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かつての因果

 最初に目に入ったのは、青く晴れ渡った空であった。

 途端に降り注いできた目を刺すような光に、反射的に目を細める。

 今日は朝早くから迷宮に入ったせいで、未だ陽は中天にすら達してはいないようだ。

 今まで居た場所が場所であったためか余計に眩しく見え、アランは思わず大きな溜息を吐き出していた。


 ちなみに迷宮の中は、不思議と光源が必要ない。

 光源がなくとも、周囲の様子が薄っすらと分かるのである。

 勿論光源を用意すればはっきりとした様子を見ることも可能だが、それは魔物達にこちらの居場所を一方的に知らせるような真似だ。

 その危険性を取るぐらいならばと、迷宮探索では光源を用意しないのが基本なのである。


 とはいえ当然それは迷宮の機能の一つなので、それが停止してしまっているところでは働かない。

 なので元迷宮部分では、実はラウル達が予め光源を設置していたのだ。

 魔物達がそれを壊さなかったのは、魔物達にとっても助かるものであったからだろう。

 光源がなければ困るのは、魔物達も同じなのだから。

 閑話休題。


「ふむ……これはやはりと言うべきか、予想通りと言うべきか……」


 聞こえた声に視線を下げれば、ベアトリスが周囲を眺めながら何事かを納得するように頷いているところであった。

 それにならうようにアランも周囲へと視線を向けてみれば、視界に映ったのは岩と土だらけの地面。

 荒野と、そう言ってしまっても構わないだろう場所であった。


 だがそれを見た瞬間にアランが抱いた感情は、おそらくはベアトリスと同じものである。

 即ち、納得だ。

 周囲を眺め、その何処となく見覚えのあるような光景に、頷いたのである。


 まあ見覚えがあるとは言っても、それを見たのはもう数年も前のことだ。

 正直自信はなかったのだが……ベアトリスもそうだというのならば、ほぼ間違いないだろう。

 多分アランは……否、アラン達は、ここからそう遠くない場所に、一度来た事があった。


「随分と意味深な呟きですけれど……もしかして、ここが何処なのか心当たりがあるんですの?」

「ん? まあそうだな……おそらくでしかないが、私、いや、私達はこの近くに来た事があるはずだ」

「私、達……? それは、姉さんが部隊の人達と一緒に、ということ?」

「いや、僕と、ってことじゃないかな?」


 アランがそう割り込むと、ベアトリスが僅かに目を見開いた。

 どうやらその反応から察するに、アランが気付いているとは思っていなかったようである。


「その反応は心外かなぁ……さすがに気付くって」

「むぅ……それはすまなかった。何せ数年前のことだからな……」

「まあ確かに僕もそのせいで自信はなかったけどね」


 だがアランは、当時何があったのかだけははっきりと覚えている。

 原因不明の魔物の集団に遭遇し、それを壊滅させたこと。

 その原因として考えられるのが、未発見の迷宮であること。


 そう、つまりは、アラン達が言っていることとは、道中でも思い出すこととなった、あの時のことであった。


 そして今回見つかったのは未発見の迷宮であり、既にそこから別の場所へと魔物が溢れていたのが確認出来ている。

 さらには当時向かった場所が、まさにこのようなところであったことも合わせて考えれば、それを無関係だと思うことこそ無理があるだろう。


「……そういえば、昔そんな場所に行ったとかいう話を聞いた覚えがあるわね」

「何と言うか……本当にアランは相変わらずですねえ」

「……ん、同感」

「騒動が向こうからやってくるのが悪いと思うんだ」


 いや本当に。


 ただそんなことを言いながら、ふと気になった事があった。


「そういえば、ここが未発見だったってことは、あの件ってまだ解決してなかったんだね? 続報は聞かなかったけど、さすがに見つけたものだと思ってたんだけど」

「ふむ……うちの不手際をさらすようであまり言いたくはないのだが、まあ事ここに至れば黙っていたとことで意味はないか。その通りだと言っておこう。一応周辺は全て探したのだがな……だが、言い訳をするわけではないが、これではここを見つけられなかったのも、無理ないことだろう」


