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たまには安らぎを 後編

 路地裏の雰囲気は、思っていた以上に表のそれと変わらぬものであった。


 違いがあるとすれば、表のものはきちんとした店が構えられているのに対し、路地裏のものはほぼ露天に近い形であったことだろうか。

 当然のように商品も外に出てしまっているため、その品質はどうしても表のものと比べると劣る。


 だがその分値段も安いことを考えれば、本来初級や中級の冒険者が装備等を集めるのはこちらになるのだろう。

 考えてみれば、表の店に並べられているのは全て上質なものであったし、客層も如何にもといった者達ばかりであった。


「……ということは、私達は今まで贅沢をしていた、ということなのかしらね?」


 基本頼んだ先はギルドではあったものの、払っていた値段を考えれば、おそらくはそのはずだ。

 ギルドが想定以上に仲介手数料を取っていれば話は別だが……さすがにそんなことはしないだろう。


 まあ、特に値段を制限してはいなかったし、むしろなるべく品質のいいものを、と頼んだのはこちらだ。

 ギルドに文句を言うのは筋違いであるし、それを問題ないと言える程度には稼いでいる。

 ならばやはり、問題はなかった。


「……それに、時折あっちよりも活気があるように見えるのは、この形態のせいなのでしょうね」


 表は通りに活気があるものの、店の中は別だ。

 そもそも扉がある時点で店の中は隔離されているようなものであり、しかしここはその場の雰囲気がそのまま売り場へと繋がっている。

 さらには、店主と客との距離が近いせいだろうか。

 表と比べれば幾分気安いように見え、それらが活発さに拍車をかけている気がする。


 人によっては、それを騒がしいと、そう口にするかもしれないが……少なくとも、リーズにとっては悪いものではなかった。


「アランにとっては……言うまでもなさそうね」


 呟きと共に、周囲に向けていた視線をそちらに向けると、そこに広がっている光景に思わずリーズは溜息を吐き出していた。

 だがそれも、仕方のないことだろう。


「おぉー……話に聞いちゃいたが、やっぱ魔導士ってのはすげえもんなんだなぁ」

「ああ、これは国に重宝されるのも当然ってやつだな。あれ見てみろよ。俺達だけでやったら総がかりでも三日はかかりそうなものを、一瞬で組み上げちまったぞ?」


 そんな声が上がっているのは、路地裏の一角であった。


 声を上げているのは屈強そうな男達であり、しかし彼らは明確に冒険者ではないと断言出来る。

 雰囲気が冒険者のそれではないし、幾ら冒険者でも半袖の肌着一枚で居ることは有り得ないだろう。

 何よりも彼らの手に握られているのは武器ではなく工具であり、担ぐのは木材だ。

 土木関係の人間だと、そういうことであった。


 彼らがそこに居るのは、当然のように仕事をするためだ。

 路地裏の店の多くは露天のような形式を取っているが、当然のようにそうではない店もある。

 特に宿や飲食系の店はほぼそれであり、そこはそんなものが並ぶ場所の一つだ。


 ただ同時に、そこがそうではないというのも一目瞭然であった。

 何故ならば、ちょうど三区画分ほどが、まるで何かに抉られたかのように綺麗さっぱりとなくなっていたからである。


 どうも話を聞くに、そこにはやはり飲食店が存在していたらしいのだが、とある事件の際に襲われ壊されてしまったらしい。

 幸いにも人的被害はなかったらしいのだが、徹底的に壊されたそこで営業を再開するつもりは起こらなかったようで、引っ越してしまったとのことである。


 そうして全てを片付けた後に残ったのは、空き地だ。

 しばらくはそのままであったのだが、城塞都市であるここは、基本的に土地が限られている。

 いい加減勿体無いという声が上がった結果、彼らの出番と相成ったわけだ。


 そしてどうしてそんなことをリーズが知っているのかと言えば、まあ大体想像の通りだろう。

 先に彼らが言った魔導士という言葉と、リーズがそれを客観的に聞いているという事実。

 そこから導き出せる答えは一つしかなかった。


「まあ、本来魔導士の仕事っていうのは、こういうことですしね。冒険者になった僕が言うことじゃないかもしれませんけど」

「いやいや、本当に助かったぜ。ぶっちゃけどう考えても無理な工程だったしな。まあ、金払いがよかったからと、ろくに確認もせずに請け負った俺が悪いんだけどな」

「本当に自業自得じゃねえか!」

「るっせえな! 本当に金払いがよかったんだよ! しかも昔に魔導士が関わったせいで、その時のを流用した結果通常より工程が短くなってたなんて想像がつくかっての!」

「それをちゃんと確認すんのが頭領の役目だろうが!」

「その通りだな! 正直すまんかった!」


 男達の中で最も偉そうな男が頭を下げると、途端に周囲から笑い声が上がった。

 顔を上げた男も笑っているあたり、今のは本気のやり取りではなく、冗談のようなものなのだろう。

 正直リーズにはよく分からないものであったが、アランも笑っているのでそういうものなのだと思うことにした。


 まあ、というわけで、アランが彼らを手伝うとか言い出したので、その話を知っていた、ということである。

 順番的には、この周辺を見て回っている時に、困っている様子の彼らを発見してしまい、アランが話しかけ、そこから詳細を聞いた、という流れになるのだが、そこら辺はどうでもいいだろう。

