ギルドからの呼び出し
よく晴れた日であった。
空には雲一つなく、気温は穏やか。
絶好の外出日和と、そう言っていいだろう天気であった。
冒険者には天候など関係ないと思うかもしれないが、それは間違いである。
むしろ冒険者は、最も天候を気にする職の一つであるし、気にしなくてはならないのだ。
まあこれに関しては、冒険者の身となって考えてみると分かりやすいかもしれない。
誰が好き好んで、雨の中魔物と戦ったり素材の採集をしたいと思うのか、ということだ。
それは暑過ぎたり、寒過ぎたりしても同じことである。
勿論それを我慢しなければならない時というのもあるだろうが、基本それを避けたいと思っていることに違いはないのだ。
ただこれは、迷宮に赴く者達にはあまり関係のない話であり、当然のようにアラン達も同様である。
特に今日は休養日ともなれば尚更であり……だが。
「さて、と……どうしたもんかなぁ」
そんな青空を仰ぎ見ながら、アランは溜息を吐き出していた。
眼前にあるのは、見覚えのある建物。
しかし今日は目にするはずのないものであり……つまりは、冒険者ギルドであった。
休養日に来る場所としては、勿論相応しくないところではあるのだが――
「どうしたもこうしたも、呼び出されてしまったのだから、行かないわけにはいかないでしょう?」
「ま、そうなんだけどさ」
そう、アランが……アラン達がここに居るのは、呼び出されてしまったからなのだ。
相手は当然ギルドであり、だが用件は不明である。
迷宮に関して、という言伝だけを受け、詳細は直接伝えると言われてしまったのだ。
その時点で面倒ごとな匂いがぷんぷんする上、しかもそれを伝えられたのはアラン達の屋敷でのことであった。
今朝のことであり、つまりギルドの人員が屋敷にまでやってきたということだが……これは普通有り得ないことである。
それはそうだろう。
冒険者である以上は、そのうち必ずギルドへとやってくる。
何か用があるのならば、その時に伝えれば済む話だ。
そうしなかったということは、相応の理由があるはずであり……まあ、それが楽しくないものであろうというのは、想像するまでもなかった。
「まあ気持ちは分かるですがね。サラだって許されるなら行きたくねえですし」
「とはいえ許されない以上は、言っても仕方のないことですわ。まだ冒険者を辞めるつもりはないのでしょう?」
「まあね」
冒険者がギルドからの呼び出しを無視するということは有り得ないが、それは結局のところ冒険者がギルドに属しているからだ。
冒険者を辞めてしまえば、それに応じる必要はなく……しかし、アランに冒険者を辞めるつもりはまだなかった。
儀式魔法はまだまだ分からないことだらけであり、その研究のためには触媒となる素材は幾らあっても足りるということはない。
むしろ、辞める理由こそがないのだ。
「んー……それにしても、本当に何で呼び出されたんですかねえ」
「迷宮、ということなのだし、おそらくはあそこに関することなんでしょうけど……呼び出されるような何かってあったかしらね?」
「ないかあるかで言えば、間違いなくありますけれど……心当たりは、と言われると正直ないですわね……」
「有り得るとしたら、レティシア達が何か余計なことを言っちゃったって可能性だけど……それもまあないだろうしね」
少なくともアラン達は、その程度にはレティシア達を信頼している……というか、信頼していなければ最初からあそこには連れて行っていない。
だから疑わないのも当然であり……だがそうなると――
「彼女達は余計なことを言わなかったけれど、何か勘付かれてしまった、というところかしらね?」
「その可能性が一番高そうですわね。もっともその場合、勘付いた相手が誰なのか、というところが問題ですけれど」
「わざわざギルドにそんな話するとも思えねえですしね」
彼女達があそこに行った理由の幾つかは、何のためであったか。
それを考えれば、そんな話をされた可能性があるのは一人しかいないだろう。
そしてギルドは中立とはいえ、上から何かを言われたら、従わざるを得ない。
とはいえ勿論それは、ただの推測でしかないわけだが――
