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夕焼け空の帰り道

 地面に落ちた影が、長く伸びていた。

 視界は赤く染まり、だが眼前の光景が、その時間は残り少ないということを示している。

 夕方であり、帰り道であった。


「いや、本当にごめん……こんな時間になる前に切り上げるつもりだったんだけど……」

「だから、別にいいと言っているでしょう? そもそも、どうせこうなるだろうと思っていたもの」


 そうは言ってくれるものの……いや、むしろだからか。

 余計に居心地が悪く、アランは思わず視線を逸らした。


 これならば、責めてくれた方が余程マシなのだが――


「その……この埋め合わせは、そのうちするからさ」

「本当に気にしなくていいのだけれどね……」


 呆れたように溜息を吐き出すリーズではあるが、それではアランの気が済まないのだ。

 帰るのがこんな時間になってしまった……というよりは、今までの時間リーズを放っておいてしまったことに。


 そう、結局のところ、アランはあれからほんの先ほどまで、ずっとあの人達の手伝いをしていたのだ。

 その甲斐あって、何とか計画通りに終わらせられそうだとは言われたものの、それはそれ、これはこれ、である。

 例えいいことをしたと思っていたところで、リーズに不義理を働いたことに変わりはないのだ。


 まあとはいえ、何で返したものかということは、まるで思い浮かばないわけだが。


「そもそも、今回のことは私の勝手でアランを連れ出したのだし、その私がアランの好きなようにしたらいいと言ったのよ? ならば、別に誰も悪くはないでしょう?」

「それはそうかもしれないけど……」

「まあ、それならばそうね……今度食材の買出しに行くときに、荷物持ちとして付き合ってもらおうかしら?」

「え、そんなことでいいの……?」

「そんなこと、とは言うけれど、アランが来てくれるならば色々と出来る事があるもの。沢山のものが運べるし、アランに保管しておいてもらえれば、今後しばらくは買出しに行かずに済むでしょう?」

