説明と選択
「なるほどー……転移ねー」
「遺失魔法とか……本当にテメエはって感じだな……」
母親からすら、どこか呆れの混ざった視線を向けられながら、アランは肩をすくめた。
そう言われても、あくまでも偶然転移がそうだっただけなのだ。
意図してのものでない以上、不可抗力である。
「意図していないからこそ、余計に問題なのだと思うのだけれどね」
「まあ、だってアランですし」
「アランさんですものね」
その何でもかんでも自分だから、で終わらせるのは止めて欲しいと思うアランだが、言っても無駄だということは分かっている。
なので仕方なく、溜息だけを吐き出しておいた。
と。
「それで、どうするの?」
「え……? 何が?」
唐突に向けられた言葉に、アランは首を傾げた。
それはとぼけているわけではなく、本心からのものだ。
どういう意味なのかが、まるで分からなかったのである。
今二人に話したのは、アランが転移の魔法を使えるということと、それでこの迷宮の下層、深層領域へと潜っていたということだけだ。
まあそれに付随する形で、先日レティシア達と一緒に潜った際の詳細についても話すこととなったが……やはりそれだけである。
何かを提案されるような話は、していなかったはずだ。
だが母はそれが当たり前のような顔をして、アランを見詰めており――
「勿論、今日も下に行くのか、という意味よ?」
「……はい?」
それは予想だにしていない言葉であった。
いや、予想など出来るわけがないだろう。
そもそも何故そんな話が出てくるのか。
「別に不思議でもねえだろ? 俺はともかくとして、コイツはまあ色々アレだが、戦闘能力だけならこの国最強だ。コイツを連れてきゃ、仮にそのゴーレムがまた出てきたところで問題ねえだろうし、その先の階層にだって楽に行けると思うぜ?」
「ぶー、色々アレって何よー。まあ、言いたいのはそういうことだけど」
「それは……」
なるほど確かに、言われてみればその通りではあった。
既に今日の目的は果たしているので、後は戻るだけだ。
しかしここまでスムーズに来れてしまったため、時間にはかなりの余裕がある。
このまま二十階層へと行き……上手くいけば二十一階層へと行けるかもしれない。
そしてそこまでの道程を思えば、二十一階層はまた景色がガラリと変わる可能性がある。
それは単純に見てみたいと思うし……儀式魔法の研究のことを思えば、そこに出現するであろう魔物の素材も取っておきたい。
相変わらず儀式魔法は分からないことが多いが、だからこそ触媒となる可能性のある素材は幾らあっても困ることはないのだ。
しかもこの機会を逃せば、そこにはもう行けなくなってしまう可能性が高い。
今日は準備のための準備だから余裕があるが、さすがに次回以降はそんなわけにもいかないだろう。
それが終われば封印が始まり、そもそもこの迷宮には来れなくなってしまう。
だが今ならば、まだ間に合うのだ。
そこへ行くための機会と、何よりも手段がある。
アラン達だけでは無理かもしれないが、二人に力を貸してもらえれば――
「……うん」
「どうするか、決まった?」
無邪気に問いかけてくる声に、頷きを返す。
ちらりとリーズ達に視線を向けてみるが、アランに判断を任せるつもりなのか何も言ってくることはなかった。
だからそちらにも小さく頷くと、視線を戻す。
そして。
「じゃ、帰ろうか」
行かない、という意思表示に、返ってきたのは笑みであった。
その意味するところに、やっぱりかと、息を吐き出す。
今の提案は本気でされたものではなく、むしろ罠だったのだ。
「あら、行かなくていいのー?」
「よく言うよ。行くって言ってたら怒ってたくせに」
冒険者であれば、基本的に手段を問うべきではない。
勿論法を守る必要はあるし、常識を破っていいというわけではないが、それ以外であればむしろ何だってやるべきなのだ。
行儀よくしていれば何かを得られるほどに、魔物や迷宮というものは優しくない。
冒険者であれば、利用出来るものは積極的に活用していくべきだし、そうして初めて望むものを得られるようになるのだ。
だがあくまでもそれは、自分達の力の及ぶ限りの話である。
無茶をすれば死ぬ。
当然のことであるし、勇敢と無謀とを取り違えた者に降りかかってくるのは、残酷な現実だけである。