「何にせよ、言ったところでどうにか出来ることでもない、か。仕方ない、腹をくくって行くとしますか」
皆と顔を合わせると、溜息を一つ吐き、観念したようにアランはギルドの中へと向かっていった。
既に忙しい時間帯を過ぎているためか、ギルドの中に人影はほとんどなかった。
幾人かの姿はあるものの、暇つぶしに来ているだけなのか、随分とその空気は穏やかだ。
そしてそれは受付に関しても同様であり……だがアラン達にとっては、どちらにせよさほど影響はなかった。
こちらの姿を確かめるなり、受付に並ぶまでもなく、即座に奥へと通されたからだ。
そのままいつもの応接間へと赴き、入ると、待ち構えていたかのように、そこにはギルド長が座っていた。
「ふむ、来たか……すまないな、わざわざ呼び出して」
「いえ……特に今日はやることはなかったので、構いませんが……」
そう言いつつもアランが首を傾げたのは、ギルド長の様子が本当に申し訳なさそうだったからである。
確かに今日はここに来るつもりはなかったので、わざわざ来たことにはなるが、こちらに非があるならばそんな態度は取らないだろう。
つまり呼び出されたのはこちらのせいではない、ということになるが……振り返ってみれば、やはりリーズ達も僅かに困惑したような顔をしていた。
何が理由かは分からないが、とりあえずその原因はこちらにあるのだろう、と誰もが思っていたのだ。
そのためこの状況というのは少々想定外であり……だがそのことをわざわざ相手に伝える必要もない。
そんなことを言ってしまえば、こちらが何かやましいことをしている、ということを言うも同然だからだ。
それでも若干の戸惑いを残しつつも、ギルド長の勧めに従いソファーへと座り、改めて対面した。
「えーと、それで……僕達は今日、一体どんな用件で呼ばれたんでしょうか? 迷宮に関して、ということしか聞いていないんですが」
「うむ、それなのだが……まあ、分かっているとは思うが、とりあえずその迷宮というのは、あの迷宮のことだ。そしてあの迷宮は、一週間後に封印処置が行われることが正式に決まった」
「え、そうなんですか?」
その言葉に驚いたのは、前回レティシア達とあの迷宮に潜ってから、まだ三日しか経っていないからだ。
あの時点で欠片も動いている気配がなかったのに、それから僅か十日で準備が終わるというのである。
レティシアが何か言ってくれた、ということなのだろうが、ここまで素早い反応があるとはさすがに思っていなかった。
本来必要なはずの時間から考えればそれでもようやくといったところではあるが、諸々考えれば十分過ぎるだろう。
「んー……正直実際動かせるにしてももう少し時間がかかると思ってたですが……結構影響力は大きいってことですかね?」
「意外と言えば意外ですけれど……考えてみれば当然かもしれませんわね。確かに彼女自身の影響力は小さいかもしれませんけれど、自分で働きかける必要はないんですもの」
「家族仲が悪いという噂は聞かないものね。そして自分で動かせないのならば、動かせる人物を動かせばいい。確かに考えてみれば当然の結果だったかもしれないわね」
アランの横ではそんな会話が交わされていたが、特にそれは隠されてはいない。
なのにギルド長に反応がないのは、分かっていたからだろう。
というか、多分レティシアをあの迷宮に連れて行くようにしたのは、最初からそれを期待していたからだ。
でなければ、さすがにギルドも許可を出すまい。
そしてそれが分かっているからこそ、リーズ達もそのことを隠さなかったのだ。
ついでに言うならば、それは確認でもある。
その際レティシアが余計なことを言ってしまわなかったかどうかの、だ。
ただギルド長の反応からすると、やはり特に問題はなさそうだが――
「ふむ……ようやく、ということで喜ばしくはありますが、それを伝えたいから呼び出した、というわけじゃありませんよね?」
「勿論だ。まあ一週間後に始まるということで、もうあそこには行かないように、と伝えるという意味も当然あるがね」
「あー……まあ、そうなりますよね」
あくまでも、今までが特別だったのだ。
封印が始まるとなれば、行くための建前もなくなってしまい、そうなるのは当然である。
