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現実になった不安

 窓の外では、そろそろ日が落ちようかというところであった。

 未だ空の色は蒼いが、変わり始めるまで、そう時間を必要とはしないだろう。


 禁忌の迷宮の封印は明日に迫っており、つまりは準備期間の終了だ。

 明日にはアラン達も晴れて一般的な冒険者となるはずであり――


「……気持ちは分かるけれど、落ち着きなさいよ。いい加減みっともないわよ?」


 声に、窓から視線を外した。

 向けた先に居るリーズは呆れたような顔をしており、その近くに座っているサラも、言葉には出さないながらも似たような表情をしている。


 そんな分かりやすかっただろうか、とアランは一瞬思ったが……自身のことを振り返ってみれば、なんということはない。

 考えてみれば、先ほどから何度も窓の外を眺めては溜息を吐き出しているのだ。

 気付かれないはずがなかったかと、苦笑を浮かべた。


「まあ、必要ないことだってのは、分かってるんだけどね」

「……ま、サラも気持ちは分かるですけどね。さすがに遅すぎですし」


 そう、アランがそんなことを繰り返しているのは、遅すぎたから……予定通り迷宮に向かったシャルロット達が、未だ帰還していないからだ。

 いつもであれば、このぐらいの時間になることはむしろ普通なのだが、今日は明日のこともあり、早めに帰って来る予定だったのである。


 だがもう夕方になろうというのに、帰還する気配はない。

 昨日からずっと続いている胸騒ぎのこともあり、アランは少し……いや、かなり、落ち着かない気分だったのだ。


「さっき言った通り、私も気持ちは分かるわ。ミレイユだけならばともかく、あの二人が付いているのに、うっかり遅くなった、というのは考えづらいもの。何かあったのではと考えるのは普通だし……けれど、焦って落ち着きをなくしたところで、意味はないわ。むしろそういう状況ならばこそ、冷静になって考えなければならない。そうでしょ?」

「いや、まったくその通りで」


 焦ったところで意味はなく、逆に思考の妨げになるだけ。

 分かっているはずなのに……肝心な時にそれができていない自分に、アランは溜息を吐き出した。


「というか、サラ的にはリーズが落ち着いてるのが不思議で仕方ねえんですが。こういう時に真っ先に焦るのがリーズじゃねえです?」

「あなたは私のことをどう思っているのよ? ……まあ、否定はしないけれど。いつもだったら、そうかもしれないわね。でも、今回は私より先に、私より焦っている人がいたんだもの。それを見てれば嫌でも冷静になるわよ」

「あー……なるほどです」

「面目次第もございません」

「別にいいわよ。いつもであれば、あなたが言っていたことでしょうし」


 肩をすくめるリーズを眺めながら、息を一つ吐き出す。

 そうだ、落ち着け。

 そもそも気を急いてここで待っていたところで、根本的に意味がないのだ。


「落ち着いたようで、何よりね。……まったく、あなたがそこまで焦っているのは、果たして誰が原因なのかしら」

「それについてはあとで追求するとしてですね……で、どうするです?」

「そうだね……ま、とりあえず、待つのは終わりかな?」

「そうね。もう夕方まで時間がないでしょうし、そうなってしまえば日が落ちるまですぐよ」

「その時には、表立ってできることはなくなっちまう、ですか」

「だね。まあ、できる事がなくなるわけじゃないけど……出来ればそれは最後の手段に取っておきたいし」


 その前にまずは、動くべきだ。

 そして向かう先がそこであるのかなど、決まっている。


「さて、じゃあ、とりあえずはギルド、かな? 向こうで何か分かってる事があるかもしれないし」

「何も分かっていなくとも、ギルドから迷宮に向かうのが最も面倒がないでしょうしね」

「ミレイユ達が戻ってこねえと困るのは、向こうも一緒でしょうしね……しっかし本当に、何があったんですかね。ミレイユのわがままで遅くなった、とかいうことなら、いいんですがねえ……」


 そんなことはないと、言った本人も分かっているだろう言葉に、それでもアランは小さく頷いた。

 本当に、そうであればどれほどいいか。


 だが動く以上は、最悪を想定して動かなければならない。

 あの母親が戻って来れないような状況など早々考えにくいが、それでも何かがあったのだろうことはほぼ間違いないのだ。


 未だ収まる気配のない胸騒ぎに押されるように、アランは席を立る。

 そして同じように立ち上がるリーズ達と一度顔を見合わせ、頷き合うと、早々にその場を後にした。











 ギルドに辿り着いたのは、既に空が赤く染まり始めた頃であった。

 あそこでもたもたしていたら、ここに来る前に城門が閉ざされていたかもしれない。

 それを考えると、あの時のリーズは絶妙のタイミングで声をかけたものだと、再度見直すのと共に感謝を覚え……しかしそんな思考は、長くは続かなかった。

 ギルドに入った瞬間、そこに漂っていた雰囲気に眉をひそめることとなったのだ。


 時間帯を考えれば、慌しいのは当然だ。

 だが冒険者や受付ではなく、その奥に見える職員達が、妙に慌しくしているような……?


