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死に、再び蘇る風

風見家は四つの分家から成る陰陽師の一家だった。そのうち、長男は自らが死にかけた時に強力な能力が目覚めるとされ、『風見の少年』と呼ばれた。また、女子が産まれにくい家系でもあり、風見家で産まれた女子もそれ相応の能力を手にするとされた。その能力の元になったのは『風見の始祖』と呼ばれる風見清蓮、その兄に当たる風見王蓮と婚約者で死神であり、冥王月輪の長女である紅姫、その息子の風見華玄だった。また、華玄には双子の弟の風見幽玄が居た。幽玄は死神の和田津女と結婚し、その一族は後に剣崎と名乗る事になる。

華玄は人間の初姫と結婚し、四人の子供をもうけた。その中の長男であり、最も力の強かった金蓮は死出山で最も活躍し、その子孫は風見本家となった。

その中の一人であり、本家最後の陰陽師となったのは、風見(ゆずりは)である。



杠は死出山を守るという仕事の傍ら、都に出て妖や怪を退治していた。時は江戸時代の中期、未だ圭ノ助が誕生していない頃の話だ。杠は様々は人々の依頼を引き受けていた。

杠を慕う人が居る一方で、陰陽師の存在を信じなかったり、力を疑う存在も居た。杠はそれに耐えながら質素に暮らしていた。

そんなある日の事、杠にある依頼が舞い込んできた。それは、城下町から少し離れた柳の森で人々が次々に亡くなってるという話だった。そこのすぐ近くには古くから居る武士の領地がある。しかし、その武士の安否は最近分からない状態だ。

杠は早速そこへ向かった。だが、そこで予想だにしないものを見てしまうのだった。


夜中、それも草木も眠るといわれる丑三つ時の事だった。杠は木陰からある人の様子を伺っていた。それは丑の刻参りをしようとしている女性だった。噂の通りに白装束を着、頭には五徳と蝋燭がある。

女性は御神木の前に立つと藁人形を五寸釘で打ち込もうとした。ところが、御神木には既に誰かが打ち込んだ藁人形があった。

「えっ…?!」

女性は思わず呪うのをやめ逃げようとした。ところが、背後からなにかの気配がする。

「人を呪わば穴二つ…、さっきの藁人形はお前だよ」

女性が振り向くとそこには同じように白装束を着た人物が居た。顔に人間としての生気は全く伺えず、目は見える方は緑色だった。

「あっ…!」

「僕が代わりに相手を呪う事にするよ、但し…、お前もここで呪い殺す事になるけどね」

「そ、そんな……」

その人物は女性を刀で倒すと、そのまま胸に五寸釘を打ち込んだ。

女性の叫び声が止んだ後、その人物は杠の方を向いた。

「見たね?見たんだったら只じゃおかないよ?」

「あっ…」

杠はその人物が人間ではないと見抜いた。

「お前は…、妖か?」

「そうだよ、僕は時雨、妖さ、まぁ…、名前を覚えた所で無駄なんだろうけど」

杠は御札を構えた。

「『火風輪舞』!」

だが、杠の火は効いていなかった。時雨は杠を薙ぐと、そのままさっきのように倒そうとしたが、無理だった。

「僕は風見杠、風見の力を見せつけてやる!」

「その息の根を止めてやる!」

杠は強力な霊術の使い手だった。だが、呪いに関しての特効は弱く、見ての通りに相性は悪かった。

しかも、その時の時雨は妖として誕生したばかりだった。その力もあってか、杠はすぐに倒されてしまう。

「これが陰陽師の力だっていうのか?」

「うっ…」

「呪いは二重にも三重にもかけてある、解くことは出来ない」

時雨は藁人形を取り出すとそれを握りしめ、杠を締め付けた。

「お前を殺し、末代まで呪ってやる…!」

「やめろよ…!」

杠は震える手で小刀を持つと、顔と足に傷を付けたが、その後倒れ、どうする事も出来なくなってしまった。そして、杠やその跡取り息子を始めとする風見本家は虚しく滅んでしまったのだった。



