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落ちこぼれの魔導士と非常識の塊 後編

 瞬間、真っ先にそれに反応したのは、やはりと言うべきかラウルであった。

 咄嗟に音のした方向へと振り向くと、構え――


「……はい?」


 だがその口から漏れたのは、呆然とした呟きだ。

 おそらくは、その顔にも同じものが浮かんでおり……見えないのにそれが分かったのは、エステルもそれを見た瞬間、同じことを思ったからである。


 端的にそれを言葉にするならば、こうなるだろう。

 有り得ない、と。


 突然ではあるが、迷宮に存在している構造物というものは主に三つに分かれている。

 一つが、最もその多くを占めているだろう通路。

 これは基本的にどこの迷宮でもほぼ同じような幅、高さをしており、極端にそれらが異なるということは滅多にない。

 今エステル達が居るのもここだ。


 一つが、階段。

 文字通り、上層と下層を繋ぐ階段であり、階層の移動にはこれが必須だ。

 一応転移が使えれば、これを使わずとも階層間の移動が可能とは言われているものの、実際に試したという話は聞いた事がないので詳細は不明である。


 そして最後の一つが、部屋だ。

 これも文字通りのものであるが、階段は基本ここから繋がっている。

 階層に一つしかないとは限らず、むしろ複数あるのが普通であり、さらにはその大きさは千差万別。

 幅どころか高さすらも異なり、通路と同じぐらいのものから、その数倍あるものまで存在している。

 視線の先に広がっているそれのように、だ。


 そう、エステル達の居る場所のすぐ近くには、実は部屋があるのだ。

 そこに行くことなく敢えて通路で戦っていたのは、その方が都合がいいからなのだが……まあ、今はどうでもいいことである。


 先ほどの音は、その部屋のある方向から聞こえた。

 同時に足元に伝わって来た震動から、何者かがそこへとやってきたこと、しかもその相手がそれなりに重量があることなどを想像するのは容易い。

 ラウルもそれぐらいのことは分かっていただろうし……だから、驚いたのは別のことが理由だ。


 そのことを前提にした上でそれの外見を語るならば、まず予想の通りに巨体であった。

 全長は三メートルほどか。

 二本の足で身体を支えている人型の魔物であり、一言で言い表すならば筋骨隆々。

 腕が四本あり、それぞれの手に異なる武器を握っている姿は、見た目からして強そうだ。

 その頭部にある単眼が、こちらを睨めつけており……だがエステル達が驚いたのは、そのどれが理由でもなかった。


 それは――


「……ランク八の、魔物……!? この状況でそんなのが出てくるなんて、冗談っすよね……!?」


 冒険者と同じように、魔物にもランクが存在している。

 ただしそれは何らかの方法で計ったものではなく、冒険者を基準としたものだ。

 即ち、ランク一の冒険者が倒せるような魔物ならば、それはランク一、といった感じに、である。


 勿論、冒険者はランクが同じであっても戦闘能力には違いがあるため、画一的に判断することは不可能だ。

 そのため、あくまでも魔物のランクというのは、参考的なものでしかないのだが……それでも、参考になるだけで十分ではある。

 その魔物をどの程度警戒すればいいのかということが、漠然とではあるが分かるからだ。


 しかしラウルがその魔物のランクが分かったのは、その魔物のことを知っていたからではない。

 その魔物は他の魔物と同様、初見で新種の魔物だ。

 知っているわけがなく……では何故ランクが分かったのかといえば、それは冒険者の必須技能だからである。


 冒険者の間では、それは直感と呼ばれていた。

 相対した魔物の力量を直感的に測る能力。

 言葉にすればそういったものになるが、それが具体的にどうして可能なのかを説明することが出来るものはおそらく存在しないだろう。

 何故か分かる、以外に答えようはないからだ。


 だが今回のように、未知の魔物と遭遇する可能性がある以上は、それが必須技能であることに変わりはない。

 冒険者として活動し、多種多様な魔物と戦闘を繰り返すことで、それが備わるという事実も、である。

 その原因は不明ではあるものの、まあ世界にはそんな不思議が沢山あるのだ。

 冒険者をやっていれば、そんなこともあるだろうと、自然と納得することでしかなかった。


 ともあれ、ここしばらく未知の魔物ばかりであったにも関わらず、エステル達がそれをあまり気にする事がなかったのも、それがあったからなのだ。

 相手が格下だということが分かっていれば、未知の魔物であってもそれほど警戒する必要はなかった、ということである。


 しかし今回ばかりは、さすがにまずかった。

 エステル達の直感が指し示しているそれの実力は、自分達と同格。

 即ち、エステルやラウルのランクと同じ、ランク八だということだ。


「……これ、は、かなり、まず、い、です、ね」


 同格なのに何故、と思うかもしれないが、これは単純なことである。

 魔物のランクというのは、あくまでもパーティーを基準としたものであるからだ。

 要するに、あの魔物を相手にするには、ランク八の冒険者が一パーティー分――六人は必要ということであり……しかも勝てる場合は、相手の情報がきちんと得られていれば、の話である。


 同格だということが分かる以外は他の一切が未知で、さらにはこの場に居るランク八は二人のみ。

 おそらくはベアトリスも同格だろうが、他の者は多少劣るはずだ。

 情報はなく、戦力も足りないとなれば、勝ち目があると考える方がどうかしているだろう。


 皆それを理解しているのか、その顔には一様に緊張を浮かべていた。

 ニナですらそうなのだから、それが外見だけでもどれほどの威圧を与えているのかが分かるというものである。


 だがそれが分かっていながら即座に逃走に移らなかったのは、相手の情報がない故にそれが致命的なことにならないという保証がなかったのと……二つばかり、疑問があったからだ。