 と、アラン達が目の前の光景に首を傾げていると、それに気付いたミレーヌが、何やら後ろを振り向き、声をかけていた。

 すると職員の一人が、やはり慌てた様子でこちらへと向かい――


「ふーむ……この様子だと、こっちでも何かがあったってことかな?」

「でしょうね。まあ考えてみたら、明日の主役が戻ってきていないんですもの。ギルドも何かしているのは、当然と言えば当然ね」

「それにしては、必要以上に慌ててるような気もするですが……?」


 そんなことを話している間に職員が到着し、有無を言わさず奥へと連れて行かれた。

 当然沢山の冒険者にその姿は目撃され、無駄に注目の的となってしまったわけだが……それはもう、仕方のないことだろう。


 諦めつつも連れて行かれた先は、当たり前のようにいつもの応接間だ。

 そこにはやはり当然のようにギルド長がおり……しかしそれ以外にも、そこには予想外の姿もあった。


「ふむ、来たか。私の予想ではもう少し早く来るかと思ってもいたが」

「……でも、ちょうどいい?」

「そうっすね。こっから先の話には、やっぱりあそこのことをよく知ってる人にいてもらった方がいいっすから」

「はい……私達、では、分かっている、ことが、少なすぎ、ます、から」

「あれ……? 何でベアトリス達が……?」


 そう、そこにはベアトリスとニナ、ラウルやエステルまでもがいたのである。


 まあ、ラウルやエステルに関しては、まだ分かる話だ。

 冒険者であり、それなりにギルドとの繋がりもありそうなことを考えれば、ランクの高さなどからも、頼られるというのは分かる。


 だがベアトリスとニナに関しては――


「ま、私達は明日のために一足先に来ていてね」

「……そこで、巻き込まれた?」

「……なるほど」


 確かに、それなりの大事として扱うようなことはアランも聞いていた。

 そうなると他にも人がやってくるのは当然だし、あの迷宮を最初に調査した二人が来るというのは納得出来る事だ。

 そして当日来るのは慌しすぎるから、前日のうちに、と考えていたら、今回の事に巻き込まれた、ということなのだろう。


「つまり、やっぱりギルド側でも既に動いてたってことか」

「まあ、ミレイユさん、でしたっけ? 明日の主役が戻ってこないってんじゃ、黙ってるわけにもいかないっすからね」

「でもこうやって話しているということは、それだけが理由ではないのでしょう?」

「そう、ですね。私達は、既に一度、様子見のために、あの迷宮に向かった……いえ、向かおうと、したの、ですが……」

「向かおうとした、ってことは……もしかして、行けなかったんです?」


 サラの言葉に返ってきたのは、首肯であった。


 そこでアランがふむと頷いたのは、予想出来ていたことであったからだ。

 となれば――


「行けなかった……まあ、予想通りと言えば、予想通り、か。具体的には?」

「簡単な話だ。ここの真下にある迷宮跡地。そこにある魔法陣から、転移する事が出来なった、ということだな」

「それは起動自体がしなかった、ということかしら?」

「……起動は、多分した」

「そうっすね、なんか光ってたっすから。でも実際に転移することはなかったんす」

「んー、ということは、壊れたわけじゃなさそうですね。起動したみたいなのに何も起こらなかった……こっち側じゃなくて、向こう側に原因があるとかですかね?」

「その、可能性が、高い、かと。ただ……何度か試して、みると、少しずつ、反応が増えていく、のが、気になり、ました」


 行けないのは変わらないのに、反応は変わる。

 それを聞いてアランがふと思ったのは、もしかして向こう側の転移位置が移動したのではないか、ということであった。


 基本的に転移とは、何処にでも自在に移動できるわけではない。

 目印となるものを置く必要があり、それを目指して移動するのだ。


 もっとも目印とはいえ、それは物理的なものではない。

 ただし同時に、物理的に周囲と紐付けされてもいる。

 例えばその地点に巨大な石でも置かれてしまった場合などの、転移時の事故を防ぐためだ。


 転移時に何らかの危険がある場合は、転移は失敗し、漠然とした状況のみがフィードバックされる。

 それを元に、目印の周囲で安全な場所を探っていくことになるのだが……あれはこちらから一切の操作をする必要がなかった。

