方向性
功夫。
それは、クンフー、と読むわけであるが、
大陸の、四千年の歴史を持つと言われる、
ゾングヤン共和国に伝わる武術にまつわる
概念を現す。
つまり、継続することで蓄積される力が最も
重要である、ということ。
そのクンフーも、内功と外功のふたつに分類
される。
大雑把に説明すると、内功は精神や内臓を
鍛え、外功は皮膚や筋肉を鍛える。外功は
比較的短期間で効果が期待でき、内功は
より時間が掛かってしまう分、内功のほうが
重要視される。
内功で勝っていれば、外功を同じレベルに持
っていくだけで必ず勝てるからだ。
では、その継続するための力とは、どこ
から来るのだろうか。人はなぜ、それを継続
するのだろうか。
リンゴ・ナナイシは、まずシンプルにそれが
好きかどうか、だと思っている。あるいは、
その時点で多少継続することが辛くても、
好きになれるレベルに持っていきたい、と
思うかどうか。
例えば、武術の練習は最初は辛い。それでも、
どんなにその時辛くても、継続したいと
思うかどうか。
それは、楽器の練習でも同じだった。
とにかく、センスが無いのだ。
中学や高校の軽音楽部では、幼少のころから
演奏を習熟している者がいる。幼少のころ
からやっている人は、演奏がうまい。
そして、中学から、あるいは高校から始めた
ひとでも、センスのある人がいる。すぐに
うまくなるのだ。
同じことをやっているはずなのに、上達の
スピードが全然違う。
例えばそれが、武術の鍛錬だったとしたら、
例えば元々の体格が全然異なっていたと
したら、その時上達の速度が多少違っても、
納得がいく。
しかし、楽器の演奏となると、特段自分が
不器用だと思ってもいないので、同じような
人間のはずなのに上達の速度が異なれば、
それなりに落ち込む。
そのうえで、容赦のない言葉を浴びせてくる
人間もいるのだ。心が折れそうになる。
だが、リンゴがそれでも比較的そういう時期
を楽に乗り切れたのは、ふたつ理由があると
思っている。二人、と言えば良いか。
テツヤ・ミマタとコウ・サナミだ。
リンゴは、中学校に入って軽音楽部に入部
する半年前から、楽器を購入して自己流で
練習していた。
自己流だったから、かどうかわからないが、
その時自分のセンスの無さを痛感した。
しかし、テツヤとコウは、そのさらに大きく
上を行くセンスの無さを見せた。
従って、リンゴはその落ちこぼれグループ
の中では、教える立場、引っ張っていく立場
に立てたのだ。
人に教えていると、なぜか自分の力が伸びる。
ということを明確に認識したのは、だいぶ
あとのことになる。
どれだけ他のひとから、「センスが無い
から辞めたほうがいい」と言われようと、
3年続けていればそれなりに何か得るもの
がある。
そしてさらに高校の3年。演奏の腕があり
ながら、辞めていった人間も多い。しかし、
彼らは続けた。
大学に入り、ミナ・ヤマダが加わり、彼らは
躍進した。いや、他の同世代と比べると、
やはり見劣りするのだが、それでもそれなり
の技術が付いてきた。
なので、色んな曲に挑戦した。
ビッグザマウンテンの基本コンセプトは、
「今までだれもやってないことをやろう」
だったのだが、新規のものを生み出す境地に
至るまでに、いったん色々やってみよう、と
いうことになった。
というのも、やってみると意外と好きだった、
ということが、往々にして起こり得る。
ただ単に苦手意識を持っていただけだった、
というケースだ。
そして、実際やってみて、やっぱり嫌いだな、
というのもある。しかし、嫌いなもの、と
いうのは、それを理解し合える者同士では、
チームワークを作るうえで意外といいのだ。
嫌いなものの話は、意外と盛り上がる。
そして、セツナ・ムナが加入して、新しい
バンド名はまだ公開されていないが、生まれ