 一つは、その魔物そのものに関して。

 その強さや威圧感からして、どう考えてもそれは、階層の主などとも呼ばれる、エリアボスだ。

 しかし何故そんなものが、ここに居るのか。


 エリアボスは、基本的に特定の階層ごとに出現すると言われている。

 その多くは十刻みであり、少なくとも現存する中では例外は一つしかない。


 だがそれはまだいい。

 ここの迷宮のそれが八刻みであるならば、別にそれはそれで構わないのだ。

 だから問題なのは……エリアボスにしたところで、それがあまりに強すぎることである。


 主などと呼ばれることかも分かる通り、確かにエリアボスはその階層に出現する他の魔物よりも強いことが多い。

 しかしそれでも、精々がランク一つ分程度だ。

 極々稀に二ほど上な場合もあるらしいが、それが限界である。


 五つもランクが上などということは、有り得なかった。


 そう、先ほどの魔物は、ランクで言えば二か、どれだけ上に見積もっても三というところであったのだ。

 そんな魔物が居る階層にランク八のエリアボスがいるなど、異常以外の何物でもなかった。


 そして二つ目の疑問は、こんな魔物が居るのであれば、何故アランが気付かなかったのか、ということである。

 幾らなんでもこんな存在に気付かない、ということはないだろう。

 少なくとも魔物が接近可能な距離に居る場合、アランはその警告を欠かしたことはなかった。

 先ほどの戦闘の時には妨害魔法を使用しながらも周囲を警戒している素振りも見せていたので、まさか忘れていたわけではないだろう。


 となれば――


「……ごめん、これは僕の責任だ」

「それはどういうことかしら? 警戒を忘れていた、というわけじゃないわよね?」

「うん、確かに警戒はしてたんだけど……下からやってくるなんて想定していなかったからさ」

「……はい? 下から、です?」

「ふむ……状況からしてそうではないかと思ってはいたが……それは確かなのか?」

「ずっと索敵は続けてたにも関わらず、反応があったのはついさっきだからね。多分そこの部屋に下に繋がる階段があるんだと思う」

「確かに状況を考えればその可能性が高いとは思うっすけど……あれどう見てもエリアボスっすよ? エリアボスが階層を移動するなんてことあるんすかね?」

「……不明。そもそも迷宮から魔物が溢れる、ということが分かったのもここ最近。分かっていないことの方が多い」

「そういえば、上の方に比べれば、ここ二階層ほどの間は魔物の数が少なかったですわよね? 不思議と言えばそれも不思議ですわ」


 だが暢気にその不思議について考えているわけにはいかなかった。

 今はまず、目の前の脅威をどうするかを考えなければならないのだ。


「……どう、します、か?」

「とりあえず一番無難なのは、今すぐここから逃げることですかね?」

「あの巨体の方が明らかに通路よりも大きいものね。まさか屈んでまでは追ってこないだろうし」

「とはいえそれで怖いのは、背を向けた途端にあの武器を投げられてしまうことだな」

「一つ一つが俺達の身体と同じぐらいあるっすからね。逃走中にあれをここに投げられたら、正直防げる自信はないっす」

「或いは、普通に遠距離攻撃用の手段を持っているかもしれませんわよ?」

「……その時は、詰み?」

「何にせよ攻撃されたら厳しいってことっすね」


 しかしこのまま無事に退けると思うのは、さすがに楽観的過ぎるだろう。

 とはいえ今は向こうも様子を見ているのか、動く気配はないが、いつまでもそれが続くはずもない。

 このままやり過ごせると思うのもまた、楽観でしかないであろうし――


「だが戦うのか? あれと? 正直私は嫌な予感しかしないぞ?」

