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遺跡に潜むモノ

 この小説は投稿している何処にあろうと俺は俺 ~異世界転生者リュークの流儀~とは別の世界の話にないます。


 その為、石化の解除は困難で、殆ど死と同義に近いものとされ、死ねない為にし異常に畏怖されている場合もあります。



 木々で草原で新緑が芽吹き、薄茶色をしていた大地が緑色に染まっていく初夏……、涼しげな小川では子供たちが小魚等を追い、街角では上手くご馳走にありつけた猫が日向でまだ優しい日差しに身体を温めていた。


 稲作を行う農家は親戚家族総出で田に苗を植え、畑にも季節の野菜などの苗が植えられている。人々の顔には汗と希望に満ちた笑みがこぼれ、皆、大いなる秋の実りに期待していた。


 一方、街では露天商が井戸水で冷やした果物や焼いた肉やチーズの乗っけられたパンを売り、その香ばしい匂いに誘われた人たちが何枚も銅貨を差出し、思い思いの場所でそれらを胃袋に収めていた……。




「はははははっ、いやーうまい、最高だ!!」


 山間の小さな街ファウロ。その裏通りに面した一角にある酒場【幻想の夜】のカウンター。

 まだ日も高い時間から、一人の男が木のコップに注がれたビールを、ゴキュゴキュと喉を鳴らして飲み下していた。


 男の名前はアイン・ボーエン、近隣諸国に名を轟かせた傭兵であり、二十年以上の実績を持つ熟練した冒険者だ。三十歳を過ぎ、やや若々しさは無くしていたが、技量はいささかも衰えてはいなかった。

 アインは前日に終えた仕事の報酬を携えて、数日振りの酒に舌鼓を打っていた。


 この時間、店内に居るのは常連の白髪の老人や冒険者風の若者数名、そしてこの酒場のマスターとウエイトレスだけだった。


 真昼間から仕事もせずに酒盛りを出来る者など冒険者や隠居した老商人位ではあるし、それ以前にそこそこ裕福な家の者でなければそう滅多には酒場で食事など出来る筈も無いからだ。


 一般家庭の街人が家で食べるのであれば、少し離れた市場に行けば調理済みの鶏肉や豚肉等が比べ物にならないほど安価にいくらでも手に入る上に、調理の手間を惜しまなければ生肉の状態でもっと安く大量に入手できたからだ。



「俺はうまい酒を飲む為に冒険者やってる様なものだからな。マスター!! もう一杯注いでくれ!!」


 酒場のマスターはコップを受け取ると、慣れた手つきで樽からビールを注ぎアインの前に差し出した。



 やがて日が落ち、酒や料理を求める人々や流しの吟遊詩人が次々に店を訪れていた。多くは衛兵や傭兵、大工など実入りの良い者たちだが、時折駆け出しの冒険者やアインの知り合いが顔を出し、アインと雑談をしていた。


 彼らの多くは冒険者仲間が店を訪れると大きなテーブルに移り、それぞれが注文した料理と酒に舌鼓を打っていた。


 アインも彼らに混ざって一緒に酒を飲む事もあるが、この日は静かに呑みたかったらしく、アインは鶏の香草焼きを酒の肴に相変わらずカウンターで酒のコップを傾けていた。


 その時、店内に数人の男が勢い良くドアを開けて入り込んで来た、男は店内を見渡すとマスターに問い掛けた。



「此処にアイン・ボーエンという男がよく来るそうだが、今日は来ていないのか?」


 マスターは目の前で酒を飲んでいるアインにそっと視線を向けて、男に向き直り、「あんた方は誰だ? アインの奴に何か用かね?」と、興味の無さそうな声で答えた。


 その言葉を聞き、男達は「ああ、急ぎの仕事を頼みに来たんだ、で、アイン・ボーエンは今此処に居るのか居ないのか?」と、少しイラついたような声を放ってぐるりと店内を見渡した。


 怪しい男達だとは思ったがアインは急ぎの仕事という言葉に反応し、革の財布から銀貨を十枚取り出し、無造作にカウンターに置いて席を立つと、しっかりとした足取りで男達の元に歩み寄った。



