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旧友と今

 見知った姿の二人がそこに居るのを、サラは半ば呆然と眺めていた。

 それはあまりに唐突過ぎたし、予想外すぎたのだ。

 アランが嫌な予感がするなどと言っていた時点で、何かろくでもないことが起こるのだろうと思ってはいたものの……さすがにこれは、予想できるわけもない。


 と、アランと会話をしていた二人の視線が、ふとこちらを向いた。

 反射的に身を隠そうとしてしまうも、間に合うわけもなく――


「つーか、そっちには本気で久しぶりなやつがいんな。そこそこ久しぶりなやつと、初めてなやつもいるみたいだが」

「あら本当、話に聞いてはいたけれど……久しぶりねー、サラちゃん。そういえば、また魔法が使えるようになったんですって? おめでとう、でいいのかしらー?」


 だがまるで月日を感じさせないその言葉に、身体の力が抜けた。

 あの頃と大して変わっていないその姿と合わさり、自然と口元に苦笑が浮かぶ。


「本当に久しぶりなんですが……二人は変わってねえですねえ」

「えー、そんなことないわよー? ねえ?」

「……さあな。少なくとも俺はあの頃から変わったって自覚があるが……テメエはなぁ……」

「何よそれー。私だってあの頃とは違うわよー?」

「例えば?」

「そうねえ……あ、そうだわ。あの頃は後先考えずに魔法を放っていたけど、今は違うわよ?」

「考えるが構わずぶっ放すんだろ?」

「そうだけど?」

「じゃあやっぱ変わってねえじゃねえか」

「えー、何でよー、変わってるじゃないのー」


 そんな見慣れたやり取りを眺めながら、サラがふと目を細めたのは、それを懐かしいと、そう思ったからだ。


 アランから二人の話は聞いていたため、顔を見てもそれほど懐かしいという気にはならなかった。

 しかしこうしてあの頃と同じようなやり取りを見れば、自然とあの頃のことが思い起こされていく。

 あの頃は他にも数人居たな、と思えば、今との違いを明確に感じてしまうし……そうなれば、月日の流れというものを実感せずにはいられなかったのだ。


 まあとはいえ、だからどうしたというわけでもないが。

 昔は昔、今は今だ。

 ともあれ。


 アランへと視線を向ければ、苦笑を浮かべつつ頷かれた。

 こんな場所でいつまでも話しているべきではないし、色々な意味で二人には聞きたいこともある。


「はいはい。積もる話はあるだろうけど、こっちにも聞きたいことがあるしね。ここで話し続けるのもあれだから、とりあえず移動しようか」


 そうして、一先ずこの場から移動することになったのだった。







 簡単なシャルロットの紹介と、リーズとの挨拶を交わし終えた後、二人から聞いた話は……何と言うか、予想通りのものであった。


 二人がここに来たのは予想外だが、それを受け入れた上で現状を考えれば、その可能性は限られている。

 単純な気まぐれか……或いは――


「つまり、あの迷宮の封印役に母さんが選ばれた……いや、その役を奪い取った、と」

「何で言い直したのよー。選ばれたで合ってるわよ?」

「合ってねえだろ。他のやつに決まりかけてたのに、強引に奪ってったんだろうが」

「人聞き悪いわねー。私はちょっと意見を言っただけよ? 今まで保留が続いていたのが急遽行うことになったのは、王女様の進言があったからでしょ? あの王女様が危険だって言うぐらいだもの……なら、万が一のことを考えて、なるべく強力な戦力を選んだ方がいいんじゃないかなー、って」

「やっぱ強引に奪ってんじゃねえですか」


 そもそも魔導士の大半は、戦闘が得意ではない。

 アランがよく口にするようなでまかせではなく、本当の意味でだ。

 そんなことを言われて尚行こうとするような者は、早々いないだろう。

 それを考えれば、強引に奪ったも同然であった。


「サラちゃんもそんなこと言うのー? もう、失礼しちゃうわー」

「まあ、本人が不服としている、というのはどうでもいいとして……それで、どうして所長も一緒に居るのよ?」

「もう俺はテメエにとっての所長じゃねえんだが……まあ、俺はあれだな。一応儀式魔法が問題なく使えるかの調査のためってことになってるが、儀式魔法は俺の専門外だからな。それは建前で、ぶっちゃければコイツの監視役だ」