「同感ですわね。戦いの経験に乏しくとも、戦ったらまずい相手ぐらいは分かりますわ」

「負ける気はしねえっすけど、勝てる気もしねえっすね。というか、抑えておける自信がねえっす」

「なら、まともに相手をしない、というのはどうかしら? 相手の力量を正確に測り、逃げられると判断出来るなら即座に撤退する」

「……悪くねえ気がするですね」

「……逃げられないと分かった場合は?」

「……それ、は」


 その時はもう、覚悟を決めるしかないのではないだろうか。


 エステルはそう思ったのだが、何故かその場の空気は何処か軽いものであった。

 まるで、その心配はないとでも知っているのかのようであり……。


「……ま、その心配は必要ないでしょうね。どうせその時になったらそこの非常識がどうにかするでしょうし」

「といいますか、先ほどから随分と静かですけれど……どうかしたのですか?」

「ん? あ、話し合いは終わった? いや、この失態を繰り返さないためにも、次からは下方向も調べられるように改良しとこうかと考えてたからさ」

「……なんつーか、やっぱりこの姿を見てたら安心するですね」


 その言葉に、ついエステルも頷いてしまったのは、仕方のないことだろう。

 だがアランは不満らしく、表情にそのことが浮かび上がっている。


「ふーむ……話の流れはよく分からないけど、馬鹿にされてるのだけは分かるかな?」

「いや、褒めているさ。君はやはり、そうではなくてはな」

「なんかあまり褒められてる気はしないんだけどなぁ……まあ別にいいんだけど。それで、結局どういうことに決まったの?」

「聞くだけでもいいんで、せめて話はちゃんと聞いといて欲しいっすねえ……ま、いいっすけど」

「……ですが、そう、です、ね、話を、まとめ、る、ならば――」









 つまりは、これまでと一緒であった。

 前衛二人が魔物を抑え、残りの全員がその援護。


 違いがあるとするならば、先ほどのように様子見をすることはなく、常に全力でいくということだろうか。

 確かにこれは倒すためではなく見極めのための戦闘ではあるが、余裕などは欠片もないのだ。


 ただ、余裕がないからこそ、前衛の二人には防御を主体として動き回ってもらうことになっていた。

 ここで倒れられてしまったら、色々な意味で困るからである。


 それと、明確な相違点が一つ。

 それは、アランとニナの位置が入れ替わったことだ。

 相手の攻撃手段が判明していない以上、後衛の方が比較的安全だと思われることと……そして、今回はアランが完全に補助と妨害魔法を主体として動くからである。


 ……目的を考えれば正しいはずなのに、何となく嫌な予感がするのは何故だろうか。

 何処か気楽そうな顔で自身の隣へとやってくるアランの姿を見ながら、エステルはそんなことを思い……その予感が正しかったことを知るのには、大した時間は必要なかった。


「――白夜の霧。――奈落への崩落。――熾天の加護」


 それはまるで先ほどの焼き直しを見ているかのようであった。

 否……むしろ先ほどよりもさらに酷いと言うべきだろうか。


 言葉が紡がれていくたび、その周囲には様々なものが出現していく。

 白い霧、黒い穴、光の膜。

 息吐く暇もなどほどにそれらは次々と現れは消えていき、敵の行動の阻害を行い……そして、味方の能力を強化していっていた。


 そんなことをしているのが誰なのかは、まあやはり言うまでもないだろう。

 先ほどの戦闘とは異なり、味方への補助魔法まで使っているが……さて、これは一体何に驚けばいいのだろうか。


 ほぼ無詠唱状態で魔法を使用していることか。

