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この力を、この思いを胸に抱いて

妖水晶はその後ずっと朝日の所にあった。三人は朝早く学校に行き、陽和は委員会の仕事で教室を出ていった。その間、二人は教室で喋っていた。

「ねぇ、これ元々私の身体にあったものなんだけど…」

「あぁ、しょうがねぇ、返すとするよ」

だが、妖水晶が雪花の手に渡った瞬間、水晶はそれを拒むように弾き、朝日の手元に戻ってきた。

「えっ…、なんで?」

「昨日姉ちゃんに渡そうとした時も、至極が奪おうとした時も、それを拒んだんだ」

「じゃあ…、なんで朝日君に?」

「それは俺にも分からねぇ」

水晶は原石のようにゴツゴツとした形をとっており、朝日の手の平くらいの大きさはあった。

「きれいだな…、父さんに貰った霊水晶とはまた違う…」

「本当だね」

二人が話していたその時、柱の影からランドセルを背負った晃が覗いていた。

「何やってんだよ…」

「ギリギリまで気づかれない特訓」

「それする暇あるんだったらもっとする事あるだろ…」

「だって二人ともすぐ僕の事に気づくもんなんで?」

「お前は存在感あり過ぎなんだよ!ていうか何だよその変な色のシャツは?!」

藍鉄色のシャツは嫌でも目立ってしまうのだ。

「え?シャツ変えなきゃ駄目?!」

「変えろ!いや…、変えるな!変えたらお前がお前じゃなくなる」

「う〜ん…」

しかし、十秒後いつものように晃はこう呟いた。

「あれ?僕何をしていたんだっけ?」

「ハァ…、お前は本当にすぐ忘れる」

だが、朝日は晃に悲しそうな顔を向けた。

「なぁ…、晃は悲しいよな…」

「どういう事?」

晃は何も分かっていないように答える。

「晃…、本当は分かってるんだろ?本当は馬鹿なんじゃなくて、馬鹿なふりをしているだけなんだろ?現にお前は賢い、毎回テストは高得点だし、記憶力は良いし、俺達が考えもしない事を考える事もある。発想が独特過ぎて俺達はついて行けないけどな。欠点があるとすれば…、人の話を聞かないって事だ。」

「朝日君?」

晃は苦い顔をして頷いた。

「うん…、そうだよ、自分ではあんまり言わないんだけどね。だけど、あの事があってから僕は本当に忘れてしまうようになったんだ。それでも、しばらく経ったら思い出して…、後悔する事もある、僕はずっと記憶の海を藻掻きながら泳いでるんだよ」

「晃君?」

十秒経っても、晃の様子は変わらなかった。

「どんなに苦しんでも…、本当に忘れたい事は忘れられない。僕は今でもお母さんが、鬼なんじゃないかって思って、顔が向けないんだ、それさえ忘れられたら…、僕はお母さんを、人を疑わずに、恐れずに、信じられるのにって…」