 重要なのは、アランが実際に彼らのことを手伝い始めてしまった、ということである。


 とはいえ、それに関して異論があるかと言うと、何とも言えないところだ。

 そもそもアランの言っていることは、間違っていない。

 魔導士の仕事というのは、本来こういう単純に労力の問題で時間がかかってしまうことに対して行われるものだ。

 そういう意味で言えば、アランはまさに本分を全うしているのである。


 それに、今はデー……ここの散策の最中であるが、それを理由にして困っている人を見捨てて欲しいわけでもない。

 有り得ないことではあるが、そう言われてしまったら言われてしまったで、失望していただろう。


 自分を軽んじて欲しくはないが、他人を軽んじ見捨てるような人であって欲しくもない。

 我ながら面倒な女だと自覚しているものの、それが本音なのだから仕方がなかった。


「にしても、すげえのは分かったが、これじゃあ俺達の立つ瀬がねえな。俺達がどれだけ頑張ったところで、魔導士ならその何倍、いや、何百、何千倍も早く完成させられるんだろ?」

「それはよくある勘違いね。今のを見たらそう思うのも無理はないけれど、実際にはそんなことはないわ」


 リーズが口を挟んだ瞬間、男達の視線が一斉にこちらに向いた。


 それに怯む事がなかったのは、魔物に比べれば大した事がなかったのと、敵意を感じなかったからだろう。

 その視線には単純な疑問が乗せられており、どういうことかと問いかけてきていた。


「簡単な話よ。あなた達職人に比べれば、私達魔導士は数が絶対的に少ない」

「そうかもしれねえが、それでも数千倍の速度だってことを考えりゃあ――」

「ああそれと、それも勘違いの元ね」

「あん?」

「普通の魔導士は、あんなことは出来ないのよ。魔導士にはそれぞれ得意とするものがあるから、根本的に出来ないということが有り得る。何より、そうね……仮に今のと同じことを私がするならば、多分早くても一日はかかるのではないかしら?」

「一日……?」

「だがそこの坊主は……」

「彼は自分のことを普通の魔導士とか言ったとは思うけれど、それはただの謙遜てことね」

「はー……なるほどねえ。だが考えてみりゃその通りか。全部の魔導士がこんなことできたら俺達の仕事なんてとっくになくなってるもんな」

「確かになあ……だがそうなると、何で坊主は冒険者なんてやってんだ? 冒険者になんてならなくても、幾らでも働き口があるだろうに」

「あー……それはですね、冒険者にならないと手に入らないものがありまして、それが欲しいから、というのが主な理由ですね」

「ふーん……どこにでも変わりもんは居るってことかね」


 その言葉に曖昧な笑みを浮かべながら、アランはこちらへと抗議の視線を送ってきた。


 だがリーズはそれに、肩をすくめるだけだ。

 だって今の言葉に、嘘は含まれていない。

 例えリーズは補助魔法が苦手であり、そのせいで普通に比べ数十倍は効率が悪いとしても、だ。


 まあ何せリーズは、本当は補助魔法が使えないはずなのである。

 それを攻撃魔法を基礎として、そこから強引に補助魔法へと転換させているため、どうしても効率は落ちてしまうのだ。

 だからそれは当然のことなのだが……そのことを付け加えなかったのは、勿論わざとである。

 ちなみにそんなことが出来るようになったのは、当然と言うべきかアランが関係しているのだが、まあそれは今更のことであるし、どうでもいいことだろう。


 大体のところ、アランが規格外だという部分は、やはり違いはないのだ。

 確かに普通の魔導士であれば一日はかからないが、それでも数十分はかかる。

 それを一瞬で終えてしまうアランを見て自信をなくされても困るのだ。


 そして自信をなくしかねないという意味ならば、その数十分というのを伝えても危うい。

 そのため、敢えてリーズを事例として出したと、そういうことであった。


「ま、何にせよ助かったぜ。初めて魔導士としての仕事ってやつを見たが、やっぱ一人でもいると違うよなあ……ギルドも何とかしてくれんかねえ……」

「あ、そういえば気になっていたんですけど、ここにはそういう魔導士はいないんですか? ある程度大きい街には、最低でも一人は魔導士が常駐してるって聞いた事があるんですが」