 連続で魔法を使用していることか。

 或いは本来一人にしか適用されない補助魔法を全体に適用させていることか、それともその補助魔法の効果も複数のものとなっていることか。

 もしくは、さらに時折攻撃魔法を使ったりもしていることだろうか。


 だが何にせよ、分かっている事が一つだけある。

 もう何度目になるかは分からないほどの、有り得ないという言葉を思い浮かべながら、エステルは深く、長い息を吐き出した。


「……前々から思っていたんだけれど、もうあいつ一人でいいんじゃないかしら?」

「同感ですけれど、さすがにそういうわけにはいかないでしょう?」

「ま、やりやすくなっていいと、前向きに考えるべきだろう。それに……この調子なら、目的を変えることも出来そうだ」


 呆れを隠す様子がなかったのは他の皆も同じであるが、その言葉にエステルも魔物の方へと視線を向けると、目を細める。

 本来強敵であったのだろうそれは、既に見る影もなかった。


 動きは鈍く、攻撃は威力がない。

 そもそも目が見えていないのか、見当違いの方向を攻撃しており、その隙を逃さない二人の攻撃がまともに突き刺さる。

 さらにはそこに攻撃魔法が降り注いでいるともなれば、もはやただの弱いものイジメをしているようにしか見えなかった。

 見極める必要など既にないということなど、分かりきった光景であり……だからその場から逃げていなかったのは、別のことが理由だ。


 それこそが、ベアトリスが今口にしたこと。

 目的の変更――即ち、討伐だ。


 そもそも、今回のこれは幾ら何でも異常が過ぎた。

 何故それがここに現れたのか。

 現れる事が出来たのか。

 それがまるで分かっていないのである。


 つまりは、これを放って逃げた場合、もしかしたら、これがこのまま地上に出てしまう可能性だってあるのだ。

 そしてそうなってしまった場合、それの本来の能力を考えれば、街の一つや二つ消滅したところで驚くようなことではない。


 だからこそ。


「……異論、は、ない、です」

「……ん。防げるなら、防ぐべき」


 先ほどまでは、その可能性に思い当たっていながらも、無視していた。

 防ごうとしたところで、こちらの全滅という未来しか想像出来なかったからだ。

 それよりは、情報を届けた方がマシだという判断であり……だが、倒せそうだというのであれば、話は別である。


「あの二人に関しては……聞くまでもない、か」

「防御主体のはずなのに、普通に攻撃していますものね。どう考えても、既に倒す気ですわ」

「……ん、心強い」

「あの非常識に関しては、もう最初から話を聞いていたのか、という感じだものね」


 肩をすくめながらのリーズの言葉に、つい苦笑が漏れた。

 確かに、威力偵察を目的としているにしては、アランの魔法はあまりに過剰すぎる。

 それ以上のことを最初から考えていたとみるべきだろう。


 まあ、普通は思っていたところで出来ることではないが、中衛とか言いながら、一人だけ魔物の周囲で遊撃も行っている人物にそんなことを言ったところで、意味はないことである。


「……本当、に、非常識、で、規格外です、ね」


 心底からそう思いながら、しかしその口から吐き出されるのは諦めに似た吐息だ。

 だがそれは、皆似たようなものである。


 顔を見合わせると、自然と苦笑が浮かぶ。

 しかし一つ頷くと、視線を魔物の方へと向けた。


 自分達もあの非常識に続くため、エステルは状況を素早く判断すると、今最も必要なものを補うため、詠唱を始めるのであった。

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