 そう言って後ろを振り返ったベアトリスに首を傾げながら、アランもならう。

 後方に視線を向け――瞬間目を見開いたのは、そこで有り得ないものを見たからだ。


 いや、正確には、あるはずのものがなかった、と言うべきだろうか。

 今出てきたはずの迷宮への入り口がそこにはなく、ただの荒野のみが広がっていたのである。


「……は? いやいや、今俺達そこから出てきたっすよね!?」

「……幻影……では、ない、みたいです、ね」


 迷宮からは階段を使って出てきたため、地面には確実にそれが存在しているはずだ。

 だがエステルとラウルが手分けをして探し、実際に歩いてみたところで、そこに落ちることすらなかったのである。

 確実にその存在は消えており……少なくとも、二人は今そう認識してしまっていた。


「うっわ……何これ性質悪いなぁ……」

「ふむ……さすがに気付くか」

「まあ、おかしいと思った瞬間に探知走らせたしね」


 でなければ、おそらくアランも騙されていただろう。


 そう、別に階段が地面から消えた、などという事実は存在しないのだ。

 ただ、それを認識できなくなっているだけである。


 認識阻害用の結界。

 それが迷宮の入り口には張られていたのだ。


 二人は地面を一定間隔で歩いているように思っているだろうが、その実階段部分だけは綺麗に避けていたのである。

 しかもそのことを周囲にすら誤認させるという徹底ぶり。


 それでも今回アランは魔法で探知することでその結界に気づけたが、それは多分そこに入り口があるということが分かっていたからだ。

 その確信がなければ、これは魔法ですら見つけられず、騙される。

 魔法そのものではなく、その結果を受け取る本人が、だ。


 本当に、性質の悪い結界であった。


「これは……確かに、性質が悪いですわね。これでは探し出せなくとも、無理ありませんわ」

「……ん、これは酷い」

「サラは正直言われても分かんねえです」

「……私もね」

「……すみま、せん、私も、です」

「そういうのは俺には期待しねえで欲しいっす」


 しかもどうやら、言われたところで、確信を持ってすら一人では入ることはできないらしい。

 入るには、魔法でそれを探知出来る者が同行する必要があったのである。


 方法としては、背を押したりしてもいいのだが、先が階段であることを考えれば危険だろう。

 つまり手を繋ぐのが最も推奨される方法であり、ちょうど四人と四人で分かれている。

 ならば戻るのに何の問題もなく――


「リーズはお姉さんが居るからちょうどよかったですね?」

「あら、それを言うのなら、サラは弟が居るからちょうどよかったんじゃないかしら?」

「といいますか、考えてみたら入れる人同士で入ってもいいのではありませんの? ほら、どちらかが往復すればいい話ですし」

「……目的、見失って、ません、か?」

「……ん、もてもて?」

「さて、じゃ、ラウル行こうか」

「え、いいんすか?」


 何の問題もなかった。


「……男、同士、です、か? ……もしや、アランさんは、そちらの趣味、が……?」

「いえ、まさかそんな……まさか、ですわよね……?」

「……ん、聞いたことは、ない?」

「……ですが考えてみれば、学院では妙にクロードと仲良かった気がするです?」

「……言われてみれば、クリストフさんとも妙に……?」

「……いいんすか?」

「後で説教しとこう」


 妙に仲が良かったも何も、同性で対等に話せる相手と仲良くなるのは当然だろう。

 学院でも同性の同期はいたものの、先生などと呼ばれていたせいか、何処か距離があったような気がしたのである。

 となれど、残るはクロードしかいなかった、ということだ。

 クリストフに関しては言わずもながである。


 まあ、そんなことは言わずとも分かっているだろうし、ただの冗談ではあるのだろうが。

 そもそも実際にはすぐに戻るわけではないのだから、アランのそれも半ば冗談のようなものだ。


「やれやれ……まあ、和やかな雰囲気になるのはいいが、これからまた迷宮に潜り直すということは忘れるなよ? 後でちゃんと気を引き締め直すように」


