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事情と現状

 ――禁忌の迷宮、第五階層。


 見慣れたそこに降り立ち、眺めながら、アランは大きな溜息を吐き出していた。

 理由に関しては、改めて言うまでもないだろう。


「ふむ……なるほど。確かに見た目では、他の迷宮との違いは見出せぬな……。今の時点では、先ほどの転移の方が余程興味深いのだが……まあ、今後の楽しみとしておこうではないか」


 そんな声は、前方から聞こえていた。


 視線をそちらに向ければ、そこに居るのは当然のようにレティシアだ。

 言葉とは裏腹に……或いはそのままに、楽しみで仕方ないというのを全身で表現している。

 その隣ではクラリスが申し訳なさそうにこちらを見ていたが、生憎とそれが何かの慰めになることはない。


 さらに前方にはサラが、後方にはリーズとシャルロットが居るものの、その顔に浮かんでいるのはアランの心境そのままだ。

 四人で顔を見合わせると、ほぼ同時に溜息が吐き出された。


 こんなことになっているのは、つまるところギルドからの依頼とやらが原因であった。

 レティシアが参加出来るようなもので、且つ楽しいと思えるようなところ。

 その条件に合致するのがこの迷宮だったと、そういうことである。


 勿論その引率者がアラン達であるのにも理由はあるのだが……まあ、最大の理由は、やはり慣れているからだろう。

 何せ――


「しかしそれとはまた別に、未発見の迷宮を探索するというのは、やはり心が躍るな! とはいえ、アラン達は既に何度もここに来た事があるらしいが……むぅ、何度考えてもずるい。妾も出来れば最初から探索したかったぞ!?」

「いや、そう言われてもなぁ……そもそもここに来る事になったのだって、ほぼ偶然みたいなものだし。まあ最初から探検できたのは、確かに楽しかったけどね」

「ぬぅ……自慢か!?」


 レティシアの叫びに苦笑を浮かべると、肩をすくめる。

 まあ実際のところ、その通りではあるのだが。

 そしてアラン達が選ばれた理由も、多分それだ。


 最初からここの探索に関わっており……しかも、何度もここに来ているということ。

 ここで重要なのは、最初からというよりは、何度も、というところである。


 そう、アラン達はここに、最初と調査の時以外にも、何度か来ているのだ。


「まあ、最初にギルドが私達に魔導士かと尋ねていれば、こうはならず、私達は普通に冒険者をしているだけだったでしょうからね。運がよかった、といったところかしら」

「ですが、本当に運がいいだけでしたら、最初の一回だけだったと思います。その後の調査で動向を許されたのや、さらに今でもこうしてここに来る事が出来ているのは、アランさん達に認められるほどの実力があったということですよね?」

「うーん、いや、そこら辺はどうなんだろうね? 確かに多少の自信はあるけど、あくまでも僕達がここに来れてるのは、お詫びってことになってるし。まあ、実際のところは、半々ってとこじゃないかな?」


 既に封印されてることが決まっているというのに、アラン達がここに何度も来れているのは、今アランが言った通りの事が理由だ。

 即ち、ギルドからのお詫び故である。


 ただしこれは、アラン達が最初ここに来ることとなった時のそれとは、また別のものだ。

 しかし無関係かと言えばそうでもなく、むしろそれが原因とすら言える。


 というのも、ここの調査に関わった結果、現在のアラン達の冒険者ランクは、評価不能ということになってしまっているからだ。


 そもそもアラン達がこの迷宮に関わったのは、その調査を成果とすることで、アラン達のランクを一気に三以上に上げるためだったのである。

 だからこその、お詫びだったのだ。


 だが結果的に言ってしまえば、それは不可能になってしまった。

 ここは封印処理されることに決まってしまったため、その成果を公表することが出来なくなってしまったからだ。


 そのこととランクに何の関係があるのかと言えば、透明性の確保という理由で、ランクが上がった場合は一月程度その理由と上がったランクが公表されるのである。

 勿論発表するわけではないのだが、それは誰でも見る事が可能なものだ。

 普通であれば誰も気にしないようなことだろうが……生憎とアラン達は色々と注目を集めてしまっている。

 収納の魔法をギルドで大々的に使用し、その後ギルドの奥へと連れて行かれているからだ。

 まあ半分ぐらいはギルドのせいではあるが、それは言っても仕方のないことだろう。


 ともあれそういうわけで、すぐにランクを上げるのはまずいということで、評価不能という形で保留しておくこととなったのだが……未だにそのままなのは、アラン達が今この迷宮に居る……いや、来れているということとも関係がある。

