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クローゼット

  季節はすでに雨期だ。

 

 長時間の小雨が続き、花々や草木が曇り空の

 元であっても露に濡れてキラキラと輝く

 季節、などというものはここには存在しない。

 

 雨が激しくなり、雷鳴が鳴り続ける。正確に

 1秒刻み、と言えなくもないひどい頻度だ。

 

 暴風雨、暴力的とも言える雨と風、しかし、

 そこに雹が混ざってくると、事態は笑えなく

 なる。

 

 クォーターサイズ、ゴルフボールならまだ

 笑っていられるかもしれないが、エッグ、

 テニスボールサイズ、そしてさらにソフト

 ボール、グレープフルーツサイズとなって、

 

 もはや暴力的というより、殺人的となる。

 

 確かに雹で大人が命を落とすことは少ないが、

 ただちに屋根の下に移動したほうがいいこと

 に変わりはない。テニスボールサイズあたり

 から車のフロントガラスも割れる。

 

 だが、そういった嵐も長時間は続かない。

 それは、ウェザーニュースなどで雨雲の

 様子を見れば理由がよくわかる。

 

 サンダーストームは、西から東へどんどん

 移動していく。

 

 北米中央部は広大な平地が広がり、いかにも

 雷雲が自由に好き放題できそうな地形。

 人はそれを指して、ノーガード殴り合い、

 とも呼ぶが、

 

 殴り合いではなくてこちらがノーガードで

 一方的に殴られている、というのが正確だ。

 

  ノブツナ・ヤマダと弟のノブヒデは、

 先月の3月から、必要な道具を揃えだした。

 

 つばが長めのキャップ、レインコート、手袋、

 ラジオ付き懐中電灯、サバイバルキット一式、

 日保ちする食料と水。

 

 毛布はふだん使っているものを使用する。

 

 4月半ばの平日午後6時、外はまだ少し

 明るいが、サンダーストームが接近し、

 トルネードの警報が出た。

 

 テレビを点け、ウェザーニュースを表示

 させる。画面では、地図が表示され、赤く

 太い予想ラインがこの地区を横切っている。

 

「真上を通りそうね」

 この家の主、ダイアナ・デップの声も表情も

 落ち着いているので、この時期よくある

 ことなのだろう。

 

「停電するとまた面倒だね」

 トルネードに発展しそうな大気の渦が

 市の上空を通り過ぎるのが、午後7時前で

 あることをニュースが告げている。

 

 家の前に停めてあった車を動かして2台とも

 車庫に入れる。

 

 この家には地下トルネードシェルターが付い

 ていない。なので、家の中心部にある

 クローゼットに4人で入ることにする。

 

 まだ時間があるので、ノブツナもノブヒデも、

 玄関扉やガレージの横の扉、バックヤードの

 ドアなどから外の様子を眺める。

 

  再び風雨が強くなってきた。

 

 雷鳴の頻度があがり、雨に小さな雹も混ざっ

 てきた。テレビではウェザーニュースの

 キャスターが休みなく状況を伝えている。

 

 すると、突然テレビが停止し、天井の灯り

 が消えた。

 

「やっぱきたか」

 強風による停電だろう。

 

 すぐランタンタイプの懐中電灯を点ける。

 クローゼットは大人4人が入ると少し

 狭いが、あまり広すぎると今度は強度が

 問題となる。

 

 先ほどからラジオは点けていたが、テレビ

 が沈黙したのでラジオのボリュームを上げる。

 

 ラジオを聞き取るのは少し難しいのだが、

 母国語の人間が二人もいるので大丈夫だろう。

 

 ポイントは、トルネードがタッチダウンした

 かどうか、だ。天空から空気の渦が伸びて

 来て、地面に到達すると被害が発生する。

 

 まだ通過までに10分ほどあるが、タッチ

 ダウンさえしなければ、ただのサンダー

 ストームなのだ。

 

 クローゼットの扉も、まだ開けてある。

 

  ここ数年で、地下シェルターをガレージ

 などに設置する家がかなり増えたらしい。

 

 また、地下ではないがクローゼットなどを

 鉄板などで補強してシェルターとして使う

 ケースもある。この家の場合は補強された

 クローゼットだ。

 

 クローゼットの位置と扉の位置も考慮されて

 いて、家の中の北東寄り、東を向いている。

 

 これは、トルネードがほとんどのケースで

 反時計回りに回転することと関係がある。

 北半球では反時計回り、南半球では時計

 回りとなるのだ。

 

 その理由は、コリオリの力、だ。

 

 コリオリの力とは、回転する系に存在する

 物体に働く慣性力、見かけ上の力だ。

 

 例えば、反時計回りに動く系、地球上の

 北半球がそれにあたるが、そこでは、物体

 が移動する方向の右方向に引っ張られる。

 

