お山の異変
太古の森を旅した日から暫く経ったある日の昼休み。
子ども達は、結局あれから一度もあの時の入り口からお山に入ることはなく、いつものぼろ屋敷で悪戯をしたり、新たな入り口を開拓したりと、思い思いにお山の中で遊びまわっていた。中には、校庭でドッジボールをする者や、図書館で本を読む者もいる。お山の探検隊は、実はそう頻繁に人数が集まるわけではないのだ。きっと、あの時の滝を探しに行くのは、また皆が揃ったとき。誰も何も言わないが、子ども達の中では、そういうことになっていた。
しかし、
「ねえねえ!大変だよ!凄いんだって!山が変!」
茂みの中からぼろ屋敷に駆け込んできた男の子が、スクープを掴んが記者のように目をギラギラさせてまくし立てた。たまたまその場にいて屋敷の食器棚から持ち出した皿を投げて遊んでいた二人の女の子達は、その手を止め、目を見合わせ、次いで辺りを見渡す。木造のぼろ屋敷の周りは木より竹が多く、その葉が風になるばかりで、特にいつもと変わった所は見当たらない。
「何もないんだけど。」
どこか大人びた女の子がすました顔で言った。それに男の子はむっとした顔で言い返す。
「違うんだって! ここじゃなくて、この間の、あの森! 滝探そうってなったとこ!」
「滝、一人で見に行ったの!? ずるい!」
今度はもう一人の女の子がむっとして言った。
「滝は見に行ってないって! それどころじゃなかったんだってば! とにかく来てよ!確かめてほしいから!」
言って、男の子は女の子達の返答も待たず、またがさがさと茂みに紛れていった。
何だかよく分からないが、ただ事ではなさそうだし、何より面白そう。
女の子達は、表ではやれやれと苦笑いしながら、男の子のあとについて行った。
暫くぶりに訪れた焼却炉裏のお山の入り口は、相変わらず薄暗く、子ども達を静寂に飲み込もうと待ち構えていた。辺りを見回して近くに人がいないことを確認してから、
「こっち、早く」
と、男の子が先陣を切ってお山の中へと入っていった。女の子達も、そろそろと後に続く。
お山は、その中に一歩入れば別世界、と思うほど、音も、空気も違う場所だった。胸の奥がずしりと重くなるような感覚を久々に味わいながら、子ども達三人はお山の中を進んだ。地面は、前に来た時のようにぬかるんでいることはなく、歩きやすかった。というより、不自然なほど整った道筋があった。よく見れば、小川は、その水が簡単に溢れないようなコンクリートの水路を通っていた。女の子達は、首を傾げた。
「ね、変でしょ」
先を行く男の子が、女の子達を振り返って言った。
「確かに、なんか変。前来た時、川ってこんなだったっけ」
「道も、こんなにはっきりしてなかった。もっと岩がごつごつしてて、川の水が溢れてて、泥んこで」
三人は顔を見合わす。三人が三人とも、同じような違和感をもっていた。これは、ただ事ではない。
「川だけじゃないんだよ。上を見て」
男の子は、そう言って顔を上げ、周りの木々をぐるりと見渡した。女の子達もそれに倣う。風にさわさわと葉を揺らす背の高い木々が、子ども達をじっと見下ろしている。それらはどれも定規で整えられたかのように真っ直ぐ空へ伸びていて、しかも、同じような間隔で行儀よく整列している。不気味なほどきれいな森だった。子ども達は確信した。
「違う。絶対違う。前来た時、こんなんじゃなかった」
「そうよ。私知ってる。これ、人工林よ。前はこんな木、一つもなかったのに」
一際大きな風が吹いて、木々が一斉に学校の方へ頭を揺らした。ここは君たちが来る場所ではないと、子ども達を追い出すように、ゆらゆらと。地面の枯れ葉も、子ども達を急かすようにその足をぺしぺしと叩いた。女の子の一人が、じわりと目に涙を浮かべた。それを見た他の子ども達も、不安げに肩をすくめた。
「帰ろうか」
男の子がぽそりと呟くと、三人はとぼとぼと学校へ向けてお山を下り始めた。その背を風が急かすようにぐいぐい押した。
「あっ!」
一番後ろを歩いていた女の子が声を上げた。他の子が振り返ると、女の子はお山の奥の方をじっと見つめていた。
「どうしたの?」
男の子が尋ねると、女の子が困ったような顔をして振り向いた。
「滝の音がしないの」
言われてみればと、皆で耳を澄ます。しかし、風の音、葉っぱの音、鳥の声をすべてすり抜けて、あんなに力強く聞こえていた水の音が、どんなに頑張っても聞こえなかった。子ども達の表情は、ますます暗くなっていった。
「お山、どうしちゃったんだろう」
子ども達の疑問は、兵隊のように整列した木々に阻まれ、ぱちんと消えた。