「ああ、それは正しいが、この街には既に魔導士がいるだろ? 坊主もその一人だがな」

「……なるほど。冒険者になっても、その一人として数えられてしまっている、ということね」

「らしいな。で、そのせいで国はここに普通の魔導士は送ってくれないってこった」

「うーん……そういうのって、どうなのかな? せこい、っていうのとはちょっと違うのかもしれないけど……」

「まあ、言いたいことは分かるけれど、国のやっていることも間違っているわけではないわ。魔導士の数は足りていないのだから、魔導士がいなければ大変な場所から優先して送っていくのは当然のことでしょう? それに、この街ではいざとなれば労働力は割と簡単に集まるもの」

「あー……そっか。冒険者」

「そういうことね」


 確かに職人たちだけでは大変かもしれない。

 魔導士としての仕事をこなせる魔導士はいないのかもしれない。


 だがその分、この街には十分以上の戦力兼労働力が存在しているのだ。


「ま、とはいえ居てくれりゃそれはそれで助かるんだが……ないものねだりをしても仕方ねえしな」

「坊主が魔導士としてここに来てくれたってんならよかったんだが……それも言っても仕方ないことだな。それにそうなったらそうなったで、本当に自信なくしちまいそうだしな」


 違いないと笑い合っている男達に、アランは苦笑を浮かべているが……多分本人としては、本気に受け取ってはいないのだろう。

 しかし冗談のように言っていたとはいえ、男達の言っていることはおそらく本気だ。

 それぐらい、アランはやはりどの分野においてさえ、規格外な魔導士なのである。


 その事実に、リーズはまったくと溜息を吐き出す。

 自信がなくなりそうなのは、こちらの方であった。


 まあ、それはともかくとして――


「ともあれ、本当にありがとうな、坊主。さて、坊主が助けてくれたことで、随分と楽になったな。とはいえ、まだまだ大変なことに変わりはねえが……後は俺達の仕事だってな」

「テメエのせいだがな!」

「知ってるっつってんだろ! だから俺も含めた全員で頑張るっつってんだよ!」

「あら、まるでアランがもう手伝わない、とでも言いたげな様子だけれど……アランはそれでいいのかしら?」

「え……?」


 自身の言葉に驚きの顔を見せたアランは、本気でそんなことを言われるとは思っていなかったのだろう。

 それは或いは、自分が思っていることを察せられるとは、というものだったのかもしれないが、だとすれば侮られたものである。

 アランが何を考えているのかなど、分からないわけがないだろうに。


「まだ手伝いたいと思っているんでしょう?」

「それは……」

「おいおい嬢ちゃん、俺達もそこまで野暮じゃねえぜ? これ以上はさすがに邪魔だろうに」

「まあ、敢えて否定はしないけれど……それでも、男が何かやりたいことがある時、それを引きとめるのではなく、背中を押すのが、いい女というものでしょう?」

「はっ、言うじゃねえか嬢ちゃん……!」

「もっとも、結局はアラン次第なのだけれど……それで、どうするのかしら?」

「……うん。ごめん、リーズ。それと、ありがとう」

「別に謝罪も礼も必要ないわよ。あなたと同じように、私も自分のしたいようにしているだけだもの」


 というよりは、むしろ謝る必要があるのは、リーズの方だろう。

 今日は本当はアランをとことん休ませるつもりだったのだ。

 だというのにこれでは、結局アランを働かせるために出歩かせたようなものである。


 それが結果的なことに過ぎず、またアランが望んだことであろうとも……それを言うならば、アランが望んだ通りに研究させてやればよかったのだ。

 それを止めさせ強引に連れ出した以上は、本来ならばリーズのすべきことは、このまま散策を続けさせることだったのである。


 ……だが、まあ――


「結局のところ、私は究極的にはアランには勝てないと、そういうことなのでしょうね」

「うん? 何か言った?」

「何でもないわよ。それより、時間はあまりないのだから、早く始めた方がいいのではないかしら? やることは色々ありそうだもの」

「ああ、うん、そうだね」

「うーむ、俺達としてはその方が助かるんだが……いや、嬢ちゃんが決断してくれたんなら、俺達もやることをやるだけか」

「だな。なーに、最悪俺達の自信がなくなるだけだからな、大したこっちゃねえ」

「さーて、じゃ、坊主……いや、兄ちゃん、さっさと始めるとすっか! 折角だから、嬢ちゃんにいいとこ見せてやらねえとな!」

「はい、よろしくお願いします」


 そう言って男達に再び混ざるアランの姿を眺めながら、リーズは苦笑を漏らす。

 それはアラン達に対してではなく、自分に対して向けたものだ。


 その姿を見て、自然と口元が緩んでしまうのだから……本当に自分は、既にどうしようもないほどに手遅れなのだと。

 そう思いながら……それでもやはり、心の命じるままに笑みを浮かべ、左の指を右の手で触る。


 そして、生き生きと魔法を使い始めるアランの様子に、目を細めるのであった。

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