 封印されているならば当然来れるわけがなく、つまりここは未だに封印されてはいないのだ。


 二月経ったのにまだなのは、迷宮を封印するなど前代未聞であるため、色々調べなければならないから、らしい。

 ……もっともギルド曰く、そんなわけはない、とのことだが。


 これはニナにも聞いたことであるため、おそらく間違いないことだ。

 去り際に確認してみたところ、遅くとも一週間あればその処置に取り掛かれるという見立てであった。


 アラン達のランクを評価不能としたのも、そもそもそのためだったのだ。

 アラン達の成果を公表できないのは、封印されていない迷宮の情報を流してしまうのが危険だったからである。

 封印されれば問題はなく、すぐにランクを上げることが出来るようにと、準備段階のようなものだったのだ。


 だが現実には、未だ処理は始まってすらいない。

 そのため、アラン達のランクは評価不能のままであり……実のところ、これは冒険者として考えると、非常にまずい状況だ。

 何故ならば、依頼にはランクによる制限がかかっていることが多いのだが、その下限は基本的にランク一なのである。

 つまりランク一ですらないアラン達は、基本的に依頼を受けることが出来ないのだ。


 ならばランク一に戻せばいいのではあるが、そうなるとまたギルドの信用問題という話が浮上してくる。

 まあこの時点で既にどっちにしろ問題は生じている気もするが……実際のところ、アラン達としてはそこまで困るものではなかった。


 その理由は単純で、確かに依頼を受けることは出来ないものの、迷宮に入ることは出来るからだ。

 二つあるうちの片方の迷宮は、ランク無制限という扱いになっているため、評価不能でも問題はないのである。


 それにギルドが直接持ってくるようなものは勿論のこと、誰も受けないような依頼はランク不問となっていることが多いため、完全に依頼を受けられないというわけではない。

 だから、やはりそれほど問題はないのである。


 とはいえ、それでよしとするわけにもいかないということでギルドから提示されたお詫びが、ここの探索権だったのだ。

 封印はされておらずとも、その予定が既にあるという時点で本来は誰も来てはいけないのだが、その唯一の例外がアラン達だということである。


 もっともこれはアラン達のパーティーがその権利を有しているという扱いなので、パーティーを組めば他の者も一緒に来ることが可能だ。

 まあでなければサラだけが来れなくなってしまうので、当然と言えば当然なのだが。

 勿論、レティシア達も、だ。


 ちなみにこれには一応名目上の理由が存在しており、放置しておいたらまた魔物が溢れてしまうかもしれないから、ということになっている。

 当然それが半ば以上建前であるのは言うまでもなく……これがお詫びだというのは、そういうことであった。


 ただ、お詫びというだけではこんなことを許可してはくれなかっただろうから、アラン達の実力が認められたというのは事実なのだろうが……全面的にそうなのかは疑問でもある。

