第四話 「オオカミ男」
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開けた通りをしばらく進んでいると、ついに、青い煙突屋根の小屋が見えてきました。おばあちゃんの家に着いたのです。赤ずきんは空腹も忘れ走り寄ると、扉の前に立ちノックします。
しかし、返事はありません。不思議に思った赤ずきんが、もう一度ノックしようとしたとき、扉が、ひとりでに開きました。
そしてその先では、血だらけになったおばあちゃんが倒れていました。
「おばあちゃんっ!?」
悲鳴にも近い声を上げ、小屋に駆け込む赤ずきん。おばあさんの体は、凍ったようにひんやりとしていました。雲に隠れて弱くなった日の光に、流れ出た血が不気味な光沢を帯びています。あまりのことに、赤ずきんは、言葉を失い青ざめてしまいます。
「死んでいるね」
小屋の中、それも、おばあさんのベッドが置いてある方から当然のように現れた猟師が、こともなげに呟きます。
「……かわいそうに。きっとオオカミに殺されたんだろう」
赤ずきんには、どうしてか、空々しく聞こえました。
「なんだい、私を疑っているのか? 生意気な小娘だな、私をそんな目で見るなっ!」
下を向き、視線を泳がせる赤ずきんに、突然、猟師が怒り出しました。振るわれた腕が本棚の上の小物に当たり、弾き飛んだ砂時計が、壁にぶつかって耳障りな音を立てます。声にならない悲鳴を上げる赤ずきん。逃げ出そうとして足をくじき、尻もちをついてしまいました。
見せつけるように猟銃をかかげ、猟師がゆっくりと迫ってきます。狭い小屋の中、赤ずきんは、あっという間に壁際まで追いつめられてしまいました。
「……あぁそうだ。君にはまだ、私が何を狩る猟師なのか、言っていなかったね」
猟師は、邪魔な猟銃を背中にかけてからさらに距離をつめると、声を立てて笑い出しました。
「――――それは……お前のようなガキだよ。殺されたくなかったら、大人しくしていろ」
濁った邪な視線が、赤ずきんのスカートから伸びた、白い細枝のような足に注がれます。
「諦めろ。子供の足じゃ、私には勝てないよ。君はどこにも逃げられないさ」
言いながら、猟師は入口の扉を左手で閉め、カギをおろしてしまいます。
その時、赤ずきんが扉を横目で盗み見たのを、猟師は見逃しませんでした。
「……逆らうつもりか? ガキの分際で!」
「きゃっ!?」
突然腕を掴まれ、赤ずきんは、たまわらず声を上げます。手から離れたカゴが転がり、中身が床の上に散らばってしまいました。
猟師は血走った目で笑いながら赤ずきんの髪を掴み、無理やり上を向かせます。
「いいか、もう一度だけ言う。殺されたくなかったら、俺の言うことを聞け! お前は一生、俺の奴隷だ!! わかったな!?」
震え上がる赤ずきんの胸ぐらをつかみ、耳元で叫ぶ猟師。そのまま両手に力を込めると、シャツのボタンがはじけ飛び、赤ずきんの小さな胸元がはだけてしまいました。
暗い小屋の中に唯一灯った赤いランプの火が、露わになった雪のような肌を、あやしく照らし出します。猟師は、薄闇の中に浮かび上がる少女の裸体を舐めるように見つめながら、しだいに激しく息を荒げさせ、やがてその絹のようにたおやかな肌を貪り始めました。
赤ずきんは絶叫のような悲鳴を上げ、必死に抵抗します。しかし、大人を相手に敵うはずもありません。猟師は、赤ずきんの手足を抑え込むこともせず、ただ、自身の欲望を満たすことに夢中になっています。
そんな中赤ずきんは、ふとすぐそばに、あのきんちゃく袋が転がっているのに気がつきました。咄嗟につかみ取ると、赤ずきんはそれを猟師の側頭部に叩きつけました。
「ぐっ!?」
細身の裸体に馬乗りになっていた猟師は大きくバランスを崩し、ベッドに角に頭を強くぶつけてしまいました。衝撃でそばにあったランプが落ち、破片とともに、ランプの火が猟師の頭に降り注ぎます。それは髪の毛に引火してあっという間に燃え広がり、首から上が火ダルマと化してしましました。
「――――ぁぁぁぁっっ!!」
猟師は、激痛のあまり我を忘れ、燃え盛る頭を抱えて獣のように叫びました。そり返ったまま頭から倒れこみ、床の上で転げ回ります。
その光景をしばし呆然と見つめていた赤ずきんでしたが、一歩後ずさると、もう止まらなくなりました。背中を何度も強くぶつけてようやくドアの存在に気づくと、振り返り、無理やりこじ開けようとします。おろされた古い木製のカギは、二つに折れて壊れてしまいました。
赤ずきんがドアを開け放つと、外は降り出した雨で真っ暗です。
背後で香る肉の焼ける匂いにおなかをすかせながら、赤ずきんはまた走り出しました。