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ある村からの依頼人

 ピクシブには載せていなかった方のアインの話になります。

 楽しんで頂ければ幸いです。


 山間の小さな街ファウロの一角にある酒場、【幻想の夜】のカウンター。


 そこで数人の男達が銀製のコップに注がれたウイスキーを、味わいながら飲んでいた。



 比較的南方の街ファウロでは冒険者はエールと呼ばれるビールを飲み、貴族や大商会の金持ちには主にワインやブランデーが好まれていた事もあり、近場の街で生産されていないウイスキーは容易には手に入る事はない。


 少し前になるが、思わぬ収入が懐に飛び込んで来た男が、交易商人に運送費やウイスキーの代金等で金貨百枚を支払い、高価な上に入手困難なウイスキーを樽で頼んだ。


 ウイスキーが醸造されている北方の国からウイスキーの詰まった樽が五つも交易船に乗せられ、更にこの山間の街ファウロまで荷車で運ばれて、ようやく今日、男は念願叶ってウイスキーを口にする事が出来たのだった。

 

 男は一人で飲み尽くすには多いウイスキーを、常連の白髪の老人や酒場のマスターと共に楽しんでいた。



「一度飲みたいと思ってはいたが、まさかこの街に居ながらウイスキーが飲めるとは思ってもいなかったな」


 男の名前はアイン・ボーエン。ファウロを拠点に活躍している冒険者である。


 無類の酒好きだが冒険者としての腕は一流で、これまでに数多くの武勇伝を残していた。



 常連が何人も幻想の夜に顔をだし、ウイスキーの話を聞き出しては、小さな銀製のコップ一杯のウイスキーを相伴にあずかっていた。


「今日はただ酒とは言いにくいのぅ。何か探し物があれば言ってくれ、裏から手を回してやるわぃ」



 白髪の老人、表では好々爺としたただの老人だが、裏に回れば指先ひとつで多くの手下を動かし、盗品の探索から暗殺まで請け負う盗賊ギルドの大ボス、タスカ―だった。



「あいにくと……と言いたい所だが、ちょっと厄介な探し物があってな。そのうち正式に依頼に行くさ」



 方々に手を回しているが未だに見つかっていない、宝石に変えられた人間を元に戻す為の宝珠。


 盗賊ギルドならば何か情報を持っているかと思い、思わずそんな事を口にしていた。



 真剣なアインの顔を横目で見たタスカ―は、「嫁はお断りじゃぞ……」と呟き、それを耳にしたアインの「そんな物を探しちゃいねえ!!!」という魂の叫びが幻想の夜に響いた。



 マスターとウエイトレスの少女は顔を背けてから肩で笑い、ウイスキーの相伴にあずかっていた他の常連も、腹を抱えて笑っていた。


 アインは既に三十半ば、結婚どころか、子供がいてもおかしく無い歳だが、アインにそんな浮いた話を聞かないからだ。









「久しぶりに旨い酒に出会えた、今夜はいい気分で眠れそうだ、それじゃあマスターまたな…」



 アインはウイスキーの注がれた銀製の水筒を片手に、ゆっくりと家路に着いた。


 草木には虫の鳴き声、空には満天の星、酒で火照った身体には心地のよい夜の涼しい風がそよいでいた。


 上機嫌なアインが異変に気がついたのは、暫く経っての事だった。



 風に乗った虫の鳴声が途絶え、代わりに森の奥から枯れ枝を踏み折るような音がパキパキと響いていた。



「お前さんが誰だかは知らんが、こんな夜更けに木こりの真似事をしてる訳でもないんだろう? 姿を現したらどうだ?」



 アインは気配のする森に向かってそう呟き、相手の出方を窺がっていた。


 しかし、一分以上待っても相手からの返事は無かった。



 意を決したアインは慎重な足取りで、枯れ枝を踏み折る音がする森の中へと歩を進めた。


 夜の森は暗く生茂った草木が視界を塞いでいた為、枯れ枝を踏み折る音を響かせて木陰で蹲る人影を発見できたのは、アインの冒険者としての能力の高さ故の事だった。



「こんな夜更けに森の中で何を…」



 アインはそこで言葉に詰まった。


 蹲っていたのが女性だった事もあるが、その手足に起きていた異変は暗闇の中でも十分に確認する事が出来た。




 女性は大木に背中を預け、苦しそうに肩で息をしていたが呼吸と共に上下に動いている肩は左肩だけで、右肩はピクリとも動いてはいない、何故なら女性の右手と両足は既に灰色の石に変わり、左手もパキパキと乾いた音を鳴り響かせて、ゆっくりと石へと変化していた。



