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お山の神様

 夏休み直前の照り付ける太陽を避けるように、子ども達はお山の麓の小川でサワガニを掴まえて遊んでいた。頭上から降り注ぐ蝉の声と、お山の奥から聞こえるカエルの声、そして、子ども達がぱしゃぱしゃとならす水の音が校庭の隅に夏をもたらしていた。小川にごろごろ転がっている大きめの石をそっと持ち上げると、その下にサワガニの姿が見える。向こうは驚いてさっと別の岩陰に隠れてしまうので、見えたと思ったらすぐに掴まえなくてはならない。何匹掴まえただの、お腹に卵を持っていただの、子ども達の笑い声が、夏の音に負けず劣らず響いていた。

「お山には、神様がいるんだよ」

 お山への入り口近くで水に手を浸け涼んでいた女の子達と隊長は、先日のお山の異変について話し合っていた。お山が、前に皆と入った時とは全然違っていた。小川も木々も様子が違った。滝の音も聞こえなかった。そんなことを女の子達が口々に語ると、隊長は暫く黙って、そのように言った。

「神様!? ほんとに!?」

 女の子が驚いて声を上げると、別の場所でサワガニ取りをしていた子ども達も集まってきた。

「どうしたの?」

「神様?」

「何の話?」

 首をかしげる子ども達に、あの日、お山の異変を真っ先に見つけた男の子が事情を話して聞かせた。最初にお山に入った子ども達は勿論、今日たまたまここに居合わせた子ども達も、目を輝かせて男の子の話に耳を傾けていた。

「それほんと?」

「すげぇ!」

「じゃあ、神様がそうしたっていうの?」

 子ども達は、蝉の大合唱に包まれたお山の木々を見上げた。子ども達に心地よい影を分け与える穏やかな木々は、ひっそりとその奥に何かを隠しているのだ。

「見に行く、神様? すぐ近くだから、今から行けば掃除の時間にも間に合うと思う」

 ゆっくりと立ち上がりながら隊長が言うと、

「行く!」

「俺も!」

「私も!」

と、誰からともなく手が挙がり、子ども達は久しぶりの冒険に目を輝かせた。

 子ども達の手から逃れたサワガニ達は、するすると清らかな流れに再び身を隠した。多くの生き物たちが息をひそめて見守る中、子ども達は、隊長の先導で一人、また一人と、秘密の入り口からお山の中へと入って行った。


「お山には、水の神様と木の神様がいるんだ。今回会いに行くのは水の神様の方。木の神様の所は、ちょっと遠いからね」

 目印としている木や岩を皆に教えながら、隊長はお山の中を進んだ。道なき道を、倒れた木々や大きな岩を乗り越えながら、子ども達は巡礼の道を行く。前回皆でお山の中を探検したのとは反対の方向だった。耳をすますが、蝉やカエルの声に邪魔されて、小川の音も滝の音も届いては来なかった。

「こっちはお水がないのに、水の神様がいるの?」

 倒れた木の下を潜りながら、女の子が尋ねた。

「何か事情があるんだとは思うよ。石碑なんだけど、そんなに古そうには見えないんだ。きっと、最近作られたものなんだと思う。まあ、見てみてよ」

 隊長は、そう言うと歩みを止めた。順番に木の下を潜ってやって来た子ども達は、背伸びをして隊長の視線の先にある物を捉えた。そこにあるのは、場違いなほどきれいに四角く整えられた大きな岩だった。その上には、すらっとした剣先のような形の岩が冷たく静かに座っていた。それには、苔や蔦で覆われてもはっきり分かるほど大きく『水神』の文字が彫られていた。木々の間から漏れる陽の光を浴びて、まさに神々しく、それは在った。

「神様だ」

 誰かがほおっと溜息を吐いた。一人ずつゆっくりと子ども達は四角い岩の上に上り、その石碑をまじまじと見つめた。女の子達は、お供え物、と言って小川の近くで摘んできた小さな花をその下にそっと置き、手を合わせた。他の子も、自然とそれに倣った。いつもより澄んだ空気と、いつもより大きく感じる木々の葉音。そっと流れる風は、子ども達を優しく撫で、また木々の間を渡った。誰かが止めていた息をはぁっと吐く音で、子ども達はそっと目を開けた。隊長の言った通り、どこか新しいもののように見える石碑だった。少なくとも、大昔からそこにあった、という気配はない。

「ここよりもっと上の方に、木の神様を祀ったところがあるんだ。僕はこの二つしか知らないけど、まだ探せばいろいろ見つかると思う」

 隊長はお山の上の方を指さし、子ども達は見えない木の神様を想像した。

「それで、予想なんだけど。木の神様か、山の神様かは分からないけど、僕達に、ちょっとだけ本当の姿を見せてくれたってのは、どうかな」

 続けて、珍しく少し照れたように言った隊長の言葉に、子ども達は次々と声を上げた。

「俺も、この神様見てそう思った!」

「きっとそうよ! 人工林になる前のお山を見せてくれたの!」

「すごい! これって大発見だよ!」

「でも、内緒にしなきゃ。こういうのはあまり人に喋っちゃだめって、うちのおばあちゃんが言ってたよ」

「俺んとこのばあちゃんも、この山には神様がいるんだって言ってた!」

 子ども達は、ひとしきり喋ると、再び水神の石碑を見た。その瞳は、大きな秘密を知って、興奮にキラキラと輝いていた。女の子が、人差し指を立てて悪戯っぽく笑った。

「このこと、ここにいる私達だけの秘密にしよう」

「そうだね」

「お前、絶対喋るなよ」

「喋らないよ」

 皆でそろって頷くと、隊長が思い出したように口を開いた。

「そうだ、一応皆に報告しとかないと」

 隊長は、そっと石碑に手を置いた。その姿はどこか儀式めいていて、子ども達は息を呑んだ。子ども達にとって、隊長は特別だった。誰よりもお山を知り、誰よりも先に新しいものを探し当てた。そんな彼が、抑えきれない興奮を石碑に預けながら告げたのだ。

「滝を見つけた」


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