなったし、脳神経を破壊するタイプの
ドラッグはなぜか嫌でやらなかった。
たいていのことは一度やってみるのだが、
やって気分の悪くなることはもう二度と
やらなかった。
そこからサキは、持ち前の集中力と
体力を利用して急速に勉強を進めていった。
それにサティも協力した。サティは元々、
母のナミカがサキの教育用に用意したアン
ドロイドだったため、そのためのソフト
ウェアコンポーネントもすでに内部、ある
いはオンライン上に持っていた。
二人が一番力を入れたのは経済的自立に
関する部分で、それ以外の例えば個人国家
としての安全保障分野などは母の仕事の
関係で得意分野だった。
けっきょく色々と勉強してみた結果、
フィールドワークなども多用した菌糸類や
苔類の研究が性に合いそうだった。
意外にも街中にある、あるいは町外れの自然
の中にあるそういったものが、ふだんから気
になっていたのだ。
そしてそれらの研究が、生活の中の様々な
分野に応用されて、けっこうお金になること
もわかってきた。
三ヶ月後、サキはサティと共に、生まれ故郷
でもある月の第三宙域で貧困層がたくさん
住むアマー社会主義共和国宇宙構造都市群を
離れ、地球に降りた。
地上の菌糸類や苔類の中で、宇宙に進出する
とどのような変化、変種が現れるのか、
そして逆に、宇宙で生まれた変種が地上に
戻るとそれらの種に何が起きるのか、の基礎
研究および応用を目ざすこととなった。
そして一年後の十六歳で個人国家として独立
することを目標に行動を開始した。
この時代、占星術の研究がかなり進んで
いた。
二一五〇年ごとに、時代が大きく変わる、
という考え方がある。
地球、という惑星は、回転するコマのように
回転軸自体が回転する歳差運動というものを
行っている。
地球の場合、この歳差運動によって地軸が
回転し、約二万六千年かけて元の位置に戻る。
占星術では特に春分点を意識しており、
春分点で太陽が通る道である黄道にどの
星座が位置しているかを見る。
それも、実際の星座、というよりも、黄道
を十二分割し、それぞれにある性格を持った
星座を割り当てるのだ。
さきほどの歳差運動により、春分時の十二
分割された角度が毎年微妙にずれていき、
二万六千年かけて見える黄道の位置も
一周する。
そうすると、それぞれの星座が二一五〇年
ほどの期間になる。
宇宙暦の開始時は、少し誤差があるものの
ほぼ宝瓶宮時代の始まりだった。
宇宙暦二万二千年を超えた今、白羊宮の
時代だ。春分点歳差の場合は公転の十二宮
とは逆順序になるため、宇宙暦二三六五〇年
あたりから、双魚宮の時代となる。
この双魚宮の時代が、非常に危険となると
いう研究予測が出ていた。占星術理論を
元にした歴史研究で明らかになったのだ。
特に直近の、ちょうど宇宙暦前の西暦と
呼ばれた約二千年間は、人類にとって非常に
不幸な期間だったこと、地球滅亡の危機に
まで瀕していたことがわかっていた。
それなりにどの時代も幸不幸は存在するの
だが、全体の順位付けをすればそういう結論
になる、ということだ。
そのため、この時代の人々は、あらゆる知識、
技術を使い、双魚宮時代が来る前に人類を
存続させるためのあらゆる施策を打つ必要が
あると認識していた。
こうしてまた新たに人類の時代が始まって
いく。果たしてその先に、どういった未来が
待っているのだろうか。
完




