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第六話 「カゴの中身」

 カゴへ侵入してきた蛇のようにひょろ長い腕は、中のものを手探りで掴み取ると、カゴから乱暴に引っ張り出しました。しかしそれは、ブドウ酒などではありませんでした。

「――――ひぇっ!! な、なんだよこれ!?」

 突然、長身の男が悲鳴を上げ、持っていたものを投げ出しました。腰を抜かしたのか、そのまま足を滑らせ尻もちをついてしまいます。無理もありません。男が手に取ったのは、血だらけのきんちゃく袋だったのですから。

「なんだ? 大袈裟な……うっ!?」

 拾い上げようとした背の低い男も、すぐにべったりとついた血のりに気づき息をつまらせました。呆気にとられて固まる二人。赤ずきんは、しげみの中へ逃げ込みました。

「――――あ、おいっ! 待てぇ!!」

 怒声を背中に受けながら、赤ずきんは木の根の()い回る森の中を走り続けました。ただでさえ歩きにくい上に、雨で濡れ、滑りやすくなっていましたが、赤ずきんの小さな足では大して苦になりませんでした。

 置き去りにした馬車のこともあってか、しつこく追いかけられることはなく、背後の足音はじきに聞こえなくなりました。

 そのうち木の根が背の高い雑草に取って代わり、足を取られることもなくなりました。

 ですが、ほっと安堵したのも束の間、赤ずきんは雑草のせいで段差に気づかず、足を踏み外してしまいました。倒れこんで雑草を顔に受け、次の瞬間視界が晴れたかと思うと、そこは、崖の向こうでした。

 段差はその境目だったのです。


 ――――赤ずきんは、なすすべもなく転げ落ちてしまいました。


           *


 赤ずきんは、落ち葉のじゅうたんの上で目を覚ましました。大粒の雨に混じって、時折(ときおり)枯葉が落ちてきます。身を起こすと、すぐ近くで雷鳴が響きました。

 赤ずきんのほっぺたを、冷たいしずくが伝います。両目から流れ落ちるそれは、雨ではありませんでしたが、赤ずきんには区別がつきません。

 (ひざ)をついて立ち上がると、少し離れた場所に、カゴとブドウ酒が転がっていました。カゴにかぶせてあった花柄の白い布は、破けてボロボロになっていました。赤ずきんは、凍える手でカゴを掴み上げます。

 石のつまったきんちゃく袋も、売人に渡すためのブドウ酒も、もう入っていませんが、それでも、ずっしりとした手ごたえが返ってきました。

 顔を上げると、立ち込める霧の中に、青い煙突屋根の小屋がかすんで見えました。

 幻か、それとも……

 赤ずきんは、(うつ)ろな瞳でかすかに笑い、当初の目的を果たすため、また、歩き出しました。

 耐えがたい頭痛とともに、朝の出来事を思い返します。


『――――絶対に、よりみちしてはいけませんよ?』

 布で中身が隠された、ずしりと重いカゴ。『何が入っているの?』と、首を(かし)げる赤ずきんに、お母さんは、にっこりと笑って答えました。

『――――』


「きゃぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーぁぁっっ!!」

 頭を抱えて叫び声を上げる赤ずきん。泥だらけの地面にうずくまり、やっとの思いで呼吸を整えました。それでも、胸の鼓動はおさまりません。

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