合同コンパニー
翌週。
テツヤ・ミマタは、学科の知り合いから合同
コンパニーと呼ばれる懇親会に誘われていた。
何でも一人急に行けなくなり、替わりに参加
してほしいとのオファーがあったのだ。
大学生になって一年と数か月経つが、テツヤ
はまだコンパニーに参加したことがない。
オンライン上で情報なども調べようか迷った
のだが、初回なので自分の力のみ頼ることに
した。
誘われたのは月曜のことだったが、当日金曜
の二日前あたりから少し緊張してそわそわ
しだした。
このことはビッグザマウンテンのメンバーに
は話していない。ちょうどその金曜は、他の
メンバーも忙しく、特に集まることもなくて
言い訳の必要が無かった。
当日金曜の朝。
「今日帰り遅くなるか、もしかしたら泊まりに
なるかもだから」
弟のショウタに伝えておく。コンパニーに
行くとは言わない。言うと面倒くさそうだ。
感づかれても嫌なので、ほぼ普段着で行く
ことにした。いつものように授業を終え、
ビッグザマウンテンのメンバーとも会ったり
もしたが特に顔色は変えない。
開始は17時から。授業が終わって、図書館
で少し勉強して時間を潰す。
と思ったら時間ギリギリになっていた。
慌てて現地へ向かう。大学の最寄り駅、
パインモト駅前で待ち合わせなのだ。
バスが17時3分前に着く。待ち合わせ場所
にはちょうど着いた。すでに参加者が集まっ
ているようだ。男性が3名、女性が4名の
グループに近づく。
男性3人は一応学科の知り合いなので、軽く
挨拶するが、気が動転しているのかあまり
女性の方を直視できない。
それでもとにかく幹事が予約した店に辿り
着いた。8名のテーブル席に、男4人、
女4人が対面で並ぶ。
まずは男性全員がビールを頼み、女性は
それぞれ何か好きなドリンクを頼んだ。
そして比較的すぐにそれらが到着し、
乾杯する。
自己紹介が始まった。
男性陣は、左から、レン、ツバサ、タクマ、
テツヤ、女性陣は、左から、アカリ、カエデ、
サクラ、タエだ。
それぞれ大学と学部などを言っていく。どう
やら、彼女らは地元の友達同士のようだ。
最寄りは二駅向こう。
「工学部機械工学科のテツヤ・ミマタです。
趣味は音楽です」最後にテツヤが自己紹介
する。趣味が音楽と答えたのは男女合わせて
4人だった。
料理のほうはコースにしたようだ。ここの
居酒屋は、大手チェーン店で、学生も多く
利用する、それほど価格の高くない店だ。
男性側の幹事はレン、女性側の幹事は
アカリ。
レンは、このメンバーの中では一番男前風だ。
背が高く痩せていて、髪型や服装も清潔感が
あり今風だ。いつごろからか、国立大学の
学生にもこういった若者が増えてきた。
趣味は音楽。
アカリも、この女性メンバーの中では一番
容姿が優れているかもしれない。育ちの良さ
そうな雰囲気。趣味は楽器のフルート。
レンの隣に座る、ツバサ。遊び慣れている
軽い雰囲気。オシャレにも気を使っている
ようで、どこのブランドかわからないベスト
のようなのを着ている。趣味はサッカー観戦。
その隣、テツヤの隣でもあるが、タクマは、
どちらかというと陰気なキャラクターのよう
な外見だ。テツヤと同様コンパニーは初めて
なのだろうか、頻繁に周囲を見る。趣味は
アニメ。
ツバサとタクマの正面、カエデとサクラは、
同じ短大に通っているそうだが、髪型や服装
が似ていてまるで双子のようだ。化粧が濃い。
趣味は二人とも洋楽。
そして、テツヤの正面、分厚いレンズの眼鏡
を掛け、痩せていて、あまりパッとしない
雰囲気のタエ。趣味は読書。
最初のお通しとサラダを食べながら、会話が
始まった。
「私もっと意識を高めたいんだよね……」
「おれ昨日2時間しか寝てなくてさあ……」
「先週末ムーンフロンツカフェでマッキ開いて
ブログ書いてたらさあ、隣の席にビギナーな
感じの奴がいてさあ……」
テツヤから見て左サイドのほうからそういっ
た内容が聞こえてくる。
タクマの正面のカエデが左サイドの会話に
参加しているので、こちらは必然的にタクマ
と二人でテツヤの正面のタエと話すことに
なる。
こういう時、どういう話題から始めればいい
のかがわからない。3人で沈黙が続く。
左サイドで会話を弾ませている人たちも、
心配なのか時々ちらちらとこちらを見る。
永遠に続くかと思われた沈黙だが、
「タ、タエさんはナ、何読むんですか?」
タクマがそれを破った。
え? え? と何度か聞き返したタエだが、
本のことを聞いていると何とか理解して、
作品名を答える。それは、漫画のタイトルで
あったが、タクマも好きなもののようだった。
3人でかろうじて会話らしきものが始まる。
しかし、とテツヤは思う。
さきほどから左サイドでは、音楽に関する
話題が始まっているが、海外の音楽の話題で、
しかもどちらかというとその地域で一番売上
を上げた曲に関してだ。
そして、右サイドの自分たちの会話の内容も、
最近はやりの異世界転生ものの漫画やアニメ、
小説の話で、テツヤはどちらかというともう
少し現実の延長路線の科学ものが好きだった。
つまり、あまり興味のある会話ではなかった。
しかし、左サイドで展開されているような、
永続的な自慢話にどうやって持ち込めば
いいのかわからない。
自分の世界観を、どうやって相手にわからせ
ればいいのか。
そう思いつつトイレに立つと、すでに一時間
が経過していた。席に戻ると、いつの間にか
席替えしている。タエがテツヤの居た席に座
り、サクラとツバサが入れ替わったようだ。
左サイドと右サイドではほとんど会話の交流
がない。あるとすると、時々左サイドで
行われる、一気飲みの掛け声ぐらいだ。それ
も、あまり知らない掛け声が出てくるので、
適当に合わせるしかない。
タクマとタエが隣同士で話し込み、次第に
テツヤがつけ入る隙が無くなってきた。ただ
一人で食事をするだけの時間が出来てくる。
すると、女子の4人が全員でトイレに立った。
隣のツバサが話しかけてくる。
「テツヤ君とタクマ君さあ、今夜の合同コン
パニー、どうよ?」
「え? うん、まあ」
などと二人とも曖昧に答えるが、
「もっとイケてる会話してさあ、盛り上げて
いこうぜ!」
「う、うん、そうだね」
「もっとアグレッシブに意識高めていこうよ!」
幹事のレンも発破を掛けてくる。
「もっとテンションの上がる話題ないの?
テツヤ君は毎週末何してんの?」
ツバサが聞いてくるので、
「うん、まあ、ドラム叩いているかな」
「え? ドラム? バンドか何かかな?」
少しひるんだようなツバサ、しかし、
「でも、ちょっとマニアック過ぎる話題は
どうか、ってのもあるよね!」
「え、やっぱそうかな……」
そこを封じられるともうあまりこういう場で
話せる話題がテツヤには無い。かといって、
ふだん彼らがやっている音楽は、メジャーな
シーンのものとは程遠い。好きな方向性を
深掘りしているからだ。
「じゃあもっとテンションあげて、意識高めて
いこうぜ!」
女子が戻ってくるのが見えたので、男子同士
の会話をそう言って切り上げるツバサ。
店の中もだいぶ混雑してきた。




