宰相と依頼と
儀式魔法というのは、一般的な魔法と比べ特徴の少ない魔法である。
それはほぼないと言ってしまっても過言ではなく……というよりは、特徴の少ないのが最大の特徴だと言うべきだろうか。
何故ならば、儀式魔法は基本的にその使い手を選ばない。
魔方陣と触媒。
その二つさえあれば、魔導士なら誰だって儀式魔法を使うことが出来るのだ。
そこに才能や適性が介在する余地はなく、知識さえも必要ない。
本当にその二つを適切に用意することが出来るならば、例えばリーズでも何の問題もなく補助魔法を発動させることが出来るし、アランだって難なく攻撃魔法を発動させることが出来るのだ。
しかも、儀式魔法は誰であろうとまったく同じ現象を、同じ効果で発動させることが出来る。
特徴がほぼないというのは、そういうことなのだ。
ただ、それは便利ではあるものの、同時に制限ともなる。
誰が使っても同じだということは、工夫を挟むことが出来ないということだからだ。
そこに遊びの要素はなく、何か余計なことをしようとしても、必ず同じ結果しか返さない。
そのため、儀式魔法を調べるということは、実際には研究というよりは実験と呼ぶべき行為に近く――
「調査、ねえ……」
ギルド長から告げられた話を思い返しながら、アランはふと溜息を吐き出した。
視線の先にあるのは、見慣れた屋敷の天井だ。
ギルドでの話は終わり、既にアラン達は屋敷へと戻ってきていた。
とはいえ、依頼を断ったというわけではない。
出所を考えれば、断れるわけがないとも言うが、本当に嫌だったならばそれでも受けはしなかっただろう。
つまり本気で嫌だったというわけではないのだが……まあ実際のところ、辟易しているというのが、アランが話を聞いた限り抱いた感想である。
厄介事であることに違いはなかったのだが、むしろそれよりは――
「さて……どうしたものかしらね」
そんなアランの心境を代弁したような呟きに視線を向ければ、リーズが溜息を吐いているところであった。
ふと目が合い、肩をすくめられる。
それに苦笑が漏れたのは、さすがだと思ったからだ。
アランが何故辟易としているのか、その理由をリーズはちゃんと理解しているらしい。
そう、アランは別に、宰相からの命令じみた依頼自体に辟易としているわけではないのだ。
そもそも、確かに聞かされた依頼の内容は、本来新人に任されるようなものではないのだろうが、だからどうしたというところである。
その程度のことで重責を感じるほど、アラン達は柔ではないのだ。
大体それで臆すようならば、最初からギルドに黙って深層領域に行くかという話である。
あの迷宮に赴く件に関してはいつも通りでしかないし、むしろ深層領域には行かないだろうことを考えれば、いつもよりも簡単なぐらいなのだ。
だからそれそのものは問題なく……だが。
「どうしたもこうしたも、依頼を受けることにした以上は、サラ達が考えることって特になくねえですか? いや、ねえとは限らないですが、どっちにしろ本命が来てからじゃないと動きようがないですし」
「……まあ、そうですわね。ギルド長からは調査と言われましたけれど、実質あれはその手伝いということですものね」
アラン達が今居るのは、屋敷のリビングであった。
部屋に戻ることなくそこに居たのは、今回の依頼について話すためだ。
依頼を受けると決めたとはいえ……いや、決めたからこそ、話す必要があったからである。
そのため、その場にはサラやシャルロットも当然おり……二人の発した言葉に、アランは小さく息を吐き出した。
当たり前の話だが、迷宮を封印するのにどんな魔法を使うのか、ということをアラン達は知らない。
確かに儀式魔法は誰であろうとも関係なく使う事が出来るが、そもそもどんなものなのかを知らなければ使いようがないのだ。
何を調べれば分からないというその時点で、根本的に調査を行なうことは不可能である。
勿論それを教えてもらえれば別であるが……何せ物が物である。
簡単に教えていいものではないだろうし、実際教えてくれることはなかった。