「俺がお探しのアイン・ボーエンだ。話は此処で出来るのか? それとも場所を変えるか?」


 男達は互いに顔を見合わせ小さく頷くと、アインに小声で手短に説明を済ませて店の外へと連れ出し、急ぎ足で待たせてあった馬車に乗せて走り去っていった。


 馬車はファウロを離れ、街と街を繋ぐ交易路を更に小一時間ほど走り、近隣最大の都市マディルに辿り着いた。



「何処まで行くかと思えばマディルとはな。いい気分だったのに、すっかり酔いも醒めちまったよ………」


 アインがぼやく間も馬車は街を走り続け、大きな邸宅の門を潜り抜けて豪華な玄関の前でようやく停止した。


 男達は馬車のドアを開けてアインを降ろすと、邸宅の奥へと足早に案内した。




 アインが案内された部屋は高価なガラスを贅沢にあしらった豪華なシャンデリアが天井からぶら下がり、壁には幾つもの大きな絵画で飾り付けられていた。


 誰に描かせたのかは知らないが、壁にかかった絵一枚に支払われた金は一般的な町人が数年は楽に生活ができる額だろう。

 

 部屋の中央にある大きなテーブルには南方から取り寄せたと思われる果物が、一般市民には考えられない量で山積みされていた。


『金って奴は在る所には在るもんだな………、まあ俺にはこんな贅沢な暮らしをするような金は必要じゃないがな』


 冒険者をしているアインにとって金は酒を飲む為だけの物で、それ程までには必要にしてはいなかった上に、アイン自身が金自体にもそれほど魅力も感じていなかった。


 アインがテーブルに着いて暫くすると、数人のメイドを伴い、一人の男が神妙な面持ちで部屋に入ってきた。豪華な金糸や細工で飾り付けられた服装からこの男がこの屋敷の主であろうことは想像に難くなかった。


 男はアインの正面の席に着くと、何の前置きも無しに「娘を探し出して貰いたい」と、用件を切り出した。


 一瞬、アインは男が何を言いたいのか理解が出来なかった。



「あ~、冒険者として呼び出されておいてこんな事を言うのもなんだが、人探しなら警備隊に頼んだ方が安いし確実だ。確かこの街には近隣でも有数の警備隊が常駐してる筈だな? 何で俺みたいな冒険者に人探しを頼む?」


 アインの言葉を受け、男はメイドからある物を受け取り、テーブルに並べた。



「勿論警備隊にも依頼済みだ。二重契約の愚を犯したくはないのでそちらは個人的に依頼してある。その警備隊からの情報なんだが問題は娘が向かった場所だ、【帰らずの神殿】といえば分かるだろう?」


 帰らずの神殿…、それは熟練した冒険者達でさえ誰も探索に向かわない禁断の遺跡の事だ。


 広大な神殿自体の難易度もさる事ながら、その神殿を囲う様に深い森には神殿に住み着いていた魔獣や狂暴化した野生生物が独自の生態系を築いていた。


 この遺跡が発見されたのは正確な記述が無い為はっきりとはしていないが数百年前と言われている。それから数百年の間で遺跡に挑んで無事に生還した者は数える程だと言われていた。


 実際には神殿周辺にある遺跡であれば無数の冒険者が挑み様々な成果を手に帰還してきてはいるのだが、最深部に向かうといって帰って来た者の存在は知られていない。


 神殿のどの場所に向かったのかは知らないが、熟練した冒険者でもないであろうこの男の娘が遺跡に行くなど、自殺行為以外の何物でもなかった。



「警備隊が十数名向ったそうだが一週間経っても誰一人帰ってこない。まだ遺跡を探索してるのかも知れないが、手遅れになる前に何とか娘を探し出して欲しい」


 既に手遅れになってる気もしたが、アインは男の話を真剣な表情で聞いていた。

男は大きな皮袋と、娘の肖像画の描かれた一枚の羊皮紙をアインの前に差し出した。


「依頼料は前金で金貨二百枚、娘を無事に探し出してくれたら更に千枚支払う、どうだ? 引き受けて貰えるか?」


 冒険者に対しての依頼料が前金で金貨二百枚…、それがどれだけ一般人の常識から外れているかと言えば、王宮の警備兵の年収がおおよそ金貨五~六枚と言われ、一家四人が一年間そこそこ贅沢な暮らしをしても、金貨が二枚もあれば、十分お釣りが来るというのが常識として認識されていた。生命の危険がある任務とはいえ、人一人に対して払う金額ではなかった。


 それだけ娘のことを大切に思っているのであれば娘が屋敷から抜け出した時点で密かに護衛を付けて連れ戻せばいいのだが、娘の事を過度に信頼していたのか、この男は見張りの一人つけていなかったようだ。



「もし仮に……だ、この依頼を引き受けたとして娘さんが見つかるまで、俺は一生あの遺跡を探し続けなければいけないのか?」


 アインが危惧した事は依頼の期間である。これは最悪の事態を考えれば無理はなかった。


 娘が無事に見つかる、これが一番いい結果である事は分かりきっているが、今回の場合それを考えるにはマイナス要素が多すぎた。遺体で見つかる可能性の方が有力ではあるし、もし仮に魔獣や狂暴化した野生生物に襲われていれば、遺体の一部欠損……、場合によってはその痕跡すら見つからない事すらあり得た。


