今日も冒険者は迷宮に向かう
扉を開け放つと、軽やかな音が周囲へと響き渡った。
次いで届くのは聞き慣れた音に、見慣れた喧騒。
迷宮都市ギルド支部の朝は、いつも通りのようであった。
そんな場所をいつものようにアランが歩けば、やはりいつものように周囲からは一斉に視線を向けられる。
だが殺気混じりですらあるそれは、相手がアランだということに気付くと、これまたいつも通りに外された。
そのあまりの変わりようについ苦笑が浮かぶが、これもいつものことだ。
依頼書が張り出されるのを、今か今かと待ち続けるそれらの姿を横目に、アランは受付へと向かった。
向かう先は当然、ミレーヌの居る場所である。
「どーも、おはようございます」
「はい、おはようございます。えーと、受付に直接来たということは、いつも通り換金が目的でいいんですよね?」
「ですね。お願いします」
頷き、虚空からいつもの通りに素材等を取り出せば、並べられたそれらをミレーヌは手馴れた様子で後方へと送り出す。
誰からも驚きの声が漏れたりせず、当たり前のようにそれぞれが作業にあたっているところを見るに、本当に慣れたものだと思う。
いらっしゃいませ、とかいちいち言われなくなったことなどを考えても、既に常連と言ってしまっても構わないのではないだろうか。
ギルドの常連って、それただの冒険者ではないか、という話ではあるが。
そんなくだらないことをつらつらと考えているうちに、台の上に置いたものが全て鑑定送りとなった。
あとは金額が出るのを待って、それを受け取るだけである。
「さて、では結果が出るまで少しだけお待ちいただきますが……その間暇ですよね?」
「いえ、気にしなくても大丈夫です」
「暇そうですから、その間これでも読んで暇つぶしに」
「読みませんからね?」
言葉の途中で遮るようにそう口にすれば、不満そうな目が向けられた。
というか、唇を尖らせてるあたり隠す気すらなさそうである。
それでいいのか受付嬢。
「えー、いいじゃないですか、読むぐらい」
「以前そこから、いいじゃないですかやってみましょうよ、へと移行したのを覚えているんで、読みません」
「……ちっ」
「今舌打ちしだしたぞこの受付嬢」
「アランさんの場合にしかしないので、大丈夫です」
「うわー、全然嬉しくない特別扱いだなぁ……」
ニコリとした笑みに、溜息を吐き出す。
いや、本当に慣れたものだ。
あまり慣れたくなかった方向に慣れてしまった気がするが。
「とまあ冗談はさておきまして」
「半分ぐらいあわよくば、とか思ってましたよね?」
「さておきまして。本当にちょっとだけでいいので、読んでくれませんか?」
少しだけ真剣さを取り戻した顔での発言に、アランは再度溜息を吐き出した。
言いながら、受付台の上には既に幾つかの紙の束が取り出され、置かれている。
それが何であるのかは、詳しく見るまでもない。
誰も受けないままで塩漬けにされた、依頼書だ。
「素材系ならまだ考えなくもないんですけど……もう大体受けちゃったから残ってないですよね?」
「そうですね、あとはほぼ討伐系だけです。ああ、このままですと数日後にはこっちに来そうな素材系があると言えばありますが」
「せめて来てから言ってください。というか、いい加減他の人達にもまわしてくださいよ」
「いえ、一応話してはいるんですよ? ですが皆さんがここに来る時というのは、大抵が依頼書を既に持っているか、その報告のためになので。そこにこれを勧めるというのはさすがに……」
「僕達もこの後迷宮に行くつもりなんですけど?」
そもそもアランがこの時間に換金に来ているのは、単に効率の問題だ。
依頼書が張り出される直前のこの時間は、最も受付に人が並んでいない。
ここに来るのはついでということもあり、都合がいいからなのだ。
「というか、そもそも僕達にそういうのを勧めること自体がおかしいでしょうに」
「何を言っているんですか? むしろアランさん達に勧めなければ一体誰に勧めるのか、というところですよ?」
「いやいや、ランク三の冒険者相手に何を言ってるのやら……」
「……ランク三、ですか」
そこでジト目が向けられたのは、アラン達がランク三となった経緯を知っているからだろう。
彼女のミスが発端となったあれこれや、魔導士だからといったようなことではなく……アラン達は本来、ランク五に認定されるはずだったということを、だ。
そう、現在アラン達はランク三の冒険者として活動しているが、あの時本当は、ランク五となるはずだったのである。