「おい、しっかりしろ!! どんな魔物にやられた? そいつはまだ近くに居るのか?」



 アインは女性の肩を掴み前後に軽く揺らして話しかけた、肩を掴んだアインの手にひんやりとした石の感触が伝わる。


 女性は虚ろな瞳でアインの姿を捉えると、残った体力で声を絞り出し、事の詳細を話し始めた。



「わたしの名は…、ミリスと言います、此処から少し離れた村ザガンから逃げて来ました…、村が…襲われて…」



 ファウロやマディルの周辺に大小様々な村が無数に存在し、ザガンも其のうちの一つだった。


 ザガンはファウロから二日程の距離にある小さな村で、村人は農業や狩猟で日々の糧を十分に得ている為、村人は滅多に街へ出て来る事が無かった。



「ファウロの…冒険者ギルドに助けを求めに来ました…、お金は…この皮袋の中に…」



 石に変わった右手の下に、小さな皮袋が落ちていた。


 ミリスが石に変わる前に取り出して、地面に落としていたのだろう。


 アインが皮袋の中を確認すると、二十枚程の錆びかけた銅貨が入っていた。



『これじゃあ野菜の種や苗を買う事は出来るが、冒険者ギルドへの依頼は無理だな…』



 アインには石像へと変わり行くミリスの姿が、以前助ける事が出来なかった少女の姿に見えた。



「俺が依頼を届けてやる。苦しいと思うが村を襲った奴の特徴を出来るだけ詳しく教えてくれ」



 アインがミリスから村を襲った男と魔獣の話を聞きだした時には、ミリスの体は胸元まで石に変わっていた。


 アインは銀製の水筒をミリスの口にあてると、ウイスキーをゆっくりと飲ませた。



「すまないな、俺にはお前が石になるのを何とかしてやることが出来ん。出来るのは苦痛を和らげてやる事くらいだ」



 ウイスキーを飲んだミリスは、頬を赤く染め、荒い息をしいたが、少しだけ表情が和らいでいた。



 ミリスは少しだけ微笑んで、「ありが…と…う…」と呟き、そのまま石像へと変わっていった。





 家に着いたアインは皮袋の銅貨を取り出し、その硬貨が錆びているだけでなく、薄汚れている事に気がついた。



「ザガンか…確かあまり売り物になる農作物の無い村だったな。家の金を全部掻き集めてきたんだろうが…」



 ミリスが持っていた銅貨は全部で二十四枚、冒険者ギルドに頼むには百倍近くも不足していた。


 ザガンを襲った男や魔物の被害が広がれば領主から冒険者ギルドに依頼が来る。


 しかしそれを待つという事は、ザガンを見捨てるという事だった。


 アインは銅貨を皮袋に詰めなおすと、刀を手に取り、目釘を抜いて刀身を柄から外し始めた。



「冒険者として受ける訳にはいかないからな…。ギルドに説明できんし後々面倒だ…」



 あまりに低い額の依頼を受ける冒険者をギルドは快く思っていない。


 領主や富豪からギルドに依頼される時の額が少なくなるだけでなく、他の冒険者の収入を減らす恐れがあるからだ。


 それ故に冒険者ギルドは依頼の最低額と、難易度に応じた基本的な依頼料を定めてある。



「奴らは額でしか金の重さがわからんからな…」



 アインは漆黒の柄に刀身を固定し、同じく漆黒の鞘に収めた。


 そして着ていた服をベットの上に脱ぎ捨てると、床下から大きな箱を取り出し、収められていた装備で身を包んだ。


 闇龍の鱗で作った鎧は闇に身を融かし、蛇竜の皮をなめしたブーツは足音を完全に消した。


 それはアインが裏の冒険者の顔の時にのみ身に着ける装備だった。



「ザガンか…、往復で三日って所か」



 アインは最低限の食料等を持ち、そのままファウロを後にした。


 ザガンの街では陵辱の限りが尽くされていた。


 最初に抵抗した男達の殆どは既に石像と化し、残された女子供は男に呼び出される度にその身を石に変えた。



 村を襲った男はフードを被る痩せた小男だったが、その側には漆黒の魔獣が佇んでいた。


 男が連れていた魔獣は一見大きなキバを持つサーベルタイガーの様にも見えたが、眼は一つしかなく、その眼が開き、瞳に捉えられた者は、その精気を吸い尽くされ、やがて冷たい灰色の石像へと変わり果てた。