晃がここまで話すのは、雪花にとっては久々の事だったし、朝日にとっては初めてだった。

「まぁな、人を疑ってかかるのも大事だとは思うさ、世の中奇人変人も居るし、悪い奴だって居る。ただ…、それ以上に信じる事も、話を聞くのも大事だぜ?」

「そうなの、かな…」 

「うん、朝日君の言う通りだと思うよ」

「…そっか」

クラスメイトが次々と入っていく中、委員会を終えた陽和が帰って来た。

「ただいま、あれ、晃君?」

晃は珍しく真剣な眼差しで朝日と陽和を見つめた。

「二人とも…どうかお願い、あの時の鬼を…、至極を止めて、僕は二人を信じてるよ」

「晃君が人を信じるなんて…」

陽和は驚いていた。

「なっ、晃も真剣なんだ、なんとしてでもやるぞ」

「でも、あいつに勝てると思うの?」

「言ったろ、俺には策があるって」

だが、その策については陽和はまだ教えてもらっていなかった。陽和は朝日に顔をしかめながら、晃がとった異様な態度を不思議に思っていた。



晃は家では母親の千鶴と二人だった。

「お母さん…」

千鶴の事を信じたい晃だったが、やはりあの時の事がよぎって顔が見れない。

千鶴に化けた至極が家に居たのも、ちょうど学校から帰った後すぐの事だった。

「お母さん、ただいま」

いつものように千鶴は笑って迎えてくれる。その時までは普段と何も変わりはなかった。

「今日のおやつ何?」

ランドセルを置いた晃は駆け寄って行く。

「そうね…」

晃の隣で千鶴は冷蔵庫から何かを探している。わくわくしていた晃だったが、千鶴は何かを考えているかのように下を向いていた。

「お母さん?」

晃が気になって覗くと、突然手を掴まれた。

「えっ?」

千鶴が掴んでいるはずだったが、腕がそれではない。いつもの白い肌とは打って変わって、鋭い爪が付いた紫色の紋様の禍々しい腕だった。

「まさかこんな子供が転がって来るとはな…」

千鶴は豹変し、紫色の鬼の姿になっていた、

「あっ…!」

そこから先の事は、晃はあまり覚えていない。闇雲に走った結果、何処か分からない場所に出て、そこで倒れて、気付いたときには運ばれて家に居た。

一年生だった晃は、今のような理解人も居らず、ずっと一人で過ごしていた。周囲の人は晃を異質な者として捉え、先生をいつも困らせていた。成績に関してはとても良いのだが、発想と行動が独特で、それが故に後ろ指を指される事もあった。

そんな晃を理解してくれたのは母親だけだった。晃は父親似だったが、父は単身赴任で、晃は一度も会った事が無い。

晃が信じられるのは母親だけだった、だが、その母親に鬼に化けられてしまったのだ。

そして、晃は誰も信じられなくなってしまった。ショックに立ち直れないまま、その出来事を忘れたいが余り、周囲の出来事や自分がやった事を忘れてしまうようになった。だが、その出来事を忘れるどころか、忘れて暫く経った後に思い出してしまうのだった。