「……なるほど」


 考えてみれば、それは有効な策であった。

 むしろ、何故今まで思い浮かばなかったのか、というほどである。


「うん、分かった。じゃあ、次行くときは声掛けてね」

「ええ。その時はよろしくお願いするわ」


 そう言うと、見るからにリーズの機嫌がよくなったのだが……それほど買出しが大変だったということだろうか。


 いや、そんなことは、考えてみれば当たり前のことだ。

 何せ今までは、四人分の食材を一週間ほどまとめて買っていたのである。

 リーズの担当だからということで、一人で、だ。

 大変ではないわけがないだろう。


 ……そのことに今まで気付かなかったということは、それだけリーズに甘えていたということだろうか。

 反省の必要がありそうだった。


「せめてこれから挽回すべく……いや、だから今後はそれも不要になるのか。じゃあどうすれば……?」

「何となく何を考えているのかは分かるけれど、それこそ必要のないものよ? だってその分の対価は、もう貰ったもの」


 意味深な言葉に視線を向けてみるも、リーズは相変わらず機嫌よさそうにしているだけであった。

 両手に後ろに組み、今にでも鼻歌を歌いそうな雰囲気であるが、分かるのはそれだけだ。

 さて、今のことについて聞き返すべきか否か――


「あれ、アラン達です?」


 と、その声が不意に聞こえたのは、そんな時のことであった。


 聞き覚えのあるそれに振り向けば、そこに居たのはやはりサラだ。

 どころか、その隣にはシャルロットの姿もある。


「あら、本当、奇遇ですわね」

「確かに奇遇だけど、そもそもまだ帰ってなかったんだね? それに二人一緒っていうのもちょっと意外かも」

「まあ、折角一緒に来たですしね。それに二人ともある意味勉強してたわけですから、帰る時間が同じぐらいの時間になるのも不思議じゃねえと思うです」

「なるほど、確かに」


 頷きつつ、自然と二人とも合流して歩みを再開させる。

 そこに何となく新鮮味を感じたのは、おそらく時間帯のせいだろう。

 四人で帰るというのは珍しくもないが、ここまで遅くなることは今までになかったからだ。

 その理由は単純で、あまり遅くなると文字通りの意味で帰れなくなるからである。


 というのも、夜になると四方にある城門の全てが閉ざされ、基本的に出入りが禁止されてしまうからだ。


「ところで、まだ門って閉まってないよね? 多分大丈夫だろうと思ってはいるんだけど……」

「大丈夫、のはずですわ。わたくしもここまで遅くなったことはありませんから自信はありませんけれど」

「サラも経験ねえから分からねえですけど、門閉めるのは日が沈みきった後って話だったですしね。大丈夫だとは思うです」


 そんなことをするのは、夜になると一部の魔物の活動が活性化し、昼と比べさらに危険になるからだ。

 そもそも単純に暗いこともあって、夜に魔物と戦うのは危険が過ぎる。

 その防止という意味と……あとは、万が一のためだ。


 基本的に結界のおかげで魔物はこの街に近付くことはないが、それは魔物が脅威とならないという意味ではない。

 魔物は近寄れないが、魔物の攻撃は届いてしまうからだ。

 実は屋敷の方の結界には、魔物の攻撃も遮断するような機能を実験的にこっそりと付け加えているのだが、当然ここのにはそんなものはない。


 例えば、魔物を倒せずに冒険者がここにまで逃げてきた場合、追撃に放たれた攻撃が街に届いてしまう可能性もあるのだ。

 勿論それを防ぐための城壁であるし、そのために城門には常に二人以上の見張りが常在している。


 だが夜となれば、見落としてしまう可能性も高くなるだろう。

 その場合、街に被害が及んでしまう可能性もあり……まあ、そんな可能性を残すぐらいならば、最初から禁止してしまおうと、そういうことである。


「うーん……せめて僕達だけでも通してくれれば、色々と助かるんだけどねえ……時間とか気にしないで済むようになるし」

「仕方ありませんわ。ギルドに負い目があるとはいえ、これ以上わたくし達だけ特別扱いするわけにはいきませんもの。それに時間を気にしたくないというのは、迷宮に潜っている他の冒険者も同じだと思いますわ」

