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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

僕は銃弾の雨のなか眠る

作者: 内葉 陽介

駄文です。暇な時に読んでください。



 僕はガツンという頭への衝撃で目を覚ました。安っちい薄い鉄製のヘルメットがぐわんと揺れる。脳が少しずつ音を受け入れてきて、絶え間のない銃声が耳を突き刺してくる。


 「つぅ……」

 「おい、いつまでも寝てんだよジーン!もう夜明けだぞ!」

 「うう……」


 随分と減った戦友の一人がそう声をかけてくる。

 悲しいことに彼の名は覚えていない。彼について知っているのは、僕より後に戦地にやってきたことくらいだ。階級は僕と同じだけど前線に来たのは二週刊くらいまえかな?

 そしてそんな彼がご丁寧に蹴り起こしてくれたらしい。先輩への敬意を少しは見せてもらいたいね。


 僕がしょぼくれた目を擦りながら体をおこすと、いつも通りの見慣れた風景が目の前に広がる。いや、広がるというのは正しくないな。だって目の前に見えるのは、溶け出したようなドロドロの土の壁だから。付け合わせ(ガルニチュール)には未だ回収されない死体を添えて。ようこそ、天国(じごく)へ。ここはそんな最前線の塹壕だ。


 ビリビリと空気が震え、そう遠くない所で大きな土煙が上がった。敵さんの榴弾砲だ。昼も夜も僕らの羽毛より軽い命を狙ってる。

 当たらないのはひとえに運と神のご加護だろう。みんなそう言うよ。敵も同じ神様を信じてるっていうのにね。


 ああ、神様。にっくきキャベツ野郎ではなく我らに勝利の加護を!主の憐憫を!

 ああ、神様。にっくきライミーではなく我らに勝利の加護を!主の憐憫を!

 

 笑っちゃうよね。それで助かるのなら誰も榴弾砲なんか怖くはないのに。

 ちなみに僕は神様っていうのが嫌い。どれも信じられる代物じゃないから。

 

 そうそう、知ってるかい?榴弾砲っていのは直撃しなくても危ないんだ。

 え?戦争中なら普通の大砲でもそうだろうって?

 いやいや、あいつはそんなもんじゃないんだよ。いいかい、榴弾てもんはね、地面に当たると中に入った鉄の破片やらなんやらを撒き散らすんだ。普通の野砲に入ってるのは火薬だけだからね。そこまで間接的にダメージはこない。けど榴弾はその比じゃないんだ。

 前に三十ヤードくらい離れた塹壕でこいつが直撃したんだけどさ、隣のやつに


 「今のは危なかったなあ」


 なんて話しかけたんだよ。そしたらそいつがグラッと揺れてそのまま倒れたんだ。見るとヘルメットに小さな穴が空いていて、そこからどす黒い血が流れてた。

 ビックリしたよね。その時は銃撃戦してたわけでもないし、数秒前までお喋りしてたやつがいきなり死んだんだもの。


 まあなにが言いたいかっていうとさ、榴弾は危ないんだよ。それこそ塹壕戦の死因第二位にランクインするくらいには。あ、因みに一位は感染症だよ。塹壕は汚いからね。


 「おいジーン!いい加減にしろよ!敵さんが近いらしいんだぞ!」

 「ああ、ごめんごめん」

 

 おっとっと。名も知らない友人におこられちゃった。

 けど甘いな、無名の君よ。敵がくるんならその前に野砲と榴弾砲の制圧射撃があるはずだから。こんな威嚇射撃が精々の砲撃じゃすまない。それに、少なくとも目の前の鉄条網をどうにかしないと攻めてはこれないからね。結局は文字通り泥沼なんだよ。


 「どれどれ」


 一応確認したいしね。泥に沈みかけてた小銃を肩にかけ直して、そろりと外を覗いてみた。けど朝もやが煙っていてあんまり見えない。まあ一番近い敵の塹壕が二百ヤードくらい先だったから、敵が目視できたらかなり不味いけど。


 「一体どこを見て敵が近いなんて言ったんだよ?いつも通りの『平和』な戦地じゃないか」

 