「監視役、ですか……?」


 そこでサラが疑問を発したのは、単純にクリストフがそれに相応しいとは思えなかったからだ。

 昔のことを考えれば、むしろクリストフは一緒になってやらかす側である。

 監視どころか、状況がより悪化する気しかしなかった。


「だから俺は昔とは違うって言ってんだろ……ま、それが相応しいと思わないってのは同感だがな。正直俺だって不本意だ」

「じゃあ、何で師匠はそれを受けたんですか?」

「決まってんだろ。相応しくなかろうが、僅かにでもコイツを止める事が出来るのが俺しかいねえからだ」

「あー……」


 納得するような呟きは、アランとリーズの二人から漏れたものだ。

 話に聞く限りそこら辺も昔と変わっていないのだろうと思ってはいたものの、やはりそうであったらしい。

 当時もミレイユが何かやらかすとなったら、止める事が出来た者など早々いなかったものである。

 ただ――


「んー……クロードは巻き込まれる側でしたし講師もやってるですから無理として、エドガーはどうなんです? アイツも巻き込まれることも多かったですが、一番ミレイユを止められたのはアイツでしたよね?」


 その名前を出した瞬間、視界の端でアランがビクリと身体を跳ねさせたのを捉えた。


 だが何故そんな反応を示すのかが分からず、サラは首を傾げる。

 その名前はアランからも聞いたことのある名であるし……そんな反応をするような相手ではないはずだ。


 しかしよくよく見てみると、他にも反応をしている者がいるのに気付いた。

 ミレイユはまあいいとして、リーズとシャルロットは肩をすくめているし――


「アイツは……まあ、色々な意味で無理だろ。つーか今回は元凶側だしな」

「はい? 元凶です? 一体何しやがった……っていうか、そういえば、今アイツって何してるんです?」


 その言葉に、クリストフは意外そうな顔をした。

 それはまるで、常識について問われたかの如き反応であり――


「あん? 何でテメエ知らねえ……ああいやそうか、引き篭もってたから知りようがねえのか。……ん? だがならアランが……」

「引き篭もってたって言うなです! その通りですが! で、結局、アイツは今何してるんです?」


 そこで一瞬、クリストフはアランの方へと視線を向けた。

 対するアランは、何かを諦めたかのように溜息を吐き出すと、肩をすくめる。

 サラはそのやり取りの意味が分からずに首を傾げるが……それを問いかけるよりも、クリストフがこちらに向き直る方が早かった。

 そして。


「エドガー・クラヴェルの名を知っていながら、今何してんだとか聞くのは、多分テメエぐらいだろうな。ま、この国の宰相に向かって、お前今何してんだ、とか聞くやつがいねえのは、当然だが」


 そんなことを、口にしたのであった。









 エドガー・クラヴェルは、サラ達が学院に居た当時よく共に居たうちの一人である。

 エドガーは騎士学院に通っていたのだが、ミレイユの幼馴染ということもあり、それなりに交流があったのだ。


 通っていた学院が違うという意味では、レティシアと自分達の関係と似ているかもしれない。

 まあ、エドガーが魔導学院の授業に来るようなことはなかったのだが、その分ミレイユが合同演習だとか言って騎士学院の訓練所に赴いて全員薙ぎ払ったり、クリストフが実験だとか言って騎士学院の訓練所の一部を吹き飛ばしていたのを考えれば、大差は――


「……いや、あるですね。むしろアイツら何してんですかね」


 昔はそれを酷いと思いながらも、日常の一部だったので大して気にしていなかったのだが……改めて考えてみるとかなり酷い。

 レティシアの件について学院が何も言えなかったのは、多分そういったことも関係しているのだろう。

 特にクロードは、巻き込まれる側だったとはいえこちら側の人間であったので、尚更そうに違いない。


「にしても……あのエドガーが宰相ですか」


 そこに思った以上の意外さを感じないのは、エドガーは当時から優秀であったからだろう。


 もっとも、騎士学院に通ってはいたとはいえ、エドガーの優秀さは強さと同義ではなかった。

 どちらかと言うならば、強さに関しては劣っていたぐらいなのだ。


 だがエドガーは、頭脳という意味においては、他の追随を許さなかった。

 魔導士連中と比べてさえ、並ぶどころかむしろ勝っている程であり……そうでもしなければミレイユの隣に立てない、などと惚気られていたことを思い出し、苦笑が浮かぶ。


「ま、らしいと言えばらしくもあるですかね」


 てっきり指揮官とかそっちの方面に進むのだとばかり思っていたのだが、それはそれでエドガーらしかった。


 一見常識人に見えるのだが、ミレイユが関わった時のみ、稀にタガが外れたような行動をすることがあったのだ。

 本気でミレイユに相応しい立場になろうとした結果そうなったとでも言うのであれば、なるほど如何にもエドガーらしいことであった。


「……それに、何でアランが言葉を濁してたのかも、分かったですね」


 アランの父親がエドガーだということは、当然のように聞いていた。

 ただ、あまりアランが話したそうではなかったので、今何をしているのか、ということすら聞かず……ほとんど家に帰れていない、という程度のことしか聞けていなかったのだが――