 その場合期間が設けられていない場合、それこそ一生この街と神殿を往復するだけで終えてしまう可能性すらある、冒険者としてそんな愚を犯す事はできなかった。



「…………一ヶ月……、一月探して手がかりが無ければそう報告してくれればいい、無論、一ヶ月間は全力を尽くして貰いたい」


 男の言葉を聞き、そのあと幾つかの質問事項を確認した後、結局アインはこの依頼を引き受ける事にした。


 できるだけ無事に娘をこの男の元へ届けてやろうと、心の中で決意しながら。




 数日後、準備を整え遺跡へと辿り着いたアインは大きな岩に腰掛け、皮袋に入ったワインで喉を潤していた。


 周囲に広がる土地だけでなく広大な神殿の敷地内にまで数百年の歳月をかけて森が侵食し、根や枝が伸びた先では脆くなっていた煉瓦の壁や柱は傾いて崩れ落ち、捲り上げられた敷石の隙間から所々に大きな木が地面から聳え立っていた。


 木の生えていない所では、焼け付く様な日差しが直接地面を照りつけて敷石が熱を持ち、定期的に水分を補給しなければ危険なほどだった。



「警備兵が探索に来たのならもっと荒れてると思ったんだが、今の所は娘の手がかりも警備兵の姿も無しか………」


 荒れているとは、モンスターとの戦闘の後や野営の後、踏み荒らされた藪や切り落とされた木の枝など、人が立ち入った痕跡の事だった。元々この神殿の周辺の森にしても侵入ルートだけは豊富で、比較的安全なルートを選んで魔獣などの出現ポイントを避ければ神殿の外郭部まではそこそこ経験を積んだ冒険者でも容易に辿り着けた。


 しかしそんな場所には宝物など存在せず、なにか大きな成果を得ようとすれば、最終的には魔獣クラスの敵を打倒す必要があった。


 娘がどんなルートを選び、どんな宝物を探しているかは知らないが、アインはこの数日で幾度と無くモンスターや野生動物との戦闘を余儀無くされていた為、今まで探索した場所のあまりの人の入った痕跡の無さに戸惑っていた。


「まさか本当に最深部……、帰らずの神殿の【宝物庫】なんかを目指してるんじゃないだろうな?」


 幾つかの古文書に記された形跡だけがある通称宝物庫。この神殿の最深部にある、通称【聖殿】・【祭壇】・【涅槃】・【宝物庫】・【魔窟】など幾つかある伝説の遺跡。存在だけは信じられているが、そこから生還した者はいないといわれる幻の場所のひとつである。


 それらしい入口を発見した者や、古文書などを調べ上げてその存在だけでも証明しようとした者などの憶測や噂が幾重にも重なり、正確なことは誰にもわからない。

 その幻想を信じ、この神殿に向かってその存在を証明した者は誰一人として居なかった。


「まあ、素人の娘が行こうとしていける場所じゃない。とりあえず外郭部をもう一度探してみるか……」


 アインは岩から腰を上げ、外郭部に存在する侵入ポイントを幾つか割り出してそこに向かった。



 翌日、アインはようやくここ一週間ほどの間に人の通った形跡を発見した。冒険者であるなら足跡はまばら……、足跡の種類が戦士や盗賊だけでも異なっている筈だ。しかし此処にある靴跡は歩幅と足跡は大きく深いうえに同じような靴で整っていることからも、この足跡を警備兵の物であると予測して間違いないと思われた。


「何かを守っている? いや、それにしては奇妙な点もあるな………」


 木の枝が一定の高さまで綺麗に薙ぎ払われている所や、途中から足跡の向きが乱れ、歩幅も変わっている事から、警備兵に何らかの異変が起きたことは想像に難くない。それ以外にも幾つかの疑問を感じたが、他に手がかりが無い為にアインはこの足跡を辿る事にした。


