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二十歳の贈り物  作者: 平和
前編
3/4

新天地は魔界(2)

「おっ、来たか。思ったより早かったな」


 先程桜山さんが呼び出した人物が今私の背後にいることを、脳は認識しているものの体が震えたまま動かない……

 彼は私が金縛りに遭っているのに気づかず、仰々しく紹介を始める。


「彼女こそ廃校だった校舎を改修し、学生寮とこの別荘を建てた株式会社Suitoの社長であり、星印高校の理事長でもある入江亮介(いりえりょうすけ)氏の一人娘!その御身が放つ美しさと気品の高さは、まさに女神の如し……!」


「それは言い過ぎです……恥ずかしくて顔が熱くなってしまいます……」


「同性であってもこうして君に惹かれて星印高校に来る人がいるぐらいなんだから、決して過剰表現ではないと思うが」


「あたしもあまっちより綺麗な人なんて見たことないし、もっと自信持って!」


「ありがとう……ございます。でも、あいちゃんのほうが可愛くて綺麗だと思います」


 勝手に話が盛り上がり始めている中、恐る恐る顔だけ後ろに向けると、そこには女神……ではなく女性の姿に扮した魔王が君臨していた。

 か、帰りたい……実家に帰りたいなんて贅沢は言わないから、せめてこの魔界から現実世界に帰してほしい……

 そして彼女はギロリと視線を(ターゲット)に向けると、身を凍りつかせるような微笑を放った。


「私は入江天恵(いりえあまえ)と申します。家柄はお気になさらず、同じ星印高校の生徒として接してくださると大変嬉しく思います。何卒よろしくお願い致します」


「おお~めっちゃ上品な挨拶!あたしもあまっちの後に真似して挨拶すれば良かったぁ」


「いや、俺やあいでは真似しようとしてもすぐにボロが出るのがオチだろう」


「……あ……わ……わた……わ……し…………」


 前門のアサシン(名代あい)後門のラスボス(入江天恵)と呼ぶべき状況で死の宣告を受け、まともに呂律が回らない私を見ていた桜山さんが声をかけてくる。


「もしかして、見える人ではないのか……?」


 一体何が見える人なのかは全く分からないが、恐怖のオーラがラスボス級から裏ボス級に増大した彼女に対して、勇者ではない私が今すべきことは分かっている。

 それは機嫌を損なわないように挨拶を返すことだ。彼女の気分一つで私の命が左右されると本能が警鐘を鳴らしている。

 そんな私の生存本能が働いたのか金縛りが解け、ひきつった笑顔を彼女(裏ボス)に向けて口が動き出す。


「……ワタシハ……明日寺香春……ヨロシク……オネガイシマス……」


 そして握手しようと右手を差し出したところで、私はへなへなと座り込むようにして意識を失った。

 意識を手放す瞬間、目の前の彼女が驚いた顔をしたような気がした……



 目が覚めると、私はソファーの上で寝かされていた。

 どうやら魔界からは解放されたらしい。


「大丈夫ですか?どこか痛むところはないですか?」


 見知らぬ女性に聞かれて確認したところ、特に痛むところはなさそうだった。

 それにしても、目の前の女性がまるで女優かと思ってしまうほど美しい。

 見ているだけで気持ちが落ち着くような穏やかな瞳、すっと通った鼻、少し控えめな唇がバランスよく配置されており、肩の下まで伸びているふわっとした髪は、毛先のほうで綺麗にウェーブがかかっている。


「大丈夫みたいです。それで……ここは?」


 体を起こして部屋を見回すと、少し離れたところで桜山さんと名代さんが私を見守っていた。

 距離があるからか、名代さんの殺気が先程より弱まっているように感じる。


「ここは学生寮のリビングです。しばらくしても目が覚めないようでしたら、病院へ連れていきましょうと話していたところです」


「そうでしたか……ご心配をおかけしてすみませんでした。それと介抱してくださってありがとうございます」


「いえいえ、ご無事なようでなによりです。それに私は何もしていません。お礼はあの子たちに言ってください」


 そう言って目の前の女性は穏やかな笑みを私から二人に向けた。

 きっと彼らが私を運んでくれたのだろう。

 改めてお礼を言うと、彼らも笑顔で応えてくれた。



「少し俺の話を聞いてくれないか?」


 落ち着いた頃合いを見計らって、女性に目配せした桜山さんが話を切り出してきた。

 私は頷いて話を促した。


「同じ人物であっても、見る人によって印象が異なるのは自然なことだと思う」


「うん。そうだね」


「率直に言うと、あいや入江は他人に与える印象が両極端な体質なんだ」


 不思議なことではあるが、先程の三人の振る舞いと私自身の体験を比較すると納得できてしまう。


「じゃあ、見える人というのは……」


「ほとんどの人は怖いといった印象を受けてしまうが、稀にその真逆の印象を受けて、まるで天使や女神のように見える人がいる。てっきり君もそうなのかと思っていたんだが……」