「とりあえず、仲が悪いわけじゃなさそうで一安心ってとこですか」


 友人同士の仲が悪いというのは、出来れば歓迎したくはないことだ。

 まあサラにとってはどちらも友人だが、本人たちは親子というややこしいことになってはいるが……魔導士をやっていればそんなこともあるだろう。


 何にせよアランの口が鈍かったのは、エドガーが宰相であったのが原因であったようだ。

 確かに自分の親が宰相やってるとか、どうやって話せばいいのかよく分からない気もする。


 あと今回の依頼の件も、要するにただの親馬鹿だということなのだ。

 それはあまり言いたいものではないだろう。


 ともあれ。


「さて、と……サラはどうするですかね」


 そこまでのことを整理し終わったサラは、その場で周囲を見渡した。

 先ほどの話は既に終わり、今は各々が好き勝手に喋っている。

 依頼の件も、大体詰め終わったし――


「……え? 宿に泊まるんじゃないの?」

「だって、久しぶりのアランと一緒の家で寝る機会だもの。逃す手はないでしょう? 部屋は余っているみたいだし。まあ、余ってなければアランと一緒の部屋で寝るつもりだったけど。クリストフ君は何処でも寝れそうだから大丈夫よねー」

「相変わらず扱いが酷いわね……まあ、確かに折角客室があるのだから、使えばいいと思うわ。たまには使わないと勿体無いし。ただ、後で一応掃除しておく必要がありそうね」

「そういえば、リーズちゃんがこの家の家事をやってくれているんだっけ? ちゃんと綺麗に保たれてると思うし、きっと良いお嫁さんになるわねー」

「っ……べ、別に、出来ることをやっているだけよ」

「あ、そうだわ。折角だから、一緒に料理をやらない? 娘と一緒に料理をするのって、やってみたかったのよねー」

「む、むすめ…………べ、別にいいけれど?」

「本当? やったー!」


 ミレイユと旧交でも温めようかと思ったが、聞こえた会話に止めることにした。

 別にリーズに気を使ったわけではなく、何となく嫌な予感がしたからだ。


 多分あそこに行けば、サラだけがろくでもない目に合う。

 それは半ば確信であった。


 となれば、残るは――


「それにしても、高名なクリストフさんに実際にお目にかかれるなんて、光栄ですわ」

「高名、ねえ……それはただの過大評価だと思うがな」

「そんなことはありませんわ。クリストフさんがどれだけ天才であるかは、わたくしの家庭教師からよく聞きましたもの」

「天才、か……確かに昔は自分のことをそう思ってたが、今じゃそうじゃないって分かってるからな……」

「ご謙遜を。あなたがどれだけ魔導士に影響を与えたか、知らないわけではないでしょう?」

「それに関しちゃ自負もあるがな……ただ、アイツのことを知れば知るほど、な……」

「ああ……それに関してでしたら、同意いたしますわ。わたくしもそれなりに自信を持っていたのですが……学院に入って数ヶ月もしないうちに粉々にされてしまいましたもの」

「俺も色々聞きはしたが……まあ、どうせ聞かされてないようなことも山ほどあるんだろうな」

「ですわね。最近では、儀式魔法に関してもやらかしていましたし」

「今度は何やらかしたんだアイツ……」


 そう言って苦い表情を浮かべるクリストフを眺めながら、ふとサラは、そういえば昔もクリストフはよくそんな顔をしていたものだということを思い出した。

 まあ主にそんな顔をさせていたのはミレイユなわけだが……今はそれがアランとなっているあたり血は争えないということだろうか。

 魔導士だというのに不思議なこともあるものだ、などと思いつつ、そちらへと足を向ける。


 昔クリストフが、何だかんだ言いながら、自分の為に色々と研究などをしてくれていたのは知っていた。

 そのことに当時も今も感謝してはいるが……今それを伝えるのは、何か違うだろう。


 それよりも、多分、自分がどうやってアランに救われたのかを語った方が、面白そうだ。

 長さはそれほどでもないだろうが、密度に関してならば、相当だという自信がある。


 そんな話をされた時、果たしてクリストフはどんな顔をするのだろうか。

 本人が口にしていたように、昔とは少しだけ変わったように見えるクリストフのことを眺めながら、サラはそのことを考え、少しだけ口元を緩めるのであった。

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