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デビル

  その浅黒く目つきの鋭い巻き毛の青年は、

 アモンと名乗った。その手渡された名刺には

 不動阿門と書かれていた。

 

 リンゴ・ナナイシが彼と初めて会ったのは

 東暦の二〇五一年のある寒い冬の日だったが、

 それからちょうど一年ほど経ったその日も

 朝から寒く、昼も気温が上がらなかった。

 

 リンゴは夫のコウ・サナミとともに、また

 ヤマト国に戻っていた。ヤマト国ではコウが

 若いころに住んでいたナニワ府の新世界と

 いうところにアパートを借りていた。

 

 二人には子どもがおらず、リンゴは気まぐれ

 に夜出かけて新世界の周辺にあるバーなどで

 時間を過ごした。

 

 そのあるバーで出会ったのがアモンだった。

 

「四人死んだ」

 会ってそれほど時間が経っていないころに、

 アモンはそういうことを言った。

 

「自分は彼らを、デビルマンだと思っていた」

 彼は元々この地域の出身ではないらしく、

 すでに人もあまり住まなくなった旧ムサシ都

 の周辺、関東圏と呼ばれた地域の生まれらし

 い。なのでこの地域、ナニワ府特有の訛りが

 ない話し方をする。

 

 アモンはバーテンダーの仕事を続けながら、

 漫画と呼ばれる絵と文字を使った作品も書い

 ている。

 

 最初に出会った時に二七歳で、一年経つので

 もう二八歳になっただろう。

 

 その漫画作品のテーマは、主人公が特殊な

 才能を持った人々を集めて、何かと戦う、

 というもののようだ。オンライン上でも公開

 しているようだが、アモンは、

「絵のセンスが無いから読む必要はない」

 と言う。

 

 作品自体はかつて存在した漫画作品のテーマ

 を焼き直したものらしいが、やや方向が違う

 という。

 

「普遍性との闘い」

 とアモンは言う。善と悪が戦うわけでもなく、

 従って神と悪魔が戦うわけでもなく、混沌と

 秩序が戦うわけでもなく、破壊と創造と維持

 が戦うわけでもない。

 

  亡くなった四人、というのはアモンが十七

 歳のころの同級生で、四人とも仲が良かった

 らしい。

 

 四人とも、絵や音楽や歌の才能があった

 らしく、しかしその才能は少し一般受けする

 ものとは異なり、そのことによる絶望感から

 自死してしまった、とアモンは語った。

 

 高校を卒業してからアモンは、バーテンダー

 やそのほかの水商売をしながら、自分もいつ

 か死ぬのだろうな、と漠然と考えていた

 という。

 

 しかし、ある時ある飲み屋街で、自分と同じ

 ような境遇の少女と出会った。アモンが二十

 歳のころらしい。

 

 そして、自分が一人ではないことに気づいた。

 その少女も死にたい、ということを漏らして

 いたようだが、アモンはその少女が死ぬこと

 に対してとてもつらいという思いがあった。

 

 それで、その少女を何とか助けたい、そして

 出来れば他の同じような境遇の人間も助け

 たい、という思いが生まれた。

 

 アモンは、その戦いを聖戦、あるいはハルマ

 ゲドンと位置付けた。同じような境遇の

 たくさんの仲間がいるはず、と想定し、それ

 を探すことを生きがいに決めた。

 

 そうして五年あまりが経つ頃、アモンは仕事

 も地域も転々としていたのだが、多くの、

 アモンが言うところのデビルマンを見つける

 に至った。

 

 最初のうちは、アモンと同じようなクリエイ

 タータイプの人間が主だったが、その他にも

 様々な分野で、異能の人間が存在することが

 わかってきた。

 

 そして、そのデビルマンたちのほとんどが、

 経済的に困窮していた。ほとんどが、まとも

 な職に就くことを拒否し、そして絶望して

 いた。

 

 それらの全てを経済的に助けることはアモン

 にはできなかったが、この時代、個人でも

 オンラインネットワークなどを使って生活費

 を稼ぐことは可能になっていた。

 

 その手法を、自ら勉強し、そして教えた。

 希望を捨てないように伝えた。

 

  アモンの店でお酒を飲むときには、リンゴ

 はなるべくテキーラベースのカクテルを頼む

 ことにしていた。

 

 アモンと話すと何かと暗い話題が増えてしま

 うため、そしてテキーラというお酒には何か

 ラテン系の明るいイメージがあるため、そう

 いった暗さを打ち消してくれるという期待

 もあったのだ。

 

「今日一人会ってほしい」

 アモンが深刻そうに呟く。それに対し、

 リンゴは年齢的なものもあってか、すでに齢

 五十を超えていたのもあって、ふだんはなる

 べく明るく軽く暖かく振舞うことを心がけて

 いた。軽く頷く。

 

 それほど広くもなく狭くもない店の反対側に

 座る人物にアモンが、

「テルヒト……」と呼びかける。

 

 呼ばれてやってきた人物は、ひょろっとして

 細長く短髪坊主頭で、異様に澄んだ目と幼い

 顔立ちで、一瞬疑ったがすでにお酒を飲んで

 もよい年齢にはなっているようだ。

 

 テルヒトです、と言って差し出された手を

 握ると思ったより大きく厚く、力強いことと、

 その声が見た目の印象より低く柔らかいこと

 にも内心少し驚いた。

 

「こいつは周りからは釈迦の再来と言われて

 いる」

 ニヤリと笑うアモンの言葉を途中で制して、

 

「それはその場を取り繕うための方便、みたい

 なもので、私は実際のところそうは思って

 いません。つまり、私は自分のことを釈迦

 以上の存在だと思っているのです」

 