「お母さん…、今は大丈夫だよね?」

あの時の出来事は一度千鶴に伝えたが、信じてもらえずに流され、それからは全く口に出してない。

「晃、どうしたの?」

千鶴は優しい口調でそう言ってくる。

「やっぱり…、なんでもない」

晃はそんな千鶴に顔が向けられなかった。



「この妖水晶…、俺のものって事で良いんだよな?」

「うん、だって朝日にしか触れないから」

朝日と陽和は自分達の部屋でそんな事を話していた。

「至極と戦うんだよね?」

「姉ちゃんもだろ?まぁ…、これをちょっと使う事にするかな」

朝日は妖水晶を持ったまま喋っている。

「妖水晶を?妖じゃないのに?霊水晶ならまだしも妖水晶は…」

「ある力は使わないと意味ないだろ?」

朝日は立ち上がると、一階に降りていった。

「本当に大丈夫なのかな…」

陽和は心配そうな目でそれを見ていた。


次の休みの日、朝日達四人は青波台から少し離れた柳の森に来た。時雨が亡くなったときに妖水晶以外は何も遺されてはいなかったが、せめて弔いだけでもと思ったのだ。

時雨が亡くなると同時に、奥地にある御神木も枯れたようだった。

「なんか…、悲しいね」

「幸せな妖だな、こうして人間達に悲しまれてこの世を

去るんだからよ」

雪花は御神木に花を手向け、手を合わせた。

「でも、寿命が近かったとはいえ、こんな最期だなんて…」

「ああ…、でも、よっぽどな事があったのか、自らの力を妖水晶に入れてな…」

朝日と陽和は数珠を持って祈った。

「二人とも準備良すぎじゃない?」

「まぁ…これはいっつも持ってるからな」

「…そうなんだ」

そして四人は柳の森から出ようとした。すると陽和な妙な『風』を感じ、上を見上げた。

「えっ?!」

見るとそこには至極が居た。至極は上空から四人を見下ろし、突然何を思ったのか紫色の火球を投げて来た。

「あっ、危ない!」

陽和が真っ先に駆けつけ、それをまともに食らってしまった。 

「姉ちゃん!」

「うっ…、前よりも力が増してない?」

「えっ?!」

至極は上空から攻撃してくる。

「『暴風の陣』!」

陽和が地面から暴風を打ち付けたが、落ちてくる気配は無い。

「姉ちゃん離れとけよ?『日輪円舞』!」

「懐かしいな、昔冥府に日輪という名の皇子が居てなぁ…」

至極は涼しい顔で朝日の鎌を弾き飛ばした。

「あっ!」

「うっ…、もう一度!」

だが、再び陽和が御札を持っても、力は出なかった。

「嘘でしょ?!」

「お前のような『風』使いには俺の能力は不利だろ?俺の能力は『深紫』、周囲の霊力は全て俺に集められる」

「だったら…、霊水晶!」

「無駄だ」

二人の霊水晶は一気に輝きを失い、力もなくなってしまった。

「これが鬼の力だっていうの?!」

「ああ…、こいつは思ったより強敵だぜ」

「今日は本気でいってやるか」

至極は上空から攻撃を繰り出し、下に降りる気配を見せない。陽和は雪花と晃を庇い、朝日は攻撃を掻い潜りながら向かって行った。

「お前が力を失うのも時間の問題さ、とっとと諦めろ」

「今まで散々人を痛めつけて…、許さないからな!」

だが、朝日の力も至極によって吸収され、強烈な一撃を食らってしまった。

「うっ!」

「これで終わりだな?」

至極が倒れた朝日を見下ろして呟いた。

「くっ…!」

「お前らが目障りなのさ、だからこの森ごと吹っ飛んでもらう」

「そこまでして人を、妖を踏み躙って…、何がしたい?」

「俺は邪魔な奴を、弱い奴を消し飛ばしてるだけさ」

至極は朝日を嘲笑うと、ようやく地面に降りてきた。

「なんで今まで空中に居たんだよ」

「苦手なんだよなぁ…ここの気が」

「…なるほどな」

朝日は妖水晶を握りしめ、立ち上がった。

「分かったよ、どうしてお前がこの森が苦手なのが」

「何?」

「お前、妖気というか妖力をあまり吸収出来ないし、出来たとしても毒なんだろ?」

至極は朝日を見下ろしたままだった。

「フッ…、お前、それはただの予想だろ?何処に証拠がある?」

「じゃあ…、なんであの時、時雨さんを瀕死にまで追い込んだのに、次会った時に留めを自分で刺さなかったのか?お前の力だけでも殺せたはずだろ?なのにお前はそれをしなかった、それはつまり…、お前が妖に関して何らかの弱点があるって事さ」

それを聞いた至極は怒り心頭になり、朝日に殴りかかったが、朝日はそれをなんとか避けた。

「晃、お前いつか俺達を信じるって言ったよな?」

朝日は晃の方を向いた。

「えっ?うん…」

「それなら俺も、自分の力っていうのを信じてみようかな」

「あっ…」

「雪花、お前は時雨さんが助けてくれた事を今も感謝してるんだろ?」

次に朝日は雪花の方を向いた。

「そうなのかな…」

「俺の力は、大切なものを守る為に使うって思ってるんだ」

最後に朝日は、陽和を立たせてこう言った。

「姉ちゃん、今まで俺と戦ってくれてありがとな、お互い突然の事でびっくりしたけどさ、これが本来の俺達だって思ってるよ」

「朝日…、でも私、今は戦えない…」

「頑張ったんだな、後は俺に任せとけ」

そして、至極の方を向き直した。

「至極…、お前は人や妖を散々踏み躙って生きてきたんだな」

「そうさ、だから何だ?」

「その恨み、とっとと晴らさないと気が済まないぜ」

朝日は妖水晶を至極の目の前に突き出した。

「父さんみたいに全てを超えるような存在にはなれない。だけど…、俺は俺のやり方で、俺達の力で強くなる!妖水晶…、この力を俺に与えろよ、『神化』!」

そう叫んだ次の瞬間、突風が吹いたと思うと、緑色の火柱が吹き上がり、朝日の服装が変わっていた。

緑青の線と炎が入った藍墨茶の衣に、袖口に青緑の線と結び目、襟元に白い毛が付いた上着、足は足袋と下駄を履き、頭には三つの目玉を模した飾りが付いた冠を被っており、飾りの部分は燃えているように見えた。