あの時……今から半年ほど前に、禁忌の迷宮と呼ばれていたあの場所を、封印した時には。
そうならなかったのは、アラン達が断ったからだ。
特にアランが、それは過大評価が過ぎると言って。
そもそもそんな評価をされた理由は、アラン達があの迷宮を封印するにあたり、多大な貢献をしたとされたからである。
しかしあくまでもそれは、一冒険者としてみれば、の話だ。
最終的にあれに関する騒動を収めたのはミレイユだということを考えれば、アラン達のしたことはそれほどでもないのである。
まあそう主張したそれが本当だと思われたのかは定かではないが……受け入れられた以上は、少なくとも建前としてなら十分だったということだろう。
それにそのことも嘘というわけではない。
確かに最後の最後に、封鎖魔法を使って迷宮を封印したのはミレイユだからだ。
たとえその前にアランが同じ魔法を使っていたとしても、である。
ちなみに無事封印されたのを確認した後、あの迷宮の詳細が公開されたのだが……やはりと言うべきか、それからしばらくの間は何とか封印を解こうとしていた者達がいたらしいことを考えれば、二重に封印したことは正解だったようだ。
さすがに最近では見かけないらしく、ようやく諦めたようだが。
閑話休題。
「むしろそういうのは、ラウル達に頼むべきなんじゃないですか?」
「ラウル達さんですか……。いえ、彼らには彼らで色々と頼むことがありますし……それに、最近まで大変だったようですから……色々な意味で」
「あー……」
その色々には心当たりがあったので、ついアランは視線を逸らしていた。
というのも、どうやらくだんの騒動の際のあれこれによって、ちょっとエステルに変化があったらしいのだ。
何でも補助魔法一辺倒だったのが、急に攻撃魔法を使おうと色々試しだしたとか。
誰の影響を受けてしまったのかは明らかである。
何気にエステルとパーティーを組むことが多いラウルはその影響をもろに受けてしまい、色々と大変であったらしい。
サラ経由でラウルから苦情が来たりもしたのだが、さすがにそれはどうしようもないことである。
まあ最近ではようやく落ち着いてきたようなので何よりだ。
ともあれ。
「まあ、一応仲間内で話してはみますけど、あまり期待しないでくださいね? 最近は僕もちょっとやってることがありますし」
「ああ……あの件ですか。あれは私達も期待していますから……頑張ってください」
「ならこういうのはやめてくれませんかね?」
「それとこれとは話は別ですから」
と、そんなことを話している間に、鑑定額が確定したようだ。
残念そうに告げるミレーヌにそれで良いことを伝え、代金を受け取る。
未練がましくこちらを見詰めてくる視線に苦笑を浮かべると、アランはそのままギルドを後にした。
と。
「随分遅かったじゃないの」
ギルドの外に出たアランを出迎えたのは、そんな言葉とジト目であった。
しかしさすがにそれは不可抗力なので、肩をすくめて返す。
「僕は鑑定が終わるのを待ってただけだしね。文句はギルドの方に言って欲しいかな」
「そう……それは確かにそうね。疑ったことを、あとでミレーヌに謝らなくちゃ」
「あれあれ? 僕への謝罪が抜けてる気がするぞ?」
「疑われるほうが悪いわ」
「わーい、酷い横暴だー」
「はいはい、じゃれてないでさっさと行きますわよ」
「ま、別に急ぐ理由はねえですが、時間無駄にすんのもあれですからね」
サラの言葉に、なるほど確かにと頷く。
やりたいことは多く、時間は有限なのだ。
ならば無駄にしている暇など、あるわけがないだろう。
だがそこで敢えてアランは、その場に立ち止まった。
自分のことを迎えてくれた三人の顔を順に眺めていく。
「……な、何よ?」
「……何ですの?」
「……何ですか、一体?」
しかし怪訝そうな顔が返って来たことに、苦笑を浮かべる。
まあ当然、そうなるだろうが。
「いや、別に何ってわけでもないんだけどね……こうして四人で冒険者をやって結構な時間が経ったなと、ふとそんなことを思って」
あの迷宮での騒動から、既に半年。
あれからも色々なことがあったし、それを考えるとまだ半年のようにも、もう半年のようにも思う。
ただ何にせよ確かなのは、それだけの時間が経ったのだという実感があることだ。
その言葉を聞いた三人は、それぞれの顔で頷いた。
「ま、私としては今更だけれどね。あなたと過ごしている長い時間の一部で、たまたま冒険者をやっているというだけだもの」
