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ギルドからの依頼

 軽やかな音と共に、アラン達はいつも通りにギルドの中へと足を踏み入れた。

 さすがにこの音には慣れてきたが、この場所の雰囲気そのものには未だ慣れていない。


 まあ、一度だけ来た事があるこの少し前の時間のそれと比べればマシだが、今はまだ出発前の冒険者も多いのだ。

 全体的にギルドの雰囲気がピリピリしていることを考えれば、仕方のないことではあった。


「ふーむ……いつかはこれにも慣れるのかねえ……」

「まあ、こればかりは経験を積んでいくしかないでしょうからね。ざっと眺めただけでも余裕のある人は多くなさそうだし、下手をすれば慣れるのよりも冒険者を辞める方が早いんじゃないかしら?」

「そもそもいつ辞めるのかも分かりませんものね」

「ま、そんないつかの話よりも、今は今です。まずはいつも通り、依頼書の確認をするですよ。一昨日確認したばかりですから、多分ろくなのはねえですけど」


 そんなサラの言葉に頷くと、アラン達は正面の受付へと行くことなく、まずは右側へと移動した。


 扉のすぐ傍、そこには縦横数メートルはあるような、巨大なコルクボードが存在している。

 今はポツポツと数枚の紙が張ってあるだけだが、三十分も前ならば同じような紙がここにびっしりと張られていただろう。

 依頼書の張られる場所であり、その残りであった。


 朝になると依頼書がここに一斉に張り出されるのだが、割りのいいものはすぐになくなってしまう。

 次いで自分達の力量に見合ったものが取られるようになり、それもなくなると、仕方なく多少は割りの悪いものも取られるようになる。

 例え割りが悪くとも、働いて金を稼がなければ生きていけないからだ。

 だからこうして最終的に残っているのは、それでも取りたくないと思われるような、極端に割りの悪いものであった。


 まあもっとも、中には力量的な意味で不可能、というものが残ることもある。

 例えるならば、龍退治などだ。

 そんなことが可能な者達は限られるので、必然的に余ることになる。


 ただそれと同じように、人によっては可能でも、それが出来る者が少ないために残っている、という依頼が稀にある。

 魔導士を必要とするような、そういうものだ。

 アラン達が探しているのはそういうものであるのだが、あるのは稀なのだから、基本的にはない。


 今日も当然のように、そういったものはなかった。


「予想通りなかったですね」

「まあそんなものだよね。じゃ、受付に行こっか」


 だが特にそれで落ち込む事がないのは、そもそもアラン達はそれを必要とはしていないからである。

 迷宮に行けば十分以上に稼げるため、基本的に依頼を受ける意味はないのだ。


 まあ大半のものは根本的に受けることが出来ない、というのもあるが……あくまでもついでに受けられるものがあれば稼ぎがさらに増やせる、程度でしかなので、無理に探す必要もない。

