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一つの騒動の終わり

 シャルロット達の姿を認めた瞬間、アランは思わず安堵の息を吐き出すと共に、その口元を緩めていた。

 無事だということは分かっていたものの、やはり実際目にすると違うのである。


 ただ、気を抜いたのは本当にその一瞬だけであった。

 今はその無事を悠長に喜びあっている暇はないのだ。


「アラン、なんかよく分かんねえですけど、シャルロット達が無事だったってのは分かったですから、さっさとこっちを手伝うです!」

「分かってるって。ったく、本当に無駄に数だけは多いなぁ」

「……はい? えっと、これ……どういう状況ですの?」


 そんなこちらの声を耳にしたからか、周囲を見回したシャルロットが、ふと戸惑ったような声を上げた。


 まあ、それも当然のことだろう。

 何せ気付いたら、周囲を魔物に囲まれているのだ。

 戸惑わないわけがない。


 しかもそれらは倒したそばから、何処かから補充でもされているかのように増え、減ることはないのだ。

 まあその理由の半分ぐらいは、アランがまともに戦闘に参加出来ていなかったからではあるのだが。

 しかしそうなっていた理由がなくなった以上は、もう何とかなるだろう。


「うーん……状況はよく分からないけど、とりあえず魔物を倒せばいいのよねー?」

「そうだけど……大丈夫なの? こっちはアランが参加すれば大丈夫だろうから、疲れているようならば休んでいてもいいのよ?」

「全然大丈夫よー? 別に疲れるようなことはなかったもの」


 そうなのか、と一瞬思ったが、他の二人から呆れたような視線が向けられたあたり、そうだったのは一人だけのようだ。

 こちらも呆れたように苦笑を浮かべるも、手伝ってくれるというのならばそれに越したことはない。


「じゃあ、うん……お願いしていいかな?」

「勿論よー」


 頷いた直後、その足元に魔法陣が展開された。


 瞬間、あ、これまずい、と思ったが、どうやらそう感じたのはアランだけではなかったようだ。

 ぎょっとした顔でサラが急いでこちらに向かい、リーズも慌てて退く。

 それを見て、ミレイユは満足そうに頷いた。


「二人ともさすがねー。それじゃ、遠慮なくいくわよー」


 その言葉と同時、その場に顕現したのは、溢れんばかりの炎だ。

 それはアラン達の居た場所を中心として、その周囲へと一瞬で、隅々まで行き渡る。

 三桁を超えるだろう数が居た魔物の群れは、断末魔の叫びを残す暇もなく灰燼と化し、炎が消えた後、そこに残っていたのはただの静寂であった。


「……本当に、相変わらず凄まじいですねえ」

「っていうかこれ……まずくない?」

「……あっ」

「……? ……あ、そういえば、です!?」


 アランが口にした言葉の意味に、すぐさまリーズが気付き、少し遅れてサラも気付いた。

 一斉に血の気が引きながら、慌てて後方を振り返り――


「やれやれ……今のでそっちの状況は何となく把握出来たが、危うく死ぬところだったぞ? まったく、我らが隊長は相変わらず私達に厳しいな」

「いや、本当に洒落にならねえっす。本気で一瞬死んだと思ったっす」

「でも、あれだけの、数の、魔物を、一瞬で倒して、しまう、なんて……さすが、です」


 各々が感想を述べながら姿を見せたことに、思わず安堵の息を吐き出す。

 危うく母親が味方殺しをするところであった。


「あれ? ベアトちゃん? どうしてここに?」

「どうして、とは随分だな……勿論助けに来たからに決まっているじゃないか」

「まあ、明日封印予定だってのに、主役がいないんじゃあどうしようもねえからな。アラン達以外にも救助を寄越すだろうとは思っちゃあいたが……しかし、何でんな離れた場所にいやがったんだ?」