 なるほど。ようやく最初に会ったときの彼の言動や行動が理解できた。


「ところで、最初に俺が君に入江と仲良くしてほしいと言ったのは覚えているか?」


 あのときは頭が混乱してしまっていたけれど、確かそんなことを言っていたような気がする……

 曖昧に頷くと彼は話を続ける。


「星印高校生はさっき集まった四人で全員だ。たった四人しかいないのだから、みんなで仲良く過ごしていきたいと俺もあいも思っている」


 彼の後ろで名代さんが首を縦に激しく振っている。同意しているのであって、ドスをきかせているわけではないのだろう。


「もちろん私も同感だよ」


 決して脅しに屈したわけではない。

 そして彼は少し間を置いてから、意を決して口を開いた。


「入江は体調不良を起こす人が出てしまうほどその体質が強いせいで、これまで出席しなけらばならない日以外は学校に登校しなかったらしい。そんな彼女にとってはこれからの高校生活が、学生らしいことができる初めてのチャンスなんだ」


 気を失う直前に見た、彼女の驚いた顔が脳裏によぎる。

 そうか……そんな事情を知ってしまったら、行動するしかないじゃない!


「すぐに仲良くなってほしいとは言わな」


「入江さんは今どこにいる?」


「……君を運んだ後、怖がらせるわけにはいかないと言って二階へ行ったから、おそらく自室にいるかと」


「わかった!ちょっと会いに行ってくる!!」


 そして私は二階へ駆けていった――



 今私は『天恵の部屋』と書かれたプレートが掛けられているドアの前にいる。ここが入江さんの部屋で間違いないだろう。

 意を決してノックすると、ほどなくして


「はい……」


 という返事と共に、ドアが開かれた。


 彼女の存在を認識した途端体が震え始めるが、何も恐ろしいことはされないと分かっていれば大丈夫……だと強く思い込む。

 私が部屋に来たことに彼女が驚いている隙に先手必勝短期決戦だ!

 今だけは勇者になったつもりで、魔界に足を踏み入れる……!


「さっきは驚かせちゃって、ごめんなさい!」


「そんな……あれは貴方のせいではありません」


「ううん。私が入江さんのことを雰囲気だけで判断して誤解しちゃったことが原因……でも入江さんという人は、私を気遣って部屋で一人になってしまう優しい人だって、今は分かっているから」


「それは私が優しいのではなくて、私を見て怖がられてしまうのが怖くて逃げているだけの臆病者だからです……!」


「それなら私と一緒だね。私も怖いのが苦手な臆病者」


「え……」


 勇者の必殺技を放つため、ここぞとばかりに笑顔を作る。自己紹介しようとしたあのときよりも上手く笑えていると思う。

 そして渾身の一撃を放つ……!


「だから似た者同士、友達になりましょう?」


「いいん……ですか……?」


「もちろん!」


 握手するため右手を差し出す。震えてしまっているけれど、今度は絶対に気絶しないという自信があった。


「ありがとう……ございます……喜んで……友達に……っ」


 私の手を握り返した彼女の目から、ぽろぽろと涙が零れ落ちる。

 血の涙じゃなくてよかった……とは間違っても口にはできない。


「この震えちゃってる臆病な手を治せるのは入江さんしかいないから、友達になったからには協力してもらうよ!」


 泣きながらこくこくと頷く彼女を見て、勇気を出して良かったと心の底から思えた。



 そんな二人の様子を、部屋の外からこっそり見守る二つの影があった。


「もしかしたら、入江は彼女ような友達を望んでいたのかもしれないな」


「ひろくん……涙と鼻水を垂らしながらじゃなければ、カッコいい台詞になってたと思うよ」


「あんな感動的なシーンを見てしまって、堪えられるわけないだろう!?」


 そうして二つの影は、自分たちの別荘へと引き返していくのであった。

二十歳の贈り物(新天地は魔界(2))をお読みいただきありがとうございます。


今回の話で物語の主要となる四人の学生を登場させることができました。

是非これからも彼女たちを暖かく見守ってくださればと思います。

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