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デモ

  その日の夜はなんとなく酷い気疲れから、

 三人とも早く寝ることとなった。

 

 常設のふたつのベッドと、おそらく仮設だが

 常設のものとほぼ変わらなく見えるベッドで

 それぞれ寝たのだが、

 

 その就寝前に少し気になることもあった。

 

 そのひとつは風呂だ。

 風呂というより、シャワーしかない。トイレ、

 それも洋式でなく和式風のものと、シャワー

 が一体化されており、しかもその位置が近い

 のでシャワーを使うとトイレ周辺が水浸しに

 なってしまうのだ。

 

 そしてもうひとつ。

 ホテルの部屋に入った後、春雷、時勢、真蛸

 の三人とも、かぶっている帽子をすぐには

 取ろうとしなかった。

 

 そして部屋のテレビなどを付けて少し落ち着

 いたころに、油断したのか真蛸がおそらく

 無意識に帽子を取って置いたのだ。

 

 その後真蛸は狼狽してもう一度被り直すか

 どうか迷う仕草も見せたのだが、それを

 見た春雷と時勢も帽子を取ったため、

 事なきを得たのだ。

 

 つまり、三人とも長髪ではあったが薄毛に

 悩んでいたのだ。

 

 それで、春雷も家にいるのと同様、とまで

 はいかないが、そのホテルの部屋はそれほど

 苦痛でない空間に思えるようになった。

 

  翌日、行動すべき日が来た。

 まずは泊まっていたホテルからバスで移動。

 一時間弱でシャンハイの中心部へ向かう。

 

 バスでまたあの四人と一緒になった。

 

 お互い、別便で来たこともあって、それほ

 ど会話したわけでもないのだが、見知った

 間柄、のような感じになっていて、

 それぞれ目で挨拶する。

 

 首から下げたカードでサポーターネームも

 確認できた。回天とカタリーネはいいと

 して、男女ふたりの女性のほうが林檎、

 男性のほうが草薙というらしい。

 

 バスの中ではその林檎と草薙の言い争いが

 きっかけで格闘技の中で何が一番強いかの

 話となった。

 

 それぞれ推しているものが違うようで、

 回天とカタリーネは柔道、林檎はプロレス、

 草薙は総合格闘技、時勢はシステマ、春雷

 は相撲、真蛸は骨法と、

 

 それぞれ強さの理由を挙げていくわけだが、

 真蛸がどうやら骨法の強さをうまく説明

 することができず、しかしやはり最も強い

 のはそれだ、ということで途中から顔を

 真っ赤にさせて黙ってしまった。

 

 そうこうしているうちにホテルへ到着し、

 チェックイン時間前なので荷物だけ集めて

 ホテル前の広場に集合することとなった。

 

 そこはプードンと呼ばれる地区で、超高層

 ビルが立ち並ぶ。ホテル自体も巨大な建築

 物だ。

 

 ホテルは川沿いにあり、川岸が広場になって

 いて、そこに千人が手にプラカードを持って

 集合する。

 

 そこから橋を渡り、シャンハイ市庁舎まで

 歩きながら主張する。天候は晴れ。気温は

 ヤマト国とそんなに変わらないので、

 長袖シャツで特に問題ない。

 

 手に持つプラカードがヤマト国語で書かれて

 いるので少し心もとない気もするのだが、

 それがニュースで報道されれば当然主張も

 翻訳され、それを見た心ある現地人たちが

 動きだす、という塩梅だ。

 

「共産党独裁をやめろー!」

「民主化しろー!」

「国内総生産の粉飾をやめろー!」

 

「貧富の格差を是正しろー!」

「軍事費を削減して軍縮しろー!」

「チベット弾圧をやめろー!」

 

「関税障壁を無くしてヤマト国の製品を

 買えー!」

「安い製品を輸出して他国の産業を破壊

 するなー!」

 

「もっとヤマト国の観光者を増やして

 ヤマト国の製品を買えー!」

「安い労働者がヤマト国に来て仕事を奪って

 いる、もうヤマト国には来るなー!」

 

 といった形でそれぞれシュプレヒコールを

 あげる。

 

  この国に着いて以来、春雷の中で必死に

 拭い去ろうとしている思いがあった。

 

 春雷にとって、この国は他のサポーター員

 同様、嫌悪の対象だった。そして、その

 社会は不幸の象徴だった。まさに灰色の世界、

 と呼ぶにふさわしいものだった。

 

 独裁体制の中で、皆が大量生産された同じ

 服を来て、同じことをやり、みな同じ表情を

 している。

 

 その経済力は粉飾されており、贈収賄や汚職

 でもういつ崩壊してもおかしくない。

 

 だが、今現実に見ているのは、洗練された

 都会風の建物、そして、観光客や若者、

 カップル。その冷めた目を見た時、それは、

 まるでヤマト国の都会でデモを行った時に

 感じたのと似た何かなのだ。

 

 もしかしたら、ヤマト国の都心以上にこの

 都市は発展しているのではないか、という

 世迷言を必死に打ち消すために、春雷はさら

 に大きく声を張り上げた。

 

 二時間ほどかけて市庁舎前に到着し、そこで

 さらに政府に対する抗議行動を行ったのち、

 市庁舎内にあるレストランで昼食をとって

 いるときに時勢から話を聞いて、春雷の悩み

 もほぼ氷解した。

 

 つまり、租界だったのだ。

 

 欧州の国々の外国人居留地があった、という

 ことは、この国の人間にとってここは完全に

 異世界なのだ。

 

 少しぐらい発展して見えても少しも不思議

 ではない。

 

  その日の午後はまたホテルへ向けてデモ

 行進を行った。ホテルのレストランでの夕食

 ののち、売店で酒類を買って部屋に持ち帰り

 三人でテレビのニュースを眺めることにした。

 