そして、鎌の形状も変わり、空色鼠の刃に鳥の羽のような装飾、織部の色の飾り紐は先の部分が燃えていた。

「冥府神妖•朝日…、ここに参上!」

そう叫んだ次の瞬間、朝日の背後が光った。

「うっ…、眩しい」

三人はその光に目を眩ませたが、肝心の本人はなんとも思っていないようだった。

「三人とも、俺の勇姿を見ろよ、この光を浴びて俺は行く!」

至極はそれを見て別段に驚く事もなく、さっきと同じような態度で接した。

「なんだ、妖の力を使ったところで俺に勝てるとでも思ってるのか?」

だが、朝日の方もその態度に驚く事もなく、余裕たっぷりにこう答えた。

「これが俺の力ってやつだよ」

至極は再び空へと上がったと思うと、地面が火柱を吹き上げた。

「『妖緑火』!」

朝日はそれを避けながら火を繰り出したが、全く届かない。

「どんな力を得ても俺には勝てない!」

至極が炎を繰り出すせいで、森の木々は黒焦げになってしまった。

「ここで戦ってもしょうがないか…」

朝日はそう呟くと、空高く飛び上がり、至極の目の前に立った。

「何だ、飛べるのか」

「まぁ、そんなんで驚くお前じゃないか…『執心の烈火』!」

同じように火を操るせいか、あまり攻撃が入っていないように見えた。だが、それを食らった時の至極の様子は明らかにおかしかった。至極は胸を押さえると、朝日の胸に一発拳を食らわせた。

「うっ!」

「お前みたいな奴はとっとと潰しとくか」

「まぁ…、だが今の俺は妖さ、下手に触ると危ないぞ?」

「何?」

「俺の身体は呪われてる、あんまり触れない方が良いぜ?」

「くっ!」

至極は必死に呪いを解こうとしたが、その隙に朝日は至極の背後に回っていた。

「それが狙いだよ」

「あっ!」

朝日は至極の背中を斬りつけ、そのまま突き落とした。

「『冥府神鎌•妖閃』いくぞ、『神妖の一閃』!」

朝日は緑色の炎を纒った鎌を至極を斬りつけ、そのまま燃やし尽くした。

「あっ…」

「みんな、大丈夫か?」

朝日は神化を解除し、三人の元へ戻って来た。

「うん…」

「朝日君、さっきの何?」

朝日は妖水晶を持っていた。

「知らねぇ、でも…、恐らく時雨さんが力を貸してくれたんだろうな」

「そっか…」

朝日は何事も無かったように開き直ってこう言った。

「まぁ…、俺はただここが見せ場と言わんばかりに目立っただけだけどな!」

陽和はその態度を見て苦笑いを浮かべた。

「アハハ…、誰に似たんだか」

雪花と晃は至極が立ち去ってほっとした様子だった。

「でも、至極は一時的に消滅しただけだ、何千年も生きてるような鬼さ、そう簡単に死ぬ訳ないだろ?」

「それだったら…、また来るの?」

雪花はまた不安な顔に変わった。

「大丈夫さ、もしまた来たとしても俺達がまた倒せばいいからさ、雪花が呪われたってな、今の俺なら呪禁も神呪も使えるからさ」

「そっか…、ありがとう」

雪花は朝日を見て頷いた。

「朝日、さっきの光はなんなの?」

「ああ…、姉ちゃんにも能力あっただろ?実は俺にもそれがあったんだよ、『後光』、仏像とかにたまに後ろから光が差してるだろ?それが俺にも使えるんだよ」

「あ、ありがたいのかな…?」

「崇めてもいいんだぜ?」 

自身満々になっている朝日を陽和は怒鳴った。

「死んでもあんたなんか崇めるかっ!」

「姉ちゃん…」

朝日は不服そうに口を尖らせた。

「ま、まぁまぁ二人とも…」

晃はそんな三人に構わず一人歩いていく。

「晃、行くのか?」

「やる事終わったんでしょ?」

「少しは余韻に浸るってないの?」 

陽和と雪花は晃を追ったが、朝日だけはそれをため息をついて見ていた。

「やれやれ…、晃は寝ても覚めても何があっても晃だな…」

すると晃は足を止めて振り向いた。

「朝日君、陽和ちゃん」

「何だ?」

「ありがとね」

突然の言葉に二人は何も返せなかった。

「あっ、僕らしくないって?」

「いや、いいんだよ」

朝日は晃の元へ駆け寄り、肩を持った。

「お前も、いつか誰かに慕われるようになるといいな」

「何の事?」

晃が分からないふりをしているのが朝日にはお見通しだった。

「まぁ、その為にはもっと頑張らないといけないがな、後人の話はちゃんと聞くことだ」

「うん…」

晃は十秒経っても朝日の顔を見ていた。

二人は一緒に歩き出した。四人の毎日は大変な事もあるが、楽しい日々だった。これからもこの四人の生活は続いていくのだろう。

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