第10話「隠された名店」
宝箱の中身を開けると、そこにあったのはポーションだった。
「ポーション?」
嶺華が呟いたのを耳にした葉月が口にする。
「また粗悪ポーションでござるか。回数制限というのも信憑性が高くなったでござるなぁ。」
嶺華がすかさず鑑定をすると…。
「これ!超級ポーションよ!凄い!こんな宝箱から前線で貴重なポーションが出てくるなんて!!正直言ってあり得ないわ!」
「おお、超級ポーションでござったか。確かに今の前線だと本来の1500Gではなく、最低でも3000Gと割高で売られてるでござるからなぁ。無料で手に入るのは美味しいでござる。」
葉月に手渡すと、葉月が僕に渡してくる。
先程の話し合い以来、嶺華が直接渡してくることがなくなったのだが、どうしてなのだろうか?もしかして、警戒されてる?
超級ポーションをアイテムストレージに保管しておく。これはピンチになったときのために保管しておかないと。そう言えば、【回復の泉】から生成されたポーションはどうなってるのだろうか?と思いアイテム欄を開くと、粗悪ポーション7本と初級ポーション4本と中級ポーション1本と上級ポーション1本が入っていた。粗悪ポーションは全て袋の中に押し込んでおく。上級ポーションが出たのは普通に嬉しい。幸運のお陰で1日に1本出るなら1000G以上の価値がある。幸運に極振りして初めて感謝した。
「さて!夜も遅くなってきたし、夕飯にでも行こうかしらね。」
「うん!私も〜お腹ペコペコだよ〜!【暴食牛亭】に行こっ!」
そんな美月に葉月は呆れる。
「流石にお昼に食べたところにもう一度行くのは嫌でござるよ。あそこはステーキが基本でござるからなぁ。」
嶺華が立ち上がって歩き出す。美月はシズクの手を握っていた。そんな美月を見た嶺華は後ろを歩くことにする。葉月も嶺華の横に行き、一緒に歩く。
「美月?どこか適当に酒場に入りましょ。好きなとこ選んで良いわ。」
「はぁ〜い!!シズクちゃん!何処がいい〜?」
美月に好かれたのか手を離そうとしてくれない。こういう性格の子は嫌いではない。嫌いではないが自分には眩し過ぎて辛いときもある。けれど、美月はどこかチグハグな感じがする。だからこそ、受け入れられるのかもしれない。
「それじゃあ、スイーツが美味しいとこあります?」
そんなシズクの返答に後ろで聞こえない程度の声で葉月が嶺華に話しかける。
「ほほう、拙者らが居るのにスイーツとは…。」
「えぇ、そうね。無駄に舌が肥えてる私達が納得できる店なんてこんな街にあるのかしらね?」
忘れてはいないだろうか?彼女達はこれでも屋敷に住んでいたお嬢様である。高吸スイーツなど普通に食べてたし、そこらへんのものでは満足できないのだ。ジャンクフードが大好きな美月の選ぶスイーツのある店とは一体何処なのか密かに期待する。
「拙者は普通のお店に行くことになるのに一票でござる。葉月はコンビニのスイーツ好きでござったからなぁ。」
「あら?アイドルとして差し入れで色んなスイーツ食べてたのだから舌が肥えててもおかしくはないわ?でも、そもそもこの街にそんなお店なんてあったかしら?」
「拙者も知らないでござるなぁ。故に普通のお店なら一軒くらいあるだろうと見越しての一票でござるよ。」
「それなら隠れた名店があるのに一票かしら?」
この二人は普段は仲がいいが、こういうとき無駄に張り合うのだ。そして、意見はいつも割れる。戦闘時は息が合うのになんとも不思議なことだ。しかし、戦闘時に息が合うのはお互いに戦況を見た上での最善策へと導き出せるという意味であり、今回に限っては単純な考え方の違いである。故にいつも割れる。
とはいえ、意見が割れても仲が悪くなることがないのは彼女等の美点でもあるだろう。結果が出たら潔く引くのがいつものパターンなのだ。
「ん〜?スイーツかぁ?何処が良いかなぁ〜。」
「え?複数あるの?」
「流石はジャンクファイターでござるな…。」
そんな二人の呟きなど周りの喧騒で掻き消える。そんな間に美月の中で選別が終わったようだ。
「よ〜し!あそこにしよ〜!」
美月の足が軽やかになり、ずいずいと進んでいく。次第に人気がなくなり、路地裏通り始めた辺りから美月以外の三人は不安になってきた。シズクは思わず聞いてしまう。
「あの〜、本当にこっちなんですか?」
後ろの二人が内心感謝する。
(よくぞ聞いてくれたわ(でござる)!!)