正直に言ってしまえば惜しいと思うし、せめて先日の大盤振る舞いのせいでなくなった素材を補充し終わるまでは行きたかったものだが……まあ、仕方ないだろう。
やろうと思えば転移を使って行くことも可能だが、さすがにそれはやるべきではない。
それにあの迷宮が封印されるということは、アラン達のランクも正式に決まるということだ。
そうなればもう一つの迷宮にも行けるようになるかもしれないし、素材等はそこで集めればいいだろう。
そう思い、アランは素直に頷いた。
「了解です。封印が終わって僕達のランクが確定するまでは、あっちの迷宮にのみ行くようにします」
「うむ、すまんが、それで頼む。……ああ、それでふと思い出したのだが、君達は今日は迷宮に行く日ではなかったかね? 確か三日間隔で行っている、と聞いていたのだが」
「そうですね、いつもはそうなんですが……まあ、前回の疲れが抜けていなかったので、今日は休むということにしたんです」
前回迷宮に潜ってから三日が経つのに今日が休養日なのは、そういうことであった。
実際誰がどうなっているというわけでもないのだが、まあ念のためである。
「ふむ、そうか……それは都合が良いと言うべきか、悪いと言うべきか……まあ、それは置いておこう。それで、だな……ここからが本題なのだが、君達を今日呼び出したのは、君達にやってもらいたいことがあるからだ」
「やってもらいたいこと、ですか……?」
「それってつまり、依頼、ということよね?」
「そうなる」
そう言って頷いたギルド長にアランが驚いたのは、勿論ギルドから依頼をされるからではない。
それ自体はそれほど珍しいことではないし……だがわざわざ呼び出されての依頼となると話は別である。
つまりそれは、それだけ急ぎの依頼だということであり、さらにはギルド長が対応しているあたりから、重要度の高い依頼でもあるということだからだ。
しかし今までアラン達が受けていた依頼というのは、言ってしまえば失敗しても構わないような、重要度の低い依頼ばかりである。
アラン達でも出来るだろうものであり、あくまでもギルドからお詫びとして提案されていたものなのだ。
一応その全てを今まで成功させてはいるものの、それでギルドから十分に信頼された、などと考えるのは早計というものだろう。
もっと信頼出来る冒険者など、幾らでもいるだろうからだ。
まあ要するに、重要度の高そうな依頼をわざわざアラン達に持ってくる理由がないということなのだが――
「この依頼は実のところ、先ほど話した内容とも無関係ではない。つまりは、あの迷宮関係、ということだな」
「それならサラ達に頼むのも分からなくもねえですか……? ……いえ、ならラウルに頼んでも構わねえですし、むしろそっちのが普通ですよね?」
「それが生憎と、この依頼は魔導士でなくてはならないのだ」
「でしたら、わたくし達よりもエステルさんの方が適任ですわよね? どうしてわたくし達なんですの?」
その言葉に、ギルド長が溜息を吐き出した。
どうやら今回のことはギルド長も不本意なようだ。
だが、ならばどうして話を持ってきたのだろうか?
「まあ、君達が怪しむのも当然だろう。正直なところ、ワシも君達にこの話をするのは不本意だ。君達を信じていないというわけではなく、君達はまだ冒険者となってから日が浅いからな。これから話そうとしていることは、本来君達のような新人に頼むべきことではないのだよ」
「でしたら何故……ああ、もしかして、エステルが忙しくて手が空かない、とかですか?」
「いや……そもそも、この判断をしたのはワシではないのだ。判断をしたのは、依頼主であり、ワシらの上役でもあるところ――即ち、国だ。より具体的に言うならば、宰相だと、そういうべきだがね」
「……はい?」
予想外のその名に、さすがのアランも目が点となった。
まあ、予想など出来るわけがないが。
どういうことかと問おうとし、しかしそれよりもギルド長が口を開く方が早かった。
そして。
「依頼内容は、迷宮の封印に用いる予定の儀式魔法について。それでちゃんと封印が可能なのかを君……いや、君達に調査して欲しい、とのことだ」
そんなことを、告げたのであった。