 案の定ではあったけど、ため息がつい口から漏れる。こんな最前線でもなるべく肝を冷やすのは少ないほうが良いからね。


 「い、いやさっき通った奴らがそんな話してたから……」

 「ああ。そういうことね」


 彼のセリフにちょっと納得がいった。だって最前線に不馴れな兵士が一度は通る道だったからね。


 「どうせ話してたのは二等兵か一等兵か……よくても士官じゃなかっただろ?前線に決まって数人はいるんだよ。そういう噂を流すやつ」

 「そんなやついるのかよ……」

 「あ、気にしなくていいよ。みんな一回は信じる口だから。厳しい状況だと皆あることないこと信じちゃうんだよ。心がつかれてるから」


 彼が神妙に頷く。僕はフォローも忘れないんだ。教えるだけならタダだからね。ついでに僕のお節介で死ぬ人間が減ったらなぁ、なんて。


 「全員退避行動ーー!!」


 「「!!」」


 そんなとき近くの士官がいきなり大声で叫んだ。

 僕も彼も、周りの戦友たちも死体以外が皆泥の壁際にうずくまって耳を塞ぐ。ちなみに口も開けておくともっと良いらしい。なんでも、口をつぐむと空気圧の変化に体が耐えられないだとか。


 閑話休題。


 僕は基本、いつも冷静でいるように努めている。戦地で落ち着いていない者は真っ先に死ぬからだ。


 けどこの時ばっかりは僕も体がカッと熱くなってドクドクと血が流れているのを感じた。

 退避行動をとった理由なら分かるだろ?大砲の弾が飛んできたからだ。ちなんでみると、僕のうずくまってる塹壕の十ヤード右にそいつが落ちた。ばっちり退避行動中の戦友たちのいる塹壕にだ。

 塹壕っていうのは飛行機からの機銃掃射で全滅しないようにジグザグにつくってある。そんなわけで僕には衝撃でとんでくる鉄片も、石ころもなかったわけだ。


 「し、死ぬかと思った……」


 顔を上げた彼がそう言って後ろ手に手をついた。彼にとってはこんなに近くに着弾したのははじめてだったんだろう。実際僕もこんな至近弾は久しぶりだ。


 「神様のご加護だな多分」

 「……そうかもね。ほら、行くよ」


 いきなり彼の口から出た言葉に反吐が出そうになった。僕は大人だから気にしないけどね!


 「どこへだよ?」

 「え?そりゃ後処理。聞こえるでしょ。神様に護られなかった人間の声が」


 そういえば至近弾がはじめてならこれも初めてか。まったく、周りのみんなを見ればなにをすべきか分かるだろうに。


 彼の腕を持って引っ張って立たせて、中腰で塹壕を歩く。何処の盛り土が砲弾で削られてるか分からないからね。


 「さあ着いた。神の憐憫が垂れなかったところ」

 「う………」


 彼が思わず口を覆う。吐かなかっただけマシなほうだ。

 今からするのは死体集めと塹壕の修理。僕の一番嫌いな仕事だ。

 見れば辺りに散らばった肉片と臓物、壁にはベットリと血がまだら模様をつくっている。結構負傷者も多いみたいだ。色々吹き飛んでるけど生きてるやつも何人かいる。

 

