深層領域 4
レティシアが正当な剣術ではなく、突飛とすら呼べるそれを用いているのは、単純にそちらの方が自分に合ってると思っているからであった。
普通の剣術が使えないわけではない。
それこそクラリスにはやはり敵わないものの、それ以外であれば大抵の者とは打ち勝てる自信がある。
事実騎士学院ではそうであったし……だが逆に言えば、それではクラリス達には勝てないということなのだ。
別に勝つ必要がないといえばその通りだが、どうせなら勝ちたいと思うのが人情というものだろう。
そうして色々と試していった結果、自分に最も相応しく思え、また好みに合致していたのがこれだったということである。
騎士として考えれば、まるで相応しくはないような戦い方ではあるものの、そもそもレティシアは騎士になるために学院に行ったわけではない。
その半分以上は興味からであり、ならばそんなことを気にするはずもなかった。
ともあれ、そういった理由によりレティシアの動きは普通に騎士のそれとはまるで違う。
機動力重視、且つその勢いを利用しての斬撃が得意技であり――
――戦神の加護・比翼連理・重力制御・八双飛び・直感(偽):轟雷一閃。
今回も当たり前のように、それを披露した。
走るのは壁ではなく木々であり、天井は高すぎて利用できないが、その程度のことで何が変わるわけでもない。
木々を蹴りつけるたびに速度を、勢いを増し、念のために一度追い越した後で、背後から回り込むようにして、最後にもう一度蹴る。
接近と同時、いつも通りに刃を振り下ろし……だがその場に響いたのは、甲高い音であった。
「~~~~っ!?」
振り下ろした先にあったのは、それの頭部だ。
縛られまくっていようとも間違えようがなく、またコアのある可能性も高い場所。
レティシアはその攻撃方法故、上段からの斬撃が最も威力を発揮しやすいということもあり、狙いやすいそこに叩き込んだのだが……相手からの反応は相変わらずであった。
しかしそれが、そこにコアがないからなのかは不明のままだ。
単純に、庇う必要がないと判断した可能性もあるからである。
何故ならば、腕に返ってきたのはただの痺れであり、斬り裂いた感触など欠片もなかったからだ。
そして事実そこには、傷一つ存在していなかった。
「くっ……!」
悔しげに唸り、だがレティシアは即座にその場を離れる。
今ゴーレムは糸を引き千切るのに忙しいようだが、留まっていればその目がこちらに向かないとも限らないのだ。
まあ今の様子を見た限りでは、その可能性は低そうではあったが。
魔物は基本的に、何が危険で何がそうではないのかということを、本能的に嗅ぎ分ける、と言われている。
レティシアの姿にも、その攻撃にも一切の反応を示さなかったのは、それよりもアランの放っているその魔法の方が危険だと判断しているということだ。
そこに悔しさは覚えるものの、実際その通りなのだから仕方がない。
そもそも今の攻撃で傷つけられなかったということは、その場に居ても意味がないということである。
先にも述べたが、レティシアの移動は攻撃の底上げも兼ねているのだ。
ならばその場に留まって攻撃したところで意味がないのは、道理である。
そしてレティシアが無駄にそこに居れば、リーズ達が魔法を放つことが出来ない。
魔法に味方を傷つけない、などという都合のいい効果があるわけもないので、レティシアが近くに居れば巻き込んでいる可能性があるからだ。
そのため、レティシア達の意図を察した二人は、その時から今まで魔法を放っていないのである。
もっともそちらに関しても、今のところ傷を与えるには至っていないようではあるが……二人の様子を見るに、まだ試していない手はありそうだ。
対して、レティシアの方は、正直なところ既に手はない。
先ほどの攻撃は、自分でも改心と思えるほどの一撃だったのだ。
それを無傷にされては、打てる手などあるはずがない。
或いは、後のことを考えずに、攻撃のみに専念すればまだ分からないが……さすがにそれはまずいだろう。
仮にそれで傷を付けることが出来たとしても、そのせいで相手に反撃されてはその時点で終了だ。
よくてクラリスと同じ目に遭い……至近距離だということを考えれば、最悪の可能性すらも有り得る。
それが必要な状況だというならばまだしも、幾らなんでも今の状況でそれを試すつもりはなかった。
ただ、これでレティシアが役立たずと化したかどうかは、また別の話である。
あとは――
「サラ次第、か」
その呟き応えるように、下がるレティシアの代わりにサラが前に出た。
レティシアの試しは終わったので、次はサラの番だということだ。
同時に攻撃しなかったのは、相手があまりに未知すぎたからである。
本当に近付いただけで補助魔法の効果が打ち消されてしまった場合、二人が同時に危険に晒されることとなってしまうからだ。
同じ危険に遭うとしても、一人と二人では対処のしやすさがまるで違う。