 数十分ほど足跡を辿ると、そこには警備兵が居た、むしろあったと言った方がこの際、的を得ていたかもしれない。


 鉄で出来ていた筈の鎧も、風で靡いたマントも全て灰色の石へと変化しており、最後の瞬間のまま動きを止めていた。


 此処にある警備兵の石像は九体、そのうち七名は一人を囲む様に一箇所で石像へと変わっていた。



「なるほど…、何かに石像に変えられた真ん中の隊員を周りの六人で運んでいた訳か………、途中から足跡が妙に沈んでたのも、隊列が乱れていたのもこのせいか………」



 アインは神経を研ぎ澄まし辺りを伺ったが魔物の気配は無い、警備隊員を石像に変えた何かは此処には居なかった。


 魔物の手掛かりを見つける為にアインは石像を調べ始め、幾つかの石像を調べるうちにある事に気がついた。


「あっちで剣を構えたまま石像に変わった二人はともかく、この六人の顔向きから考えれば石化の能力は視線じゃ無さそうだな、メデューサ系の魔物の可能性は消えた訳だが、かえって厄介な魔物の可能性の方が高くなった訳か…」



 生き残った警備隊が此処から進んだ形跡が見当たらなかった為、アインは足跡を辿って元の場所まで戻って警備兵が逃げて来た方向に進む事にした。


 足跡を辿ると外郭部から中央に向かう場所で遺跡の地下へと続く薄暗い入り口が大きく口を開けていた。

 魔窟や宝物庫と呼ばれている場所は更に神殿の奥深く、最深部に存在するとされている為、この遺跡はそこまで危険度が高いとは思わなかったが、熟練した冒険者であるアインもこんな地下通路の話は聞いた事もなく、未知の領域であることに変わりはなかった。


 細心の注意を払い、アインが地下通路の入り口を調べると、壁や床に落とし穴やスイッチ系の罠は存在せず、十メートル四方の石造りの部屋の正面部分から石の階段が更なる地下へと伸びてるだけだった。


 入り口周辺にはアインが来た方向と逆方向に伸びた足跡の痕跡があり、そこから警備兵が此処まで辿り着いたことを物語っていた。



「足跡は此処で終わりか………。向うの繁みの痕跡は此処へ辿り着くまでの道だったんだろうな…。あの道よりこの先に何かがあると考えるのが妥当か……」


 アインは荷物の中から松明と火打石を取り出し、慣れた手つきで松明に火を灯すと、意を決して階段を降り始めた。




 地下へと続く階段もその先の通路も構造は実に単純で、少し大きめの宿屋の廊下の様に面白味も無く危険な仕掛けの一つも無い物だった。


 この遺跡は地下に造られて居るにも拘らず木の根の侵入は少なく、建造された当初の姿を実によい状態で保っていた。アインが踏み込んで十分ほどは進んだだろうか、地下通路の突き当りに部屋の入り口の様な物が姿を現した。



「ようやく部屋に辿り着いたか、さて此処には何が………、何だこの石像の数は?」


 部屋の中には夥しい数の石像が所狭しと並んでいた。殆どは若い女性を模した物で、祈りを捧げる神官風の石像、怯える姿をしたまだ幼い少女の石像、剣を構えた戦士風の石像など年齢も姿も様々な石像は、少なく見積もっても優に百体は超えていた。


 部屋を見渡すと中央に祭壇の様な物があり、その前にも一人の少女の石像があった。


 祭壇を見上げる様な格好で尻餅をつき、右手を祭壇に向けて伸ばし、何から逃げようとしている様にも見えた。


 アインは少女の横顔に何故か見覚えがあった気がして懐から受け取っていた肖像画の描かれた羊皮紙を取り出した。


 石像に変わった少女は目を開き、口を大きく開け驚いた表情で時を止めていた、それに対し、肖像画の少女は優しく微笑み、穏やかな表情をしていたが、この二人が同一人物である事をアインは確信した。



「この子が一人で此処まで辿り着けたのなら冒険者の素質十分なんだろうが、おそらくそうじゃないだろうな………」


 少女の周りで石に変わり果てた、警備兵と思われる五人の戦士の石像。

少女に続き巻き添えを食った形で、この五名が警備兵の中で最初に犠牲になったのは十分予測できた。


 アインは石像に変わった少女が見上げている祭壇に視線を向け、石版に刻まれていた古代文字に気がついた。


「この祭壇に祈りを捧げよ、異界より訪れし者が、祈りを捧げし者に老いる事無き永遠の時を与えん…、か、まあ解釈次第ではこうなるとは思わんだろうな」


 【……我は望む、汝の喜びが我が身に朽ちる事なき姿と、悠久の時を与えん事を………】、この古代文字の意味を善意に解釈し、永遠の若さが手に入ると考えるのが普通だろう。



 アインは祭壇の陰でなにかの気配が急激に膨れ上がり、そこに一体の魔物が出現し蠢いている事を感じ取った。


 アインが呟くほどの声で祈りの呪文を唱えたからなのか、人の気配を一定時間感じれば自動召喚されるのかは定かではなかったが、人を石像に変える脅威が出現した事に変わりはなかった。