美月は自信満々に答える。
「うん!まだ潰れてないならこっちで合ってるよ〜!」
3人は更なる不安が募る。
こんなところで営業してる店がどれくらい前に行ったかもわからないのに開店してるのだろうか?
暫く歩くと行き止まりに辿り着く。
「あら?行き止まりね。道を間違えたのかしら。」
すると、おもむろにアイテムストレージから鍵を取り出す。それを見た嶺華が美月に声を掛ける。
「美月?どういうことかしら?その鍵はもう捨てたんじゃなかったのかしら?」
明らかに怒気が含まれた声で尋ねる。
葉月も少し顔を顰めている。そんな二人に気を止める様子もなくいつも通りに話す。
「やだなぁ〜もう。この鍵はあのギルドとは関係ないよ〜。」
鍵を持ったまま壁に近づくと、壁から扉が現れる。扉の穴に差し込み回す。そして、扉を開けると中にはお店が広がっていた。
中に入ると、左手側はカウンターが奥まで繋がっていて、右手側はテーブルが2つあり、既に数人が席に座っていた。見るからに戦士という感じで厳つい印象を受ける。カウンターの中に居た髭が少しあるほっそりとした男性から声を掛けられる。
「いらっしゃい。美月、久し振りだね。」
「ひっさしぶり〜!元気にしてた〜?」
「見ての通りだよ。特に何も変わりはしないさ。」
奥のカウンター席に美月が座り、その横をシズクが座る。間に葉月が座り、シズクから嶺華を遠ざける。
「今日は何になされます?」
「いつものおまかせで〜!」
「はいはい、わかりました。」
その男性は奥の扉に入って行く。
「美月。その鍵はなにかしら?」
「この鍵は〜アレス教団の鍵だよ〜。」
「アレス教団は抜けたのではなかったのでござるか?」
アレス教団とは特定の称号スキルを持った者しか入団のできない宗教もどきである。その特性から戦闘狂が多く集まる。教典も戦闘寄りのことばかり書いてて、アレス神に関することは何も書いてない。ただ、一部の戦士からは熱狂なファンも多い。その教典の中に存在する項目がそうさせている。
1つ、信者たる者、弱者を虐めてはならぬ。教者と闘ってこそ戦士の誉れであり、アレス教団の誉れでもある。
1つ、信者たる者、如何なる闘いも恐れ慄いてはならぬ。どのような状況下でも果敢に闘い、敵を侮らず、敬う心を忘れることなかれ。
などと、暑苦しい内容が書かれてるが、基本的には弱き者の味方である側面とあらゆる戦いを欲する側面の2つがある。その両方を兼ね揃えることこそ、上位の信者に食い込む条件でもある。また、それらを破った者への罰もかなり厳しく、肉体労働を完遂した者は自然と信者へと戻るというのも面白いところである。全員が全員、信者に戻ったわけでもないのだが、大抵は戻るらしい。それも2つの派閥が存在する所以というわけだ。
「よお、美月ぃ。こんなとこでまた相見えるとは思ってなかったぜ。」
粗暴な男が声を掛けてきて、美月もその顔をじっと見つめたあと、首を傾げる。
「ん〜。誰だっけ?」
「ちっ、そうだろうなぁ。元ナンバー3様なんて、俺のこと眼中にもないってか!クソッ!」
「ごめんね〜。あの教団にいた頃は人の顔とか〜興味なかったから〜。」
「けっ!今ならあるってことかよ。」
「今〜?あんまりないかなぁ〜?」
「その点は安心したぜ。教団抜けても大して腑抜けてないってことだな?」
「さぁ?どうだろね〜。」
「俺と勝負しやがれ!腑抜けたてめぇでも少しはやるんだろ?」
「え〜、今は〜スイーツ食べたいから〜やだなぁ〜。」
「あぁ?闘いとスイーツを比べんじゃねえ!!昔のてめぇなら間違いなく闘いと聞いて嬉々としてただろ!!」
「ん〜?私のことあんまり知らないみたいだから〜、言っておくけど〜、弱い人とやるくらいなら、スイーツの方選んでたよ〜。」
「んだおらあ!ここでやるってのか!あぁ!?」
粗暴な男はアイテムストレージから斧を取り出すと、美月に振りかかる。美月はめんどくさそうに【メジェド】を取り出し、構えに入った瞬間。
「はい、そこまでだよ。」
右手に四人のスイーツと飲み物を載せたトレイを持ったまま、粗暴な男の振り下ろした斧を指2つで受け止める。一切、飲み物が揺れることなく、その斧は静止する。そもそも、指2本で止められたことに男は驚愕を隠せない。隠せないがマスターならあり得ると思ってしまったので、武器をストレージに戻す。