そのため、まずは一人ずつ試すとなったのだ。
まあ、レティシアが先だったのは、やはり先手は自分だろうと勝手に飛び出したからではあるが。
とはいえそれは、魔法なしの場合、レティシアの方が動けるから、というのも理由の一つではある。
「まあとりあえず、補助魔法が打ち消される、というようなことはなかったようだが……」
アランに掛けられた魔法は、未だ健在だ。
それを考えれば、サラの魔法も問題ない可能性が高いだろう。
ただそうなると、つまりあれは、単純に硬くもある、ということだ。
幾ら魔法で強化されるとはいえ、普通無手であるサラが攻撃を仕掛けるというのは無謀どころではないはずだが……サラの拳がもたらす一撃の破壊力というものを、レティシアは数度の戦闘だけで十分思い知らされていた。
だからこそ、止めることなく、その結果を見守るのである。
おそらくは、単体に対する破壊力で言えば、このパーティーの中での最強はサラだ。
シャルロットはあくまで攻撃寄りであり、リーズは攻撃特化だが、どちらかと言えば範囲魔法にこそ秀でている。
どちらがより周囲に破壊をもたらすか、と言えばリーズだが、対象を単体に絞ると、サラの方が上となるのだ。
もっとも、どちらにせよ剣士の域を出ないレティシア達では敵わないのではあるが、それは役割が違う以上当然のことである。
適材適所。
誰がより優れているのかという話ではなく、誰がどの状況では最も相応しいか、という話だ。
ちなみに約一名の話が出ていないが、常識外れというのは、常識の中に居る者達とは比べることが出来ないからこそ、そう呼ばれるのである。
比較できない相手の名前をわざわざ出す必要はない。
そういうことだ。
閑話休題。
「さて、だがどうするのだ? 確かアランの魔法なしでも鋼鉄程度ならば打ち抜けるという話であったが……」
別にそれを疑っているわけではない。
あの光景を見れば確かにその程度可能だろうと思えるし、鋼鉄を斬り裂くのであればレティシアだって可能だ。
だが一般的にミスリルは、その硬さは鋼鉄と同等程度だと言われている。
そもそも硬さを求めてミスリルを手にするのではないのだから、本来であればそれは何の問題もないのだが……今回のあれは明らかに鋼鉄程度の硬さではないから問題なのだ。
それは先ほどのレティシアの攻撃を見ていれば、嫌でも分かったことだろう。
しかしサラの動きに、迷いはなかった。
一瞬でゴーレムとの距離を詰めると、その勢いを利用するかの如く、握り締めた右の拳が前に突き出される。
それは動きだけを見れば、何の変哲もない正拳突きであり――だがそうではないのだと理解するのに、一瞬の時間も必要なかった。
その拳がゴーレムに触れた瞬間、周囲に轟音が響き渡り……ほんの僅かではあるが、その身体が後ずさったのである。
「おぉ……?」
「~~~~っ!? ってー、です!? 何ですかこれ、硬すぎじゃねえですか!?」
しかしレティシアが感心したように呟いたのも束の間、すぐにサラは拳を押さえながら叫ぶと、後方へと飛んだ。
その様子にレティシアは、サラでも駄目だったかと小さく息を吐き出し――直後にそれに気付いた。
「――っ!? まずい、サラ、構えよ!」
「へ? 一体何――っ!?」
レティシアは既に十分な距離を取っていたが、サラは後退したばかりである。
即ち、未だ十メートルを離れていないのだ。
だがそんなサラのことを、明らかにゴーレムは見ていた。
ろくに表情も分からないような顔だが、確かに目は付いており……それがどう見てもサラのことを捉えている。
しかしそれが分かったところで、どうしようもなかった。
サラは今空中であり、遮るものがなければ、体勢を変えることすら出来ない。
故に。
当たり前のように轟音が響き、サラの身体がそれまで以上の速度で、後方へと吹き飛ばされた。
「っ、サラ!」
瞬間、レティシアは咄嗟に、その身体へと飛びついていた。
抱きつくようにして受け止め、だが当然空中では支えることは出来ない。
諸共吹き飛ばされ、そのまま地面へと叩きつけられた。
しかしレティシアは即座に起き上がり――
「がっ、っ……サラっ……!」
「っ……ってえですねえ……。いえ、実際には痛みはねえんですが、頭がぐわんぐわんして変な感じですね……少し気持ち悪いです」
無事な様子を見て、ほっと息を吐き出す。
「無事であったか……うむ、何よりだ」
「いや、何よりじゃないからね。ったく、無理はしないでいいって言ったのに」
「む……?」
声に振り返れば、そこにはアランの呆れたような顔があった。
どうやら、気が付けばアラン達の居る場所にまで吹き飛ばされてしまったらしい。
「ぬぅ……随分と吹き飛ばされてしまったのだな。だがその割にはサラにも怪我がないようで運が――いや」
てっきり運がよかったのかと思ったものの、よくよく自分達の身体を眺めてみれば、全体的に淡く光っていた。
それは見覚えのあるものであり……再度アランに振り向くと、肩をすくめられる。