そして自分達ということは勿論そこには仲間のことも含んではいるが……果たして今回加わっている二人は仲間と呼んでしまってもいいか、という話だ。
レティシア達は、間違いなく仲間であった。
臨時であろうとも、パーティーを組めばそれは仲間であり……しかし今回は、実は臨時パーティーすら組んではいないのだ。
つまり、ここで母達に頼るということは、他人の力を借りるということであり、文字通りの意味で親に助けてもらうということである。
その振る舞いは、冒険者云々以前に、一人前の者としては確実に間違いだろう。
先ほどの誘いは、勿論それが分かった上でのものであり、罠だというのは、そういうことであった。
「お、気付いたか。さすがだな」
「サラは正直半分ぐらい引っかかるんじゃないかと思ってたです」
「そうですの? 今のは見え見えの手でしたし、アランさんならば引っかかるはずがないと思いますけれど」
「普通ならそうでしょうけど、ここは近いうちに封印される上に、先に進むことが出来れば新しい触媒が手に入る可能性もあるもの。そうでなくとも、先日なくなった分の補充は可能でしょうし……私としては、分かった上で頷くと思ってたわ」
聞こえた言葉に、つい視線を逸らす。
正直なところ、一瞬その思考が過ぎったのも事実だ。
怒られはするだろうが、それでも頼めば同行してくれた可能性が高いからである。
「あー……確かに何だかんだ言いながらも、そうなったらミレイユは行きそうですね。かなりアランには甘いみてえですし。全然意外じゃねえですが」
「まあ……多分行ってただろうな。つか下手すりゃ怒りすらしなかったんじゃねえか?」
「失礼しちゃうわねー。ちゃんとその時には怒ってたわよー? 確かにその後で一緒に行ってた気もするけど」
「駄目じゃねえか……」
「結局そうなってないからいいのよー。それに、アランはちゃんと分かってたみたいだし」
再度向けられた笑みに、肩をすくめる。
まあおそらくそれは、冒険者として、というだけの意味ではないのだろう。
アラン達魔導士は、やろうと思えばどこまでも外れていける。
特にアランやクリストフのように、研究を主体にしている者達は顕著だ。
手段を選ばない方が研究を先に進める可能性がある、ということを考えれば、それはある意味当然であり……だがアランはそうするつもりはない。
やりたいからやっていることではあるが、だからこそ、そのために何かを犠牲にするつもりはないのである。
「ま、仮にアランが行くと言っていたとしても、私は止めていたでしょうけれど」
「……ふーん?」
「……何よ? 何か言いたそうだけど?」
「別に何でもありませんわよ? ただ……確かに止めようとはするのでしょうけれど、その後アランさんから頼まれたら、渋々とを装って認めそうだと思っただけですわ」
「よ、装わないわよ……っ」
「あら、頼まれた認める、というところは否定しませんのね?」
「そ、それは……そ、そういうあなたこそ、頼まれた認めそうな気がするのだけれど?」
「そうですわね……確かに、直接頼まれた認めると思いますわ。そしてそれが分かっているからこそ、わたくしは最初から止めようとはしなかったでしょうね」
「あー、サラはどうだったですかね……正直先見たいって気持ちもあるですから、止めなかったかもしれねえですね」
「テメエら揃いも揃ってアランに甘すぎだろ……ミレイユのこと言えねえぞ? さすがに俺は止めたが……この調子じゃ止めきれたかは疑問だな。つーか、今からやっぱ行くとか言っても行けそうな気がすんな……」
どうすんだ、とばかりに視線を向けられたが、苦笑しながら肩をすくめた。
ありがたいことだし、相変わらず先が気にはなってはいるが……まあ、それはそれだ。
既に決めたことだし、素直に諦めるとしよう。
「さて、それじゃあそうと決まれば、さっさと戻ろうか。このまま引き返せば、上手くいけば戦闘しないで帰れるだろうし。個人的には、触媒手に入れる可能性がなくなるから、あまり望ましくはないんだけど」
「あら、それじゃあ折角だし、こんなのはどうかしらー?」
「――え?」
視界を赤が走った瞬間、全ては終わりを告げていた。
何処かで見た光景で、何処かで見た状況。
だが……いや、だからこそ、その違いは明白であった。
「ふへー……久々に見たですけど、昔より威力上がってねえです?」