 うわ、部隊長の頭に内臓乗っかってるよ。よく無事だったなぁ。あれ、腸かな?その中身も飛び散ってて、血以外のものでも汚れてる。

 ……おっと、なんか踏んだ。ああ、ただの腕か。怪我人踏んだかと思ったじゃん。よく見たらそこら辺に四肢がとんでる。血と泥でよく見えなかったみたいだ。

 これらをなるたけ回収して腐らないようにしないといけない。肉片は姿のままの死体と違って腐敗が速いからね。


 「さ、やろうか」


 隣で震えてる彼に声をかけて、とりだしたるは文明の利器、スコップだ。

 塹壕掘りも、触りたくない死体集めもこれ一本で事足りる。突撃の時には銃剣よりも取り回しやすくて、雑に扱っても壊れにくいし汚れにも強い。まさに塹壕戦のための武器だ。


 「ヴエ゛ッッ」

 「うわっと」


 明るくテンションあげていったら隣で彼が吐き始めた。慌てて距離をとって飛散物を避ける。まったく、気分がだださがりだよ。

 けど、危ないとこだった。泥と血で汚れても、人としての尊厳は保っておきたいもんだよね。ゲロにまみれて戦うのはやだなあ。


 「大丈夫?」

 「わ、悪い……ジーンはこんなの見て平気なのか?」

 「もう慣れたよ。そうでもしなきゃ、もうおかしくなってる」


 ま、嘘だけどね。こんな光景見るたびに泣き叫びたくなるよ。無理に明るくしなくちゃやっていけないくらいにね。


 「そうなのか……俺もいつか慣れるのかな?」

 「多分ね」


 うーん、素直だなあ。人を疑うことをしらない人種だ。


 「おいジーン!くっちゃべってないで衛生兵を借りてこい!トム、お前はこっちを手伝え!」

 「了解しました大尉!行って参ります!」

 「了解です大尉!」


 流石にお喋りが過ぎたらしい。部隊長の大尉殿に怒られちゃった。そう言えば彼、トムっていうんだね。はじめて聞いたよ。……いや、二回目かな?いやーともかく思い出せて良かった。今後も『彼』じゃ味気ないからね。


 おっと、そんなこんなのうちに別隊に到着だ。


 「失礼します!第三十二歩兵連隊五班、ジーン一等兵であります!我が隊の部隊長から衛生兵の要請であります!」

 「ご苦労。部隊長のヴァイトだ。どんな状況なんだ?」


 お髭の若い将校が敬礼を返してそう言ってくれた。

 随分と若い部隊長さんだなぁ。煤と髭でわかりづらいけど、多分三十いってないくらい。


 「はっ!敵野砲が塹壕に直撃、死者、負傷者多数です!」

 「なるほどな。そういうことなら二人くらい連れていってくれ。……ベル、ヴィル!仕事だぞ!」


 部隊長さんの後ろで、のろのろと立ち上がる人影が見えた。

 多分ベルさんとヴィルさんなんだろう。……うわぁそんな恨みがましい目で僕を見ないでよ。そりゃ嫌かも知れないけど衛生兵の役回りでしょ?まったく失礼しちゃうよね。 


 「申し訳ありませんが借り受けさせていただきます」

 「ああ。こっちも有事の時には衛生兵必須だから多くはだせんからな。すまんがこれで我慢してくれ」

 「とんでもありません!どこも人手は足りないくらいでしょう。心から感謝いたします。……では!」


 いやー、常識と良識のある人で良かった。僕は会ったことないけど腐った上司なんてそれこそ溢れるくらいいるらしいからね。こんな簡単に衛生兵貸してくれるなんてありがたい。


 「おい、ジーンって言ったか?やってくれたなぁお前」

 

 話しかけてきたのは金髪強面の……ベルさんかな?衛生兵っていうよりどっかの戦場に猛者としていそうだね。勲章沢山貰ったりして。

 それに僕がなにをしたっていうんだ。任務に従っただけなのに。


 「なにか問題でもあった?仕事でしょ?」

 「お前な……誰もバラバラ死体見たいやつなんていないだろ」

 「そうそう。貧乏くじだよな」


 多分相づち打ったほうがヴィルさんだ。

 まあ二人の気持ちも分かるよ。僕も正直連れてこいって言われてラッキーだと思ったもん。あんなとこには居たくないよ。けどこれが戦争なんだよな。多分。


 「多分僕ら人間の義務なんでしょうね。戦争っていうのは」 

 「……いやそこまで深い話しはしてないけどよ。なんだお前さんそういう宗教の信者かい?」 

 「とんでもない。僕は無神論ですよ」


 にやっと笑うベルさんに速攻で否定する。悪いけど神様なんていないんだよ。少なくとも地球を七日間で創るような軽率なやつの仲間は御免だね。


 ……おや?随分と二人とも驚いてらっしゃる。どうしたのかな?

 

 「なんか変なもんでもありました?」

 「いや、それはお前だろ!無神論って……本気かよ?はじめて見た」

 「俺もはじめてだな。何処の国のやつだって信教ってのは持ってたぜ?それこそキャベツ野郎でもな」


 ああ。そういうことね。みんな僕の無信教に驚いてるんだ。確かに少ないかもね、無神論。みんな心の拠り所って欲しがるから。それこそ殺人鬼でも、犯罪者でも。


 「神様って信じる気にならないじゃないですか。あれって聖職者が悪いんですかね。どの宗教も利己的で嫌気が差すんですよ」

 「ひねくれてんのな。少なくても最後の審判で生き返られるんならこんな現実にも耐えられるんじゃないのか?気休めでもさ」


 びっくり。少しでもそんなの信じてるんだね。まあ人それぞれだけどさ。

 それに口を開こうとしたら着いちゃった。冥界に舞い戻った間抜けなオルペウスみたいだ。

 

