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遺伝子分布論ZERO  作者: 黒龍院如水
不思議
8/80

馬の背

  早朝。

 

 朝4時に携帯端末がひとつ鳴り出すが、伸び

 てきた手により10分の猶予が与えられる。

 

 再びそれが鳴り、一人が起き出す。

 水筒の水を一口飲み、ジャケットを着てから、

 懐中電灯を手に少し離れた小屋そばのトイレ

 へ向かう。

 

 外はまだ暗く、かなり冷えるのか息が白い。

 

 4時半になるころには全員起き出してきた。

 バナナやパック入りのゼリーなど、消化の

 良い朝食を食べる。

 

 荷物を確認し、出発する。朝4時50分。

 日の出時刻が過ぎてだいぶ明るくなり、灯り

 も持っているが無くても平気なレベルだ。

 

 山荘のあるバス停前まで戻り、山道の入り口

 でみんなで地図を確認する。

「まずは五合目までを2時間、それから小セン

 ジョウ岳経由で山頂を目ざすと」

 

 そして山道を歩きはじめる。ここの山道は、

 しばらく樹林が続くことが特徴だ。

 

 朝早いこともあるのか、皆ひたすら黙々と

 進む。30分置きに休憩するのだが、見事に

 誰も話すことなく最初の休憩となる。

 

 水を飲んだり甘いものを口にする。

 5分ほど小休止して、再び歩き出す。

 

 樹林帯の道は森閑として木々の間に苔むして

 おり、時々高山植物の花が咲いている。

 その中を4人は忍び足で歩くのだが理由が

 ある。

 

 森の中には地中に巣を作る巨大なスズメバチ

 が生息している。遠慮なくドシドシと歩く

 と、音を聞きつけて蜂の斥候も遠慮なく

 やってくる。

 

 蜂は本能的に黒い色のものに反応するので、

 髪の毛などもまとめて帽子を被る。もし

 斥候がやってきてもけして刺激しない。

 

 2合目を過ぎてまだ緩やかな登りが続く。

 

  2回目の休憩を終えたあたりから、

 少し会話が出てくる。歩きながら、景色も

 眺めながら、会話同士は街中でのものより

 かなり間が開く。

 

「マイチューブで3大パラドックスって見た

 んだけどさ」

 先頭を歩くテツヤ・ミマタが口を開いた。

 

「何」

 数分経ってその後ろのリンゴ・ナナイシが

 続きを促す。山も二千メートルを超えると、

 ゆっくり、そしてしっかり呼吸をしないと、

 高山病と呼ばれる症状が出る。

 

 息を2回づつ吐いて吸う。

 

「あ、私それ知ってるかも」

 最後尾のミナ・ヤマダが反応する。4人は

 縦列で進んでいるため、先頭で話す言葉は

 よく耳を澄ましていないと聴こえない。

 

「ひとつ目は親殺しのパラドックスでしょ」

「バッサリ言っちゃっていい?」

 リンゴが何か言いたそうだ。念のためで

 あるが、コウ・サナミも3番目を歩いている。

 声を出さないだけでいないわけではない。

 

 しばらくして、

「そもそもパラドックスが成立していない」

「そこ? バッサリ来たねえ」

 気温は低いが、登りで体が温まってくる。

 

「そもそもタイムマシンが成立しない。相対論

 を持ち出すまでもなく。直感だよ、過去には

 行けない。そして、未来に行っても意味が

 無い」

 

「ほうほう」

「今をしっかり生きることで、次の世代にいい

 未来を残せる。自分が未来に行って問題を

 先送りしても、何も解決しない。いい未来

 が先延ばしされるだけ」

 

「ついでに言うと、ワープも無理なんだけど。

 光の速度は越えられない。これ直感ね。なん

 でみんな過去やら未来やら遠くへ行きたがる

 かなあ。あなたがいる今ここを楽しくすれば

 いいじゃない」

「まあ、多少わかる」テツヤが答える。

 

「人は、自分が変えられるものと、自分が変え

 られないものを、きちんと理解したうえで、

 変えられるものを変えていく努力をすべき」

「ってそれ、野球でワシントン連邦のグランド

 リーグに行ったサブローの言葉でしょ?」

「え、バレた」

 

「あ、でも、タイムマシンやワープマシンを

 研究することは否定しないよ。どうしても

 それが好きならやればいいじゃない。たとえ

 どんなに誰かが否定しようと」

 