 というのも、念のため五階層より下へは行く際には、ラウルの同伴が必要だということになっているからだ。

 まあ上級冒険者であるラウルは忙しいらしく、今のところその機会は訪れていないのだが。


「ふむ……まあ、ギルド側もそなた達の力量は測りかねているだろうからな。その判断は妥当ではないか?」

「まあね。実際のところ、それに関しては異論ないし」

「通常であればギルドも口出しはしないでしょうけれど、これはあくまでもお詫び、ということを考えれば当然のことですわね」

「また厄介ごと起こされてさらにお詫びが必要とかなってもギルドも困るですからね。その気持ちはよく分かるです」

「それは……すみません、私では否定することが出来ません」

「あれあれ? 何で皆こっち見ながら言ってるのかな? おかしくない?」


 一斉に向けられた視線にアランは抗議の声を上げるが、返ってきたのは何故か溜息であった。

 解せぬ。


「さて、そんなことよりもさっさと行きましょうか。ただでさえ時間がないのだから、これ以上ここで喋っているとさらにここを見て回る時間が少なくなるわよ?」

「む、それは困る。見て回る時間が減るということは、妾の楽しみも減るということではないか! それに……そうなれば、そなた達にも都合が悪いのではないか?」

「……ま、確かにね」


 それは誰にとっても幸せになれない道だ。

 溜息を吐き出し、頷く。


 皆の顔を見渡せば、誰も異論はないようであり、軽く気を引き締め直すと、そのまま見慣れた道を歩き出すのであった。









 アラン達がレティシア達をここに連れてきたのは、ギルドから頼まれたからではあるが、さすがにそれだけであれば断っていただろう。

 そうすることの利点を認め、何よりも連れてきても問題ないと思ったからこそ、連れてきたのだ。


 それは信頼的な意味でもあるし、実力的な意味でもある。

 彼女達ならばここでも問題なく戦力になるだろうと、そう判断したということだ。


 だが。

 その判断……いや、予想は、見事に裏切られたと言っていいだろう。

 もっとも、それはいい意味で、ではあるが。


「む? なんだこれは? いつもより動けるうえに、スパスパ斬れるではないか! ふはは、本当になんだこれは、楽しいぞ!?」

「楽しいかはともかくとして……確かにこれは凄いですね。魔導士の方と組むと、ここまで変わるとは……」

「驚いてるのは、割とこっちもなんだけどね。というか、ここまで動けるかぁ……」


 眼前の二人を眺めながら、アランは半ば呆れたように息を吐き出した。


 一応今は戦闘中ではあるのだが、これ以上気を張っている必要はないだろう。

 補助・妨害役としては既に役割を果たした後だということもあるが、それ以上にそのままの意味でやることがないからだ。


 残っている魔物の数は三体で、こちらの前衛の数も三人。

 しかもそれぞれが圧倒しているとなれば、それを眺めていることぐらいしかやることはないのである。


 ちなみに前衛の三人のうち、サラ以外の二人は、当然のようにレティシアとクラリスだ。

 これはアラン達からの提案ではなく、レティシア達から言われたことである。


 とはいえそれに反対しなかったのは、それで問題ないと思ったからだ。

 特にレティシアの実力は、アランがよく分かっている。

 こちらの補助魔法がなくとも、最低でもサラの足は引っ張らないだろうとは思ったのだが――


「足を引っ張るどころか、牽引しているわね。むしろ自前の魔法を使っていなかったら、サラの方が足を引っ張っていたんじゃないかしら……?」

「その可能性は高そうですわね。……アランさんはよくあの人に勝てましたわね?」

「正直自分でもそう思うかな。というか、あの頃より腕上げてない?」


 そんなことを話している間も、レティシアは縦横無尽に駆け回っている。

 それは文字通りの意味で、だ。


 手にしているのは自身の身長ほどもある剣。

 それを難なく振るっているのも驚きだが、それ以上に驚くのはやはりその動きだ。


 地を蹴って向かうのは、前方ではなく真横の壁。

 だがぶつかることなく壁に足をつけると、そのまま蹴り付け天井へ。

 反転し着地すると、そのまま一気に降下し、剣を振り下ろした。


「剣士っていうか忍者って言われた方がしっくりする動きだなぁ……まあ多分こっちが本来の動きなんだろうけど」


 本来迷宮での戦闘というのは、空間的に制限が発生するものだが、レティシアとしてはこちらの方がやりやすいのだろう。

 考えてみれば、武闘大会でのレティシアの動きは、早くはあったものの妙に直線的ではあった。

 だからこそやりやすかったのだが、こういうことを想定してのものだというのであれば納得である。


 まあそれはそれで、何故そんなことを想定していたのかという疑問は残るが。


「そういう意味では、クラリスは真っ当に騎士として強いわね。……というか、普通にクラリスの方が強くないかしら?」

「生憎とわたくしには近接戦闘の心得がほとんどありませんので、詳しいことは分かりませんけれど……確かに、クラリスさんの方が強そうに見えますわね」


 クラリスの武器は、レティシアに比べれば普通の剣だ。

 刃の部分が僅かに細いものの、それ以外に突出したものはなく、それは戦い方も同様である。

 素早く踏み込み、斬り裂く。

 それだけだ。


 ただし、それが異様なほどにスムーズに行われ、且つ速いということを除けば、の話ではあるが。


「ふーむ……状況次第ではあるけど……ここで戦ったとしても、確かにクラリスの方が上そう、かな? さらに限定された空間内なら分からないけど……」


 まあ何にせよ分かるのは、二人が予想以上の力量を持っていた、ということである。


 そしてそうしている間に、戦闘は呆気なく終わった。


「むぅ……自前の魔法まで使ってるっていうのに、明らかにサラのが負けてたですね。……ちと納得いかねえです」

「それはむしろこっちの台詞だがな。妾達は騎士学院を卒業している、いわばほぼ騎士の身なのだぞ? 魔法を使われたからといって近接戦で魔導士にあそこまでやられてしまうとは、騎士として無視出来ぬ。何しろ、そもそも騎士とは、魔導士に負けぬように普段から研鑽を積んでいるのだからな」