じゃあ調査は出来ないではないかという話なのだが、そこで向こうからはそのための人材が派遣されてくるというのだ。
つまりベアトリス達の時と同じようなものであり、アラン達のすることは、調査そのものというよりは、案内とその手伝いということなのである。
「ま、調査っていうのも、間違いではないんだろうけどね。僕達は僕達の知る範囲の中で調査をするってことで。実質的にほぼ出来なくても、それはまた別の話だし」
言葉遊びのようなものだが、まあそこら辺はギルドと国との間でそうしなければならない何かがあるのだろう。
何にせよ、こちらに関係のあることではないし、やることに違いもない。
「んー? でもそうなると、やっぱりこっちで考えることって特にないですよね?」
「そうね……本当にそれだけならば、そうなのでしょうけれど」
「どういうことです? 他に何かあるんです?」
「さあ……私から説明してもいいけれど、それよりも当事者から説明された方が早いんじゃないかしら?」
当事者、という言葉と共に視線がこちらに向けられ、アランは苦笑を浮かべた。
確かに間違ってはいないのだが、その言い方は語弊が生じるのではないだろうか。
特にサラは知らないようなので、尚更だ。
だがどうやらそれだけで、ピンと来た者も居たらしい。
「ああ、なるほど……ただの噂話かと思っていたのですけれど、そうではなかった、ということですのね?」
シャルロットの言葉に肩をすくめたのは、それはアランには何とも言えないものであったからだ。
何故ならば――
「さて……それに関しては何とも。その噂話ってのを、僕は知らないからね」
「……確かに、普通この手の話は本人たちの耳には入らないようにするものですわね」
「私はある程度知っているから言うけれど……そうね。実際には話半分、というところかしら」
「それは、どちらの意味で?」
「さあ……? それは、ご想像にお任せするわ」
「むぅ……三人で楽しそうに話をするのはいいですが、サラには何のことかさっぱり分からねえんですけど?」
「ああ、ごめんごめん。んー、でもそうだなぁ……まあ、要するに、どうして宰相があんな依頼を僕達にしてきたのか、という話かな?」
端的に言ってしまえばそういうことになるのだが、やはりと言うべきか分かりにくかったらしい。
首を傾げるサラを眺めながら、さてどう言ったものかと考える。
一言で済む話だと言えばその通りなのだが……出来ればあまり自分の口から言いたくはないのだ。
かといって、リーズやシャルロットへと視線を向ければ、肩をすくめられるだけであった。
他人が言うべき事ではないと、そういうことだろう。
まあ、正しい判断である。
とはいえサラに何も言わない、と言うわけにもいかず――
「えー……とりあえず、あの依頼が僕達のところに来るのはおかしい、というのはいいよね?」
「まあ、ギルドに依頼を持っていくだけならともかく、サラ達を指定するってのはどう考えてもおかしいですよね。ギルド長も不本意だとか言ってたですし」
「うん。というか、そもそもの話、依頼を出す必要すらもないはずだしね」
「んー? そうですか? 別に案内しろってだけなら、普通に必要な気がするですが」
「案内する人は確かに必要かもね。でもそのためにギルドを通す必要はない。冒険者以外であそこに行った人がいるんだからね」
「……あ」
そう、ベアトリスとニナならば、あそこを案内することが可能なのだ。
二人は忙しいだろうが、それは理由にはならない。
前回来た時も、それは変わらなかったはずだからだ。
むしろ重要度は今回の方が高いだろうことを考えれば、言い訳にすらならないはずなのである。
「もしも冒険者じゃなければならない何らかの理由があったとしても、結局ラウル達を除いて私達だけとする意味はないものね」
「だね。そしてだからこそ、今回のことはこう考える事が出来る。多分今回の依頼は、根本的に建前でしかないのだろう、と」
「建前……なるほど、言いえて妙ですわね。確かにそれは、建前としか言いようがありませんわ」