「勿論上がってるわよー? 私だって、あれからずっと頑張ってきたんだもの」
「頑張る方向を間違えて……はいねえはずなんだが、間違えてるとしか思えねえのは不思議なもんだな」
そんな会話を耳にしながら、アランは息を吐き出した。
それは呆れの溜息のようにも、感嘆の息のようにも思えたが……どちらであったのかは自分でも定かではない。
確かなことなのは、我が母親ながら凄まじいものだと、そう思ったことである。
「なんと言いますか……彼女とアランさんの血が繋がっているのだということを、今ほど強く実感したことはありませんわね」
「……何となく言いたい事は分かるわ。この理不尽な感じは、まさに親子って感じよね」
何やら好き放題言われているが、そこでなるほどと思ってしまったのは、いつも皆がそんなことを言っている時の感覚はこんなものなのかと思ってしまったからだ。
理不尽にして不条理。
アランをしてそう思わせてしまうほどに、それは今まで見たこともないものであった。
起こった事そのものは単純だ。
魔物を十体ほど一箇所に集め、それを一撃で薙ぎ払った。
言ってしまえばそれだけのことであり、それだけであるならばリーズにも可能だろう。
状況次第では、アランでも可能かもしれない。
しかしそれは、違ったのだ。
幾らリーズと言えども、文字通りの意味で視界の全てを薙ぎ払うことなど出来はしまい。
迷宮の壁も天井も、そんなもの関係ないとばかりに灰燼と化す。
最強と呼ばれるのも当然だと、納得を得た気分であった。
「ま、というわけで、参考になったかな? 皆も頑張れば、このぐらいは出来るようになる、ってことよー?」
「いやいや、そんなわけねえからな? 少なくとも俺は絶対出来るようにはならん」
「えー、そんなことないわよー。ねえ、アランは頑張ればこのぐらい出来るような気がするわよね?」
「ええ……? よりによって攻撃魔法が得意じゃない僕に聞くの……? んー……まあでも、攻撃魔法だけに絞って頑張れば、そのうち出来るかも……? どのぐらいかかるかは分からないけど」
「ほら、やっぱりー」
「やっぱりじゃねえよ。規格外と規格外を比較すんな。他の規格外が出来るからって全員が出来るはずだとか、横暴どころじゃねえぞ?」
そう言われても、本気で攻撃魔法だけに傾注すれば、の話だ。
実際にそうなることはないので、不可能だと言ったも同然である。
「普通はそれ以前の問題で不可能です」
「そうかなぁ……? リーズはいけそうな気がしない?」
「するわけないでしょ。……まあでも十年、いえ、五年あればまだ分からないけれど」
「自覚がないのかもしれませんけれど、あなたも攻撃魔法に限って言えば十分規格外側ですのよ……? あなた方を基準にされても困りますわ」
ちなみにどうしてこんなことになったのかと言えば、折角だから少しだけ今後のお手本を見せてあげる、などと言われたからである。
そのためにわざわざ引き返すことなく、そのままさらに半周することにもなったのだ。
見せられたのは今の攻撃全振りの魔法を始め、捕縛系であったり防御系であったりと割と多彩であった。
考えてみればこうして戦闘をする母の姿を見るのは初めてであり、そういった意味では新鮮でもあったのだが、やはり興味深かったのはその魔法と魔法式だ。
相変わらず独特で癖が強いが、今まで見てきた中では、間違いなく最も最適化が施されていた。
特に今の魔法のそれは、芸術的な美しさすら感じたほどだ。
まあ弄れといわれたら、間違いなく断る類のものではあるが。
ただそのおかげで、個人的には大いに刺激となった。
自分達が関わらなくとも、クソコードがあそこまで変わるのだ。
色々と手を尽くせばきっと……と、そう思わざるを得なかった。
そのためにも、まずは儀式魔法の研究を続けることが必要だが……ちょうど師匠が来ている事だし、この際色々と話してみるのもありかもしれない。
最近色々あって思うように研究が出来ていなかったが、久しぶりにやる気へと繋がることであった。
もっとも、今は今回の依頼の方が重要ではあるが……まあ、合間の時間ぐらいは構わないだろう。
そんなことを考えながら、アランは歩き出した母の後に続き、今後のことへと思考を巡らせるのであった。
あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願い致します。