 が、けっきょく言葉がわからないのもあり、

 今回の活動を映像で確認することもでき

 なかった。ただ、昨日と異なり、そのホテル

 の部屋の風呂にはヤマト国のものと形状が

 少し異なるが風呂桶が付いており、不満は

 無かった。

 

 そしてその翌日、二日目と同様に、ルート

 だけ変えてデモ行進と市庁舎前の抗議行動を

 行う日だったのだが、朝に集合すると、

 どうも幹部のメンバーで揉めているようだ。

 

 そして、今回の旅の代表者が説明を開始した。

 

「本日の我々の抗議活動については、予定通り

 実施します。ただし、本日予定されていた、

 現地人による百万人規模のデモについては、

 資金調達の関係により中止となりました」

 

 それを聞いて参加者千人がざわつく。

 そもそも、そんな話を聞いていないし、資金

 調達が出来なくて中止、というのもよく

 わからない。

 

「デモをやるのにお金なんて関係ないじゃない

 か、やっぱりこの国の人間はどこかで腐って

 いる!」

 と言う真蛸の声が、本人が思ってた以上に

 大きくなってしまい、かつ静寂の谷間に

 挟まってしまったようで、皆に聞こえる

 かたちになった。

 

 真蛸はすぐに顔を赤くしてしまっているが、

 そうだ! という声がそこかしこから聞こえ

 てきて、真蛸はさらに顔を真っ赤にしている。

 さらに追い打ちをかけて何か言った方が

 いいか考えている風だ。

 

 しかし、それを見ていた側の春雷は意外と

 冷静に思考することができた。真蛸を

 いったんとどめたかった。

 

 というのも、今回の我々の旅だって、旅費を

 出しているのはサポーター本部だからだ。

 ふだんヤマト国でデモに動員されるときも

 何かしら手当のようなものが出ている。

 

 内輪だけならまだいいが、あまりものを

 考えずにそれを外に対して訴えると、逆に

 足元をすくわれそうな気がしたのだ。

 

 だが代表者は話を続ける。話したいのは

 その部分ではないらしい。

「ヤマト国本部から、連絡があり、現地人で

 予定していた暴動活動を、かわりに我々で

 行ってほしいという指示が来ていますので、

 これから割り振りを決めたいと思います」

 

 さきほどの流れで真蛸なども含めて、

 よし、やろう! と声を上げる者もいたが、

 さすがに冷静な者もいるので、騒然となる。

 

 春雷も、もし真蛸がいなかったら自分も

 同じように血気盛んなことを言ったかもしれ

 ないが、真蛸を見ているうちに冷静になって

 しまい、現実的にどうかを考えてしまった。

 

 現地人が暴動を起こすのもあれだが、外国人

 である我々が街中で暴動を起こして、果して

 無事でいられるのだろうか。

 

 その状況に対し、収集が付かなそうなこと

 から、代表者含めて幹事のメンバーでもう

 一度話し合うかたちとなった。

 

 そして、次に出てきたのはあの回天だった。

「幹事で話し合いましたが、今回は昨日と同じ

 通常の抗議活動にとどめておき、本部に

 対しては帰国後に説明したいと思います」

 

 理由としては、今回のメンバーはそういった

 暴動含めた工作活動や軍隊、あるいは格闘技

 の経験といったものを持っている人間が

 少なく、即席で何かできるかというと難しい。

 

 自分と他の数人は格闘技経験があり、何か

 起こそうと思えば出来なくもない気がする。

 

 本部のほうは何かあった時の遺族補償などは

 充分行う、などと言ってきているが、その

 覚悟でここに来ている人間がどれほどいるか。

 

 それを聞いて春雷は、確かに自分も格闘技は

 好きだがやったことはない。もちろん軍隊

 にもいたことが無いし、工作活動もやった

 ことがない。

 

 それは、真蛸や時勢の立ち居振る舞いを見て

 いても、とてもそんな大それたことを今から

 できるとは思えないのだった。

 

「何かやろうとしてもここの警官隊と揉めて

 何もできずに終わる可能性が高いです」

 という回天の言葉が決めてになり、通常の

 抗議活動に終始することとなった。

 

  デモ行進は、昨日と違って今度はホテル

 から川向うにあるワイタンという地区を

 通って市庁舎へ向かうルートとなった。

 

 そのあとまたホテルまでデモ行進を行い、

 休憩時間ののちにそのワイタンで夕食と

 なった。

 

 洋風の建築が立ち並ぶ通り、ある現地の

 レストランで食事を終え、三人で外に出る

 と、すでにあたりは暗くなっているのだが、

 

 ホテルのあるプードン地区が川向うに見える。

 それは、様々なかたちの高層建築物が並ぶ、

 見事な夜景になっていた。

 

 翌日も帰国するだけなので、その夜の参加者

 は自由行動となっており、そして三人は

 魅入られたようにしばらくその夜景の前で

 佇んでいた。

 

 そこにあの四人がやってきた。

 

「これから行こうと思うんですけど、一緒に

 行きますか?」

 回天が誘って来たのだが、その行先を聞いて

 三人は驚き、真蛸も少し裏返った声で

「クラブぅ? もしかして、あ、あのパリピ

 と呼ばれるリアル生活充実者が集うところ?」

 

 などと少しヒザをガクガクさせていたの

 だが、夕食で少し酒が入っているのもあって

 けっきょく行ってみることになったのだ。

 

 その店はワイタンの中にあり、その位置から

 建物がもう見えるのだった。シャンハイでも

 有数のところらしいのだが、そんな破廉恥な

 場所、ヤマト国でも行ったことがない。

 

 でも、

 

 破廉恥でも……、海外だしどうにでもなれ。

 

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