「むぅ……まーた勝手に三人だけで納得してやがるです。で、結局どういうことなんです?」
「んー、これは僕の予想でしかないんだけど……まあ多分箔付けの為、かな?」
「箔付け、です?」
今回の依頼は、封印のための調査ということになっているが、その期間は明言されていない。
これはいつでもいい、というわけではなく、意味としてはむしろ逆だ。
いつまで続けるのか、ということが指定されていないのである。
つまり、終わりだと言われるまでは、ずっと続ける必要があり――
「おそらくは実際に封印が完了するまでは、何だかんだ理由を付けて続けさせられると思う」
「それって実質的には、今回の依頼に拘束されて他のことが出来ないってことですよね? ただの地雷なだけな気がするですが……」
「それだけならそうだろうけど……何せ今回の依頼は、ギルド長が認めるぐらい重要なものだしね。依頼という形とはいえ、それにずっと関わってたってことになれば……」
「箔付けとしては、十分ですわね」
「むぅ……なるほどです? ……ですがそうなると、何でこの国の宰相がそんなことをわざわざするのかが分からねえですね。そうすることで何か得になるようなこととか、ねえですよね?」
まあ当然、それは気になるだろう。
気にならないわけがない。
しかしそれこそが、出来れば口にしたくない理由そのものなのだが……さて、どうしたものだろうか。
どうやって誤魔化したものかと、悩み――その音が聞こえてきたのは、その時であった。
「これは……来客、です?」
「珍しいわね……朝に一度鳴ったのに、もう一度鳴るなんて」
「一度鳴るだけで珍しいですものね。といいますか、一日に二度鳴るのは初めてな気がしますわ」
屋敷中に響いているそれは、鈍い鐘のような音であった。
彼女達が口にした通り、来客を告げる音であり、その大元は玄関先に備え付けられている。
つまりは誰かがこの屋敷を訪ねてきたということであり、その誰かは今まさに玄関の先で待ち構えているというわけだが――
「あー……何だろう、何となく嫌な予感がする」
「何よ、嫌な予感って……?」
「ていうか、アランがそういうことを言うと当たる気がするですから、止めて欲しいんですが?」
「いや、そんなことを言われてもなぁ……」
「じゃあ、無視します? アランさんがそうしたいと言うのでしたら、それもありだと思いますわよ?」
「うーん……それもそれで嫌な感じがするんだよなぁ……」
「何ですかそれ。どっちにしろ詰みじゃねえですか」
「なら諦めて出た方がいいわね」
まあ最初から無視するつもりはなかったのだ。
嫌な予感がするのは本当ではあるのだが、それを理由にして無視するというのはさすがにあれだろう。
仕方なく立ち上がると、玄関へと向かう。
再度音が鳴ったところで辿り着き、扉へと手を掛ける。
そして。
「はい、どなたです…………か?」
「よう、久しぶりだな。立地はともかくとして、随分と良いとこに住んでんじゃねえか」
「久しぶりねー、アラン。元気だった? ……うん、元気そうね、安心したわー」
「…………は? え、何で?」
そこに居た人物を見かけた瞬間、アランは自分が酷く間抜けな顔をしているのだろうことを自覚した。
ただ自覚したところでどうしようもなく、間抜けな声だけが漏れる。
「何でも何も……あん? その反応からすると、もしかして聞いてねえのか?」
「そりゃ聞いてるわけないわよ。私が伝えないようにって言っておいたんだもの」
「おい……何ややこしくなるようなことしてやがんだ」
「え、だってその方が驚くと思って。驚いたわよね?」
「そりゃ、驚いたけどさ……はぁ」
色々と言いたいことはあったが、溜息一つで全てを押し流した。
言っても無駄だということを、よく知っているからだ。
だから諦めたように、もう一つ息を吐き出し――
「まあ、うん……久しぶり、母さん、師匠」
見知った姿の二人へと、久方ぶりの挨拶をするのであった。
仕事の方が忙しくなってきてしまったので、しばらくは週一ぐらいの更新になってしまうかと思います。
すみませんがよろしくお願いします。