 あなたが煙のようにとても軽い存在で、

 かつかなりの速度で移動しているなら、

 常に右向きの力を感じるかもしれない。

 

 常に右向きの力が働く、と聞くと超自然的

 な何かに聞こえたりもするが、理屈はそれ

 ほど難しくなく、

 

 回転する円盤上で円中央部から外縁部に

 まっすぐ移動すると、回転しているので

 どうしても右に逸れてしまう。

 

 逆に、外縁部から中心部に移動すると、

 外縁部側のほうが速度があるため、中心部に

 寄るほど反時計方向に出てしまう。

 

 低気圧というのは、その中心方向にまず

 引っ張られるが、その引っ張られた空気が

 コリオリの力を受け、常に右にずれる。

 中心位置から常に右にずれて吹き込む

 ことで、反時計回りの動きとなる。

 

 ハリケーンやトルネード、風呂の排水溝に

 流れ落ちる水などがそういった動きになる。

 

 そのトルネード自体は、南西から北東方向

 へ進むので、北東側は相対的に風の勢いが

 殺されるのだ。

 

  けっきょくその日は住んでいる家がトル

 ネードに巻き込まれることなく済んだが、

 電力がすぐに復旧しそうにない。

 

 時間も時間なので、あとはさっさと寝て

 しまえばいいのかもしれないが、ひとつ、

 ノブツナ、ノブヒデ、二人とも風呂に

 入っていなかった。

 

 次からは、なるべく停電が起きる前に

 さっと入っておきたい。

 

 そういったかたちで、週に一度程度の頻度で

 自分たちの住んでいる地域の近くでも竜巻

 が発生し、時々タッチダウンしてはそこに

 あった住居などが破壊された、という

 ニュースが流れた。

 

  そして、ある4月末の平日、ノブツナが

 たまたま夕方5時前に家にいた時だ。

 

 ダイアナもサラもノブヒデも家におらず、

 ノブツナ一人だった。この国で契約した

 携帯端末が、独特の警告音を鳴らす。

 

 トルネード警報だ。テレビとオンラインで

 通るコースを確認する。今いる家のあたり

 から、少し北寄りを通るようだ。

 

 天気図は大きな雨雲の接近を示している。

 実際外に出て、すでに見える位置に雲が

 湧いていた。

 

 それから数十分後、ちょうどトルネードの

 予想位置が近くを通るころ、また外の様子

 を見に行く。外は、強い風に小雨が混ざる。

 

 日没はまだなのだが、その周囲だけ、明らか

 に雲が黒い。こんなに黒く見えるものなのか、

 と驚くほどだ。対照的に、雷雲以外の部分は

 まだ明るい。

 

 そして、それは見えた。

 

 天空の、黒雲の一部が、何か意思を持った、

 巨大な手のように、地表を狙うかのように、

 突き出ていた。

 

 自然に発生するものがこれほどにも禍々しく

 見えることに、ノブツナは鳥肌が立つのを

 抑えることができない。

 

 そして、その後ニュースで、そのトルネード

 が数分間タッチダウンし、そこにあった家を

 破壊して数人が死傷したことが分かった。

 

  サラから聞いて、自分でも調べてみた話

 だが、やはりこの、北米中央部というのは、

 そもそも1万5000年ほど前にこの大陸に

 原住民が移住したときから、

 

 この中央部には定住しなかったらしい。

 

 他の地域、西部、東部、南部の沿岸地域や、

 山脈の麓などの気候が安定した地域には

 どうやら定住していたらしいのだが、あまり

 に気候が厳しい地域では、テントのような

 移動住居を使用していた。

 

 ワシントン連邦というと、世界一の経済力を

 誇り、それは世界一の技術力であり、世界一

 の文明を持つことになるのだが、

 

 こういった地域では、自然と正面から戦い、

 そして、明らかに部分的に敗北している。

 

 連邦政府はそれに対し、何もやっていない

 わけでもなく、予知のためのレーダーシステ

 ムを拡充したり直前に衆知させるシステムを

 導入したりしているわけだが、

 

 例えば被災者の支援はチャリティー組織に

 よる募金が基本であり、知人や親せきの助け

 が基本となるのだ。

 

 例えば、家に設置する地下シェルターを導入

 するにあたり、政府から補助金が出るわけ

 でもない。

 

 基本的には、この巨大なトルネードのロシ

 アンルーレットというギャンブルに、勝つ

 ことを祈るしかない。

 

 そして、それは確かにかなり低い確率では

 あるため、それほど心配してもしょうがない、

 という面もあるのだが、数十年に一度、

 やはり大きなディザスターが訪れる。

 

 それは5月に入ったある週末のお昼過ぎ、

 警報システムが、空前のサーキュレーション

 の発生を告げていた。

 

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