 半分以上はただの時間潰しでしかないため、こだわる事もなく、そのまま受付へと向かった。


 朝に一斉に依頼書が張り出され、それらが取られるために、朝の受付というのは異常なほどに混んでいる。

 しかし半分は慣れている討伐系のため、受付を通さずにそのまま出発し、残る半分も大した確認などをすることもなく終わることが多い。


 少し来る時間を遅らせ、残された依頼書を眺めて時間を潰していれば、すぐに自分達の番が来るようになる。

 並んでから五分もしないうちに、アランの目の前には、見慣れ始めてきた受付嬢の姿があった。


「おはようございます、皆さん。依頼書がないということは、今日はそのまま迷宮へ行くということでよろしいんですよね?」

「はい、それでお願いします」


 いらっしゃいませ、と言われなくなっていることに、慣れ始めていることを実感するも、さて二月というのは早いのかどうなのか。

 まあ、冒険者として、というよりは、ギルドに、と言うべきなのかもしれないが。


「ところで、本日はどちらの迷宮に行くことを考えていらっしゃいますか?」

「えっと、一応こっちを考えてますけど」


 そう言って指を下に向けた瞬間、アランは何となくミレーヌが次に何を言うのかが分かった。

 こちらを見つめるその姿が、何度か見たことのあるものだったからだ。


「そうですか。それでは、その……依頼を受けていないことですし、実はギルドの方から依頼したいことがあるんですが……」


 予想通りの言葉に、小さく息を吐き出す。

 最初に色々あったからか、今までにも何度かこうしてギルドから依頼を持ち込まれることがあったのだ。


 とはいえ別に断ってくれても問題ないとは言うのだが、さすがと言うべきか、報酬とかの割りがいいのが困る。

 いや、それは本来困ることではないはずなのだが……大抵の場合、こちらにはあまり負担のない範囲での厄介事もあるのだ。


 だがちらりと三人に視線を向けてみれば、揃って頷かれる。

 とりあえず話を聞いてみようと、そういうことだろう。

 まあアランとしても異論はなかったので、頷きを返す。


「依頼を受けること自体は問題ないですけど、一先ず内容を聞いてから、ですね」

「分かりました……では、こちらに来ていただけますか?」


 そこで、おやと思ったのは、今までの場合はそのままここで内容の説明がされていたからだ。

 わざわざ依頼するということは、今回のは少しばかり厄介の度合いが強いということだろうか。


 しかし内容を聞くと言った以上は行かざるを得ず、そもそも聞かなければ判断することも出来ない。

 何となく嫌な予感に襲われながらも、アラン達はミレーヌの後に着いていった。







「む? おお、本当に居たのだな! うむ、久しぶりに会ったが、皆元気そうで何よりだ!」


 その声が飛んできたのは、ミレーヌが扉を開け、その向こうに居た人物がアラン達の姿を視認した瞬間のことであった。

 反射的にアランは、その場で回れ右をしていたが、それも仕方のないことだろう。

 頭痛をこらえているかのような顔をしている三人と顔を見合わせると、頷き合う。


「さて、それじゃあさっさと迷宮に行こうか」

「そうね、あまり遅くなると探索出来る時間がその分少なくなってしまうもの」

「準備も出来てるですし、問題ねえですね」

「では行きましょうか」

「ちょっ、ちょっと待つのだ! なに本当に行こうとしている!? 妾を無視するでない!」


 止められなければ本気でそのまま向かうつもりだったのだが、止められてしまっては仕方がない。

 溜息を吐き出すと、再度そちらへと向き直る。


 見間違えであれば嬉しかったのだが、生憎と視界に映るその姿は見覚えのあるものであった。


「えー、色々と言いたいことはあるんだけど……とりあえず久しぶり、レティシア」

「う、うむ……ものすごーく嫌そうな気配は伝わってくるが、妾も普通に傷つくのだぞ? もう少し労わるがよい」

「ならせめてもう少し気遣うに値することをしてくれないかな……? あ、それとクラリスも久しぶり」

「あ、はい、お久しぶりです……それと、すみません」


 当然のようにその隣に居るお目付け役にも声をかけると、そう言って謝られたが、それには苦笑を浮かべる。

 謝るぐらいならばその前に何とかして欲しかったところではあるのだが……まあ、それが無理なことぐらいは分かっているのだ。

 そうして受け入れるほかないだろう。


 ともあれ、リーズ達とも挨拶を交し合う二人を横目に眺めながら、アランはある意味元凶の一人へと視線を移した。

 まあ彼女が何かをしたというよりは、ただの仲介役でしかないのだろうが――


「で、どういうことか話を聞かせてもらっても?」

「そのつもりでここに案内してきたのですから当然ですが、それよりもまずは座りませんか?」


 確かに、立ったまま話を聞くのもあれだ。

 いや、出来るならば聞くだけ聞いてさっさと立ち去りたいのだが、それが無理そうなのは理解している。

 溜息を吐き出すと、ソファーの一つへと大人しく座った。


