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攻撃魔法と最適化

 基本的にアラン達の朝は早い。

 とはいえこれは何か特別な理由があってのことではなく、単純にアラン達が研究馬鹿だからである。

 余計な睡眠を取るよりは、一刻も早く研究を再開したい、ということだ。


 にも関わらず夜は比較的早いが、そちらには理由があり……まあ、端的に言ってしまえば、あまり遅くなるとミレイユが突撃を仕掛けてくるからである。

 一応本人曰く迎えとのことなのだが、あれは間違いなく突撃だろう。

 主に、議論が白熱してるから今日はちょっと帰らない、などとなると――


「アランが帰らないなら、私もここに泊まるわ!」


 とか言い出すあたりが。


 そしてそうなると決まってクリストフがマジ口調で、頼むから帰ってくれ、と言ってくるから母は恐ろしい。

 何が恐ろしいって、明らかにそうなることを分かってやってるから恐ろしい。

 しかも分かってやってるくせに、その後で不機嫌になるから最悪だ。


 何せ口直しとか言い出しては、抱きつき頬ずりしては好き放題やってくるのである。

 それを回避するためにも、早々に帰ることになってしまう、ということであった。

 閑話休題。


 ともあれ、そうして朝早くから稼動している研究所だが、アランがやってきて二人が揃うと、最近はまず何の研究を進めるかの話し合いから始まることが多い。

 というのも、最近ようやく、魔法式を最適化することの意味に他の魔導士達も興味を示すようになってきたからだ。

 まあそれ自体はいいことなのだが、そうなると自分勝手に好きな研究だけをしていればいいというわけにはいかなくなる。

 それをするためにも、まずはもっと魔導士達の興味を引かせ、この研究には意味があるのだということを示さなければならないからだ。


 特にそれによって得られる可能性のあるメリットに、人材の確保がある。

 幾らなんでも、莫大な数があり、各人勝手に作り出すことでさらにその数を増やしていく魔法の全てを研究し尽くすには、二人ではまるで足りないのだ。

 故にどういう分野の魔法を研究すればいいのかを、まずは話し合うということになり――


「やっぱ広く使われてるやつを改良すべきじゃねえか? そうすりゃ自然と、沢山の魔導士がそれを使うことになってその有用性を知ることになるだろ?」

「ですが、肝心の改善幅が小さかったらどうします? あまり改善できていないようだと、この程度ならやっぱ必要ない、と思われてしまうかもしれません。やっぱり、使ってみたら一発で違いが分かるようなやつがいいと思うんですよ」

「だがそれが誰も使ってないような魔法だったらどうすんだ? 違いがすぐに分かったとこで、それが誰にも知られなきゃ意味がねえぞ?」

「――いえ、やっぱり重要なのは時間だと思うわ。皆が使って、違いがすぐに分かったところで、それに時間がかかってしまえば、皆忘れてしまうもの。改善にかかる時間こそが、最も重要じゃないかしら」

「うーん……一理あると思うけど、やっぱり僕は改善幅推しかなぁ。さっきの話と被るけど、どれだけ早く提供できても、違いが分かるほどじゃないと必要ないと判断されちゃうだろうし」

「俺もさっきと同じだな。早く出来たとこで、それが誰も使ってないような魔法だったら意味ねえしな」


 難しい話である。

 別にアランは二人の意見を頭から否定しているわけではなく、むしろ一理あると思っている。

 それは二人も同じだろう。


 だがその全てを満たすほどに余裕はないのだ。

 故にこれは、そのどれを最優先するかという、そういう話し合いなのである。


 とはいえ、それぞれが自分の意見を持って推しているのだ。

 基本、当然のようにそれは平行線になってしまう。


「さて、どうしたものか……ここであんま時間使っても、それはそれで本末転倒だしなぁ」

「かといって多数決取るわけにもいかねえしな。数は奇数だが、全員推してるもんが違う以上、意味はねえ」

「ですねえ。……うーむ、リーズは何か、この話を纏めるための画期的なアイディアとかあったりしない?」

「……へ?」

「いや、へ? ではなく」

「おう、どうした? まるで予想外のことを言われた、みたいな顔してんぞ?」

「予想外も何も……そもそも、何であんた達は普通に対応してるのよ!?」

「……うん?」


 その言葉に、何を言ってるんだろうかこいつは? みたいな顔でアラン達は揃って首を傾げた。

 別にふざけているわけでもなければ、煽っているわけでもない、心底からの疑問だ。

 普通の対応も何も、それ以外のどんな対応をすればいいというのか。


「ごめん、普通じゃない対応ってのがどういうことをすればいいのか分からないんだけど……裸踊りでもしながら対応すればよかったの?」

「おいおい本気かよ、難易度高えな。悪いけど俺には出来そうもねえぞ?」

「いや、僕にも無理ですけど」

「そうじゃなくて! 私今、あんた達の会話に唐突に横から入ったでしょ!? ここの研究員でもないのに! しかもここに来たのに挨拶もなく! それで何で普通の対応してるのよ!?」