 さっそく来たな、と言いたげにアモンの顔が

 さらにニヤリとゆがむ。リンゴも、その

 テルヒトの澄んだ目で正面から見つめられて、

 少し話を聞く気が出てきた。

 

 自分が長年探してきた人物かもしれない。

 

  とにかくテルヒトは、小さいころから

 何でも都合よくいってしまうらしい。

 とにかくずば抜けて運がいいというのだ。

 

 なので、母親からは、

「あなたは本当にいつも都合がいいねえ」

 と言われていたらしい。

 

 例えばそれはギャンブルをやれば必ず勝てる、

 というものではないし、宝くじを買えば必ず

 当たる、というものでもない。

 

 しかし、何か小さな不幸、あるいはそこそこ

 大きな不幸があっても、それが結局は幸福に

 転じたりする。

 

 どうしても出かけたくない日に公共交通機関

 がたまたま止まることもある。

 

 そして彼、テルヒトは、大学へこそ進学して

 いないものの、独学で宇宙工学などを勉強し、

 そのへんの学生よりも宇宙に関して詳しく

 なっていた。

 

 そこでリンゴはテルヒトに、自分が関係して

 いる宇宙進出の秘密プロジェクトにまずは

 コンサルティングのかたちで参加してみない

 いかと聞いてみた。

 

「もちろんですよ。私がいないと人類の宇宙

 進出は叶わない」

 

 その実力がホンモノかどうかは実地で確認

 すればいいだけなのだ。

 

 そうやってその日リンゴは二人と別れた。

 テルヒトには具体的な日程などを後日伝える

 ことにした。アモンは、休みの日を使って

 別の地域に居るデビルマン達と会うらしい。

 

 盲目とろうあの双子の姉妹、そして、類まれ

 な運動神経を持った口のきけない双子の兄弟

 に会うとのことだ。

 

 また、今後アモンは活動範囲をヤマト国の外

 にも広げるという。それは、自分で海外の

 デビルマンを探す、というよりは、アモンと

 同じようにそういった異能の人物とネット

 ワークを作っている者がいるようなのだ。

 そういった者と連絡をとる。

 

  科学を信奉する者の目には、あるいは

 科学を信仰する者の目には、宇宙進出という

 とても科学的な行為を行う際に、運頼み、

 あるいは神頼み的なことを考えるというのは、

 非常に奇異に映るだろう。

 

 しかし、リンゴは、新たな挑戦を行う際は

 結局最後は運が効いてくる、と思っている。

 

 それは、宇宙進出の最前線の現場で活動して

 いる誰もが感じることだろう。なぜなら、

 そういった現場では、どれだけ注意深く、

 入念に準備したところで、ヒヤリハット、

 つまり重大事故につながりかねない事象が

 少なくないからだ。

 

 そういった重大事故は、人類の挑戦の活動を

 数十年、数百年、場合によっては数千年遅ら

 せる可能性がある、と思っている。

 

 リンゴにとっても、そういったアモンが見つ

 けてくるような異能の、ある意味で優秀な

 デビルマンたちをそういった事故で失いたく

 はない。

 

 量子コンピューターの発明と普及により、

 そういった挑戦の事前のシミュレーションの

 精度が上がり、シックスシグマの領域、

 つまり百万分の一程度にまで事故や不良を

 減らすことが理論的に可能になってきた。

 

 だが、百万分の一でも起きてしまえばそれは

 事故なのだ。

 

 そこを乗り越えるのが、運だと思っていた。

 

  数年前にヤマト国に帰ってきて以来、

 ほぼ毎日、たいていは朝に祈りの時間を作る

 ようにしている。

 

 過去にはインドのムンバイに二年ほど夫と

 住み、様々なことを学んだのだが、祈りの

 効果についてはあまり理解できていなかった。

 

 まだあまり理解できていないのかもしれない

 が、祈りとは、対象は何でもよいと思って

 いる。祈る言葉も何でもよい。ただ、祈る

 行為によって集中力が増すのだ。

 

 アパートの一室を瞑想用の部屋と決めて、

 その押し入れに神棚を設けた。タペストリー

 と偶像、その他水差しやお供え物用の器など

 が備え付けてある。

 

 祭っているのは、ヒンズー教でいうところの

 ガネーシャ神、仏教でいうところの歓喜天だ。

 選んだ理由は、ただ見た目が好きなだけなの 

 だが、偶然にも障害を取り除く神、という

 一面もあるようなのだ。

 

 リンゴの祈り方は、多少我流かもしれない。

 瞑想部屋に座禅用の座布団を置きそこに

 座る。

 

 右手は印を組み、左手には百八個の珠を持つ

 数珠を持つ。印はその時々で好きなものを

 組む。組むといっても片手用のものだ。

 

 そこでマントラ、ヤマト国の言葉で言うと

 真言を唱える。

 

 リンゴが最近よく唱えるのは、

「オウム ヴィグネーシュヴァラーヤ ナマハ」

 という短いものだ。これを一回唱えるごとに

 数珠の珠を繰る。つまり、百八回真言を繰り

 返す。

 

 その真言には、障害を取り除く王に帰依する、

 という意味があるようだ。

 

 その言葉の意味はともかく、祈り終えた後に

 とてもスッキリした気持ちになる。

 

 世の中はまだ宇宙進出主義に対する風当たり

 が強く、明確に主義を謳うものに対するテロ

 リズムも無くなっておらず、活動するものは

 その意図を秘匿する必要があった。

 

 しかし、少しづつ人が集まり、才能が集まり

 始めていた。それは、通常の世の中では全く

 役に立たない能力かもしれないが、歴史の

 特異点においては力強く光り輝くのかも

 しれない。

 

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