 ベアトリスの言葉に、アランは苦笑を浮かべると肩をすくめた。









 昼が近かったということもあり、外で一旦昼食を兼ねて休憩を取った後で、アラン達は再度迷宮へと潜り直した。


 ちなみに昼を用意したのは、アランだ。

 とはいっても、異空間に補完しておいたパンや出来合いのものを出しただけではあるが。

 以前にも説明したように、異空間の中は時間的にも隔離されているので、仕舞った時の状態そのままで取り出せるのだ。


 まあ、それを見たベアトリス達は何故か非常に驚いていたのだが……あれは結局どういった理由によるものだったのだろうか。

 聞いたところで返ってきたのは、これだからアランは、という言葉と溜息でしかなかったわけだが……解せぬ。

 確かに、異空間に直接それらを置くのはちょっとどうしたものかとは、アランも思ったが……。

 閑話休題。


 調査のために一通り回っていたため、元の階層にまで戻るのは楽であった。

 アランがしっかり地図を記載していたし、それに伴い魔物も殲滅している。

 最短で戻ればいいだけな以上、楽なのは当然であり……だが、ピクニック気分でいられたかと言うと、そういうわけでもなかった。


「ふむ……こういうところは普通の迷宮と変わらない、か」

「みたいだねえ……」


 ベアトリスの言葉に頷きながら、アランは右腕を振るった。

 後方から迫っていたゴブリンを焼き払い、溜息を一つ。

 迷宮であるということを考えれば、こちらの方が相応しく、またありがたくもあるのだろうが、今はただ面倒なだけであった。


 尚、アラン達が現在居る階層は、この迷宮へとやってきた際に降り立った階層だ。

 即ち、一度魔物を殲滅したはずの階層であり……しかしそこに魔物が居るのは、別におかしなことではない。

 いや、不思議なことに違いはないのだが、迷宮というものはそういう場所なのだ。

 魔物を倒し尽くしたと思っても、何故かある程度の時間が経つと、その階層には魔物がまた現れているのである。


 これはこの階層に限った話ではなく、他の階層でも同様であった。

 入り口から降りていった先にある、第一階層からだ。

 昼休憩には一時間ほどを取ったのだが、その間に全て復活していたらしい。


 ちなみに、実は魔物の数は倒されなくとも増え、それが迷宮の許容量を越えてしまった際に、魔物は迷宮から溢れ出すと言われている。

 ただ、その場合の増え方は非常に緩やかであり、数年放っていても溢れることはないとも言われてはいるが。


 ともあれ、足の踏み場もないほどに魔物で溢れていたのはそのせいであり、一度殲滅した以上は再び現れた数は大したことはなかった。

 だからそういう意味では、やはり楽ではあったのだが、いちいち魔物を倒さなくてはならないことを考えれば、面倒なことにも違いはなかったのである。


「さて、というわけで、魔物の出現に関しては他と変わらない、ということが分かったわけだが……そちらの調査結果はどうだ?」

「……ん、調べてみた範囲では、同じ」

「自動修復機能も、ですわよね?」

「……ん。瞬時に修復された」

「確かに、魔法でたまに壊れていたけれど、すぐに元に戻っていたわね」

「魔法陣があったあそこの壁がすぐに修復されなかったのは、この迷宮の特質ってわけじゃあなかったんすね」

「……ん。興味深い」


 その言葉にアランが少し驚いたのは、意外な気がしたからだ。

 まあ、知識があったことを考えれば、別にそんなことはないのかもしれないが――


「……? どうかした?」

「いや、土魔法への興味の示し方とかを見て、てっきりニナの興味は土魔法にのみ向けられてると思ってたからさ。ちょっとここに興味を示してるのが意外で」

「……ん、間違ってはいない。わたしの興味はほぼ土魔法に向けられている」

「でもここに興味を示してるのも間違いではない、と」

「……ん。土魔法の次の次に興味深い」

「次の次? ここより興味持ってるのがあるんだ?」

「……ん」


 そうやって頷くと、ニナはジッとアランの顔を見つめてきた。

 だがそれにアランは、首を傾げるだけだ。