「ったく、マスターよぉ。頼むから止めないでくれよ。あんたんとこの派閥とは関係ないじゃねえか。」
マスターは肩を竦める。
「いや、単純にさ。うちの店で暴れないでと言ってるんだよ?ここは優雅にお酒を楽しむところとしてやってるんだから。次、店の中で暴れようとしたら実力行使で外に放るからね?勿論、教団にも通達は行くだろうね。」
「ぐっ…!この店で飲めなくなるのは辛い…。ちっ!美月ぃ、命拾いしたな?店を出るまで首を洗って待っとけよ!」
「はぁ…君も懲りないねぇ。」
マスターの姿がブレる。
飲み物が軽く揺れると共にその男の背後に立ち、首に向けて凄まじい速度で手刀を放つ。一瞬のうちに意識を奪われた男はマスターの左腕の中に倒れる。そのまま、首根っこを捕まえて、テーブルのとこにあった固定されたソファーに投げ捨てる。男には鉄の鎧が着込んであったのに、軽々と片手で投げたことからも、マスターの力の底が見えない。
「お嬢ちゃん達ごめんね?うちの客のもんが失礼したよ。」
そう言って、カウンター内に戻り、飲み物とスイーツが乗った皿をそれぞれの前に置いてく。
「いやぁ〜、かげろーちゃんは相変わらず強いねぇ〜。」
「そうかい?美月も腕は鈍ってそうじゃなくて、安心したよ。」
僕は先程のマスターの動きを分析していた。あの速度を出せるスキルは恐らくは筋力30 技力50の【天翔】だろう。だが、身のこなしは間違いなく【隠密】派生のものだ。音を立てずに歩いたり、【天翔】を使って尚、トレイに乗った飲み物が溢れない技術も【隠密】に特化した者ならあり得ない話ではない。称号スキルとは別でかなりの研鑽を積んでるようにも思える。
だが、【天翔】はあくまで直線的な移動のみとなるし、そもそもあんな速度は出ない。つまり、あの燕尾服も何かしらの素材を使った装備品であるということだ。それかもしかしたら、筋力50 技力50 魔力50の【英雄】を持ってるのだろうか?確かにあれは単純なステータスの底上げにはピッタリの称号だ。
などと、考えてる間、葉月もその身のこなしに注目していた。美月は当然、そんな陽炎に対して、何の疑問も抱くことなく談話してる。その中で嶺華一人はスイーツに目が行ってた。
(これはミルフィーユね。でも、この世界だと牛乳手に入れるのも一苦労するはずだわ。先程の身のこなしからも只者ではないことがわかるけれど、それにしては何故こんな街で営業してるのかしら?)
「おっと、久し振りだから、楽しくて少し長話してしまったみたいだね。ほら、お嬢ちゃん達、是非ともそのスイーツを味わってくれないか?」
そこでシズクも葉月も我に返り、目の前のスイーツを見始めた。僕はその見た目から普通のスイーツとの差を見抜けなかったので、普通にフォークを使って、ひとくちサイズに切り、口に頬張った。
それと同時に僕は目を見開いた。
遠き過去の一場面
「よぉ、美月〜、こっちは終わったよ〜。」
体中血塗れの美月がこちらを振り向くと、獰猛な笑みを浮かべ、その手にある片手剣を振り回してくる。
「って、やべ。」
即座に手に持っていた短剣でいなし、美月の腕に突き刺す。美月は痛みを感じてないのか笑みを浮かべたままだが、その手は力が抜け剣が落ちる。
すると、美月がパチパチと瞬き、テヘペロと可愛い仕草でやる。
「テヘ。かげろーごめんね〜。またやっちゃった。」
「テヘっ!じゃねぇよ!何回やらかすんだ!」
「まーまー、かげろーなら大丈夫でしょ?」
「ったく、そろそろ力の使い方覚えてくれよ〜。」
「ふふふ、寧ろ、かげろーこそもう少し時間掛けてから声を掛けてきてよね〜。」
「まぁ、善処しよう。【狂乱の血桜】様にいつ殺されるかわかったもんじゃないからな。」
「へぇ〜、そんなこと言っちゃうんだ〜。【天影の英傑】が弱音吐くだなんてさ〜。今練習中のスイーツの味見役もうやらないぞ〜?」
「な〜にいってんだか。寧ろ、何も言わずとも勝手に横から掻っ攫って行くじゃねえか。」
「うっ…。それを言われると私辛い。」
「次から気を付けてくれたらいいよ。こっちも勉強になってありがたいからよ。」
「かげろー!ありがとー!私の最高のパートナーだよ〜!」
「はいはい、調子の良いことで。」
ふと目を覚ます。
窓の外は朝日が登っている。
陽炎はベッドから飛び起き、ボサボサの髪を掻き上げる。
「さてと、今日も開店準備しますかねぇ〜。」