 男は元村長の家をねぐらにしていた。村長一家は既に石像に変えられ納屋に放り込まれている。



 魔獣を従えた男の名はランゲル。昔アカデミーに所属していた魔法使いである。


 性格に問題があった事と数々の問題を起こした為に、アカデミー所属の魔法使いとしての地位を剥奪され、アカデミーを永久追放されていた。


 その事を逆恨みしたランゲルは、アカデミーから盗み出した魔術所に書かれていた禁断の魔術により、禍々しい力を持つ魔獣を召喚し、身を潜めていた村をまず手始めに生贄にした。



 最初は子犬程の大きさだった魔獣を警戒心の無い子供達に近づけ、その幼い身体に満ち溢れていた精気を魔眼で吸い付くし、子供達を物言わぬ石像へと変えて行った。


 精気を食らった魔獣は少しずつ成長し、身を潜めていた村の人間を一人残らず石像に変える頃には、体長一メートルほどの大きさに変わっていた。



 それから二つの村の住人を自らの魔法や魔獣の力で全員石へと変え、村に貯め込まれていた財貨や食糧を奪いつくしていた。




「この村で三つ目、一人残らず石像に変えてきたから冒険者ギルドや領主どもには知られていない筈だ。コイツにもう少し精気を喰らわして力を得たらアカデミーの奴らに復讐し、その後はいずれこの国を…」



 ランゲルがそう呟いた時、扉が開いて数人の若い女性が入ってきた。


 村長宅に呼び出された女性は誰一人戻ってくる事が無かった為、女性達はみな怯えていた。



「ここに来たら妹にあわせてくれるって約束でしたよね? 妹に会わせて下さい」



 呼び出された女性達だけでなく、村人は全員家族の誰かをランゲルに人質として取られていた。



「妹か…、いいさ合わせてやる。ただし、お前達が石像に変わった後で、納屋に放り込まれた時にな…。魔獣横の娘達の精気と魂、喰らい尽くすがいい」



 男が魔獣の背中を軽く叩くと、魔獣は大きな瞳を開き、四人の女性の姿を捉えた。


 



「い…イヤッ」


「ああぁ…」



 女性は逃げようとした姿で魔獣に精気と魂を吸い上げられ、その身を冷たい石へと変えていった。


 一番扉に近かった女性は不安定な姿で石像に変わった為に床に倒れ、石の糸へと変わっていた、振り乱した髪の一部を粉々に砕かれて床に散りばめていた。


 幸運にも身体の方は壊れてはいなかったが、魂までも奪われた少女達は、もはや人の姿をした石塊(いしくれ)に過ぎなかった。



 魔獣が女性の精気を吸い尽くし、瞳を閉じた事を確認し、ランゲルは転移の魔法を使い、女性達の石像を納屋の中に送った。


 納屋の中には既に村の半数近い人が石像に変えられ、無造作に積み重ねられていた。


 魔獣に魂まで吸い尽くされた村人はもう二度と人の姿へは戻れないが、ランゲルの魔法で石へと変えられた者は、まだ人へと戻る希望が残されているが、それは人の形をした永遠に石の牢獄へ魂を封じられているのと殆ど同じ事だった。





 ファウロを後にした翌日の深夜、アインは既にザガンの村の前まで来ていた。


 アインはミリスの話から村を襲った男が、村の中央にある村長の家に居る事を知っていた。


 村長の家の裏庭に忍び込んだアインは魔獣の気配を探った。


 熟練の冒険者にはわかることだが、魔獣や魔族には古い井戸や洞窟の最深部の様なぬるりとした独特の気配がある。


 アインはその気配で魔獣と男の位置を探りだし、人目につかないように家の中に忍び込んだ。



「どうだ? 苦しいか?」



 椅子に腰掛けるランゲルの前で一人の女性が横たわっていた。


 手足は既に石に変えられ、石化は土に水が染み込む程の速度で、女性の身体を侵食していた。



「たす…け…て…くださ…」



 大きな瞳に涙を湛え、息も絶え絶えに女性はランゲルに懇願するが、ランゲルはむしろその姿を楽しんでいた。


 ランゲルが女性にかけた術は、永遠の毒煙、村に来た時に最初に男達を石像に変えた術だ、ランゲルが最初にこの術を使った時、ミリスは不幸にも風下にいた為、僅かにこの術に捉えられていたのだった。


