青天の霹靂
「傘…入る?」
足元に出来た水溜まりに写る世界を眺めながら、途方に暮れていた僕から言わせれば、まさにそれは青天の霹靂だった。
「…あ、りがとう。」
僕に向かって差し出された傘の持ち主に、一瞬戸惑いを覚えた。
「何それ?なんでそんなに驚いてるわけ?」
それもそのはず。
ここ数年すれ違っても真面に挨拶すら交わしていなかった、ちょっと疎遠気味の幼なじみ佐倉愛がそこにいたからだ。
いままで会話すら無かった数年間は何だったの?
なんでこのタイミングなの?
そんな事を考えていると、少し苛立ち気味に再度問いかけてくる。
「入るの?入んないの?」
差し出した傘のせいか、気がつくと彼女の肩が雨で少し濡れていた。
幼なじみの折角の行為。
僕は大慌てでその傘に滑り込んだ。
話す言葉も見つけられずに同じ歩幅で歩き始める僕ら2人を、傍から見たら第三者の目にはどう写るのだろうか?
幼なじみとは言え、異性との距離があまりにも近すぎてそんな事ばかりが気になって若干緊張&テンパり気味の僕に対して、平然と歩く彼女の横顔に、動揺した様子は見てとれない。
「どうかした?」
何故そんなに冷静でいられるのか?
意識してしまっているのは僕だけなのかな?
ちょっとその理由を聞いてみたい気もするが、切出す言葉が見つからない僕はただの臆病者。
でも何か話さなきゃ、な。
このまま無言で歩き続けるってのも非常に気まずいし、居心地が悪い。
それはきっと彼女だって同じだと思う。
少しぶっきらぼうだけど、差し伸べてくれた彼女の優しさを決して無下にしてはいけないんだ。
「久しぶりに話しかけられたからちょっとビックリしちゃった。嫌われてると思ってたし、さ。…突然降り出したこの雨でしょ?正直途方に暮れてたんだ。だから佐倉の優しさが凄く嬉しかったんだ。傘に入れてくれて、声をかけてくれてありがとう。」
精一杯の気持ちと感謝を込めた言葉のなか、僕は昔の事を少し思い出していた。
そうなんだ。彼女は昔から少しぶっきらぼうなもの言いだけど、心根の優しい女の子だったな。
「…佐倉、か。…ただお互い思春期を迎えて、異性と一緒にいる時間が長く続くと、周りから揶揄かわれたりして居心地が悪くなって、自然と距離をとったってだけの話でしょ?その期間がたまたま長かったから、もとの関係に修復するタイミングに戸惑ってたってだけで、私は真也の事嫌ってなんかないよ。むしろ私の方こそ真也に距離をとられたと思って、正直悲しかった。」
知ってしまった真実に、僕の胸はチクリと痛んだ。
傘に叩きつける雨の音はまだ弱まらない。
「周りから揶揄われるのが凄く恥ずかしかったんだ。僕自身も佐倉の事を女の子と急に認識してしまったからってのも理由の一つだけど、その事で佐倉を傷つけてしまっていたのならば、僕は佐倉に謝りたい。都合がいい話かもしれないけど、今日ここで、いままでの蟠りを全てチャラにして昔みたいにまた仲良くなれたら嬉しい。」
あの時はこんなにも疎遠になってしまうなんて考えもしなかった。
「それならさ、先ずは呼び方から元に戻して。そんな距離を置く様な呼び方じゃなくって。佐倉なんて呼び方嫌だよ。私は愛だよ!」
あの頃に戻りたいと願うのならば、彼女の言う通りだと思う。
「そうだよね。本当は僕もね、佐倉なんて他人行儀な呼び方したくなかったよ。心の距離までさ、遠く離れてしまったみたいな、ね。もう戻れないのかな?なんて、寂しい気持ちだったんだ。ごめんな、愛。」
なかなか切り出す事が出来なかった気持ちを吐き出すと、心のつかえが取れた気がした。
「今日さ、真也を見かけたのは偶然でね。本当は声を掛けるべきか?声を掛けていいのか?心の中でそんな葛藤があったのは事実なの。でも勇気を出して声を掛けて良かった。急にあの頃に戻すのは難しいけど、少しづつあの頃の様に戻れたら、私も嬉しい。」
小さな傘の中、気がつくと僕の肩と彼女の肩は触れ合う位の距離まで縮まっていた。
「…雨止んじゃったね。」
いつの間に止んでしまった雨に気づくと、何処か残念そうに呟いた彼女。
だけど傘を畳もうとはしないのは何故?
少し近づいた心の距離感と同じ様に、今はまだこのままで。離れたくないと彼女も思ってくれているのだろうか?
「まだ…まだ…ね?」
言葉を詰まらせながら精一杯理由を探し出そうとする僕と、立ち止まって答えを待つ彼女。
「また降り出しそうな鈍色の空だし、もう少しだけこのままでいよう。」
彼女は黙ったまま頷くと、僕らはまた同じ歩幅で歩き出した。
今の僕らとさっきまでの僕ら。
傍から見た第三者の目には一体どう映るのかな?
友達同士?
揶揄われたって構わない。
恋人同士に見られたら嬉しいな。
こんな時間が少しでも長く続く様に。
青天の霹靂だったけど、もう少しだけ。
もう少しだけ、雨を降らせて下さい。