「言ってはみたものの、何となく無理する気はしてたからね。念のために準備はしてたんだけど……無駄になった方がよかったってのに」
「まあ、おかげで分かったこともあるですし、無理した甲斐はあったと思うです。何にしろ助かったことに違いはねえですから、感謝はするですが」
「分かったこと? 攻撃が通じそう、ということじゃないわよね?」
「ですね。確かに通ったには通ったですが、コアとか破壊しようと思ったらちと足りねえですし。まあ一応危機感を覚える程度ではあったみたいですが、どっちにしろ足りねえことに違いもねえです」
「むぅ……まったく通じず見向きもされなかった妾としてはちと複雑だがな……」
「そこらは役割の違いですから仕方ありませんわ。それで、分かったことというのはどういうことですの?」
「それはですね――」
そうしてサラの口から語られた内容は、言われれば納得のいくものであった。
端的に言ってしまうのであれば、それは――
「……なるほど。魔力持ち、か」
「ミスリルにしては有り得ない硬度なのは、魔力で自身を強化しているため。見えない攻撃は魔力を直接放っているから……確かに、それならば納得いくわね」
「自身がミスリル製なのですから、幾らでも増幅できますものね。そしてあれだけのミスリルがあれば、魔法が使えなくともその程度ならば可能ですわ」
「ぬぅ……それにしても、あれだけの間によくそこまで把握できたものだ。妾など、何一つとして分からなかったというのに……」
「まあ、サラは直接触れた上に、攻撃も食らったですしね。魔導士だから魔力には馴染み深いですから、そういった意味でもレティシアとは得られた情報に違いがあるのは当然だと思うです」
そう言われ、適材適所だということは理解しているものの、納得出来るかはまた別だ。
あまりにも何も出来ていないことに不甲斐なさを覚え……だがすぐに切り替える。
今はそんなことよりも、考える事があるのだ。
「して、結局どうするのだ?」
「……ですね。あれは魔力が使えるっぽいことは分かったですけど、だからあれをどうこう出来るわけじゃねえですし」
「まあ、あれの厄介さを確認しただけ、とも言えるわね」
「それを確認出来たということで、もう退いても問題ない気はしますけれど。わたくし達の魔法もあまり効果がない、ということも分かったのですもの」
「んー……そうかもしれないけど、個人的にはもう一あがきしたいかな? まだ一矢報いたとは言えないしね」
それには同感であったが、何か手を打たなければ同じことを繰り返すだけだ。
もっともアランのことだから、そんなことは言うまでもないだろうが――
「で、何か考えはあるのか?」
「一応ね。何も僕だって、ただ拘束させ続けてたわけじゃないし。その間色々考えてもいて、これなら一矢報いたと言えるようなことは思い付いたよ」
「拘束させ続けていたからこそ、こうして話す余裕が出来たのだから、それはそれで意味があったとも言えるけれどね」
しかしこうしている今、アランは魔法を使っていない。
あれだけ纏わりついていた糸も、既にそのほとんどが引き千切られている。
何をするにもあまり時間はなく、だがアランはやはり自信あり気な笑みを見せた。
そして――
「――また無茶を言うものだ」
話を聞いたレティシアは、呆れを隠さずにアランへと溜息を吐き出した。
いや、他の三人も似たようなもので、呆れの視線を向けている。
しかし。
「確かに、それならば結果がどうあれ一矢報いたと言えるでしょうね」
「ちと危なっかしいですが……ま、あれに一矢報いるならその程度は必要ですかね」
「そうね。でも結局これは、私達の意見は必要ないわ」
そう言って、その視線がそのままこちらへと向けられる。
何を言いたいのかは分かっていた。
分からないわけがない。
つまりは、それを実行するかどうかは、レティシア次第だということだ。
「ま、あくまでも思いついたってだけだから、それをどうするのかは任せるよ。無茶で危険なのは事実だし、退く準備はもう出来てるしね」
それは本当のことだろう。
レティシアがやらないと一言いえば、アランは直後にこの場から全員を避難させるに違いない。
転移は発動に多少の手間が必要とのことだが、アランがそこをしくじるはずもないのだ。
だからこれは本当に、レティシアの意思一つで決まり……だがアランの瞳が、挑戦的に僅かに細められる。
その目は、雄弁に心の声を代弁していた。
――でも、レティシアはそれでいいの?
そしてレティシアの意思に関しては、言うまでもないだろう。
――いいわけがなかろう。
だから。
「ふ……確かに大分危険ではあるな。だが、先ほども言った通りだ。妾も、借りを返さなくては気がすまないのでな。そしてそれは未だ、果たされていないのだから……ならばどうするかなど、愚問であろう」
レティシアもまたそう言って、不敵な笑みを返すのであった。