晃は朝日にしつこく話し掛けていた。

「おはよう」

「それ…、二回目だぞ?」

朝日はため息をついた。

「だって…、そうしないと存在ごと忘れそうだから」

「存在って…、毎日居る私達の事も?」

「うん、だって毎日一緒に居る人も信用出来ないんだもん」

「お前さらっと酷い事言うな…」

晃はあっけらかんとしている。この性格というのは頭を、いや、魂ごと変えないと治らなさそうだった。

「昔はこんなんじゃなかったのになぁ…」

雪花がぽつりとそう呟いた。

「昔って…、雪花ちゃん、昔の晃君はそんなんじゃなかったの?」 

「お調子者なのは相変わらずだけど…、忘れるのはそんなに酷くなかったかな…、年を追うほどに酷くなってる」

「お前…、若年認知症か?」

「朝日君酷いね」

晃は朝日を睨んでいた。

「あっ…、ごめん言い過ぎた」

晃は十秒後には言った事もやった事も忘れてしまう。そうなる前に返事をするのが三人のちょっとしたルールだった。

「なぁ…、お前はどうしてそんなにすぐ忘れてしまうんだ…?」

すると晃は顔をしかめ、頭を抱えた。

「ごめん、その話、忘れてくれない?」

「えっ?」

晃が自分から忘れろというのは、天地がひっくり返ってもあり得ないはずの話だった。

「なんでだ?」

「忘れたくても忘れられない話があるんだよ…、本当はそれを忘れたいのに、それを忘れられなくて他のものを忘れてしまう…」

「あっ…」

何かを察した朝日は、それ以上の詮索は止した。


そして、朝日の意識は晃ではなく、最近よく襲ってくる獄炎の輩の方に向いた。

「あいつら、なんで俺達を狙ってくるんだ?」

「さぁ…、でも、昔雪花ちゃんを襲ったのと、時雨さんが霊晶石を持ってるからじゃない?」

「まぁな…、俺達の事はあんまり興味なさそうなんだよなぁ…、晃はどうだ?昨日はたまたま帰ってからだけど…」

「私達とおんなじで、興味持ってないんじゃない?」

朝日は考え込んだ。

「いや、むしろ逆だと思ってる」

「えっ?」

「あんなやつをあいつらが放って行くとでも思ってるのか?!」

「どういう事…?」

「二人共、何の話をしてるの?」

晃が二人に向かってこう呟いた。

「なっ、なんでもない!」

朝日は陽和を引っ張って、先に行ってしまった。



今日は授業の真っ最中に異変が起きた。最近の体育はプールの時間なのだが、朝日達はプールの水面を凝視していた。

「変なものなかった?」

「あぁ…、だがなぁ、何かおかしいんだ」

クラスのみんなはそんな事は何も気にせず水の中に入って行く。そして課題であるクロールのテストの為に泳いでいた。

「私達も泳ごう?」

陽和はゴーグルをはめて水の中に入っていった。朝日の番はもう少し先で、雪花と一緒に泳ぐのだ。

「朝日君って泳げるの?」

「あんま速くないけどな」

そして、二人で一斉に入り、泳ごうとした時だった。雪花の足に何かが巻き付き、溺れさせようとしている。

「危ない!」

朝日はとっさに雪花の手を引いたが、足に付いてるものはとれない。

「やっぱり居たのか…、獄炎の輩が!」

「獄炎って、これはどう考えても水の怪じゃ…」

「獄炎の輩っていうのは強い怪や鬼族の総称だよ、属性はあんまり関係ない」

怪は水面から顔を出し、その他のクラスメイトや先生達は悲鳴を上げた。

「海坊主…、みたいだな」

「プールに現れるだなんて…」

二人はクラスメイト達を逃がすと、怪に向かっていった。

「『火風輪舞』!」

陽和は何処からか御札を取り出すと火風を繰り出したが、怪には全く効いていない。

「雪花、待ってろよ…!」

雪花か怪の体内で溺れている。朝日はそれを断ち切ろうと鎌を呼び出して斬ったが、すぐに戻ってしまった。

「無理そうだな、姉ちゃん!」

「『風穴開き』!」

陽和は怪の身体に穴を開け、雪花を助け出した。

「雪花ちゃん!」 

「全く、一気に片をつけるぞ!『日輪円舞』!」

朝日の一撃で怪は一気に水飛沫となって消えてしまった。

「よし…!」

「授業中断しちゃったね…、先生達呼んで来なきゃ」

三人が振り向いてみんなの所へ向かおうとすると、逃げたはずの晃が後ろの方で震えていた。 

「晃?お前どうしたんだ?」

「あっ…!ああっ…!」

十秒経っても晃の様子は変わらない。

「晃君!」

終わりのチャイムが鳴り、クラスメイトを集め終わった三人は着替えたが、タオルを巻いても晃の身体は震えていた。



帰り道の話だった、晃はいつもと様子が違い、何かに怯えているようだった。

「本当にお前大丈夫か?」

「あっ…!」

「なぁ、お前何があったんだよ?」

「その話…、忘れてくれない…?」 

「晃君が忘れて欲しいって言うなんて…」

三人はお互いの顔を見合わせながら、晃の事をずっと心配していた。

「お前…、無理すんなよ?」

「無理なんてしてない!」

晃はそう叫んだ後耳を塞いだ。

「お前…、おかしいぞ?」

「何があったの…?」

「言わなきゃ…、駄目?」

「うん…」

晃はぽつりぽつりと話を始めた。

「僕…、小さい頃に鬼が化けたお母さんに襲われたんだ」

「えっ…?」

「最初は何か分からなかったんだけど、とにかく怖くて…、今居る人ももしかしたらって思って…。それから全部忘れようって思ったんだ。そして、今目の前に居る人ももしかしたら鬼なんじゃないかって思って、他人が信じられなくなった…。」