「あー、それはですねえ……そもそも何であんなことになってたのか、ってことに起因しているんですが……」


 第五階層で起動に成功した転移装置は、そのまま向こう側でも無事起動した。

 そのおかげでベアトリス達を連れてくることにも成功したわけだが、全員を連れてきたわけではない。

 ニナだけは、向こうに置いてきたのだ。


 これは単純にニナが戦闘を得意としていないということと、現状の報告をしてもらうためである。

 そうして総勢六人となったアラン達は、早々にシャルロット達の捜索を再開したわけだが……結論から言ってしまえば、これは上手くいかなかった。


 何せそのまま第十階層まで行き、さらにはエリアボスと戦うことにまでなってしまったのだ。

 さすがにここまで潜るということは、有り得ないだろう。


 ならば残されたのは、二つである。

 変動によってより深い階層へと飛ばされてしまったか、何らかの理由により気付かず通り過ぎてしまったか、だ。


 そして前者の可能性を早々に破棄したのは、その場合もう見つけようがないからである。

 何処まで行けば見つけられるのか分からない者を探すのは、不可能だ。

 だから、通り過ぎた階層の何処かに居るのだろうと見当を付けて探すことになった。


 とはいえ、やったことと言えば単純だ。

 ただ端から端までしらみ潰しに探しただけである。


 まあさらには索敵魔法改良し、精度を高めたりもしたが。

 距離を縮め、その分詳細なものに反応するようにしたのだ。

 魔力の残滓や、空間の揺らぎなどにも対応するようにし……第六階層のこの広間で、ようやくそれらしい反応を捉えることに成功したのであった。


「第六階層……ということは、階段にすら辿り着けていなかったのですわね」

「んー……そういえば、何処となく見覚えがあるような気がするわねー。こんな場所で妙な違和感を覚えたような記憶があるわー」

「おい、ならそん時にちゃんと……言っても変わんなかったか。こんなことが起こるなんて、何もなければ考えるわけねえしな。違和感ってだけで、精々気をつけろっていう当たり前のことを言うしかなかったか」

「まあそういうわけで、ここで発見したわけですが……そこで――」


 と、瞬間アランが言葉を止めたのは、この時も発動させていた索敵魔法に反応があったからであった。

 勿論精度を高めた方ではなく、それなりの距離を調べる事が出来るものである。


 そしてシャルロット達三人を除く皆は、アランのその反応だけで状況を理解出来たらしい。


「あー……もしかしなくても、また、ですよね?」

「まあ、考えてみれば当然っすね」

「一旦全滅させたから途切れたわけだけれど、本当の意味で全滅させることが出来たわけではないでしょうしね」

「だが今度は隊長達がいるのだから、私達が分かれる必要もないか?」

「正直、あまり、意味は、ありません、でしたし、ね」

「いやあ、十分意味はあったと思うけどね? あれがあったから、僕が魔法を放つ隙も出来たんだろうし」


 そんなことを言っていると、説明しろとばかりの視線が三人から向けられたが、アランはそれに肩をすくめて返した。

 説明するまでもなく、すぐそこにまでそれらは迫っているからだ。


 皆が構えたのとほぼ同時、広間に存在する二つの出入り口から、一斉に数え切れないほどの魔物が溢れ出して来た。


「なっ……!?」

「これが、ベアトリス達が別働隊として動いていた理由です。何故かこんなことになったわけですが、まあこのままでは母さん達に対して何も出来なかったので。ベアトリス達に片側を抑えてもらおうとしたわけです」