「いや、だって……なんていうかもう、いつものことだし? そろそろそこら辺は気にしなくていいんじゃないかな、と」

「時間で解決していいことじゃないでしょ!? そこはちゃんと気にしなさいよ!」

「はっ、俺なんて言われるまで、お前が研究員じゃないってこと忘れてたぜ?」

「そこは胸を張って言うことじゃないし、忘れちゃ駄目でしょうが……! っ……はぁっ、はぁっ……」

「いやあ、突っ込むのが大変そうだねぇ」

「だなぁ」

「だから何で他人事なのよ……!」


 とは言われても、実際のところ、今言ったことは完全な本音だ。

 彼女――リーズがここを初めて訪れてから、もう一年が経とうとしている。

 その間、ほぼ毎日のように、何だかんだと理由をつけてはここに来ているのだから、そんな反応にもなろうというものだ。


 何せもういちいち結界が反応するのが面倒になったので、彼女が来た場合は自動的に反応させなくしたぐらいなのである。

 しかもただ居るだけではなく、その間こちらの話を聞き、時に質問などを交えた結果、先ほどのように普通にこちらの会話に混ざれるようになっているのだから、色々な意味で今更なのであった。


 まあしかし、名目上とはいえ、一応お客様なのも事実だ。

 ならばその要望は、可能な限り叶える必要があるだろう。


「ま、というわけで多分特に用件はないんだろうな、と思いながら事務的に聞くけど、今日は何の用で?」

「事務的に聞くんじゃないわよ……!」


 望み通りにしたというのに怒られた。

 解せぬ。


「ふむ……話に聞いていたのとは少し違う、いや、ある意味そのままか? まあ何にせよ、確かに面白そうな場所ではあるな」


 と、そんな漫才じみたことをやっていると、ふと本当に聞き覚えのない声が聞こえた。


 視線を向ければ、部屋の入り口に立っていたのは一人の見知らぬ女性だ。

 何処か面白そうな目でこちらを眺めているが、その姿を視界に収めたアランは僅かに首を傾げる。

 見覚えはないはずなのに、何処かで見たことがあるような気がしたのだ。


「えーっと……?」

「おいおい……テメエがこんな場所に来るなんざ、一体どういうことだ?」

「え? 知り合いですか?」

「ん? いや、別に知り合いってわけじゃねえが……むしろ知らねえのか?」


 確かに何処か見覚えがあるのは確かだが、記憶を探ってみても合致するものはない。

 精々分かるのは――彼女が魔導士だということぐらいだ。


「依頼人だった、ってわけじゃないですよね?」

「それなら知り合いだって言うしな。まあ、あれだ、分かりやすく言うなら……テメエの母親の部下だ」

「え、それって……」


 なるほど、それなら確かに、知らないことを疑問にも思うはずだ。

 普通なら彼女を知らないということは、ほぼ有り得ない。

 だが。


「まあ、うちは母親が母親ですから……」

「そりゃまた複数の意味で解釈出来る言葉だな……」


 それはそれで事実だから仕方がない。

 ともあれ。


「えっと……母がいつもお世話になってます?」

「むしろお世話になってるのはこっちな気もするのだが……まあ、何にせよ、今日はその関係で来たわけじゃない。気にするな」

「ならどんな用事で、って一つしかねえか」

「ああ、仕事の依頼をしに、だな。何せ妹から面白い話を聞いたものでね」

「妹……?」


 その言葉で、ふっと腑に落ちた。

 彼女を見て、何故見覚えがあると思ったのか。

 それを理解したのだ。


 そしてそれに従うように、視線を横へと向ければ――


「えっと、勘違いだったらアレなんだけど……」

「勘違いじゃないから大丈夫よ。言ったでしょ、今日は用事があるって」


 言ってない上に、それだとやっぱりいつもは用事がないということになるのだが、余計なことを言っても面倒なことになるので黙っておく。

 それよりも、つまり彼女はリーズが連れて来た、ということか。


「ふーむ……まあこっちとしては有り難いんだけど……」


 何せ有用性が認められつつあるとは言っても、即座に仕事に結びついているわけではないのだ。

 未だ様子見をしている者も多く、まあだからこそ、そのための話し合いをしているわけなのだが。


「ん? ああ、私がここに来たのは、何も妹に頼まれたからではないぞ? まあそれがまったくないとも言わないが、私がここに来たのは、話を聞いてそれが有用とだと思ったからだ」