「あっ…」

家が近づいてきたので、晃が帰ろうとしたその時だった。晃の目の前に突然至極が現れた。

「あっ…!」

「お前…、いつかの子供だな?」

至極は雪花ではなく、晃の方を見ている。

「なんで…?忘れたはずなのに…、もう現れないはずなのに…」

「お前、いっつも逃げるように去ってしまってな…、今回こそは逃がすかよ」

「あっ…、嫌だ…!」

雪花は晃を庇おうとしたが、至極に睨まれた。

「お前もだぞ、雪花、まだ俺の呪いが解けてないんだろ?その隙に霊晶石を抜き取れば…、お前は死ぬ」

「私を殺す気なの?!」

「まぁ、そうだな」

朝日と陽和は至極の目の前に立った。

「二人に手出しは絶対にさせない!」 

至極はそれを見ると空高く飛び上がった。

「『紫獄炎』!」

四人の周囲は炎で包まれ、身動きが取れなくなってしまった。

「くっ…、なんて威力だ」

「『風穴開き』!」

陽和は炎を掻き消したが、すぐに戻ってしまった。

「あっ…!」

「『紫鬼の爪』!」

至極は一気に突進し、四人を爪で引き裂こうとした。

「危ない!」

その時、刀がそれを阻んでいた。それを見ると時雨が、白装束の姿になって刀を持っていたのだ。 

「お前あの時の…、死に損ないの妖か」

「あの子達に、手出しさせない!」

「無駄な足掻きを…、刈安!」

「俺の名を呼んだか?!」

至極の目の先には着物がはだけた黄色の、鎌を持った鬼が居た。

「『呪術•蝉時雨』!」

時雨は蝉の大群を呼び寄せたが、刈安の鎌の一撃で一気に消滅していった。

「あいつの鎌…、死神の?!」

「おいおい、俺は死神がこの世界に誕生する以前から居るんだぜ?」

「くっ…、『妖刀の祟』!」

「こんな刀、痛くも無いさ」

刈安はそれを鎌で防ぐと、時雨を突き飛ばして胸を刺した。

「俺の鎌は魂に干渉する力を持っている…、この妖も直に死ぬさ」

「うっ…!」

刈安は雪花の方を見た。

「お前の魂も刈ってその中にある霊晶石を奪ってやる!」

「あっ…!」

「待って…」

時雨は血だらけの身体で立ち上がると、雪花の胸の中に手を突っ込み、霊晶石を取り出した。

「これで、なんとか…、あっ!」 

だが、時雨には力が残されておらず、霊晶石を持ったまま倒れてしまった。

「さて、今すぐこの霊晶石を…」

至極が時雨の手から霊晶石を奪ったが、霊晶石はその手を拒み、弾いてしまった。

「言うことを聞け!」

霊晶石は時雨の側に行こうとしている。

「くっ…、石のくせに…意志があるのか?!」

「『葉風輪舞』!」

陽和が葉を吹き飛ばし、至極の視界を塞いだ。

「仕方ない、諦めるか…」 

二人の鬼はいつの間にか消えてしまった。


時雨の蝋燭の火は消え、細い煙が立ち上っていた。空からは冷たい雨が降ってくる。

「嘘だ…、絶対に嘘だ…!」

「時雨さん?」

「僕が誰かを助けなかったら…、こんな事にはならなかった!こうして死ぬ事も、傷つく事も…!」