「抑えきれずに逆に飲み込まれ、自分達の周囲の空間を守るだけで精一杯となってしまったわけだがな」

「そうだったの……それは確かに危ないところだったわねー。知らなかったとはいえ、ごめんなさいね」

「まあ、おかげさまで助かったとも言えるっすから」

「刺激にも、なりました、し……私とは、色々と、違います、が」

「いや、そもそもテメエら何でそんな暢気なんだよ? 構えてはいるが、別に焦っちゃいねえみたいだしよ」

「まあ、僕達はこうなるってことが分かってたわけですし? それに……焦る必要はないよね?」


 最後の言葉は、いつも通りのほほんとしている母親に向けていったものであった。

 皆が構えているだけであるのも、同じ理由だ。

 わざわざ攻撃などをする必要がないからである。


「ええ、勿論よー」


 言った瞬間、広間が爆ぜた。

 先ほどとは異なり、通路の奥の魔物までは倒してはいないため、僅かな時間を置いてすぐさま魔物で溢れるが、それもすぐに爆ぜ飛ぶ。

 そんな光景を作り出す者の前では、焦ったり緊張感を無駄に持っていたところで意味はないと、そういうことである。


「あー、うん、今のは俺が悪かった」

「まあとはいえ、ずっとこんなことを繰り返してても無駄なので、さっさと移動しますか。何でこんなことになってるのかや、どっからどうやってこんなに魔物が湧いてくるのかとかも気になるけど……とりあえずは無視かな」


 どうせ封印してしまえば終わりだし、これが自分達の手に負えると思えるほど、アランは自惚れてはいない。

 さっさと帰ってしまうのが、無難だろう。


「ふむ……ということは、このまま第五階層の転移装置のところまで移動する、ということか」

「んー……それなんだけど、ちょっと考えがあってね。転移装置は使わないで、そのまま地上から脱出することを考えてる」

「それだと、当然脱出まで時間がかかってしまうわよ? まあ大した手間ではないだろうけれど……この様子を見るに、上でもあの時のままとは限らないわけだし」

「ま、そこら辺も含めて何か考えてるってことなんでしょうし、サラは異論はねえです」

「俺もねえっすね」

「……任せま、す」

「このパーティーのリーダーは君だ。その君がそう判断したというのならば、私から言うことは特にないな」

「普通に考えればベアトリスや母さんがリーダーをやるべきだと思うんだけどなぁ……まあ、そういうわけで、シャルロット達にはもう少し頑張ってもらいたいんだけど、大丈夫かな?」

