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トラブルは突然に

「さて……これはいよいよ以って困りましたわね」


 眼前の光景を眺めながら、そんな言葉と共にシャルロットは溜息を吐き出した。


 そこにあったのは、瓦礫の山……であったのならば、まだマシだっただろう。

 だが実際には、そんなものすらもなかったのだ。


 そう、なかったのである。

 そこには、何も。

 上層へと向かう階段があるはずのそこには、何もなかったのだ。


「迷宮そのものの変動、ですか。話に聞いたことはありましたけれど……」


 それは文字通りの意味で、迷宮の構造が変化する、ということである。

 だがかつてそんなことが起こった迷宮があったとは聞くが、現存している中ではなかったはずだ。

 まあこれがそうであったのだと言われたら、それまでなのだが――


「何も今起こらなくてもよろしいでしょうに……」


 そんな愚痴と共に、溜息をもう一つ。

 しかし言ったところで、何がどうなるわけでもない。

 一先ずミレイユ達と合流すべく、足早に来た道を戻った。


 それが起きたのは、ちょうど次の階層へと向かう判断をした、その直後のことであった。

 最初に感じたのは、揺れだ。

 足元から伝わる震動に、一瞬またこの間のような魔物が出現したのかと思ったのは、当然のことだろう。


 だがそうではないことは、すぐに分かった。

 それは地響きなどではなく、どう考えても迷宮全体が揺れていたのである。


 経験したことのない事態に頭が真っ白になり、しかしミレイユ達はやはりさすがであった。

 一箇所に集まるように指示を出すと、即座にその場に結界を張ったのである。

 直後に天井が崩れ、瓦礫が降り注いできたことを考えれば、まさに英断だったと言えるだろう。


 そしてそれからどれほどの時間が経ったか。

 シャルロットには酷く長く感じたものの、実際にはそれほど長くはなかったのかもしれない。


 ともあれ揺れが収まり、結界ごとミレイユが瓦礫を吹き飛ばすと、そこにあったのは一見先ほどまでと変わらぬ光景であった。

 少なくともシャルロットはそう思ったのだが、そこでミレイユが言ったのである。

 さっきまでとは違っている、と。


 その意味するところは、すぐに理解出来た。

 シャルロット達の居たところは、禁忌の迷宮の第六階層である。

 幾度も来た場所であるため、シャルロットは大体の道順と光景を覚えていたのだが……それが明らかに異なっていたのだ。


 直前のことで方向感覚を失った、とかいうことではない。

 そもそも第六階層に、三差路などはなかったのだ。

 それが存在しているという時点で、明らかに尋常ではない。


 そこでクリストフより、迷宮が変動している可能性を示唆されたものの、まずは現状の把握が先となった。

 それは或いは、異常な状況に放り込まれてしまったのだということを、認識させるためだったのかもしれない。

 勿論、シャルロットに、である。


 何はともあれ、一先ず決まったのは、とりあえずそれぞれ別々に動こう、ということであった。

 当然ずっとではない。

 そこには道が三本あり、都合のいいことに三人居た。

 それぞれでその先がどうなっているのかを探ろう、ということである。


 ……本来であれば、それは愚策であっただろう。

 状況も掴めていないのに、各自で行動しようとするなど、間抜けと言われても仕方のないことだ。


 だが本来であれば、すぐ近くの広間に階段があったことと、それぞれがその階層程度に出現する魔物であれば対処可能であること。

 何よりも……シャルロットに冷静になる時間を与えるためだろう。

 すぐ近くに広間があればその確認、なさそうであれば戻ってくるということで、それぞれが探索に赴くこととなった。


 そして本来の通りであれば、シャルロットが向かった広間に階段があるはずであったのだが……それがなかったのは今更言うまでもないことである。

 しかしそのおかげもあって、シャルロットは随分と冷静になれたと自覚していた。

 同時に、先ほどまではそうではなかったということも。


 そのままでは、無様な姿を見せてしまっていたことだろう。

 それを考慮に入れてくれていたことを心中で感謝しながら、集合地点である三差路にまで戻ると、既に二人は戻ってきていた。


「申し訳ありません、少し遅れましたわ」

「まあ、別に時間とか決めてたわけじゃねえしな」

「そうねー。まずは無事で何より、というところかしらね」

「確かに何もありませんでしたけれど……それがよかったのは、何とも言えないところですわね……」


 魔物との遭遇はなく、怪我をすることもなかったが、何かを見つけることもなかったのだ。

 悪くはないが、良くもないというところだろうか。

 二人の様子からすれば、そっちも同じようであった。


「とりあえず、迷宮が変動したっていうのは、確定かしらねー」

「だな。で、こうなった以上は訓練は中止して戻ることを最優先しようと思うが……異論はねえか?」

「勿論、ありませんわ」


 当然残念ではあるが、言っている場合でもない。

 どれだけの変化が起こってしまったのか分からない以上、即座に帰還を目指してもいつ帰れるかは分からないのだ。

 ……いや、最悪の場合――


「それでは、まずはどちらから向かいますの?」


 浮かんだ言葉を否定するように口を開くも、それに返答はなかった。

 まあ、無理もないことであろうが。

 シャルロットも分からないからこそ、そうして尋ねたのだから。


「んー、こうなった以上は、どこから行っても同じなのよねー」

「まあ、見知らぬ場所に放り出されたのと同じだからな。変動したとはいえ迷宮である以上、どっかに階段はあるとは思うが、どこから行ったら正解かなんて分からねえしな」