 「お、帰ってきか。借りられたみたいだな。よくやった!」

 「はっ。ありがとうございます!」


 まだまだ肉片はそこらへんに転がってる。 

 あーあ。結局逃げられないよな。

 ちらりと腕時計を見ると、まだ十時だった。長い一日は始まったばっかりだ。仕方なくスコップを構えて青ざめながら内臓を集めてるトムの横で手伝いはじめた。


 「……あ。ジーン……」

 「おひさ。生きてるかい?」

 「……多分」


 うわ、結構重症みたいだ。さっきまでの生意気な口ぶりが迷子さんだ。やっぱ肉片集めは心にくるよな。ははは。

 

 「こればっかりは慣れるしかないんだよね。自分が集められる方じゃないだけマシだよ」

 「……そうだな」


 そのあとはもくもくと二人で死体を集めた。

 僕の拾った中で一番大きかったのは太ももかな?胴体は随分バラバラで細かくなってたのばっかりだったから。


 十二時を回ったくらいにやっと集め終わった。細かすぎて拾えない肉片と血は土被せちゃうからほうっておく。これで残りすぎてると病気になるんだけどね。


 あとは工兵の出番だ。僕たちはここでお役御免。もとの配置場所に戻された。


 「お疲れさま」

 「……ああ」


 配給の缶詰めを食べながらトムに声をかけたけど、帰ってかたのはそれだけ。食欲も無いみたいだ。壁にもたれて座ってるトムの横に、蓋だけ開いた缶詰めが置いてある。スプーンを持つはずの手は左手でがっちりと握りこまれてる。

 

 よく見たらその手の中には小さな十字架が握られてた。銀のきらめきが時折目に映る。懸命にトムの心を抑え込んでいるような感じだ。

 焦点の合わない目で空虚を見ているトムを眺めていると、言葉にあらわせない感情が胸のうちに渦巻き始めた。

 一番近いものでいうなら怒りになるんだろうか。それが混じっているのは分かるけど、なにに対する怒りなのか分からない。好きなスポーツの結果だけ聞いて、なんだかもやもやするような感じだ。

 

 あとはなんだろう。


 一つは嫉妬……なのかな?昔出世した同僚に感じたのと同じような気持ちだ。けどやっぱりこれもなにに対する嫉妬なのか分からない。

 半日色々と考えてみたけれど、答えにはたどり着かなかった。午前中とは違ってどんどんと時が経っていく気がしたよ。


 夜になった。日はすっかり沈んで点々と銃の発射光が見えるくらいだ。灯りは地下に潜らない限り基本つけないよ。絶好の的になっちゃうからね。

 前線の夜は交代制。近くの奴らと夜番を決めてあとは眠る。今日は僕が一時まで寝ずの番だ。


 みんな寝静まって、聞こえるのは銃声だけになった。夜は基本娯楽がない。昼だとみんなトランプやったりチェスをやったりするけどね。灯りがないなかそんなのは無理だから、みんな寝るしかないんだよ。

 そんなわけで夜番は大変。一人で敵陣とにらめっこ。それに塹壕が深いからずっと立ちっぱなしだ。前の壁にもたれるようにして見張るけど、汚れるばっかでちっとも楽じゃない。

 まぁ汚れてるのは今に始まったことじゃないけど。


 そんなわけで見張っていたら皆が寝てるなかで一人起きてきた。どうやらトムらしい。


 「どうしたんだい?今寝ないと明日に響くよ」

 「……寝れないんだ」


 やっぱり朝のを引きずってるんだなぁ。まだロザリオ握ってるし。


 「なあジーン。俺、考えたんだよ」

  

 そんなことを思っていたらトムが話しかけてきた。朝よりもさらに具合が悪そうな顔色と目をしている。その目が僕じゃなくてなにかもっと違うものを見ている気がして、少し怖くなった。


 「……なにをだい?」


 嫌な予感はした。けど聞いた。


 「この戦争が終わればこれ以上人は死なない。そうだろ?」

 「……そうだろうね。そんなれば誰も死なないと思うよ」


 トムの手にはいつの間にか小銃が握られてる。トムの目は未だに空虚だ。けどなにかがその目の奥深くに見える。僕にはそれがなんなのか分からないけれど。

 