「他の冒険者の場合は、ここに戻ってこれさえすればいいわけですから、サラ達に比べると時間に余裕があるはずですが……まあ、大差ないって言われればその通りですしね」


 そう、所謂門限が存在するということは、城壁の外にある迷宮に赴く場合、帰って来る時間を気にする必要があるということなのだ。

 外で魔物を狩ったり採集する場合、夜は色々な意味で危険になるが、迷宮内ならば関係ない。

 しかし迷宮は階層を移動するだけでもそれなりの時間がかかってしまうため、下の階層を主な狩場としている者達ほど時間的に厳しくなってしまうのだ。


 そのため、ちょくちょくそういった冒険者から嘆願があるとは聞くが、聞いてしまえばキリがないため、全て却下しているとも聞く。

 どうしても長時間探索を続けたいのであれば、迷宮に泊り込むしか今は方法はないのである。


 もっとも実際のところ、そうした手段を取る者達も少なくないとは聞くが。

 特に上級冒険者ともなればざらにあることらしく、ラウルやエステルも経験したことがあるとのことだ。


 そんなことが出来る理由は、迷宮の一部には魔物が近寄らない、所謂セーフティーゾーンが存在しているからである。

 そこでならば、比較的安全に休む事が出来るのだ。


 まあそうは言っても、今のところそうなっている、というだけなので、不意に魔物が侵入してこないとは誰にも断言出来ない。

 見張りは必要だし、精神的に休むことは出来ないため、慣れない間は結構厳しいという話である。


 とはいえ、そっちに関してはアラン達には関係のない話ではあるが。


「ま、僕達はいざとなればどうにでもなるんだけどね」

「確かにそうですけれど、見つかってしまった時のことを考えますと、どこまでいってもいざという手段でしかありませんわ」

「まあ、そうなんだけどね」


 その手段とは、つまり転移のことである。

 アランがそれを使える時点で、本来ならば門限など気にする必要はないのだ。


 ただし、門が閉まってから戻ってきたのでは怪しんでくださいと言っているようなものだし、そもそも城門では出入りの際にその記録を取るようになっている。

 入った記録がないのに街に居たり、出て行った記録がないのに街の中に居ないのでは、やはり怪しまれるだけだろう。


 まあ、実際にはそんなことは気にされない可能性もあるが、敢えて危ない橋を渡る必要はない。

 今のところギルドには転移のことは教えないとなっているので、律儀に門限を守っているというわけであった。


「とはいえ、リーズが居なかったらその手段をちょくちょく使ってた気もするですが。主に食事的な意味で」

「あー……それはあったかもね」


 リーズが居なければ食事が死活問題だったのも、元を辿れば門限のせいなのである。

 何せ夜になれば門が閉まるということは、アラン達は夕食を取った後で屋敷に戻る事が出来なくなってしまうのだ。


 かといってその前に食べるとなると、少し早すぎる。

 研究に熱が入り、夜遅くまで起きていることも多いアランには尚更だ。


 また、そういう時にはリーズが夜食を作ってくれたりすることもあるため、それがまた有り難く――


「まあ、リーズが居なかったら、僕達の生活は色々と変わってただろうね」

「ですわね。他のことでしたら、どうとでも出来たでしょうけれど……食事の用意だけは……」

「……丸焼きとかなら得意なんですがねえ……」


 まあ、人には向き不向きがあるので仕方のないことである。

 サラはちょっとワイルド過ぎるとは思うが。


 ちなみに、家事担当はリーズとなっているが、実際はほぼ食事担当だ。

 掃除は魔法で簡単に終わるし、洗濯は各自でやっているからである。

 結局はそれも魔法でなので、一度にやった方が効率はいいのだろうが……さすがにそれはあれだろう。


 と、そこでふとアランは、先ほどからずっと会話を続けているのに、二人の声しか聞こえてこないことに気付いた。

 そういえば二人が合流してから、リーズがまったく喋っていない気がする。


 ちらりと視線を向けてみれば、勿論リーズは一緒に歩いてはいたものの、先ほどまでの機嫌よさ気な雰囲気は欠片もなかった。

 むしろ地面を見つめては、溜息などを吐き出している始末である。


「リーズ? どうかした?」

「……え? どうかした、って……別に、どうもしていないけれど?」


 声をかければ顔を上げたものの、やはりその様子は何処か妙に見えた。

 まあそれは先ほどまでの様子と比べ、あまりに落差が大きかったからもしれないが。


「そう? それにしては……何ていうか、元気がなさそうな気がするけど?」

「そんなことはないし、何でもないわ。ただ……いえ、それこそ、何でもないことよ」


 何を言い掛けたのかは非常に気になったが、アランがそれ以上追求することはなかった。

 それより前に、シャルロットが『それ』について言及し始めたからだ。


「まあ、リーズさんにも色々あるということでしょう。何でもかんでも聞き出そうとする殿方は嫌われてしまいますわよ? それに、わたくしとしては、『それ』の方が気になっているのですけれど?」


 そう言ってシャルロットが視線を向けたのは――リーズの左の薬指であった。


 まあ、気付かないわけがないとは思っていたものの……思っていた以上に早い気付きに、思わずアランは小さく息を吐き出す。

 いや、別に過度の他意があったわけではないのだが――


「ああ、それはサラも気になってたです。今朝の時点では間違いなく付けてなかったですし、今まで付けてたこともねえですよね?」

「……何でもかんでも聞き出そうとすると、嫌われるのではなかったかしら?」

「あら、それは殿方の話ですわよ? わたくし達は女ですから、何の問題もありませんわ」

「ねえですね」


 二対の瞳にジッと見つめられ、リーズは視線を逸らした。

 降参したかのように、溜息を吐き出す。


「……別に、この街でこういうのを買っても、問題はないでしょう?」

「問題はありませんけれど、今日急に、というのが気になりますわ」

「ですねえ……しかもこうして、アランと一緒に歩いてたわけですし」

「……はぁ。まあ、二人の予想している通りよ。アランに買ってもらったの」


 瞬間、二人の視線が同時にこちらに向いたのには、さすがに怯んだ。

 反射的に、ついアランも視線を逸らす。


「いや、それはその通りなんだけど、別に他意はないっていうか、ほら……日頃の感謝的な意味で?」

「ということは、それはつまり、わたくし達は感謝に値するほどのことが出来ていない、ということですの?」

「いえ……先ほどの話からすると、それはもしかして家事的な意味です? ならば確かに、サラ達にそれがねえのは当然です……」

「それは……確かに、当然のことではありますわね……」

「いや、別にそういうわけじゃないんだけど……」


 実際のところ、リーズだけに買うのはどうかと思ったのは確かだ。

 だがそれでも買う事がなかったのは――


「あー……二人にも普段から感謝はしてるし、何か買って驚かせようかとも思ったんだけど、どうせなら一緒に選んだ方がいいかと思ってさ。まあ、そもそもリーズのそれを買ったのだって、突然の思いつきだし、そんなことを思ったのもその時なんだけど……」