「そうなの?」

「そうですね……基本的に現在の国防の要は魔導士と言われてしまっていますから。ですが騎士にも国を守っているという自負はあるため、せめて近接戦ならば魔導士を凌駕できるように、と頑張っているんです」

「ま、とはいえやはり一番の規格外はアランの魔法だがな。まさかあそこまで動けるようになるとは思わなかったし、相手の動きが鈍るとも思わなかったぞ?」

「以前ひ……レティさんと戦った時は、ああいった魔法使っていませんでしたよね?」

「まあ、こっち来てから覚えたものだからね」


 そう言って肩をすくめると、何故だか呆れたような視線を向けられた。

 というか、補助魔法にしても妨害魔法にしても、エステルも同じ事が出来るので、別にアランだけの専売特許ではないのだが。


 しかしそう返したところ、どうしてか同様の視線が増えた。

 解せぬ。


「……なるほど、相変わらずのようだな」

「幸か不幸か、ね」

「一応助かるということを考えれば、幸運なのではないか? ――む?」


 と、そうこうしている間に、眼前では恒例のことが発生した。

 虚空からの、宝箱の出現である。


 だがアラン達には見慣れていても、レティシア達にとっては初見だ。

 瞬間、レティシアの瞳は興味に輝いていた。


「おお!? なるほどこれが宝箱か! 本当に唐突に出現するのだな! ふはは、うむ、確かにこれは面白いな!」

「面白いというよりは興味深いと言うべきな気がしますが……確かにこれは、知っていても驚きますね」

「むむぅ……触ってみてもやはり普通の宝箱にしか見えぬな。これ、開けてみてもよいか!?」


 その視線がこちらに向けられ、アランは苦笑と共に頷く。

 いつもであれば、開けることなくそのまま仕舞うのだが、まあ今日ぐらいはいいだろう。

 さすがにあそこまで楽しそうにされては、邪魔することは出来なかった。


「うむ、さすがアランは分かっているな! さて、一体何が入っているのか……では!」


 そうして勢いよく宝箱が開け放たれ……だが中に入っているものを目にすると、レティシアは目に見えて不満げな表情を浮かべた。

 中に入っていたものを取り出し――


「それは……魔導書、ですか?」

「うむ、そのようだな。貴重ではあるのだが……ぬぅ、折角なのだから魔導具あたりがよかったのだが。特に見たこともないようなものであれば尚よしだ」

「ま、そんなものは早々出てこねえですからね」

「ですわね。下に行けばまた話は別なのですけれど」

「そういえば、アラン達はここよりさらに下にも行ったことがあるのだったか……なんて羨ましい」


 恨みがましい目で見られ、アランはさらに苦笑を深くする。

 まあ、レティシアの性格からすれば、そう言うのだろうことは予想が出来ていたことだ。


 とはいえ……さて、どうしたものだろうか。


 ちなみに、これまでのやりとりなどからも分かる通り、レティシア達はここの迷宮のことを予め知っていたようである。

 ただしギルドからの情報ではなく、おそらくは王族経由のものだろう。

 迷宮の封印処理を申し出た先は国であるため、当然王族が知らないわけがないからだ。


 というよりは、逆にギルドから彼女達へと積極的にその情報を開示することは有り得ない、と言うべきだろうか。

 ギルドは中立をうたっている以上、一冒険者ということになっている彼女達にそんなことを教えるわけにはいかないからだ。


 もっとも、だからどうしたというわけでもないのだが――


「……ふむ」


 ちらりと、アランは一瞬リーズ達と視線を交し合った。


 言葉にするならばそれは、どうしようか、というものであり、返ってきたのは、いいんじゃないかしら、というものだ。

 三人共にそんな感じであり、アランとしても異論はない。


 まあ、先にも述べたように、アランはレティシア達をそれなりに信頼しているのである。

 ならば問題ないだろうと、頷く。

 そして。


「ねえ、レティシア、一つ聞きたいんだけど……そうだね、見たこともないような魔導具とか、見たい?」

「む? 質問の意図がよく分からぬが……まあ、見れるのならば当然見たいな」

「そっか。じゃあ――見に行こうか?」


 笑みを浮かべると、怪訝そうな顔のレティシア達に向けて、そんな言葉を放ったのであった。

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