 三つある道のうち、どれかとどれかが繋がっているのかもしれないし、全てが繋がっている可能性もあるし、或いは全てが繋がっていない可能性だってあるだろう。

 だが迷宮である以上は、どれかが階段のある広場へと繋がっているのは間違いないのだ。


「ちなみに、お二人の向かった道には何がありましたの? わたくしの方には広間がありましたわ。何もありませんでしたけれど」

「こっちはずっと道が続いてたわねー。部屋はなさそうだったから、途中で戻ってきたけど」

「こっちもそうだったな。ああただ、こっちは途中で魔物がいたか。気付かれなかったがな」

「それは幸運でしたわね」


 基本的に迷宮に存在している魔物というのは、感覚が鋭い。

 こちらが魔物の姿を捉えたということは、向こうからも気付かれている場合がほとんどなのだ。

 そのため、アランなどの一部例外を除けば、迷宮では奇襲をすることは難しく、逆に奇襲されることが多いと言われているのだが――


「ま、幸運ってよりかは、これのおかげだろうがな」


 そう言ってクリストフが懐から取り出したのは、一枚の紙であった。


 とはいえそれが普通の紙ではないことは、勿論理解している。

 見覚えのあるものであるし、それを使って行われることを何度も見ているので分からないわけがない。

 何より、つい先ほども、それを見たばかりなのだから。


「まるで今回のことを予見していたかのように、そんなものを渡しているのですから、本当にあの人はさすがですわね……」

「本当に、さすがアランよねー」


 それは、儀式魔法の魔法陣が描かれている紙であった。

 アランより渡されたものであり、当然触媒の方も渡されてある。

 発動する魔法の効果は隠遁であり、効果の程は今しがたクリストフが口にした通りのことだ。


 まったく――


「ミレイユさんですら、直前になっても気付けなかったことに気付いていたというのですから、ほとんど予知のようなものですわね」


 アランが嫌な予感を覚えていた、という話は聞いていたが、それまではそんなこともなく、アランの考えすぎだとすら思っていたのだ。

 それが見事に的中したというのだから、本当にさすがだとしか言いようがない。


「まあ、私としては誇らしいからいいんだけどー……でも、私が何も感じなかったのにアランは感じてたっていうことは、やっぱり経験の差かしらねー」

「あん? 単純に経験の差ってことならテメエの方が上じゃねえのか?」

「確かに戦闘経験とかならそうかもしれないけど、この迷宮に関しての経験なら、アランの方が遥かに上だもの。そして私達の勘は、要するに経験から生じた違和感を勘という形にして捉えているのだから、私が何も感じなかったのも当然と言えば当然なのよねー」


 その言葉に、シャルロットは純粋に驚いた。

 何せ――


「ミレイユ、テメエ……自分の勘がどんな原理で働いてるのか、分かってたのか……?」

「ちょっと、何本気で驚いてるのよー。失礼しちゃうわねー」

「いやだって、テメエだぞ? どうせ勘なんて、何となくそんな気がするもの、程度の認識なんだろうと思ってたら、これだぞ? 驚くなっつー方が無理だろ」


 正直なところ、シャルロットも同感であった。

 まあだからこそ、驚いたわけではあるが。


「何の理由もなく先のことが分かったら、それこそ予知でしょ。私達は魔導士ではあるけど、だからこそ、そこまで万能じゃないわ」


 それは……確かに、その通りではあった。

 シャルロット達は魔導士であり、一見すれば万能のようにすら見える。


 だが実際のところ、そんなことは決してないのだ。

 シャルロットの知る限り最も万能に近いだろうアランですらも、魔導士であるからこそ、絶対に万能足りえない。

 それこそが、魔導士の根源要素の一つであるが故に。


「ま、なんて言ってみたところで、結局は人からの受け売りなんだけどねー」

「……そんなこったろうと思っちゃあいたが、そこで言うか? ったく、少しは見直してみれば……」


 クリストフが溜息を吐き出すのに合わせるように、シャルロットも苦笑と共に溜息を吐き出す。

 まったく、仕方がない人だと、そう思い……そこでふと、気付いた。

 肩の力が抜けているということに、だ。


 冷静になることは出来たものの、だからこそ事態の深刻さというものがよく分かっていた。

 だから、それがよくないことだとは思いつつも、無駄に肩に力が入ってしまっていたのだが――


「だって別にそんなものは必要ないもの。普段通りが一番よ? ねー?」


 それは果たしてどういう意味なのか。

 意図してのものだったのか、或いはただの偶然か。


 ただ、一つ分かった事がある。

 彼女はやはりアランの母親であり……どうやら、自分では勝てそうにないということがだ。


 しかし悔しさは感じず、頼もしさしかないのは、多分状況だけが理由ではないのだろう。

 そこら辺も、さすがであった。


「そうですわね。そしてならばこそ、わたくし達はいつも通りに探索をし、無事に戻るとしましょうか」

「……ま、だな。あんま遅くなると、明日にも差し障るだろうしな」

「アランに心配かけちゃうし、色々煩そうだものねー。それじゃあ、さっさと行くとしましょうか」


 向けられた笑みに、苦笑じみた笑みを返しながら、頷く。

 未だ不安は消えないが、ここには頼りになる人がいて、ここではない場所にも頼りになる人がいる。

 ならばきっと、大丈夫だろう。


 そう思い込み、襲い掛かる不安を押し殺しながら、シャルロットは歩き出した背の後に続くのであった。

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