  朝7時前に五合目に到着し、少し長めの

 休憩をする。体が甘いものを欲している。

 粉から作る炭酸水を飲む。

 

 ふだんなら何でもないものが無駄に旨い。

 

 ここから道がふたてに別れており、念のため

 地図をもう一度確認する。東から頂上に接近

 するルートと、北周りのものがあり、進む

 のは東からのルートだ。

 

 そして、出発する。

 次に目ざす地点は、そこから1時間ほどの、

 小センジョウ岳だ。

 

 五合目を出て少しいくと、樹林帯を抜けて、

 眺望が一気に広がる。ハイマツと呼ばれる

 低木が山の峰にそって群生し、その景観が

 馬の背中に例えられている。

 

 近くでライチョウと呼ばれる鳥の鳴き声

 だろう、歓迎されているようだ。

 風も少し出てきた。

 

 歩き出して数分、ミナがさっきの続きだ。

「もう一個はあれでしょ、全知全能のパラ

 ドックス?」

 

「ごめん、またバッサリいっていい?」

「お、今日は切れてるね。どうぞどうぞ」

「全知全能の神はねえ、いません」

「おお、今色んな宗教を敵に回したぞ」

 

「それ、量子力学から来る結論だろ? おれ

 機械系だけど一応習うからな」

 とテツヤの言葉にリンゴは、

 

「そう、つまり、物理現象に確率を持ち込むこ

 とで、神は自ら全知全能であることを辞めた。

 まあ、あたしだったらそうするなあ。全て

 先が読める人生って、意味ある?」

 まあ、神や宗教自体は否定しないけど、私も

 よくお願いするし、と付け加えるリンゴ。

 

「それは人によりけりだろうな。代表的なのは

 アインシュタイン。全てが整然とある方向へ

 向うのが美しい、と感じる人がいる。エデン

 の園とかそういうイメージなのかなあ」

 

 じゃあテツヤはどうなの? というミナから

 の問いに、「おれも確かにそういう傾向は

 あったけど、色々知っていくうちになあ」

 

「あ、それ、幕末維新の真相ばらしたの、まだ

 根に持ってる?」テツヤにそう言って、

 リンゴがさも悪気がなさそうに微笑む。

 

  小センジョウ岳山頂に辿り着く。少し

 雲が出ているが、大きく景観を遮るほどでも

 ない。

 

 そこからセンジョウ岳の山頂も見える。

 所々に積雪が残る風景。ハイマツの緑のお蔭

 で、岩がちな部分が少なく、山道の緩やかさ

 も加わって、女性に例えられるのだが、標高

 自体は三千メートルを越えている。

 

 4人は比較的ゆっくり目の歩速のため、

 後ろから他の登山者に追い抜かれていく。

 心なしかコウの見た目がふだんより爽やかだ。

 3時間ほどの登りでそれなりに疲れているが、

 目標の山頂も見えて元気になる。

 

 じゃああと山頂まで頑張りますか、と言って

 再スタートする。

 

 ゴールが近いからか、今度は皆黙って進む。

 道半ばあたりでいったん下り、そこから少し

 急斜面となる。体の汚れが汗とともに流れ

 出て、体が浄化されていく気がする。

 

 急斜面の岩陰に高山植物の小さな花が咲いて、

 息を切らせ、汚れて醜い自身と対比される。

 人知れず咲いて、そして誰にも知られずに

 散っていく花がここにはゴマンとあるのだ。

 

  そして、山頂に着く。

 少し風と霧が出だした。

 

 若いカップルにお願いして、山頂の標識と

 共に写真を撮ってもらう。証拠写真だ。

 そして、おにぎりを食べる。

 

 地図を開いて、周りの景色を見ながらどれ

 がどの山か確認する。北東の方角には

 カイコマ岳が見える。岩がちでセンジョウ

 岳より男性的な見た目の山だが、標高は

 こちらより少し低く、3千メートルを切る。

 

 山頂で休憩しているうちに朝の9時になる。

 一通り山頂を満喫したら、下山だ。実は、

 ほとんどたいていの山は、いったん登ると

 下りないといけないのだ。

 

 彼らが早朝に登る理由にはふたつあるが、

 そのひとつは落雷だ。午後になると、天気

 が崩れて雲が発生する。標高が高いと、

 落雷は横からくる。

 

 比較的遅い時間から登り始めると、下山

 するころには下のほうからゴロゴロと鳴り

 出して、慌てることになる。

 

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