頂点
ネット工作員。
テツヤ・ミマタがやっているアルバイトの
ことだ。と言っても、インターネット上の話
であって、リアルの世界で何か物理的な
工作を行っているわけではない。
正確には、世論サポーター。世の中の意見を
正しい方向に導くための仕事だ。したがって、
彼の戦う相手こそがネット工作員なのだ。
初心者サポーターは、まずヤホーのコメント
欄から始める。ある程度レベルが上がって
くると、某巨大掲示板などで工作員相手に
議論する仕事ができるようになる。
これは、初心者のうちはけしてやってはいけ
ない。相手工作員に論破された挙句洗脳
される恐れがあるからだ。
テツヤはすでに、この議論可能なレベルに
到達している。サポーターは各地域ごとに
支所があり、チームが組まれているが、
議論していいのは主任と呼ばれるクラスだ。
一番最初は研修員から始まる。実力が認めら
れると、担当となる。その上が、主任、チー
ムのまとめが課長、支所のまとめが部長だ。
最近の重点案件は、たくさんある。
ヤマト国の憲法改正、電子力発電所の再稼働、
宇宙線被害の風評、隣国であるゾングヤン
共和国やハングク共和国の実状を伝える、
消費税、TPP、ワシントン連邦との同盟、
共産主義がいかに危険か、安保法、入管法、
種子法。
とにかく、体制側が正しく、反体制側は
単なる過激派である。ネット上でもそれらの
過激派の工作を阻止しなければならない。
というように、最初は意識が高かったのだ。
しかし、仕事にある程度慣れてくると、仕事
自体に色々と疑問が湧いてくる時期もある。
それをビッグザマウンテンの4人に相談する
と、確かに仕事内容自体に色々と考えるべき
ところがあるかもしれないが、職場には
相談せず続けていいかもしれない、という
意見だった。
自宅で家事もやりながら出来て、しかも
けっこう実入りはいいのだ。クビにならない
限りは続けてみようとテツヤは思った。
バイトのあとにフォーエバーファンタジー
16をプレイする。テツヤは、面白いと思う。
では何故、ネット上で評価が低いのか。
いや、何故自分の評価が高いのか。ここ最近、
実は、このソフトしかプレイしていない。
経験が、情報が、それしかないのだ。
時間が少し遡り、レストラン、バーバリア
ンを出て、線路を越えて向こう側へ歩く
ミナ・ヤマダ。歩く速度は体格の割に速い。
レストランからだと、30分ほどかかる距離。
それを苦も無く歩いて、農地の横の大きな
敷地の家に入っていく。敷地の門をくぐって、
正面にある古民家の趣きの母屋だ。
「ただいまー」
「あら、ミナちゃん帰ってきたね、すぐごはん
にするから」
敷地内には、新しい作りの別宅、道場の様な
建物、弓道場、農具を入れる倉庫など、が
あった。別宅は長男夫婦の家だが、夕食は
母屋に集まって一緒に食べる。
ミナも手を洗ってうがいをして、自分の部屋
でジャージに着替える。
畳の部屋の長いローテーブルに料理が次々と
並べられていく。その夕食に参加するのは、
長男夫婦に小さい子どもが3人、一番下は
まだ生まれたばかり。
ミナの両親、そして80に達しそうな母方の
祖父母。これだけでもうそこそこの人数に
なるのだが、実はミナにはまだ兄弟がいる。
長男のノブサダはミナから10コ年上。
次男のノブツナは6コ上、三男のノブヒデは
4コ上。そして、ミナには双子の姉のナミ
がいる。
ノブツナは欧州のゲルマン国で弁理士資格の
取得を目ざしていた。ノブヒデは、隣国の
ゾングヤン共和国で生産技術を学んでいた。
双子の姉のナミはキンキ地方の大学に現役
で合格して一人暮らし。
皆、盆や正月にはこちらに帰省するはずだ。
食卓のある部屋には大画面のテレビも
置いてあり、大東亜戦争に関する番組を放送
していた。ちょうど真珠湾攻撃の場面だ。
「これをラジオで聞いた時は、びっくりしたも
んだなあ」祖父のトシゾウが感慨深げに呟く。
「ちょうど大陸の戦況が良くなくて、世の中
不景気も手伝って暗い雰囲気だったんだな。
でもこのニュースで、何かこうみんな気分が
晴れるような気になったんだよ」
「ふうん、当時はそういう気分だったのか」
兄のノブサダも当時を思いながら生真面目に
相槌を打つが、
「お父さんはもういい加減にしてくださいよ、
ノブサダも適当に相槌打たないで、真珠湾
攻撃の時はまだ生まれてもなかったでしょ」
ミナの母、トシゾウから見ると娘のハルカ
の言葉に、ノブサダは、え、おれはもちろ
ん生まれてないけど、と反論するが、
あんたじゃなくてあんたのお爺ちゃんよ、
と返される。
トシゾウは何も答えずニヤニヤしている。
祖母のスナオも笑っている。
「戦艦ナガトから奇跡の生還を果たしたって
悲惨な体験を散々聞いたし、パインモト市
の空襲で散々逃げ回った話も聞いたけど」
「ナガトが沈んだ年はまだ3歳でしょ、
パインモト市はけっきょく空襲受けていな
いんだから」
「何ごとも相手の話を鵜呑みにしない、つう
教えだわな」
と言ってトシゾウは大笑いしている。
ミナの父、シンジは、婿養子でこの家に
やってきた。体格もスラっとして背も高い。
若いころはかなり二枚目だったようだ。義父
と妻のやりとりを微笑みながら見ている。
母のハルカも、それなりに体格があるが、
それでも体重60キロ前後に見える。
祖母のスナオが、背は低いがかなりいい体格
をしていた。おそらく、隔世遺伝というやつ
かもしれない。
兄のノブサダもがっちりしているが、ミナと
比べると細く見える。今ここにいないノブツ
ナとノブヒデもスラっとして華奢な雰囲気だ。
ミナの双子の姉のナミは、一卵性双生児だけ
あって親でも見分けが付きにくいが、性向
は比較的姉のナミのほうが大人しい。と周り
は思っている。
食後に道場に行って木刀の素振りや筋トレ
を小一時間ほど行う。道場を出ようとする
と入れ替わりに長男のノブサダが入って
いった。
ミナは、大学で体育会に所属しているわけ
でもなく、流派を継ぐわけでもないので、
なんとなく惰性で体を鍛えている。
その後、風呂に入る。すでに母屋の他の
者たちが入り終えているのもあり、ゆっくり
浸かる。現役の運動部員でもないが、除脂肪
体重66キログラムの体は相当なものだ。
なまっている、という感覚はないが、実際は
なまっているのかもしれない。
ミナは、シナノ県の中部東端にあるサク市
の剣聖高校に通っていた。
3年の夏に、チクゼン県ハカタで行われる
ドラゴン杯、剣道の大会に出場し、弱小校
相手に10人抜きを達成、その後決勝まで
勝ち進み、決勝で負けた。
決勝では、先鋒に4人抜きされ、ミナが4人
を抜き返したが、大将同士の戦いで敗れた。
同じ年の夏に、掛け持ちで所属していた柔道
のイーグル杯にも出場し、弱小校相手に15
人抜き、同じく決勝まで進み、先鋒に4人
抜きされてそのあと4人抜き返したが、大将
戦で力尽きた。
ドラゴン杯とイーグル杯の両方で同じ年に
決勝まで進んだ選手は後にも先にもミナしか
いないかもしれない。