新天地は魔界(1)
新生活への期待と不安を抱きながら、メモを頼りに電車やバスを乗り換え、そして徒歩での移動を経て、ようやく目的地の最寄り駅へ向かう電車に乗ってしばらく揺られていると、いつの間にか辺りの景色が変化しなくなっていた。
田、田、畑、畑、ときどき民家、そして遠くにそびえる山。
以上である。
最寄り駅を降りて辺りを見回しても、バス停があること以外は見事に同じ景色だった。
私がこれから三年間通うことになる星印高校が田舎にあることは分かっていたけれど、ここまでとは……
そこからバスに乗ること約一時間、雑貨屋らしき店が一軒と異様に駐車場が広いコンビニと思われる店が一軒、そして遠くにそびえていた山が近くに迫ってきた以外変わらなかった景色に変化が訪れる。
このバスの終点である国立病院が建っているのが見えてきたのだ。
国立病院とはいっても、私が国立病院に対して持っている巨大な医療機関というイメージとは違い、地方の総合病院ほどの大きさではあるが、それでもこの地においては十分すぎるインパクトを持つ大きさだ。
そして国立病院の近くにある野菜直売所にて、私を学生寮まで送迎してくれる方と待ち合わせをする手筈だが……ジャージ姿の女性がこちらに手をブンブン振っているのが見えた。
繰り返し言うがジャージである。
「あなたが明日寺香春さんですねっ。わたしは星印高校学生寮の寮母をしている吉田潤穂ですっ。よろしくお願いしまっす!」
「よ、よろしくお願いします……」
私と同じぐらいの身長、くりくりした目、肩より少し長いくらいの髪をポニーテールでまとめたそのジャージ姿と言動からは、私と歳が変わらないと言われても納得できてしまうが、運転できるということは年上なはず……
「ふっふっふ~。何を隠そうこの素敵な自動車はわたしのものなんですよ~!ささ、乗って乗って~」
「失礼…します……」
引っ越し初日に免許取りたてと思われる人の車に乗せられる悲運を嘆きつつも、どうか無事でいられますようにと心の中でひたすら祈る私であったが、鼻歌を歌いながら山道を走る吉田さんの運転は予想外に安心できるものだった。
そういえば初心者マークがどこにもない気が……
そうして車で20分程山の中を移動して、ついに星印高校が見えてきた。長い旅路だった……
「ちょっとこの後学校に用事があるから、ここで降ろしちゃっても大丈夫ですか? 学生寮もすぐそこにありますからっ」
「わかりました」
「ごめんねっ……あっ、あと今夜は明日寺さんの歓迎会をするそうだから、夕食は断食しないで食堂に来てくださいね~」
だ、断食って……
でも歓迎会を開いてくれることを知って、ここでの生活が不安だった私の心が軽くなる。
そして去っていく吉田さんの車を眺めるこのときの私はまだ知らなかった。この送迎をするという業務内容が、彼女の寮母として唯一の仕事らしい仕事であったということに……
さて、今私の視界は手前と奥に二軒の建物があるのを捉えている。
辺りを見ても学校以外の建物はこの二軒しか見当たらないので、どちらかが私が住むことになる学生寮だと思う。しかしどちらも二階建ての大きな新築の家という感じで、外見だけでは判断できない。
いつまでも突っ立っているわけにもいかないので、とりあえず手前の建物から行ってみることにする。
ちょっと緊張しつつも玄関まで歩いたとき、ふと庭で読書をしている男性の存在に気づく。向こうも私に気づいたようで、読書を中断してこちらへ歩いてくる。
「君が四人目の人か……」
「……えっ?」
四人目?一体何が??
全く予想できない第一声に戸惑っていると
「俺は桜山裕幸。君と同じ星印高校の新入生だ。三年間よろしくな」
「あっ、私は明日寺香春。こちらこそよろしく」
今度の台詞は普通の挨拶だったおかげで、なんとか平静を取り戻す。
改めて彼を見ると、とても整った顔立ちをしていると思った。ただ、格好いいというよりは可愛いといったほうがしっくりくる。背も私より少し高いくらいだし。
「君がこの星印高校を選んだ理由の予想はついている。今は向こうの寮にいるはずだから呼んであげよう」
「……えっ?」
呼ぶ?一体誰を??
再び頭がパニックに陥った私が唯一理解できたことは、50%が外れたということだけである。
そんな私をよそに、スマホの操作を終えた彼は勝手に話を進める。
「わざわざ言うことでもないとは思うが、俺には心に決めた婚約者がいるから気にせず存分に仲良くしてほしい」
「…………」
もはや思考が停止してしまっていると、ガチャンと音を立てて玄関が開いた。
「おお!この人が例の四人目か~。あたしは名代あい。よろしくぅ!」
「ひっ!?……よ、よろしく……お願い…します……」
「ちょうどいいタイミングだな。彼女が今言った俺の婚約者だ。俺が言うのもなんだが、そこらのアイドルより可愛いだろう」
そう惚気る彼であったが、私にとって名代あいと名乗った黒髪ショートカットの少女の第一印象は、怖いの一言に尽きる。思わず敬語で返事をしてしまうぐらいには。
小柄な体型や軽い口調とは裏腹に、殺気のような威圧感がひしひしと伝わってくる……ああ、彼女にとっての婚約者である彼と私が二人で話をしていたのが問題だったのかな。
こういうときはすぐに誤解を解くに限る。
「あ、あの……桜山さんとは…つい先程…たまたま会っただけでして……そ、その……決して…か、彼を取ろうなどとは……」
「うん?そんなの分かってるよ?それより名前おしえて!」
「えっ……あ、は、はい。私の名前は」
そのとき、背後から凄まじい気配を感じて体が震えだした……!?
二十歳の贈り物(新天地は魔界(1))をお読みいただきありがとうございます。
初めての本編の投稿になりますが、まず下書きを終えるまでに悪戦苦闘し、見直しをする度に修正しなくてはならない部分が見つかり、結果想像以上に投稿までの時間がかかってしまい、改めて自分が右も左も分からない初心者であることを自覚させられました(泣)
少しでも早く小説執筆に慣れてテンポよく投稿できるようになりたいと思いますので、今後もよろしくお願いいたします。