第二話 「迷いの森」
しばらく歩いていると、しだいに日が差しはじめ、いくらか明るくなりました。それでも、道の両端に並ぶ大きな木々が、赤ずきんの通る道に薄暗い影を落としています。
『オオカミには気をつけてね』
手前のやぶががさがさと震え出し、赤ずきんの胸に、お母さんの言葉がよみがえります。赤ずきんは、確かめるようにカゴを握りなおしました。しかし、現れたのは、オオカミではありませんでした。
「あ……」
姿を見せたのは、瞳の赤い、真っ白なウサギでした。恐る恐る手を伸ばすと、ウサギは、しげみの奥へ引っ込んでしまいました。
「待って」
心細くなった赤ずきんは、お母さんの言いつけを忘れ、しげみの中へ入って行ってしまいました。
ウサギを追いかけ、うっそうとした森の中を駆け回っていた赤ずきんでしたが、不意に視界が開け、日の光がまぶしいくらいに照りつけました。木々やしげみに囲まれた、花畑の中ほどで、ウサギは気持ち良さそうに眠っています。
そっと忍びより、首元を軽くなでると、温かくやわらかい羽毛が手のひらをくすぐります。
「お花、つんでいこうかな……」
思い立った赤ずきんは、ちょうちょのとまっていない花を数本選び取り、くきで束ねてカゴに載せました。
「バイバイ」
もう一度頭をなでようとする赤ずきん。すると、突然起き上ったウサギが赤ずきんの指に噛みつきました。
「痛っ!」
慌てて振り払うと、指先から赤い水滴が飛び、驚いたウサギはしげみの奥へ逃げていきました。見ると、流れ出た血が、指のつけねまでしたたり落ちています。手のひら全体にどくどくと脈打つような感覚が広がり、赤ずきんは青ざめて、血だらけの指をくわえました。さびた鉄のような苦味に、たまらず顔をしかめます。
そのうちに赤ずきんは、一人で座り込んでいるのが怖くなりました。急いで立ち上がると、花畑の奥に見えた道へ、わらにもすがるような思いで走り出しました。
――――それから、どれほどの時間が経ったことでしょう。赤ずきんは、薄暗い森の小道を、未だ抜けられずにいました。何度引き返そうとしたことでしょう。何度立ち止ったことでしょう。赤ずきんは、とうとう疲れ果て、その場にへたり込んでしまいました。
そんな時、ふと思い出したのは、お母さんの言葉です。
「おべん、とう……」
お母さんは、赤ずきんのために、お見舞いの品と一緒にお弁当を入れていたのです。赤ずきんは少しだけ元気になって、かぶさった白い布をどかすと、ブドウ酒のそばのきんちゃく袋を手にとり、袋の口をゆるめました。
「えっ?」
赤ずきんは、口を開けたまま固まってしまいました。
ずしりと重い、きんちゃく袋には、食べ物など入っていませんでした。
赤ずきんが、戸惑うように袋から手を離すと、中身がいくつか転げ落ち、ぶつかりあって、かたく冷たい、無機質な音を立てます。
――――そこにはただ、袋いっぱいの小石が、敷き詰められていました。