 風下に居た為にほんの僅か、人を石へと変える毒煙を吸い込み、ファウロの村に着く直前、毒煙の効果で身体が石へと変わり始め、重い身体を引き摺って森まで辿り着いた所で、幸運にもアインと出会っていた。




 ランゲルは硬い石の固まりになった女性のふくよかな胸に指を這わせ、まだ柔らかい唇を人刺し指で軽く撫でた。


 二度三度、唇を撫でた所で柔らかかった唇の感触は無くなり、変わりに硬い石の感触がランゲルの指に伝わった。


 体温が失われ、冷たい石の塊に変わった唇から指を離すと、ランゲルは満足そうに一人頷いた。



「この術も完成だな。明日全員を広場に集めて術の最後の実験をするか。まだまだ村は幾らでもある…」



 その時、扉が音を立て、少しだけ開いた。


 気配を感じたのか魔獣はランゲルから数歩離れた場所で、音を立てた扉に頭を向けた。


 次の瞬間、魔獣の体に頭から尾まで一筋の線が走った。


 魔獣は身体を炭の様に黒く変色させながら、左右にゆっくりと崩れ落ちた。



「なに!! 一体何…、かはっ!!」



 ランゲルの胸に血で彩られた白銀に輝く刀身が覗いていた。


 アインがゆっくりと刀を引き抜くと、ランゲルの身体は魔獣と同じ様に黒い炭に変わり、崩れ落ちる様に消え去った。



「魔獣に魂を売った者の末路か…、自業自得だ、哀れだとも思わんよ」



 アインは布で血を拭って鞘に収め、誰も居なくなった村長の家を後にした。




 少し後、アインはある家の前にいた。


 深夜であったにも拘らず、その家にはランタンの明かりが灯っていたので、アインは扉の横に立ち、軽く戸を叩いた



「姉さん? 良かった無事だったのね」



 その家にいたのはミリスの妹だった。数日前から行方がわからなくなった姉の帰りを毎日深夜まで待っていたのだ。



「お前さんがアニスだな? 俺は姉さん、ミリスから依頼されて来た者だ。訳あって顔を見せられないので、そのまま聞いて欲しい」



 アインは懐から防音の糸で括った皮袋を取り出し、糸を外して室内に放り込んだ。



「この村を襲った男と魔獣は倒した、その皮袋の中は依頼料の余りだ」



 アニスが皮袋の中を確認すると、十二枚の銅貨と五十枚の銀貨が入っていた。


 驚くアニスに構わず、アインは言葉を続けた。



「ミリスはここから南に向ったファウロの町に向う森の中で石になっている。何とかこの村まで運んでやって欲しい。その銀貨はその依頼料だ。頼んだぞ、じゃあな、もう会う事も無いだろう」



 アニスが急いで扉を開けたが、そこに既にアインの姿は無かった。





 数日後、いつもの酒場にアインの姿はあった。



「アイン、酔っ払って森の中に迷い込んだうえに、数日森の中を彷徨ってたんだってな? 酒を控えた方がいいんじゃないか?」



 アインと同い年くらいの冒険者が、アインの背中を何度も叩きながら話しかけてきた。



「アインは街では頼りないからな。迷って数日家を空けることも珍しくないさ。お前もこれが目当てか?」



 マスターはウイスキーの樽を指差し、冒険者とアインに視線を流した。



「構わんよ、酒は飲む物だ、こいつにも飲ましてやってくれ」



 アインが許可した事で冒険者は嬉しそうにウイスキーを飲み始めた。


 酒場では他にも数人、この店の常連が銀製のコップでウイスキーを楽しんでいた。



『あの娘にもまた、飲ませてやれるといいんだが…』


 無事に村に運ばれた石像に変わったミリスの事を思い、アインは誰にも聞こえないように小さく呟いた。





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