雪花が時雨の目の前に立ち、そっと肩を持った。

「貴女のお陰で命が助かりました、ありがとうございます」

「あっ…、僕が人間に感謝されるだなんて…」

「時雨さん…」

次に時雨は朝日と陽和の方を見た。

「朝日君…、君はいつか、風見って名乗ってたよね…?風見は僕が滅ぼしたはずなのに…、どうして陰陽師の力がまだ残ってるんだ…?」

「時雨さんが滅ぼしたのは風見本家なんです、俺達は分家なんでそれを免れました」

「強いて言えば、曾祖父さん、智さんも風見の血を引く者ですよ」

「そうか…、滅ぼしたはずの一族に諭されるなんて思わなかったな…、そういえば君達はあの時の陰陽師に似ている…」

「あっ…」

時雨は口を緩め、涙を流していた。

「僕が今までしてきた事ってなんだったんだろう…、人々を次々に呪って、それから…、突然気が変わって助けようとして…」

「人々を助けようとした事は無駄なんかじゃありませんよ」

「…そうか、まぁ…僕は力も魂も、結局消えてしまうんだけどな…」

雨に打たれ、力尽きた時雨は光の粒になって消えてしまった。

「あっ…!」

「妖ってこんなふうに死ぬんだね…」

雪花はその場に立ち尽くしていた。

「時雨さん…!」

「妖も死ぬんだね…」 

そう呟いて晃はそのまま帰ってしまった。

雨が止み、洗い流された町を三人は歩いて行った。表情は皆心なしか曇っているように見える。

「これ…、私を助けたって事だよね?」

「あぁ…、そうだな」

雪花の霊晶石は、朝日の手の平にあった。

「こんなものがずっと体内に入ってたなんて…、大丈夫だったの?」

「むしろこっちの方が身体は楽だった」

「なぁ、これ、霊晶石じゃないぞ?」

朝日の一言で二人は思わず足を止めた。

「えっ?!どういう事?」

「多分な、時雨さんの妖力吸収して妖水晶になってるんだ、ほら」

よく見ると水晶は緑色に光っている。これは、時雨の胸元に入っていたものと同じだった。

「しかもさ…、これ、時雨さんが持ってたものの中で一番大きいんだ。それだけ雪花の事を助けたかったのか…」

雪花は妖水晶を見つめ、胸を押さえた。

「そんな…、私の為に…」

三人は雪花の家の前に着いた。

「ほら、雪花、家に着いたぞ」

「あっ!」

悲しみに暮れるあまりに、雪花は今何処を歩いているのかも分かっていなかった。

「うん…、二人とも、またね」

雪花は二人を見ると、うつむき加減で家に入ってしまった。

「これから…どうするの?」

陽和は朝日の方を見た。

「どうするも何も…、あいつを止めないと駄目だろ」

「あいつって…、至極と戦うつもりなの?!」

「姉ちゃんも戦うんだろ?」

「そんな無茶な…」

陽和は頭を抱え、ため息をついた。

「まぁ、そうだな。ただ…、俺に策が無いとは言わない」

「本当に?」

朝日の目は陽和とは違う所を向いていた。

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