第三話 「きんちゃく袋」
「…………え?」
さえずる小鳥の声に交じって、一際鋭い鳴き声が響くと、慌てて逃げ出す小鳥たちの群れが、空の向こうへ吸い込まれていきます。赤ずきんは、我にかえるようにびくりと肩を震わせると、すいてしまったおなかを押さえ、野いちごを求めて歩き出しました。同じ方角の空に、くすんだ雲が漂っていましたが、うつむいたままの赤ずきんが、気づくはずもありませんでした。
「迷子かい? お嬢さん」
開けた通りに出た矢先、そばの切りカブに座っていた男に声をかけられました。縮こまり、俯き続ける赤ずきんに、男は構わず続けます。
「私は猟師だよ。この辺りをテリトリーとしているんだ。……おや?」
猟師はふと、赤ずきんのカゴに目を止めると、首を傾げました。
「ブドウ酒など持ってどこへ行くんだい?」
赤ずきんが、お母さんにお見舞いを頼まれたことをやっとの思いで伝えると、猟師は腰を浮かし、赤ずきんの顔を覗き込んできました。赤ずきんは、戸惑い、後ずさろうとしますが、すぐ後ろでオノの刺さった切りカブが立ちふさがっています。
「――――ほお。お婆さんのお見舞いかい。たった一人で、偉いねぇ。お婆さんのお家はどこにあるんだい?」
答えずにいる赤ずきんに、猟師はにっこりと笑みを作ります。
「わかったよ、ありがとう。赤ずきんちゃん。せっかくだから、少し寄り道をして行ってはどうかな」
言って、猟師はふところから葉っぱでくるんだ包みを取り出すと、ひざの上に乗せて広げます。そこには、おいしそうなおにぎりが三つ、並んでいました。苦しいくらいにおなかのすいている赤ずきんでしたが、緊張のあまり口に出すことはできません。猟師の、どことなく人相の悪い目鼻立ちや、背中からかけた大きな猟銃が、いっそうそれを難しくさせます。
「……あ、そうそう。この森にはオオカミが出るから、気をつけるんだよ」
日焼けした黒い大きな手でおにぎりを一つわしづかむと、猟師はそれを一口で平らげてしまいました。一呼吸おいて二つ目に手をかけた猟師に、赤ずきんは精一杯声を絞り出します。
「……あっ、あの――――」
「――――ん、なんだい?」
しかし、猟師の鋭い瞳に射抜かれると、赤ずきんはまた肩を縮こまらせ、すっかりおびえてしまいます。そのままふるふると首を横に振ると、赤ずきんは通りの奥に目をやり、逃げるように駆け出しました。
――――赤ずきんの小さな背中を見届けた後、猟師は、小さな含み笑いを浮かべました。