 はて、そうやって見られたところで、アランに心当たりはないわけだが……。


「アランそのものが興味深いって意味じゃねえです?」

「え? いやまさかそんな馬鹿な――」

「……ん」

「え、本当に?」


 ん、と再度頷かれ、しかしアランはさらに首を傾げた。

 何故ニナがそこまでアランに興味を持っているのかが、本気で分からないからだ。

 確かにあの魔法に興味は示していたが、それは土魔法の範疇だろう。

 さすがにあれが使えるから、ということはないだろうし……。


「え、っと……もしか、して、本気で、言って、いるん、です、か?」

「本気だから性質が悪いのよね……」

「いや、だって、土魔法と、僕と、この迷宮だよ? 共通点って特にないよね?」

「そうですわね……敢えて言うのでしたら、不可解、という共通点でしょうか?」

「あれあれ? 僕今凄く酷いこと言われてないかな?」

「事実だから仕方ねえですね」

「……ともかく、興味深いのは確か。実際、学院卒業したら研究所に誘おうとしてた」

「む、それは奇遇だな。実は私もそんなことを考えていたのだがな」

「え……いやいや、ニナのところはともかく、ベアトリスのところは無理でしょ」


 それは能力が足りない云々の話ではなく、もっと単純な話だ。

 ベアトリスが所属している先は、国防を担う場所である。

 軍事的な能力が不可欠ではあるが、何度も言っているようにアランはそっち方面は得意ではない。

 どう考えても、向いてるとは思えなかった。


「相変わらず君は自分を過少評価し過ぎだな。君であれば十分通用するし……それに、うちに必要なのは武力だけではない。そのことは君も知っているだろう?」

「あー……彼女のこと?」


 アランの脳裏を過ぎるのは、あの見事な結界を維持し続けていた少女のことだ。

 確かにそう考えれば、アランにも何か役に立てる事があるのかもしれないが……。


「あるかもしれない、どころではないのだが……まあ、そういうわけだ」

「え、どういうこと?」

「何も冒険者をずっとやっているつもりはないのだろう?」


 つまり、勧誘ということらしかった。

 それだけでも驚きなのに、目を見てみると本気にしか思えず二度驚く。


「……ずるい。冒険者になったからって諦めてたけど……そういうことなら、こっちも誘う」

「いや、ずるいって、何にせよ僕はどっちにもいかないからね?」

「……?」

「そんな不思議そうな顔をされても」


 確かに冒険者をずっと続けるつもりはないが、少なくとも今は冒険者であることを選んだのだ。

 目的を達するまでは……とまでは言わずとも、とりあえずしばらく辞めるつもりはない。


「ふむ……ま、簡単に勧誘できるとは最初から思っていないがね。ただ、私達はいつでも君を迎える用意がある、ということだけは覚えておいてくれ」

「……ん、こっちも」


 それはありがたい話ではあったが、分不相応な話でもある気がした。

 そのことに苦笑が浮かび……しかし一先ず、その話は脇に置いておく。

 それよりも、今はまだやるべきことが残っているのだ。


「さて、とりあえずここまで戻ってきたわけだけど……ここからはどうする?」


 帰りは最短距離で戻れたため、かかった時間も短い。

 時間的にはまだ余裕があるが――


「……ん、出来れば、下も見てみたい」


 下層に降りるということは、強力な魔物が出る可能性があるということ。

 当然危険度も、相応だ。


 だがその言葉に、否やと返すものはいなかった。

 全員が頷き、問題がないと返してくる。


 まあ、この場にはラウル達のような上級冒険者も、ベアトリスもいるのだ。

 引き際を誤るような事はないだろう。


「では、そういうことで……引き続き調査を進めるとしようか」


 それにも頷きを返し、アラン達は一路、下層へ向かうための階段へと向かうのであった。

書き溜めのストックが尽きてしまったので、今後の更新は三日に一度程度の頻度になってしまうかと思います。

申し訳ありませんが、よろしくお願いします。

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