「わたくしは助けられた側ですもの。そちらの判断に従いますし、勿論その程度のこと造作もありませんわ」

「ま、どうせテメエのことだから妙なことを考えてんだろうが、任せるさ」

「酷い言い草ですね……そんな妙なことなんて考えていませんよ? ただ……ふと、そういえば、もう日付は変わってたな、と、そんなことを思っただけです」


 そう、シャルロット達を探しているうちに、気が付けば日付が変わってしまっていたのだ。

 それはつまり――


「……なるほど、そういうことねー。勿論私も、問題ないわよー」

「ありがとう、母さん。よろしく。それじゃあ、もうちょっとだけ、頑張ろうか」


 皆の頷きと共に、魔物が爆ぜ飛び、空白となったその場所へと、一斉に移動を開始した。








 ある意味予想通りと言うべきか、第五階層に行っても魔物の群れが襲ってくることに変わりはなかった。

 この調子では、どちらにせよ転移装置を使って移動するのは困難であっただろう。


「さすがはアラン、慧眼ねー」

「……そんなことをやってる人から言われても、逆に何だかなぁ、って気分にしかならないんだけどね」

「……?」


 不思議そうに首を傾げているミレイユだが、ほんの少し動くたびに、次々と魔物が消し飛んでいくのである。

 どう考えても、どちらが凄いのかは明らかだろう。


「もうどっちも凄い、でいい気がするっすけどね」

「何だかんだいって、この移動速度を保ててるのはアランの補助魔法のおかげでもあるですしね」

「ま、救援に来た私達より遥かに役に立っているのは確かだな」


 実際のところは、誰が凄い凄くないという話は不毛だし、無意味だ。

 確かに基本的にミレイユが魔物を倒しているため、最も派手で分かりやすくはあるし、皆に様々な効果の補助をかけているアランも、分かりやすくはあるだろう。


 だがアランでは足りていないところをエステルの補助魔法が補っているし、ミレイユの攻撃はどうしたって大雑把になってしまうため、細かな警戒が欠かせない。

 それを担当しているのは他の皆であり、皆が力を合わせているからこうもスムーズに移動する事が出来るのである。

 まあそんなことは今更であるし、皆もそれを理解した上で色々と言ってはいるのだろうが。

 ともあれ。


「それで?」

「それで、とは?」

「単純に脱出するだけならば、アランが転移魔法を使えば済む話でしょう? 何か企んでいるみたいなことを言っていたし……結局何をするつもりなのよ?」

「……ま、確かに、転移魔法での脱出は不可能ではなかったね。母さんの協力が不可欠だったけど」


 転移魔法は、使用する際にかなりの集中力を必要とするのだ。

 しかも人数に応じて、それは比例する。

 この大人数で移動するには、かなりの時間母に周囲の魔物を殲滅し続けてもらう必要があっただろう。


 そして勿論のこと、それもありといえばありではあった。

 ある意味最も手っ取り早く、穏便に済む方法でもあっただろう。

 しかし。


「まあそこで、企んでるっていうか、考えてることにかかってくるわけだけど……そもそもの話、この襲撃がどうして行われてるのかってことでもある」

「それは、不明なのではありませんの?」

「厳密には、確定はしていないけど予測は出来る、っていうところかな?」

「……ま、俺達をどうにかしようとしたら急に現れたって話だからな。なら推測すんのは、そう難しい話じゃねえ、か」

「私達、が、一度、ここを、通った時、や、転移装置を、使った時、には、何も起こらなかった、のも、考慮、すべき、かと」

「となれば、考えられるのは、私達にだけ何かをしようとした、または、私達に何かをして欲しくなかった、ということになるわねー」


 まあ厳密には、それに該当するのもアランもなのだが、それをこの元凶となる何者かは知らない可能性が高い。

 そもそもそのことをそれが知っている原因が、ここでそのことを話していたからだと考えられるからだ。

 それ以外に考えられない、とも言うが。


「……そうして考えていくと、なんか余計なことにまで考えて至りそうな気がするんすけど?」

「既に至ってる気がするですけどね」

「ま、アランがやろうとしてるのは、だからこそ、なのだろう? 幾ら気になる事が出てきたとしても、調べられなくなってしまえばそれまでだ」


 それらしいことを色々と話していったせいか、皆大体のところは察しがついているらしい。

 アランはそれを、肯定するでもなければ否定するでもなく、ただ曖昧な笑みだけを浮かべていた。


 そしてそうこうしているうちに、第一階層へと到達する。

 最短距離は分からずとも、階段への道は分かっているのだ。

 魔物が行く手を遮ろうとしても、ミレイユによって消し飛ばされるそれらは、障害になりえない。

 ならば、そう時間がかからずともそこに辿り着けるのは、当たり前のことでしかなかった。


 最後の道を駆けながら、アランは虚空から一枚の紙を取り出す。

 それが、今回のことを完全に、安全に終わらせるために必要なものだ。


「母さん、いける?」

「んー……クリストフ君、持ってるの?」

「まあな。念のためだったが……まさか本当に必要になりやがるとはな」

「さっすがねー。でもアラン、私も必要なの?」

「それも念のためにってやつかな。二重にやれば、そう簡単には解けないし、解こうとも思わないでしょ?」

「なるほど。それじゃあ、私達の初めての共同作業ねー」

「なんか色々と間違ってないかなぁ……」

「そうですわ。初めての共同作業というのでしたら、わたくしがその代役をやりますわ」

「あなたは疲れているでしょう? だから代わりならば私がやるわ」

「まあミレイユはミレイユで疲れてるでしょうからね。でも代わりにやるのはサラです」

「……なんつーか、皆さん元気っすよねえ。俺は色んな意味で疲れたっす」

「……私も、だから、安心、して、ください」

「ま、頼もしい限りじゃないか」

「それで済ませていいのかなぁ……」


 そんな軽口を交わしながら、苦笑を漏らす。

 色々なことがあったが……その最後がこれというのは、正直どうかと思わなくもない。


 だが或いはそれこそが、自分達らしいのかもしれないと、そんなことをふと思い。

 アラン達は共に、この一幕に幕を降ろすための一歩を踏み出し、地上へと向けて駆け抜けていくのであった。

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