変わることになる。
基本コンセプトは同じだ。それまでの、
ビッグザマウンテンというバンドに、セツナ
の感性が加わるだけなのだが、まず最初の
新曲5曲は、セツナをメインとして作ろう、
ということになった。
なので、その夏の昼前の、空調の効いた
車庫を改造したスタジオで彼らの練習が
行われている。
彼らが対面する側は、全面鏡となっている。
これは、ガラスを使用した鏡ではなく、
どちらかというと反射する壁紙、のような
素材を使っている。
それによって、演奏しながら自分でも姿勢や
楽器の位置をチェックする。執事兼護衛の
ウシジマにも横から見てチェックしてもらう。
では、いったいどういった曲を作ったのか、
少し見ていこう。
まず、最初に練習しているのは「ナチュラル
ボーンリッチ」という曲、ジャンルでいうと
ダブステップだろうか。
途中でショートブレイクも挟んで一時間少し
練習する。するとお昼時なので、みんなで
母屋へ移動して昼食。
昼食後の休憩中にテツヤとコウとセツナが
話している。
「でもさあ、おれたちたぶんメジャーデビュー
はしないぜ? そんなんでいいの?」
「うん、まあ家庭の事情が一番大きいかなあ」
母屋の縁側でそれぞれ適当にくつろいでいる。
「でもさあ、もし今の音楽の方向性のままで、
凄い売れそうな雰囲気が出たら、メジャーに
進むこともやぶさかではないんだがおれは」
テツヤが力説するが、セツナはあまり興味が
なさそうだ。
「なんというかその、プライベートではもう
人前に出たくない、ってのがあるかなあ」
「ふーん、そういうもんかねえ」
「動画配信は別にいいの?」次はコウが尋ねる。
「多少演奏がまずくても、自分のやったことが
残るのはそんなに悪い気がしないね」
ビッグザマウンテンを始めた当初から、彼ら
は動画を配信していた。そして、極めて少数
の、しかし熱心なファンがいた。
それが、インペリアル、もとい新しいバンド
に代わっても、ある程度そのノリが引き継が
れることが予想できた。
「なんていうか、ちょっと挑戦的過ぎるんだよ
な、おれたちの曲って」
「でも、自分ではふつうだと思ってる……」
コウの言葉にテツヤも同意して、
「そう、自分の中の常識を形にしているだけ。
メジャーデビューしたとしても、逆にそれが
出来なくなると、果たしてやっている意味が
あるのか……」
「あまり無いよね」
と言い切ったのはセツナだった。
リンゴの掛け声で午後の部の練習が始まる。
昼から練習する曲のタイトルとジャンルを
挙げていこう。
「家族」 デトロイトブルース、
「アクティベイテッド」 エナジーパンク、
「インディペンデンス」 リキッドファンク、
「スレッド」 フューチャーテクノ、
つまり、今回の曲は少し打ち込み系と
アンダーグラウンドクラブミュージックの
要素が強い。
打ち込み系と聞くと、テツヤなどがあまり
いい気がしないようで、いつも気にしている
のだが、つまりドラマーがいらなくなる
のでは、ということだが、
しかも今回からミナがキーボード、つまり
シンセサイザーを使用するので、当然
リズムマシン機能なども搭載しているのだ。
だから、リンゴなどが、例えリズムマシン
を使っても、それはテツヤが歌う曲になる
だけだから、と安心させているのだ。
では、他にも何か特徴があるのか、
例えば今回はセツナが作詞している。
セツナが作詞すると、どうやら韻文、つまり
57調や75調の定型文になる。中には
散文的な部分もあるのだが、それはセツナ的
に言うと破調しているだけで、常にカタチを
意識していることには変わりない、らしい。
また、ラップ調の曲もあり、そこは押韻、
つまり句の終わりに同じひびきの音を置く
テクニックも使用されている。
彼の加入によってさらに表現の幅が広がった、
とメンバーは感じている。