 彼は首にロザリオをかけ直した。忌々しい銀色が時折光る。彼は僕が恐れていた言葉を言い放った。


 「なら、俺が終わらせる。俺には神がついてる」


 言い終わるかどうかのところで彼が動いた。手が塹壕の淵にかかる。僕の身体もほぼそれと同じタイミングで動いた。彼の腰を捕まえる。彼の足が僕を退かそうともがいた。

 

 「ジーン、離せ!」

 「馬鹿野郎!目、覚ませ!おい、みんな起きろ!」


 みんなが飛び起きた。トムと僕を見て目を見張ったけど、すぐに納得いったらしい。次々に起きてこっちに向かってくる。


 その時だ。トムの足が僕の脇腹にヒットした。痛みに僕の腕が一瞬弛んだ。僕は慌てて掴み直そうとしたけどトムは見逃さなかった。僕を撥ね飛ばして塹壕を駆け登った。仲間の一人が彼を追いかけて凄い速さで登り、捕まえた。

 

 僕はほっとしたよ。この暗い中だったら見つかってすらいないだろうと思ったからね。それだけ辺りは真っ暗だったから。

 けどそうはいかなかった。音は聞こえなかった。けど仲間の腕の中でもがいていたトムが急に動かなくなったんだ。


 「くそっ、撃たれた!衛生兵!」


 なんとかトムを抱えて塹壕に戻ってきた戦友が衛生兵を呼ぶ。周りにはみんなが集まって心配そうに見ていた。

 駆けつけた衛生兵が彼を診る。けど僕らにはその答えを知っていた。聞く前にね。だってトムの身体が震えていたんだもの。死後痙攣だった。ほら、衛生兵も首をふって彼の胸の辺りを押さえていた布を外した。もう血を止める必要もないってことだ。


 「なんで撃たれた……?」


 周りの一人がそう呟いた。

 僕も気になった。いくら狙撃兵でも真っ暗な中で泥だらけで見えづらい人間を撃てるほど有能じゃ無いはずだからね。

 けどトムの真っ赤になった胸を見て愕然とした。


 「ロザリオ……」


 彼の胸には血で妖しく輝いた銀の十字架がかかってた。

 僕の言葉で周りのみんなも気づいたらしい、唖然として誰も声をだせなかった。


 皮肉だよね。彼の心の拠り所が彼を殺したんだ。夜でも光を反射する銀のロザリオ。偶然にも光ったんだろう。それで撃たれた。そんな瞬間に気づいて当てた敵の狙撃兵を誉めるべきかもしれないね。


 衛生兵がそのままトムの死体を回収していく。みんなのろのろと動き出して自分の寝床に戻る。

 けど僕は見張り戻れなかった。僕は昼に感じた嫉妬の正体に気づいた。

 僕は自分の心を繋ぎ止める、宗教というものを信じられる人間に嫉妬していたのかもしれない。擦りきれかけた、精神という渡り綱に補強剤を求めていたかも分からない。それを信じられなかっただけで。

 僕の信仰の無さはなりたくてなったものじゃなかったらしい。

 

 けど、それがヤスリかナイフだったって分かった。

 僕は心の底で自分の心を切り裂く引導を探してたのかもしれないね。


 考え込む僕を見て仲間の一人が夜番を代わってくれた。トムと仲が良かった僕がショックを受けていると思ったらしい。

 それもゼロじゃないけどね。


 僕はその親切にに甘えることにした。朝トムに蹴って起こされた寝床へと向かう。泥で汚れた毛布にくるまる。

 あの()()な朝が懐かしい。煤けた夜空が目に焼き付く。汚れた空気で星空なんか夢のまた夢だ。

 僕の顔が久し振りに泥と血以外で汚れた。


 聞き慣れすぎた銃声が今も近くで鳴っている。これが聞こえなくなるのは鼓膜を失ったときだけだ。この頃は夢の中でも銃声を聞くようになった。

 けど眠るしかない。質は悪くても睡眠は睡眠なのだから。

 頭を抱えるようにして目を閉じる。この戦争はいつまで続くんだろうか。終わりはくるんだろうか。


 「ああ─」


 

 ─ああ。今日も。僕は銃弾の雨のなか眠る。

 

ありがとうございました。

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