 此処に居るのがアインでなければ次の行動に移る事を躊躇しただろう。出現した敵がどんな魔獣や魔物か分からない以上、迂闊な行動は自らの命を縮めるだけだったからだ。しかしアインは魔物との戦闘経験も豊富で、一時期は魔族なども相手にしていた為、出現した気配の感じからこの敵がそこまで脅威ではない事を十分に理解していた。


 アインは自らの気配を消し、音もなく腰の鞘から刀を引き抜き、次の瞬間、魔物がアインに向き直るより速く、手にした刀で魔物の胴と首を一閃し致命的な一撃を与えた。


 攻撃された事にすら気が付かない魔物は気配のした方……、すなわち真後ろに向き直ろうとし、その反動で魔物の首は胴体から離れて石造りの床に転がり落ち、真っ黒い灰汁の様になって消滅した。


 首を失った魔物の身体はその場でのた打ち回って紫色の血液を辺りに撒き散らし、やがて黒い灰の様になって跡形も無く崩れ去っていった。



「この消え方、あんな姿だったにも拘らず魔族だったのか………」


 アインは石像に変わった娘の肩を軽くぽんぽんと叩いて、「助けに来るのが遅れてすまなかったが、仇だけは討ってやったぜ」と呟き、娘と共に犠牲になった警備兵に歩み寄った。石像に変わった警備兵の一人にアインは目を留めた。其処にはアインが以前付き合っていた女性の姿があった。



「マディルで警備兵をやってると言ってたが、まさかこんな所で会うとは皮肉な運命だな」


 以前と変わらぬ美しい姿で、おそらくは永遠に美しいままになった昔の女に別れのキスをし、アインは遺跡を去った。





 アインの報告を聞き、男はアインの辿ったルートを基本的な侵入路とし、まるで何処か他の国へ戦争でも仕掛けるかと思わせるほどに糧食や武器などを惜しげもなく用意し、目的の遺跡まで捜索隊を送り届けた。


 一部では神殿の最深部に進み【宝物庫】なども探し出すべきだ、という意見も出たが、捜索隊が出発する前にアインが捜索隊の隊長に伝えた「色気を出して神殿の奥深くまで探索をするのは結構だが、魔族が一匹でもいれば新たな捜索隊を編成する事になるだろうな」という言葉を思い出し、とりあえず今回は石像に変わった娘や警備兵、そして遺跡内にあった石像の中から何人かを選んで運び出すだけに止められた。


 一ヵ月後、大規模な捜索隊に運ばれた娘達の石像がマディルの街に届けられた。


 男は物言わぬ石像に変わり果てた娘を優しく抱き締め、暫く其処を離れる事は無かった。




 マディルに石像に変わった娘達が運ばれた日、ファウロにある酒場【幻想の夜】にはいつも通りアインの姿があった。


 いつも通りカウンターでアインが料理をつまみに酒を飲み、マスターがアインに手渡された金貨を手に大きな声で「みんな、今日はアインの奢りだ、存分に飲んでくれ!!」と、店に居る客達に伝えた。


 一瞬店は静寂に包まれ、次の瞬間、ビールやワインなどあらゆる酒の注文が殺到した。客はそれぞれがアインの功績と感謝の意を口にし、この世で最もうまい【只酒(タダざけ)】を酔い潰れるまで堪能していた。


 今回の依頼に対して、当初、男はアインに成功報酬とし金貨千枚を手渡そうとした。


 アインは娘を無事に助けられなかった事に責任を感じて一度ならず辞退したが、男の「娘は死んでなどおらん、石に変えられた人間を元に戻した話などいくらでも存在する。これほど完璧な状態で娘を救い出してくれた礼をしなければ私は人としての節度を疑われてしまう」という言葉と共に半ば強引に金貨を手渡された為、最後は根負けしたアインが折れる形で半分の五百枚だけ受け取ることにした。


 冒険で結構な価値の財宝が見つかった時もやっていた事だったが、アインはこの日、いつもの酒場に来る人たちに酒を驕る事にしたのだった。



 石像に変わった娘や昔の彼女がその後どうなったのか、アインの元に届く事は無かった。


 石化の術を破り、人を石から元に戻す方法は数あるが魔族による石化を解き、確実に元に戻す為には非常に入手困難な宝玉が必要だ。時折裏の市場で流通する事があるが、その頻度は非常に稀で、とてつもなく高価だった。


 それ故に偽物も多く、良い鑑定士をひきつれていなければ本物に出会う事すら難しかった。しかしあの男の財力ならそのすべてを満たし、解石の宝玉を手に入れられたと信じていた。




 読んで頂きましてありがとうございます。

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