「わたくしとしてましては、あっという間だった気がしますわね。学院に通っていた頃のことを、昨日のことのように思い出せますわ」
「サラも似たような感じですかね……ま、サラの場合は単純に学院に居た時間が長かったってだけな気がしますが」
それぞれの理由と事情があって、それぞれの感慨がある。
その果てに、今があるのだ。
「って、本当にどうしたのよ。これから迷宮に向かうっていうのに、変な雰囲気になって」
「いや、本当にただ何となく昔を振り返ってみたくなったというか? ほら、ついこの間も騒がしい事があったばっかだし」
「あー……ミレイユが襲撃してきたあれですか」
当然だが、ミレイユやクリストフ、ベアトリスなどはあの件が終わったらそのまま自分達の場所へと戻った。
冒険者ではないのだから当たり前であり……だがその当たり前が通用しない者が一人いるのだ。
それが誰であるのかは、まあ今名前が出たばかりだが、時折顔が見たくなったとか暇だとかでやってきては、一騒動起こしていくのである。
そんなことばかりがあっては、昔はよかったとか、そんなことを不意に思ってしまっても仕方がないだろう。
「でしたら、早くワープポータルとやらを完成させたらどうですの? そうすれば、きっと余計な騒動は起こりませんわよ?」
「それって頻繁に来れるようになるから、被害が小さく済むってだけだよね? でもその分回数が多くなるわけだから、根本的な解決になってない気がするんだけど?」
「それはもう仕方がないことでしょう? 諦めなさいな」
納得いかないが、確かにその通りなのは事実だ。
どうしようもない現実に、つい溜息を吐き出す。
「まったく……別にそんなことのためにワープポータルを研究してるわけじゃないんだけどなぁ……」
「作り出したものが、意図しない使い方をされるなんて、当たり前のことじゃねえですか」
「まあそうなんだけどね……」
それでも製作者としては、変な使い方をして欲しくはないのだ。
ちなみにワープポータルとは、文字通りと言うべきか、転移を可能とする魔導具である。
転移魔法を応用し、その力を封じ込めたものであり、誰でも気軽に一定の場所に移動できるというものだ。
素案としてはあの迷宮にあった転移装置に近く、それよりもさらに簡素にしたものと言える。
そんなものを作ろうとしているのは、別に魔法の研究を諦めたからではない。
むしろそのためにこそ、作ろうとしているのだ。
まあ、役に立つのかどうかは、何とも言えないところだが。
ただ、想定した通りに動くのであれば、実生活に役立つことは間違いがないだろう。
実用化が可能になれば、迷宮で夜を明かす必要などもなくなる。
より深い場所へと、気軽に潜れるようになるはずであり……ミレーヌから言われたのも、このことであった。
あとは普通に遠方への移動も楽になるとは思うが……まあ、そういったことは後々、といったところだろうか。
それが可能になれば、魔法の研究にとっても間接的に役に立つとは思うのだが、まずは完成させなくては、どうしようもないのだ。
ともあれ。
「ま、今日のところは、とりあえず迷宮に行きますかね」
「そうね。あなたの研究を続けるためにも、先に進むことは必須なのだし」
「わたくし達が生活していく上でも、ですわね」
「千里の道も、一歩から、でしたかね。小さくとも、少しずつ進んでいくしかねえんですから」
そうして四人は、歩き出した。
いつものように。
冒険者として、当然のこととして。
迷宮へと、向かうのであった。
というわけで、とりあえずここで一区切りとなります。
第一部完、的な感じでしょうか。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました。
第二部以降もプロットはあるのでやるつもりはあるのですが……申し訳ありませんが、しばらくの間休止とさせていただきます。
もう一つの連載の方のがやる気が出てしまった、というのもあるのですが、最後の方グダってしまったとか、方向性が行方不明気味だとか、色々と反省点も多いので。
そこら辺含めて色々考え、いけると思ったら再開しようかと思います。
いつになるかは分かりませんので、期待しないでお待ちいただけましたら幸いです。
それでは、再度になりますが、ここまでお読みいただき、また応援していただきありがとうございました。
第二部が再開したら、或いは他の作品で、再びお会い出来ましたら幸いです。
その時が来ましたら、また。
失礼致します。