 出来ない、とも言うが、そうなれば、その機構が自動的に組み込まれている可能性が高いだろう。


「つまり……何度も試せば、転移出来るようになる、ということか?」

「確証はないけどね。でも、その可能性は高い」

「あのまま続けてたら行けるようになってた可能性が高かったってことっすか……」

「……それは、仕方ない」

「です、ね……とりあえず、報告を、する、必要も、ありました、し」

「そういえば気になっていたのだけれど……あそこにまで行って、何度も試し、戻ってきていた、ということは、随分前から行動をしていたということよね?」

「そういえばそうですね……もしかして、それ以外にも何かあったんです?」

「いや……それはワシの勝手な判断だな」


 そう言ったのは、今まで黙って事の成り行きを見守っていたギルド長であった。

 自然皆の視線が、そちらへと集まる。


「そう判断した理由は何なんです?」

「いや、大した理由ではない。単に、聞いていた時間になっても彼女達が戻らなかったからだ。明日は事が事だから、念のために、ということでラウル達を呼び、彼女達と共に迎えに行ってもらったのだが……」

「見事に異常が見つかってしまった、ということね……」

「俺達も気にしすぎじゃないかと思ったんすけどね」

「まあ、さすがはギルド長となるほどの者だ、ということか」

「それはワシを持ち上げすぎだがな。心配性なのが偶然役に立った、というだけのことだ」

「ふむ……なるほど」


 嘘を言ってはいないようであった。

 まあ、ここで嘘を吐いても意味のないことだが。

 言葉の通り、偶然上手くいった、ということなのだろう。

 こちらとしては、助かる話である。


「それで、これからはどうするつもりですか?」

「うむ、ここでの話し合いの結論次第と思っていたが……転移が可能になるまでの時間というのは、予測が可能かね?」

「……さすがにそこまでは。実際に見てないというのもありますが、多分見ても変わらないでしょう」

「出口っていうか、入り口は分かってるんですし、そっちから行った方が早いんじゃねえですか?」

「それは……時間が、かかり、すぎでは、ないかと」

「大体の場所は分かっているけれど……馬を使っても二日は必要でしょうからね」


 それでは、間に合わない。

 色々な意味で、だ。


 アランの頭の中を、色々な考えが過ぎる。

 リスクとリターン。

 何を優先すべきで、何を許容するべきか。


 考え……そんなものは、考えるまでもなかった。


「一つ提案があります」

「ふむ……何かね?」

「ラウル達四人は地下に向かって転移装置を起動させる。その間僕達は、別行動を取る……入り口から潜っていく、というのはどうでしょう?」


 当然のように自分達もこれに絡むということを前提としているが、ここに呼ばれたということはそういうことだろう。

 今は時間が惜しいため、余計なやり取りを省いて、アランは考え付いたその結論だけを口にした。


「入り口へと行くには時間がかかりすぎる、という意見が出たばかりだが?」

「僕は転移の魔法が使えるからね。二日分の時間はゼロに出来る」

「転移、だと……!?」


 アランの口にした言葉に、周囲から驚きの声が上がったが、アランは無視した。

 中にはリーズやサラからの、まあそうなるだろうなとばかりの呆れたようなものや、ラウルからの正気かとばかりの視線も含まれていたが、肩をすくめて流す。

 まあこれで面倒なことに巻き込まれてしまうかもしれないが……その程度、どうということはないのだ。


「……転移装置の件は、そういうこと?」

「なる、ほど……自分で使える、から、推測することが、出来たの、ですね」


 そういうことだと頷き、未だ驚きに目を見開いているギルド長へと視線を向ける。

 それに気付いたギルド長は、一つ咳払いをすると、ゆっくりと頷いた。


「そういうことならば、こちらから異論はない。早く解決するのであれば、それに越したことはないからな」


 それは多分、ギルド側の都合、ということなのだろうが、まあどうでもいいことだ。

 早く解決したいのは、こちらも同じ。

 そしてその思いは、全員に共通するものだ。


 解散の挨拶もそこそこに、各々が自分の役割りを果たすため、一斉に動き出すのであった。

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