「んー……なら問題はない、かな?」

「だな。納得してんなら、後はそっちの問題だ。で、用件自体はまだ聞いてねえが……まさか見学に来たってわけじゃあねえんだろう?」

「無論だ。まあ興味があるのも事実だが、さすがに無償で見せてくれとは言わんよ。というわけで、クリストフ研究所に依頼に来た。噂となっている魔法式の効率化とやらを、私の最も得意とする攻撃魔法にしてもらいたい」


 その言葉は、予想出来ていたものであった。

 相手の役目を考えれば、それは当然のものだ。


 だがだからといって、それが望ましいかどうかは、話が別である。

 アラン達が顔を見合わせたのは、そういう理由であった。


「攻撃魔法、ねえ……」

「どうします……?」


 そうしてアラン達が渋っているのにも、勿論理由がある。

 それは、依頼されたものが攻撃魔法だからだ。


 今まで数は多くないものの、幾つかは依頼で魔法式の効率化を果たしている。

 だがその中に攻撃魔法は、ただ一つの例外を除いて存在していなかった。


 その例外というのは、リーズのあれだ。

 つまりあれ以降、攻撃魔法の依頼は受けていないのである。


 当然それは偶然ではなく、意図的だ。

 というのも、あの一件で魔法の種類を特定する方法が判明したため、色々な魔法の効率化を試してみたのだが、攻撃魔法はその中で圧倒的に危険だということが分かったからである。


 端的に言ってしまうならば、基本に近い魔法だったとしても、下手をすればこの研究所が消滅してしまうほどのものなのだ。

 これは実際にやらかしかけたので、比喩でも何でもない。

 話によれば、どうにも師匠がやらかした件のことでも対象は攻撃魔法だったようであるし、冗談抜きに本気で危険なのである。


 まあだからといってそこで実験と研究をやめるようなアラン達ではないのだが……そのため、念のために攻撃魔法の依頼は受けないようにしていたのだ。

 しかし。


「なによ、断るの? 凄くいい話じゃない。さっきの話じゃないけど、これに成功すれば、どうやって有用性を広めるか、なんて考える必要がなくなるのよ?」

「まあ、その通りではあるんだけどね。広報効果って意味なら、これ以上ないほどにあるだろうし」

「確かに、多少の危険を負ってでもやる価値はあるだろうが……ま、アレだな。どうすんのかはアランに任せる」

「え、僕が決めちゃっていいんですか?」

「ここの所長は俺だが、主に効率化してんのはテメエだろ? ならテメエが決めんのが筋ってもんだろうよ。偉いやつってのは、責任取るために居るわけだしな」


 確かに、未だ魔法式の効率化を主にしているのは、アランであった。

 一応やりながら教えてはいるものの、どうにもいまいち理解できないようなのだ。

 おそらくは元となる知識に原因があるのだろうが……そこら辺も、今後の課題といったところである。


「んー、まあ、僕が決めていいなら、やってはみたいですかね。広報効果もそうですけど、いい機会でもありますし」


 攻撃魔法を弄るのは危険だが、要は弄る場所を間違えなければいいのだ。

 そしてその見極めに関しては、大体終わっている。

 今まで受けなかったのは、要は納期の問題であり、危険を排除しながらやっていたのではとても無理そうだったからだ。

 だがそれを考えてもそろそろ大丈夫そうだと、そういうことである。


「ま、テメエがそう決めたんならそれで構わねえよ。つーわけでありがたく受けさせてもらうぜ」

「ありがたいのはこっちの台詞でもあるがな。無論、噂通りであるならば、の話ではあるが」


 そう言ってこっちを試すような視線を向けられるが、アランとしては肩をすくめるだけだ。

 勿論期待に応える気はあるものの、向こうが何を期待しているか次第ではあるし、実際やってみないことにも何とも言えない。


 まあ、とりあえずは――


「それじゃあ、一先ず効率化したいっていう魔法を見せてもらっていいかな? それを見ながら、具体的な話を聞くってことで」

「こちらとしては異論ないな。そちらのやり方もあるだろうし、こちらとしてはそれに合わせるだけだ」

「ねえ、それって私も見てもいいわよね? おね……依頼人を連れて来たのは、私なんだし」

「んなことに関係なく、いつも見てってんじゃねえか」

「い、いつもじゃないわよ! たまによ、たまに!」

「具体的には?」

「……み、三日のうち二日ぐらい?」

「それほぼリーズがここに来る頻度と同じような気がするんだけど?」

「ついでに言うと、うちの勤務形態は二日働いたら一日休みって感じだな」

「……最近よく出歩くようになった、という話は聞いていたし、ここの話がよく話題に上る、とも思ってはいたが……」

「ぐ、偶然よ偶然! 私は悪くないわ!」

「いや、確かに悪くはないんだけどね?」


 そんないつも通りの会話を交わしながら、アラン達は隣の実験室へと足を運ぶのであった。

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