「ふむ……まあ、分かりましたわ。そういうことにしておきましょう」

「ですね。なら、その時に期待しておいてやるです」

「信用があるんだかないんだか……」


 苦笑をしつつ、肩をすくめる。

 まあ、二人とも本気で責めるつもりはなかったようだし、どうやって話を切り出そうかと思っていたので、助かったとも言えるのかもしれない。

 問題があるならば、それをいつにするか、ということだが……その話をするのはまた後で、だろう。


「ところで、サラはもう一つ気になってたことがあるんですが……リーズがしてるその指輪、ミスリル製ですよね?」

「そうね、確かにそう言っていたけれど……よく分かったわね? 私はよく見ても分からなかったのだけれど……」

「まあ、ちと馴染み深いものだったですしね」

「ミスリル……? それって、勿論本物、ですわよね……?」

「僅かだけれど、魔力が増幅されているのが感覚で分かるから、そうだと思うわ」

「ということは、よく指の大きさに合いましたわね? 時間的に考えて、そのまま貰ってきたのでしょう?」

「いや、大きさ的にはぶかぶかだったから、僕が調整したけど?」

「……それって当然、魔法でですわよね?」

「そうだけど?」


 頷くと、何故だか呆れたような視線を返された。

 それはサラも同様であり、リーズはどうしてだか肩をすくめている。


「ミスリルは魔力を増幅するですが、その分魔法では加工がしにくい、というのを知った上での発言ですよね?」

「そうだね。そう言われてるけど、結構簡単に出来たよ? まあ、確かに他の金属とかに比べれば、使用する魔力とかは多かった気がするけど」

「……はぁ。まあ、今更と言えば今更のことではありますわね」

「そうね、結局のところ、諦めが感じよ? 私はもう諦めたわ」

「いや、本当に大したことなかったんだよ? 多分ニナあたりに聞いても同じこと言うと思うし」


 練成の魔法ということで、分かりやすいようにニナを例に出したのだが、何故だか三人は顔を見合わせると疲れたように溜息を吐き出した。

 解せぬ。


 と、そんなことを言っている間に、城門が見えてきた。

 どうやらまだ開いているようで、安堵の息を吐き出す。


「よかった、まだ開いてたか」

「まあ、まだ日は沈みきっていねえですしね。もっとも、結構ギリギリだった気もするですが」

「確かに」


 気が付けば、視界から赤の色は薄れ始め、空には夜の帳が下りつつある。

 思っていたよりも危ないところだったようだ。


「ま、とはいえ急ぐ必要はないわね。どうせ今から外に出るのなんて、私達ぐらいだもの」


 或いは他に有り得るのは商人ぐらいだろうが、余程の急ぎでもなければ、商人だって危険な中を出たいとは思わないだろう。

 事実遠目に見えるそこに並んでいる人達は、全て今からここに入る人達のようであった。


「もっともそのせいで、わたくし達は奇異な目で見られることになるとは思いますけれど」

「まあ、もっと早い時間の時でもそうだしね」


 事情を知らなければそれも無理ない話だし、大抵の者はそんなことは知るわけがない。

 知っているのは、精々門番の人と、あとは冒険者が居ればその一部といったところだろうか。


 まあ何にせよ、今更気にすることでもないので、そんな目で見られたところでただ苦笑を浮かべるだけだが。

 ともあれ。


 そうしてアラン達はいつも通り、人の流れに逆行するかのように歩きながら、自分達の住む家へと帰っていくのであった。

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[気になる点] 『たまには安らぎを 中編』で左の人差指に合わせたはずの指輪を薬指に嵌め替えてしまっては、リーズは結構あざとい性格に見えてしまいます。
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