 ちなみに現在地は、以前にも来たことのある応接間である。

 妙に縁があるな、などと思っていると、リーズ達もこちらへと座り、対面にはレティシアとクラリス、それとミレーヌが腰を下ろした。


「それでは、一先ずこうなった経緯を説明したいと思いますが……そもそも事の発端は彼女――レティさんに頼まれたことです」

「レティ……?」


 その名に疑問を覚えたのは、一応この場は公的な場所のはずだからだ。

 どれだけ相手と親しくとも、愛称で呼ぶようなことは普通ない。


 まあそもそもの話、一介のギルド職員が、王族を愛称で呼ぶことが出来るのか、という問題もあるが――


「あ、それはですね、その……さすがに本名のままですと色々問題になりますから、レティという名前で冒険者としては登録することにしたんです」


 と、その疑問に答えてくれたのは、クラリスであった。


 だが今度はそれによって、また別の疑問が出てくる。


「そんなことって、出来るんですか?」

「勿論、普通は出来ません。ですが、まあ、普通の状況ではありませんから……」

「ああ……」


 確かに、王族が冒険者になるなど、前代未聞過ぎる。

 そもそも、よくなれたものだ。


「別に妾は構わぬと言ったのだがな」

「いえ、ひめ……レティさんがよくても、周りがよくありませんから」

「ギルドは一応何処にも属さない、中立の立場ということになっていますが、それも国の一部という前提があってのことですからね。そのままだとまずいと言いますか……」

「確かに、人によっては王族に乗っ取られたと見る人もいそうね」

「だから、建前としてだけでも別人として、ですか。色々と面倒くせえんですね」

「あら、でも確か、ギルドカードに記されている名前は、魔導具による自動判別でしたわよね? それはどうしているんですの?」


 シャルロットの疑問に、ミレーヌは人差し指を立てると、そっと唇に当てた。

 内緒ですよと、そういうことだろう。

 どうやらあの魔導具は、やろうと思えば内容の改変も可能なようである。


 そんなことを自分達に言ってもいいのかとは思ったが、考えてみれば迷宮のことなどもあるので今更だ。

 ついでに言うならば、こんな面倒なことに巻き込まれている時点で、とも言うが。


「と、少し話が逸れてしまいましたので元に戻しますが、ともあれギルドはレティさんから頼みごとをされたわけです。その内容は――」

「討伐依頼も採集依頼も飽きたため、何か面白いものはないか! というものであったな」


 ミレーヌの視線にうながされ、レティシアは胸を張ってそんなことを口にしたが、こちらの反応は当然のように溜息である。

 さすがにそれは同情せざるを得ない。


 建前上は一冒険者の戯言だとしても、実質的には王族の命令だ。

 そんなものは、断ろうとしたところで断れるものではない。

 ……まあとはいえ、さすがにそれをただのわがままだとは思わないが。


 改めて言うまでもなく、レティシアは王族である。

 故にその口から出るわがままは、ほぼ命令と同義だ。

 聞いてしまった者には、それを遂行する義務があり……それはギルドであろうとも例外ではないのである。


 しかし彼女はそのことを自覚しているからこそ、基本的にわがままを言うことはない。

 言う場合があるとすれば、それはそれ以外の利点が明確に存在している場合のみだ。

 彼女が魔導学院の授業や武闘大会に乱入していたのも、実はちゃんとした利点が存在していたからこそ受け入れられていたという事実があったりしたのである。


 そしてそれを考えれば、今回のことにも何らかの利点が存在していると考えるのが自然だろう。

 もっとも、だからこそ彼女のわがままは、尚のこと性質が悪いとも言うのだが。

 ともあれ。


「というか、そういうことって、普通あるんですか?」

「まあ、そうですね……ないことはない、と言ったところでしょうか。大半はそのままお帰りいただくのですが、ギルド側でも色々な理由により表に出すことが出来ない依頼を抱えていることがありますから。都合よく条件に合う人達であれば、紹介することもあります。もっともその場合は、基本上級の人達の時ですし、そういった場合はこちらから紹介することの方が多いですが」

「……サラ達上級じゃねえのに今回紹介された気がするですね?」

「好意的に見るならば、それだけわたくし達が評価されている、ということなりますけれど……」

「まあ、とりあえず真偽は置いておきましょう? まだ具体的な話は聞いていないのだから」


 そんな言葉と視線にさらされ、一瞬ミレーヌが怯んだように視線を逸らす。

 だが覚悟を決めたように息が吐き出されると、その瞳がこちらへと向き直り――


「それで、ですね。皆さんへの依頼というのは他でもなく……あの迷宮へと、彼女達を連れて行ってはもらえないでしょうか?」


 そんなことを口にしたのであった。

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